日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2019.12.10
2019年11月に大学入試への英語民間試験の活用が見送られ、報道でも大きく取り上げられていますが、実はこのような改革の中断は、数年前に韓国でも起きています。
今後も各国で試行錯誤が続くことが予想される中、早期英語教育ではどのようなことを考える必要があるのでしょうか。
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【目次】
2019年11月1日、文部科学省大臣によって導入見送りが発表された「大学入試英語成績提供システム」。2020年度の大学受験者が2019年4〜12月に英語民間試験(英検やTOEICなど)を受験すれば、その成績データが大学入試センターを介して出願大学に提供されるという仕組みです。
全国の高等学校や大学、民間試験業者等からの協力を得ながら準備が進められてきましたが、「経済的な状況や居住している地域にかかわらず、等しく安心して受けられるようにするためには、更なる時間が必要」(文部科学省, 2019)という理由により、英語の民間試験活用そのものが再検討されることになり、実施間際の決定であったことから大きな混乱が生じました。
この大学入試における英語民間試験活用が決まった時期は、今回の受験生の多くが高校1年生であった2017年7月。同年の春3月には小学校・中学校、翌年3月には高等学校の学習指導要領が改訂・告示され、それらと同時進行で、新学習指導要領の内容と大学などの高等教育に一貫性をもたせるため、また、高等学校で身につけた知識・技能を大学入試で適切に評価するために大学入試改革が進められていました。
そして、2017年7月策定の「大学入学共通テスト実施方針」において、2020年から「大学入試センター試験」が「大学入学共通テスト」という名称に変わること、国語や数学に記述式問題が追加されることなどと併せて、新学習指導要領で重視することになった「読む」「聞く」「話す」「書く」の英語4技能を適切に評価するために英語民間試験を活用することが公表されたのです(文部科学省, 2017)。
文部科学省の資料によると、2020年の東京オリンピック開催を見据え、大学入試における英語試験の改革については2014年から本格的な議論が始まり、新たな英語試験の開発も提案されたものの、特に「話す」「書く」の評価が課題となったことで早い段階から民間試験の活用が議論の中心になっています(文部科学省, 2014; 文部科学省, 2015; 文部科学省, 2017)。
例えば、音声録音の試験を新たに開発したとしても、何十万人もの受験生が同日に一斉に使用できる録音機器を準備できるのか、どのような基準・方法で評価・採点をするのか、など多くの問題点があります。
これらを2020年までに解決することは難しいと判断され、以下の理由により、民間試験を活用することが決定しましたが、「2020年」にこだわったことによって十分な議論がされないまま、早急に改革が推し進められた様子が伺えます。
「民間の資格・検定試験は、英語4技能を総合的に評価するものとして社会的に認知され、一定の評価が定着している。高等学校教育や大学の初年次教育の場でも活用が進み、推薦・AO入試を中心に大学入学者選別にも活用されている。」
(文部科学省, 2017)
日本ではほとんど報道されていませんが、実は、韓国も大学入試における英語試験の改革を試みています。韓国では、日本よりもかなり以前の1980年代から、「読む」「聞く」「話す」「書く」の英語4技能を重視する方針を明確にして英語教育が行われてきました。
1990年代には、小学3年生から英語を必修教科にする、児童・生徒の英語力でグループ分けをして授業を行う、正確さよりも流暢さを優先する、など、大幅にカリキュラムが変更されています(Chang, 2009)。また、高校卒業時に受験することが義務付けられている「College Scholastic Ability Test(大学修学能力試験)」(通称:CSAT)では、英語試験でリスニング問題が出題されるようになる、語彙・文法知識よりもコミュニケーション能力重視、正確さよりもスピード重視など、英語教育の方針を反映させた内容となりました。
このように、韓国政府が強力に英語教育改革を推進させる一方で、塾や留学など、学校外での英語教育に関する家庭の経済的負担が社会問題になっていきます。韓国の親たちが子どもの英語教育のために使う出費は日本のおよそ3倍と言われており(Park, 2009)、教育のみならず試験を受けるための負担も大きくなりました。
韓国では、有名な高校・大学への入学や卒業、就職や昇進など、あらゆる場面で英語力を証明する必要がありますが、日本の英検などのように国内で開発されて広く普及している英語試験がありません。
