日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2022.05.20

多言語・多文化社会で英語を使うために知っておきたい3つの概念 〜横浜市立大学 土屋准教授インタビュー(前編)〜

多言語・多文化社会で英語を使うために知っておきたい3つの概念 〜横浜市立大学 土屋准教授インタビュー(前編)〜

日本では、「英語学習の最終目標は、できる限りネイティブスピーカーに近づくこと」という考え方が根強くあります。しかし、非英語圏を含め、さまざまな言語・文化的背景をもつ人々が共通語として英語を使用している現代では、日本人が目指すべき英語使用者の姿や異文化間コミュニケーション能力のあり方を見直す必要があるのではないでしょうか。

そこで今回は、土屋 慶子准教授(横浜市立大学)にお話を伺い、日本ではまだあまり理解されていない3つの概念とともに、今後の英語教育で目指すべきゴールについて考えます。

 

まとめ

・ELF(リンガフランカとしての英語 / English as a Lingua Franca)は、母語の異なる人同士が英語を使ってコミュニケーションをするプロセス。英語の母語話者であるか非母語話者であるかにかかかわらず、お互いの英語を調整しながら相互理解を目指すことが重視される。

・CLIL(内容言語統合型学習 / Content and Language Integrated Learning)は、ヨーロッパの多言語主義を背景とした教育アプローチ。あるテーマについて他者や自分がどのような意見を持っているかを考えて表現するために英語を使う練習になる。

・トランスランゲージングは、複数の言語を使うことに対する見方を変えたバイリンガル教育のアプローチまたは概念。コミュニケーションの目的を達成するために「ことば」のレパートリーとして持ち合わせている言語をすべて活用することは、肯定的に捉えることができる。

・「ことばを使う」ということは、他者と一緒に何かをすること。英語を使って社会に貢献するためには、自分とは立ち位置が異なる人々と協働してコミュニケーションを成立させようとする態度が重要。

 

【目次】

 

 

1)ELF:「私の英語」と「あなたの英語」をお互いに近づけて理解し合う

―土屋先生は、これまでどのような研究をされてきたのでしょうか?

学部生のころから英語教育について学んでいたのですが、イギリスの大学院では、ことばのやりとりに注目して研究していました。例えば、コミュニケーションをするときにターンの交代(話者の交代)がどのようにされているか、ということですね。

帰国後は、私の出身大学(早稲田大学)にいらっしゃった村田久美子先生がELF(リンガフランカ/共通語としての英語)に関する科研プロジェクトの研究メンバーに誘ってくださり、ELFについて研究し始めました。

ことばだけではなく、うなずきやジェスチャーなども含めてやりとりを分析しているのですが、最近は、救急医療の現場における医師たちの視線の動きを分析して医療教育に貢献することを目指すプロジェクトにも参加しています。

 

ーELF(リンガフランカとしての英語)とは、どのような考え方なのでしょうか?

「World Englishes(世界で話されている英語たち)」は、インド英語やシンガポール英語など、英語のさまざまな種類を指しますが、ELFはそれらとは異なります。

ELFは、英語の非母語話者同士(母語話者が入ることもある)が英語でコミュニケーションをするプロセスである、と定義されています(※1)

EFL(外国語としての英語)という考え方においては、ネイティブ・スピーカーが話す英語がモデルであり、学習者はとにかくそれを真似して近づこうとします。

例えば、日本人は一生懸命LとRの発音を練習したりしますよね。

でも、ELFでは、「私の英語」と「あなたの英語」という世界観です。

それぞれの英語を一緒に近づけていって(accommodate)、お互いに理解し合おうとすること(intelligibility)が大事だと考えられています。

ELFの研究者は、従来の英語教育でネイティブ・スピーカーの英語だけが規範とされていることに対して、違う意見を述べたいという意識が強いと思いますね。

従来は、英語の母語話者の会話を分析することで、英語の教科書で扱う表現などが決められてきましたが、ここ10年くらいは、母語が異なる人同士が共通語として使う英語(ELF)の特徴を分析する取り組みがされています。

やはり教育をするうえではモデルが必要になりますので、EFLとELF両方の考え方が共存していくのが良い、という立ち位置ではありますが、ELFの考え方を少しでも伝えると、学生の英語を使うことに対する態度が変わるので、とてもおもしろいと感じています。

 

―英語教育で何を教えるかを考えるときに、ネイティブ・スピーカーの英語だけではなく、母語が異なる人々がお互いの英語を近づけながら理解し合うプロセスにも注目するべきだということですね。では、そのようなプロセスにはどのような特徴があるのでしょうか?

