日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2021.06.04

多文化共生社会に必要な学校教育における「やさしい日本語」〜一橋大学 庵教授インタビュー(前編)〜

多文化共生社会に必要な学校教育における「やさしい日本語」〜一橋大学 庵教授インタビュー(前編)〜

日本では、「外国語教育」というと、日本人の英語教育について議論されることが多いですが、近年増加している外国籍の子どもたちに対する日本語教育の効果については、比較的あまり知られていません。そこで、今回、日本語教育や「やさしい日本語」を専門とする庵先生にお話を伺い、多文化共生社会に必要な学校教育のあり方について紹介します。

【目次】

 

外国籍の子どもに対する日本語教育の重要性

―先生が「やさしい日本語」に関心をもつようになったきっかけや背景は、どのようなことでしょうか?

2002年ごろ、子どもの日本語教育や言語保障について研究されていた山田泉さん(元 法政大学教授)の講演を聞いたことがきっかけでした。その講演のテーマは、義務教育の対象外である外国籍の子どもたちが日本語学習の問題を抱えていて、一部の子どもたちはアウトローになってしまう、という内容でした。

そのような課題に対して、日本語教育の立場から何かできないか、ということを考え始めました。2008年ごろから本格的な研究を始めました。「科学研究費」という国の助成金をいただいて研究を進めるようになったのは2010年からですね。

 

―外国籍の子どもたちの将来にとって、日本語教育はどのような意味で重要なのでしょうか?

「やさしい日本語」の研究は、もともとは、外国籍の大人に対してどういうふうに情報を提供するか、という課題に取り組むために始めましたが、子どもの場合は、別の課題があります。

大人の場合は、日本で生活することを自分で選択していますよね。ですから、日本語の習得レベルは初級修了くらいのレベルでもかまわない、という考え方もありえます。

ただ、子どもの場合は、将来的に、自分の親の出身国など別の国で生活するのであれば話は別ですが、そうでなければ、ずっと日本で生活していくことになります。

しかし、現状では、二つ以上の言語が使えるからといって就職先があるか、というと、日本語がネイティブ・スピーカー並みのレベルでない限りは難しいと言えます。

実は、外国人留学生の就職もなかなか難しい状況です。留学生の場合は、母語に加えて、多くの場合は英語ができて、さらに日本語も日本語能力試験のトップレベルの級(N1)に合格していますが、それでも、なかなか就職が決まりません。

 

―現状、外国籍の人々が日本で就職をするときには、日本語能力が障壁になるのですね。

そうですね。ですから、外国籍の子どもたちの日本語能力は、最終的には母語話者に近いレベルまで到達する必要があります。しかし、彼らの日本語学習時間は、日本語話者が日本語を身につけるまでにかけている時間に対して圧倒的に少ないわけですね。その時間的なギャップをなんとか埋めなければなりません。

日本人と同じように学習したら、絶対にもともとの日本語力の差が埋まりません。進学や就職の際に、競争相手になるのは日本人です。そのときに、日本語力の差が残ったままだったとしたら、話にならないわけです。

 

―たしかに、日本で生まれ育ってきた日本人の子どもと、日本に移住してきた外国籍の子どもとでは、日本語習得にかけられる時間に大きな差がありますね。

すると、どこかの段階でその差をなくすための仕掛けが必要であり、明示的に日本語を教えることが必要になります。教え方に関しても、時間が限られているわけですから、より効率的に、かつ、上級レベルまで到達できるようにしなければいけません。

留学生向けの日本語教育とはやり方が違います。本来100時間かけて学習させるものを50時間、30時間で学習させようとすると、もちろん抜けてくる部分は出てきますが、日本語の知識がゼロの段階から始めても、とりあえず上級レベルの知識を得られる、という教え方を考えなければなりません。

これを、「バイパスとしてのやさしい日本語」と呼んでいます。

 

―「バイパス」とは近道というような意味でしょうか?

そうですね。なぜ、「バイパス」が必要かというと、先ほどお話ししたように、日本人との日本語力の差が平行線のままでは、将来の進学や就職で勝負にならないからです。

日本国内の日本語教育は、留学生のためのものが中心になっています。でも、留学生に対する日本語教育と子どもに対する日本語教育は違います。留学生の場合は、すでに概念を母語で知っていて、それを日本語でどう表現すればいいのか、ということを学べばいい。つまり、ことばだけを学べばいいわけです。

でも、子どもの場合、概念も日本語で学ばなければならない可能性がある。ですから、留学生と同じようにはいきません。

 