そのため、7割以上の人々はTOEICやTOEFLなど海外の試験を利用し(Ministry of Education, 2007)、TOEFLに関しては、国内における受験の需要過多と試験実施の供給不足が生じるようになりました。
2007年には毎月何百人もの韓国人がTOEFL受験のためだけに海外へ行かなければならない「TOEFL crisis(TOEFL危機)」と呼ばれる深刻な状況になることがわかり、TOEICやTOEFLなどの国外で開発・運営されている英語試験に頼ることが国全体の社会的・経済的問題として認識され始めます(Takeshita, 2010: Shin, 2019)。
2006年、韓国政府は「話す」「書く」を含む英語4技能を評価できる新たな英語試験「National English Ability Test(国家英語能力評価試験)」(通称:NEAT)を開発する、という大改革を決断します。大学入試でこの英語試験を活用することで学校の英語教育や児童・生徒の英語学習で「話す」「書く」が重視されるようになること、そして、TOEFL受験に関する家庭の経済的負担が軽減することが期待されました。
韓国が日本のように民間試験を活用しなかった背景には、このような経緯と状況があったのです。
コンピューターとインターネットを使って行うNEATは、2009年から数年間の試行を段階的に行ったうえで本格的な実施が予定され、同時に、全国の公立小中学校・高等学校すべてに英会話講師を配置してスピーキングの授業を行う計画も発表されました(Ministry of Education, 2008; Ministry of Education, 2009)。
NEATは韓国版TOEFL、韓国版TOEICとも呼ばれ、実際に、全国36の大学が2013年度入学者向けの入試にNEATを活用しており、順調にいけば、2016年には既存の大学入試CSATに代わる英語試験として全面的に実施されることになっていました(Bahk, 2013)。
しかしながら、2013年の終わりには、政権交代とともに、NEATを大学入試に活用する計画の中止が決定し、この計画には40億円近くの国家予算が投入されていたこと、受験者の需要を見込んですでにNEAT対策の教材や授業を開発した民間事業者もいたことなどから、多くの批判と混乱を招きました(Jung & Jung, 2014)。
学校外の塾などでスピーキングを学ぶ児童・生徒が増え、家庭の経済的負担もさらに増える可能性が懸念されたことが主な要因とされており、高校の英語教師たちの大多数も、期待と同時に、以下のような不安を抱いていたことがアンケート調査でわかっています(Whitehead, 2016)。
NEATが学校教育に与える影響に対応する準備ができていない
NEAT受験の練習をさせるためのコンピューター環境が学校に整備されていない
NEATで求められる「話す」、「書く」を教えるための教材や英語力・指導力がない
1クラスの生徒数が多い学校の授業で「話す」、「書く」を指導することは難しい
学校外で「話す」、「書く」を学ぶ児童・生徒とそうでない児童・生徒で差が開く
このような不安は、学校や教員、児童・生徒、保護者の多くが「英語は大学入試のために教える/学ぶ」と考えていることの表れでもあり、メディアの報道によってNEATが韓国の英語教育にもたらす変化への期待が高まれば高まるほど、英語教育や英語学習が「コミュニケーションのため」ではなく「大学入試のため」という意識が強まって本来のNEATの目的が見えなくなってしまったと考えられています(Shin, 2019)。
英語の試験は、本来は、英語教育や英語学習の成果を調べるためのものですが、逆に、試験内容が教育(何を教えるか)や学習(何を学ぶか)に変化を及ぼす場合もあります。このような影響はウォッシュバック(*)効果、波及効果などと呼ばれており、近年は、応用言語学の分野でも研究対象として注目が高まっています(Whitehead, 2016)。
例えば、英語の試験にスピーキングが含まれていれば、学校の英語教師がスピーキング力を向上させるための授業を行うようになる、児童・生徒がスピーキングの練習を積極的にするようになる、などの良い影響があるかもしれません。一方で、スピーキングを教えることや学ぶことの目的が、コミュニケーションではなく試験で良い成績をとることになる、塾や教室など学校外での学習に頼ることで家庭の経済的負担が増える、などの悪い影響が生じる可能性もあります。
多くの人々にとって将来の進路が決まる可能性が大きい大学入試を改革する場合は、英語教育のみならず、「経済的に恵まれている家庭の子どもは有利で、そうでない子どもは不利になる」という社会的・経済的な公平さも大きな問題になってきます。
このような影響を十分に考慮したうえでの情報公開や準備が不足していたという点で、韓国と日本の大学入試改革はとても似ています。韓国は、海外・民間の英語試験に頼ることが家庭の経済的負担になると判断し、国が新たな試験を開発することを選び、一方、日本は、国が新たな試験を開発することは困難であると判断し、民間の英語試験を活用することを選びました。