母語が異なる人々が英語で会話をすると、意味が通じなかったり、誤解が生まれたりするのではないか、と思われがちですが、だいたいはコミュニケーションがうまくとれています。

まず、相手の発音や英語表現が自分のものと多少違っていても、それを聞き流す、という特徴があります。これは「Let it pass」と呼ばれています(※2)

また、相手が理解しているかを気にしながら、ことばを繰り返したり言い換えたりすることで自分の意図を的確に伝えようとします(※3)

相手を理解するために、わからない部分があれば「どういう意味?」という感じで聞き直すことで会話の修復(Repair)をする、ということも常に行われています。

さらに、共通語として英語を使う人たちが集まっていると、その場で即興的につくられて共有されることばがあると言われています(※4)

例えば、日本の企業と別のアジアの国の企業の人たちが売り上げについてミーティングをしているときに、“It’s getting better.”(売り上げが良くなっている)と言うべきところを誰かが “More good.”と言い始めます。これは英語としては間違いなのですが、おそらく、それがおもしろいし共有したいということで、みんな “More good.” と言うようになっているんです(※5)

こういうふうに、そのグループやコミュニティに固有のことばを仲間内で使いたい、という気持ちが働いて、新しいことばがつくり出されることがあります。

 

―ネイティブ・スピーカーとは多少異なる英語の使い方であっても、それをお互いに許容して自分の英語を調整しながら、さまざまな方法でコミュニケーションを成立させているのですね。英語を使うことが少し身近に感じますね。

そうですね。ELFの研究者は、その感覚を英語教育に携わるみなさんや英語学習者に知っていただきたいと考えています。

ELFに見られる特徴は母語でのコミュニケーションにも現れますし、こういうふうにお互いがコミュニケーションのためにことばを調整することで、ことばは変化していくのだと思います。

ELFでのコミュニケーションでは、その程度が少し大きいため、ことばに対する態度(attitude)が重要になってきます。

英語は、「外国語」という遠い存在になってしまいがちですが、英語でコミュニケーションを成立させるために必要なスキルの中には、すでに身につけているものもあるわけなので、そんなに取っつきにくいものではない、という態度で英語と付き合っていくことができたらいいのではないかと思います。

 

2)CLIL:社会の中での自分の立ち位置を考えながらことばを使う

―先生は、CLIL(内容言語統合型学習)授業における会話の分析もされていらっしゃいますね。

2011年にDo Coyle先生(※6)のCLIL(内容言語統合型学習)(※7)に関する講演会に参加して、とてもおもしろい概念だと思ったのがきっかけですね。

スペインで英語のCLILを研究しているMaria Dolores Perez-Murillo先生と一緒に、スペインや日本で実践されているCLILについて研究するようになりました。

 

―CLIL授業で使われる英語には、どのような特徴がありますか?

CLILの授業で使われる言語には、language of learning(学習の言語)、language for learning(学習を行うための言語)、language through learning(学習のなかで培われる言語) の3種類があります(※8)

また、例えば実験をする授業であれば、分類する(Classify)、違いを定義する(Define)、状況を描写する(Describe)、実験結果をレポートする(Report)、自分なりに評価する(Evaluate)、その説明をする(Explain)、探求する(Explore)、というような、内容を理解するための発話が授業中にどんどん織り込まれていきます(※9)

ですから、特定の文法事項が含まれているセンテンスで会話させる、というような英語の使い方とはだいぶ異なりますね。

 

―CLILの授業では、分類、定義、描写、報告、評価、説明、探究というふうに、生徒が深く思考しながらことばを使っていることが特徴的ですね。このような英語の使い方を経験することは、異文化間のコミュニケーション能力を身につけるうえでどのような意義があるでしょうか?

CLILが生まれた背景には、ヨーロッパで多言語主義が推し進められていたことがあります。

CLILは「4Cs(4つのC)」、つまり、Content(科目内容やテーマを学ぶ)、Cognition(思考と学習の工夫)、Communication(目標言語でのコミュニケーション)、Culture(文化の多様性の理解と対応能力)(※10)を理念としていますが、4つ目のCultureが思想として当初から含まれている点がとてもおもしろいと思っています。

教室内で学んでいる内容が地域コミュニティや世界のいろいろな地域・国と密接につながっていることを知って、そのテーマについてほかの人はどう思うのか、自分はどう思うのかを考えて話す、ということを日本語でも英語でもできると、とても良いCLIL授業になっていると思いますね。

昔は、「この人は誰々さん」ということを村の人たちみんなが知っていて、自分がどのような立ち振る舞いをするか、一生をどのように過ごしていくかがわかっていましたよね。

でも、現代は「Liquid Modernity (液状化する社会)」(※11)であると言われていて、経済産業省の報告(※12)にも書かれています。私たちは、日々、いろいろな選択を迫られて、自分は何者なのか、ということを考える必要があるんです。

そういう意味では、CLILは、自己と他者の位置づけをする練習、周りにある事象に対して自分がどういう立ち位置でいるかを考える練習になります。

CLILでは、いろいろな情報を取り入れて内容を理解するためだけではなく、さらに、それがどういうものなのかを定義して区別したり、それに対する自分の意見を表明したりするためにことばを使います。

 

(※1)Seidlhofer, B.(2011). Understanding English as a lingua franca. Oxford University Press.

