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2022.06.06

言語の認知の構造を知ることで英語学習の全体像を把握する

言語の認知の構造を知ることで英語学習の全体像を把握する

近年は変わりつつあるものの、日本の英語教育は読み書き中心で、リスニングとスピーキングができるようにならないと言われてきました。特にリスニングはリーディング、ライティング、スピーキングに比べて学習の効果が目に見えて現れにくく、勉強方法に苦心した方も多いのではないでしょうか。英語教師にとっても、リスニングを苦手とする学習者へのアドバイスは容易ではなく、経験則に基づいた学習方法を紹介することしかできないような状況も多いかもしれません。

言語学的に考えると、外国語を聞き取れない原因は必ずしも「音の聴取」ができないことだけではありません。従って、闇雲に聞く量を増やすだけでは必ずしもリスニングの向上は望めません。

リスニングにおいて発音や意味がどのように理解されるのか知れば、リスニングが単なる「音を聴く能力」だけにとどまらないことがわかるはずです。これを通して、我々が外国語である英語をどのように理解しているか知り、効果的な英語学習の方法を再検討することに繋がるはずです。

リスニングには「英語の音の聴取」以外にも以下の要素が関係します。

 

語彙

リスニングにおいてまず重要なのが語彙、すなわち知っている単語の数です。英語の音を聴き取れる耳を持っていても、聴き取った音の連続から単語が思い出されないと意味の理解には繋がりません。

英語や日本語のみならず、一般的に言語音声は、聞き手が「意味を持つ単位」に切り分けてはじめて意味を持ちます。「意味を持つ単位」に切り分けるのには単語や文法の知識を必要とし、従って知らない言語の音声を聞かされても我々は単語を切り出すことができません。

たとえば、/griːnhaʊsgæs/(「greenhouse gas = 温室効果ガス」ですが、敢えて発音記号で表記しています)という音の連続を聞いた際、聞き手の英語の知識に応じて少なくとも4通りの理解の程度が考えられます。

1)/griːnhaʊsgæs/で知っている単語が聴き取れないため理解できない

2)/griːn/ (green)だけ聴き取れたが、緑の何の話をしているのかわからない

3)/griːn/ (green), /haʊs/ (house), /gæs/ (gas)は全て聴き取れたが、greenhouse (温室)という熟語の知識がなかったため、「緑の家のガス」と解釈した

4)全ての単語を聞き取り、greenhouseという単語も知っていたので「温室効果ガス」という正しい解釈ができた

 

Hsueh-Chao & Nation (2000)の研究では、比較的に容易な文章のリーディングにおいてさえも、独力で(すなわち辞書や他者の助けなしで)ほぼ完全に意味を理解するためには98%程度の単語を知っている必要があることが示されています。リーディングで98%ということはリスニングにおいては少なくとも98%か、もしくはそれ以上の単語を知っている必要があると考えられます。

このことを踏まえると、リスニングができないからといって単純に英語を聴く機会を増やすことが必ずしも有効であるとは言えず、むしろ文章を読んだり新しい単語に触れたりする機会を増やすことがリスニングの向上に繋がるかもしれません。

 

単語の認知

リーディングにおいては、わからない単語があったら立ち止まって辞書を引いたり、戻って読み直したりできますが、それとは対照的に、リスニングでは一度聞き逃してしまったら前に戻ることはできませんし、音のスピードについて行けなかったら内容を理解することは容易ではありません。

また、単語の認知においてはプライミング(priming)という現象が起こります。「春」と聞いたら日本人なら「桜」、「入学式」、「新入社員」等を思い浮かべるように、単語を見たり聞いたりすると、関連する単語が自然と想起されるものです。

プライミングを調べる典型的な実験では、実在する単語(たとえばSCHOOL)と実在しない単語(SHCOOLやSCHOL)を用いて、提示された単語が実在するかどうかの即座の判断に要する時間を計測するのですが、この反応速度が、直前に関連語(studentやteacherなど)を見たり聞いたりしたときの方が速くなることが知られています。ちなみに上記の「春」を聞いた際に我々に起こるプライミングは英語のネイティブスピーカーがspringという単語を聞いたときには起こらないことが予想されます。これは、英語圏では桜が身近ではなく、入学式などは秋に行われるためです。

