日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2020.11.11
〜英語学習には「思考」が必要〜
子どもたちが社会で実際に英語を使えるようになるには、どのような学び方をすればいいのでしょうか?今回は、日本の学校教育でも少しずつ取り入れられるようになってきた「CLIL(内容言語統合型学習)」の理論について、池田真教授(上智大学)にオンライン取材を行いました。
【目次】
CLIL(クリル)は、Content and Language Integrated Learning(内容言語統合型学習)の略称です。「内容」とは、何かのテーマや教科(例:算数、理科、社会など)のことであり、それらと「言語」(外国語)の学習・指導を組み合わせる教育アプローチ(日本CLIL教育学会, 2017)。
池田教授は、約10年間に渡り、ヨーロッパで普及しているCLILを日本の英語教育に取り入れるための指導方法や教員養成、教材開発について研究を進めてきました。
新しい小中高の学習指導要領では、英語教育とほかの教科(国語科や音楽科、図画工作科など)を結びつける工夫が求められています(文部科学省, 2017)。池田教授は、この方針はCLIL的な発想であり、実際、すでに小学5・6年生の検定教科書にもCLILの考え方が取り入れられている、と話します。
―先生はなぜCLILに興味をもたれたのでしょうか?
理由の一つには、私自身の英語学習経験があります。いまのように論文執筆や学会発表、大学の授業を英語でできるようになったのは、大学受験の勉強や海外生活のおかげではなく、英語史や英語教育、言語学などの専門科目を英語で学んだからです。
2007年から2008年にかけてイギリスの学会や講演などに参加したときに、当時ヨーロッパで活発に実践されていたCLILについて知ったのですが、まさに自分の体験と一致して「教科を英語で学ぶことが大事なんだ」と思いました。
もう一つの理由は、CLILは理論的にすごく美しい、ということです。
―「理論的に美しい」とはどういうことでしょうか?
シンプルだけど応用性や実用性があって効果が出る理論、ということです。もともと英文法の歴史を専門に研究していたのですが、私のモットーは「良い理論ほど実践的なものはない」です。
例えば、英文法には「8品詞」(※1)というものがあって、無限にある英語の単語をたった8つの品詞に分けられます。
あるいは、「5文型」(※2)もそうです。英語の文章は無限につくれるけれども、たった5つの文型に分類できてしまう。このルールがあれば、誰でも基本的な単語で文章がつくれますよね。
こういう理論は美しいと思います。複雑なだけで「理屈のうえではそうなんだけれども、実際は使えない」というのは、良い理論ではありません。
※1:名詞、代名詞、形容詞、副詞、動詞、前置詞、接続詞、関投詞
※2:第1文型:SV、第2文型:SVC、第3文型:SVO、第4文型:SVOO、第5文型:SVOC。Sは主語(〜が/〜は)、Vは動詞(〜する/〜である)、Oは目的語(〜に/〜を)、C:補語(主語や目的語の説明を補う名詞や形容詞など)を表す。
―CLILの理論は、シンプルで実践しやすいのですね。
CLILの理論は、「4つのC」にまとめることができます。
「Content」は、理科とか社会とか科目の内容です。
「Communication」は、読み書きのスキル、単語や文法、発音などの言語知識。要するに、英語ですね。
「Cognition」は、思考力。これがCLILで一番大事なところです。
「Culture」は、いろいろな文化的背景の人たちとコラボレーションすること。
こういうシンプルなパッケージなのですが、この「4つのC」を教材づくりや授業の実践、評価にバランスよく取り入れると、すごく良い教育ができるんです。一つとか二つの教科だけをCLILで実践している学校は、私立学校や外国語科などがある公立学校を中心に増えています。
Image by Makoto Ikeda
外国語の語彙を習得するには、インプットが不可欠であり、量と質の両方が重要だと言われています(Webb & Nation, 2017)。さまざまな教科と英語の学習を組み合わせるCLIL授業が増えれば、英語にふれる量は多くなるでしょう。
では、インプットの内容は従来とどのように違うのでしょうか?池田教授は、CLIL授業と従来のPPP(※3)授業を比較する研究を行った結果、CLIL授業のほうがインプットの質が高い、と考えます。
※3:Presentation、Practice、Productionの略。使う単語や表現などの言語材料が提示され(Presentation)、次に覚えた単語や表現を練習し(Practice)、最後に自分で文をつくりペアやグループで会話する(Production)、という小学校や中学校でよく使われる英語教育方法。
―CLILの授業と従来の授業では、インプットの質がどのように違ったのでしょうか?
仙台のある小学校で、アメリカ人の同じ先生が二つの違う教材を使って英語を教えてみました。一つは、小学1年生くらいの英語の授業でよく使われる教材です。家の中にある部屋の名前やThere is/are〜という表現が紹介されていて、文章で言う練習をします(例:There is one bed in the bedroom.)。
PPP教材のイメージ画像(IBS作成)
もう一つは、算数のCLILの授業で使われる教材(Mathematics for Elementary School 1st)です。「鳩が5羽います。あと6羽が飛んでやってきました。全部で何羽になるでしょうか?」という足し算の文章問題が書かれていて、計算をしながら英語で答えます。
算数のCLIL教材のイメージ(IBS作成)
授業中に出てきた単語をすべて分析したところ、おもしろいことがわかりました。PPP授業のほうが多くの単語を扱っているのですが、家の中にあるものとか、限られた単語しか出てきません。
先生の質問も、「何が見える?」、「いくつある?」というように、答えが決まりきっている単純なものばかりでした。一方、算数のCLIL授業では、単語数はそれほど多くなかったのですが、「ほかに違うやり方(計算の仕方)はあるかな?」、「どういうふうに8をばらせるかな?」(例:4+4、2+6)というように、生徒に考えさせる質問、必ずしも決まっていない質問など、質問のバリエーションがたくさんありました。
―インプットの質は、子どもたちのアウトプットとも関係があるのでしょうか?
はい。子どもたちがどのような英語を話したのかということを調べるために、授業中の音声を録音して分析しました。すると、PPP授業の生徒たちは、覚えた単語や表現、“There are six pillows.” というような文章しか話しません。
一方、算数のCLIL授業では、自分で文章問題をつくることが最終目標になっていて、例えば、生徒がこんな文章をつくっていました。
“There are seven witches. Six witches come in. How many witches are there altogether?”
(7人の魔女がいます。6人の魔女が部屋に入ってきました。魔女は全員で何人いるでしょうか?)
アウトプットされる言語の単位が「文章(sentence)」ではなく、「談話(discourse)」になっているんです。意味がバラバラの文章をいくつつくっても、全体として一つにまとまった談話になっていなければ、相手に何かを伝えることはできませんし、それが本当のコミュニケーションにおける英語の使い方です。
つまり、CLILの授業では、「いかに考えさせるか」ということを意識したインプットをたくさん与えます。だから、何か思考が入ったうえでのアウトプットや談話レベルでのアウトプットが出てくるんです。
一見、単語レベルでは、このCLIL授業のインプットは豊かでないように見えるかもしれませんが、このようにインプットの質が違うんです。
<取材協力>
池田真教授(上智大学 文学部英文学科 同学科長)
<プロフィール>
英語学(特に英文法史)と英語教育(特にCLIL)を専門とし、日本におけるCLILの指導方法、教員養成・研修、教材開発に関する研究や実践をヨーロッパの専門家と協力して進めている。日本CLIL教育学会 副会長。