韓国と日本がそれぞれ異なる方法で英語教育を変えようとしたものの、どちらも改革の見直しを余儀なくされたことを考えると、今後の大学入試がどのように変化するかは予測が難しいのではないでしょうか。
今回の日本における大学入試への英語民間試験活用の見送りは、大学入試を英語教育の目的にすることが適切ではないことを改めて痛感する出来事です。
「子どもたちには英語で困らないようになってほしい」と願う親にとって、国の方針を知ることは重要ですが、国の方針が決まっても学校教育の現場にまで浸透するには時間がかかり、国の方針も政治・経済・社会的状況に合わせて変化するため、進学や就職のみを英語教育の目的にすると、大学入試が変わるたびに振り回されてしまいます。
英語教育で4技能が重視されるようになり、幼いころから4技能をいかに身につけさせるかということを考える人は多いでしょう。しかしながら、4技能を身につけさせることよりも、4技能を身につけると何ができるのかを体験させることのほうがはるかに重要かもしれません。
例えば、英語を聞き取れたから海外の人を理解できた、英語を読めたから海外の情報を得られた、英語を話せたから海外の人との交流を楽しめた、英語で書けたから自分の考えを海外に発信できた、というような体験を幼いころから積み重ねていたら、そして、それらの体験が英語学習の理由やモチベーションになっていたら、将来、4技能の必要性や学習に疑問を感じることはないはずです。
早期英語教育にとっては、大学入試の先行きが不透明になった今、大学入試がどのような内容であるかにかかわらず、子どもたちが「聞く」「読む」「話す」「書く」をバランスよく学べる児童・生徒に育つためには何ができるかを考えることが最も重要なのではないでしょうか。
(*) 英語のwashback。波にさらわれたものが波打ち際に再度打ち上げられることを意味する。
■関連記事
大学入試、英語の民間試験の活用見送り |
Bahk, E-J. (2013, May 13). Homegrown English tests in trouble. The Korea Times. Retrieved November 27, 2019 from
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Jung, M-H. & Jung, S-E. (2014, May 21). Questions remain over billions blown on NEAT. The Korea Times. Retrieved November 27, 2019 from
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Park, J-K. (2009). ‘English fever’ in South Korea: its history and symptoms. English Today, 25(1), 50-57. 10.1017/S026607840900008X
Shin, D. (2019). Analyzing media discourse on the development of the National English Ability Test (NEAT) in South Korea. Language Testing in Asia. 9, 4.
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Takeshita, Y. (2010). East Asian Englishes: Japan and Korea. In Kirkpatrick, A. (Ed.), The Routledge Handbook of World Englishes (pp. 265-281). London, England: Routledge.
Whitehead, G. E. K. (2016). The Rise and Fall of the National English Ability Test: Exploring the Perspectives of Korean High School English Teachers. Asian EFL Journal Research Articles, 18(4), 124-155. Retrieved from
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文部科学省(2019).「大臣メッセージ(英語民間試験について)」. Retrieved November 25, 2019 from
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