Phillips et al. (2004) の研究によると、当然ですがこのプライミングの効果は外国語よりも母語の方が大きく、また外国語においても習熟度(習得レベル)が上がるにつれて大きくなることが示されています。

従って、リスニングの訓練をするだけでなく、関連性のある単語を一緒に覚えたり、まとまった内容をもった文章を読んだりすることで、全体的な英語レベルの向上と同時に、リスニングができない問題も自然と解消されることが期待されます。

 

コロケーション

上記のプライミングと似た概念で重要なのがコロケーション(collocation)です。「co(共に)+ location(位置する)」 という語源が示すように、コロケーションとは「一緒に使われることの多い」(専門用語を用いると 「共起頻度の高い」)語の集合です。どの言語にも「ほとんど同じ意味をもつ単語」である類義語が存在しますが、意味は同じでもコロケーションが異なる場合がほとんどです。

たとえば「立食(リッショク)」と「立ち食い」は同じ意味を持つ単語ですが、「立食(リッショク)パーティー」はあっても「立ち食いパーティー」はありませんし、逆に「立食(リッショク)そば」はありませんが「立ち食いそば」はあります。「立食(リッショク)」の方がやや品のいい響きを持った単語なので「パーティー」と一緒に使われ、「立ち食いそば」はどちらかというと品良く食べるというよりは急いでかき込む印象なので「立ち食い」の方が相性がいいのかもしれません。

しかし、「永遠」と「永久」はどうでしょうか。「永遠の命」を「永久の命」とは言いませんし、逆に「永久追放」を「永遠追放」と言ったら意味が伝わらない(少なくともコミュニケーションに差し障る)ことが多いでしょう。しかしながら、「立食(リッショク)」と「立ち食い」の差とは対照的に、「永遠」と「永久」の意味の違いを説明するのは容易ではないはずです。これらは純粋に「これまでにどの単語がどの単語と一緒に使われてきたか」に応じて熟語が作られた例と言えます。

同様に、英語で 「アメリカ」 の話をしている場合でも、AmericanとUSでは後に続く単語が変わってきます。Americanという単語はアメリカという土地やその国(country)の文化を表すときに用いられる一方、USはアメリカ合衆国という国家に関する表現に用いられます。

●American

American dream, American joke

 

●US

US president, US congress, US dollar

 

●どちらとも共起する語

American/US citizen, American/US newspaper

 

上記の「春」のプライミングの例のように、ネイティブスピーカーや習熟度の高い学習者は単語を見たり聞いたりする度に、無意識的に先の展開を予測しています。単語自体を知っていても、その語のコロケーションを知らないと、情報の処理が遅くなり、結果的に英語音声のスピードについていけなくなります。

単語のコロケーションを知るためにも、まとまった意味の文章に触れるのが効果的です。問題集の長文に限らず、映画や歌を効果的に用いることで、コロケーションの知識が増え、リスニングにおいてもリーディングにおいても英語の処理速度が上がることが期待されます。

 

終わりに

上記の言語の認知プロセスを知ると、いわゆる4技能(リスニング、スピーキング、リーディング、ライティング)は、独立した技能というよりは同時に発達していく技能と考えるのが自然だということがわかるはずです。もちろん、長文読解のためのリーディングのテクニックなどは存在しますが、それを学んだからといって総合的な英語力の向上に繋がるわけではありません。

これらを踏まえると、4技能を向上させるためには、そのうちの1つに特化したトレーニング(リスニングや長文読解など)を行うよりは、英語に触れる機会を増やすことが重要だと考えられるでしょう。特に、幼少期から生の英語に触れておけば、よく使うコロケーションなどを自然と学ぶことができ、ネイティブスピーカーと同じ方法で文を理解することができるようになるはずです。

 

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参考文献

Hsueh-Chao, M. H., & Nation, P. (2000). Unknown vocabulary density and reading comprehension.

http://hdl.handle.net/10125/66973

 

Phillips, N. A., Segalowitz, N., O’Brien, I., & Yamasaki, N. (2004). Semantic priming in a first and second language: Evidence from reaction time variability and event-related brain potentials. Journal of Neurolinguistics, 17(2-3), 237-262.

https://doi.org/10.1016/S0911-6044(03)00055-1

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