─子どもが学校教育で知識を獲得していくこと、そして、将来の進学や就職のことを考えると、やはり小学校の段階から明示的な教育が必要ということですね。

そうですね。でも、それを実現するためには、さまざまな問題があります。
外国籍の子どもたちは、義務教育の対象外です。2年くらい前に報道されましたが、外国籍の未就学児は約2万人いると言われています。このような子どもたちが就学年齢になると、「学校に来てください」という案内の手紙が届きますが、親がその手紙を読めない場合もあります。そのため、外国籍の子どもたちがいまどこにどれだけいるか、ということが把握されていないケースがかなりあります。

また、小学校に入学して、同級生の日本語力に追いつくための取り出し授業を受けていたとしても、専門的な語学の研修を受けた人が教えているとは限りません。しかも、その時間数が足りているとも言いがたいです。

 

―まずは、外国籍の子どもたちが確実に小学校へ入学するようにしなければいけませんね。

日本人なら9割以上が高校に進学しますが、外国籍の子どもについては、そもそも母数がわからないから進学率を把握するための統計がありません。ただ、状況証拠などを集めて計算すると、30%くらいではないかと言われています。

その30%の子どもたちも、とりあえず高校に入学したけれど卒業できていない、という可能性もあります。なぜドロップアウトするかといえば、勉強についていけないからです。すると、その子どもたちの学歴は中卒になり、就職先の選択肢は非常に限られてきます。

低賃金の仕事にしか就けないとなると、税金を払うことが難しくなります。結局、外国人を受け入れて人口を増やしたとしても、人口減少による財政赤字を改善する見通しが立たず、日本社会にとっても問題となるでしょう。

ですから、最低限、中学生の間に教科書が読める、教科書から知識がとれる、というレベルまで到達できるように支援する必要があるのです。

 

外国籍の子どもたちに対する日本語教育の課題とは?

―外国籍の子どもたちに対する現在の日本語教育には、どのような課題があるでしょうか?

子どもに対する日本語教育は、かなり実践があります。日本語教育学会は、日本語教育関係で一番大きい学会なのですが、7、8年前に大会委員長として運営の責任者をしたときに調べたところ、子どもの日本語教育に関する研究発表は、最も発表数の多いものの一つでした。

ただ、日本語教育が以前よりも有効になったかという点では、20年前に山田泉さんの講義を聞いたころとほとんど変わっていない可能性があります。当時もいまも統計がないので正確にはわかりませんが、リソース(資源)をかなり使って取り組んでいるのに、客観的に見える数値としては成果が上がっていないのではないか、ということです。

大人の留学生であれば、すでに頭の中にある概念について、日本語で書かれたものを理解したり、日本語でそれを表現したり、いわばことばの置き換えで済む部分が大きいです。文法をどんどん教える、というやり方もできます。

しかし、子どもは、日本語教育といっても、単にことばの問題だけではなく、どういうふうに物事を理解するかという概念把握も関わるので、工夫が必要です。だからといって、ことばの構造を教えることは二の次でいいか、というと、そういうわけにもいきません。このあたりのバランスがまだ十分にとれていないのではないか、という気がしています。

 

―子どもの日本語教育に関する研究は盛んに行われているけれども、まだ効果的な教育方法は確立されていないのですね。

言語には、言語の構造や知識、認知、社会的なコンテクスト(文脈)におけるやりとりなど、いろいろな側面があります。ですから、それぞれの専門家が意見を出し合って、総合的に取り組んでいく、というあり方が望ましいのですが、そういう流れになっていないのではないかと思いますね。

本当に子どもの日本語力が伸び、学力が伸び、進学率や就職率が高まっているのか、というエビデンスが必ずしも十分に得られていないことも問題なのではないかと思います。

「子どもが主体的に学べるようになれば、それでいい」と言うべきではないと思います。日本語教育が専門ならば、子どもたちに関わる具体的な数値を上げていくことが責務だと考えるべきです。

教育の効果は、どういうことをもって効果とみなすか、どうやって測るか、という難しさがあります。ですから、いまの教育方法がだめというわけではなく、その効果を測る尺度はいくつか必要なのではないか、ということもあります。

 

後編へ続きます

 

【取材協力】

庵 功雄教授(一橋大学 森有礼高等教育 国際流動化機構 国際教育交流センター)

一橋大学 庵教授のお写真

 

<プロフィール>

研究分野は、日本語教育、言語学、日本語学。大阪大学文学研究科(現代日本語学講座 専攻)で博士号を取得し、一橋大学留学生センター講師・助教授、同大学国際教育センター准教授、一橋大学国際教育センター教授を経て2018年8月より現職。「やさしい日本語」研究グループ(http://www4414uj.sakura.ne.jp/Yasanichi/)代表者。日本在住の外国人やその子どもたちなど、言語的マイノリティに対する情報提供のあり方、日本語教育についても研究を行っている。

 

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