 

(※2)Firth, A. (1996). The discursive accomplishment of normality: On ‘lingua franca’ English and conversation analysis. Journal of Pragmatics, 26(2), 237-259.

https://doi.org/10.1016/0378-2166(96)00014-8

 

(※3)Kaur, J. (2010). Achieving mutual understanding in world Englishes. World Englishes, 29(2), 192-208.

https://doi.org/10.1111/j.1467-971X.2010.01638.x

 

(※4)Pitzl, M. (2018). Transient international groups (TIGs): exploring the group and development dimension of ELF. Journal of English as a Lingua Franca, 7(1), 25-58.

https://doi.org/10.1515/jelf-2018-0002

 

(※5)O’Neal, G. (2019). Systematicity in linguistic feature selection: Repair sequences and subsequent accommodation. Journal of English as a Lingua Franca, 8(2), 211-233.

https://doi.org/10.1515/jelf-2019-2025

 

(※6)エディンバラ大学(イギリス)教授。CLIL研究の先駆者の一人。

 

(※7)Content and Language Integrated Learningの略。日本では主に「クリル(CLIL)」と呼ばれる。教科科目やテーマの内容(content)の学習と外国語(language)の学習を組み合わせた学習・指導のこと。例えば、社会科のあるテーマに関する英語を学んだり使ったりしながら、そのテーマの内容について理解して思考するような授業。

 

(※8)Coyle, D., Hood, P., & Marsh, D. (2010). CLIL: Content and Language Integrated Learning. Cambridge University Press. (笹島(2020)によると、「学習の言語」とは、学ぶ内容と直結した学習内容の言語。「学習を行うための言語」とは、学習活動を行う際に使用される説明、指示、質問、回答などの言語。「学習の中で培われる言語」とは、学習活動を通じて意図せずに学ぶ言語。)

 

(※9)Dalton-Puffer, C. & Bauer-Marschallinger, S. (2019). Cognitive Discourse Functions meet historical competences towards an integrated pedagogy in CLIL history education. Journal of Immersion and Content-Based Language Education, 7(1), 30-60.

https://doi.org/10.1075/jicb.17017.dal

 

(※10)日本語訳の出典は笹島(2020)。

 

(※11)Bauman, Z. (2000). Liquid Modernity. Cambridge: Polity Pess.

 

(※12)経済産業省. (2017). 不安な個人、立ちすくむ国家. 経済産業省 Retrieved from

https://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf

 

 

(後編へ続きます)

 

【取材協力】

土屋 慶子准教授(横浜市立大学 国際教養学部 国際教養学科 都市社会文化研究科 都市社会文化専攻)

土屋 慶子准教授(横浜市立大学 国際教養学部 国際教養学科 都市社会文化研究科 都市社会文化専攻)のお写真

<プロフィール>

専門は、応用言語学。教育やビジネス、医療現場における会話を言語(複言語)のほか、身振りや視線などの非言語的要素にも注目して研究することにより、人々がいかに社会的文化的アイデンティティを表出し、参与者間の関係性や場を協働的に創り出しているのかを明らかにしようとしている。言語教育の場をフィールドとする研究では、CLIL(内容言語統合型学習)授業における複言語使用(トランスランゲージング)やELF(リンガフランカとしての英語)会話での語用論的方略などを扱う。ノッティンガム・トレント大学大学院(イギリス)の英語科教育法修士課程終了、ノッティンガム大学大学院(イギリス)の英語学研究科博士課程修了。東海大学 国際教育センター准教授を経て、2017年4月より現職。

 

■関連記事

「リンガフランカとしての英語」を意識した英語教育を 〜東京工業大学 木村准教授インタビュー(後編)〜

CLILは、ほかの「外国語で学ぶ」教育とどのように違うか?〜東北大学 カヴァナ・バリー准教授インタビュー(前編)〜

 

参考文献

Eberhard, D. M., Simons, G. F., Fenning, C. D. (eds.) (2021). Ethnologue: Languges of the World (24th ed.). SIL International.

https://www.ethnologue.com/language/eng

 

笹島茂(2020).「教育としてのCLIL」. 三修社.

PAGE TOP