日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2022.11.22
青山学院大学 小張名誉教授・山本教授・佐竹准教授への取材記事後編です。
今回は、VRレッスンに参加した学生の英語力が伸びた理由(前編からの続き)と研究課題について紹介します。
著者:佐藤 有里
【目次】
―VRレッスンを受けた学生の英語力が上がった要因として、「外国語不安の軽減」のほかにも考えられるものはありますか?
山本先生:
学生には、ATR CALL BRIX のテスト(TOEIC®️ L&Rテスト対策コース)を月1回受けさせて、毎回振り返りのコメントを書いてもらっています。
そのコメントを見ると、VRレッスンでほかの学生との実力差に気がついて「がんばろう」というポジティブな感情をもった学生がたくさんいたので、これも関係したのではないかと思っています。
英語が苦手な学生もけっこういたのですが、VRレッスンで先生やほかの学生が英語を話しているのを見て、「レッスンは楽しかったけど、しゃべれなくて恥ずかしかったからなんとかしなきゃ」というようなコメントが多かったんです。
―ほかの学生の英語力を知ったことでやる気が出た学生もいたのですね。
山本先生:
普通の授業では、英語に対する不安だけではなく、学生は自分のレベルがどれくらいかわからない、という問題もあります。英語を使う機会があっても、みんな自分の実力をほかの人に見せるのが恥ずかしくて隠すからです。
インタビューでも「やっぱり話す機会がないですし、ほかの日本人の大学生がどれくらいしゃべれるのかがわかる機会があまりないので、自分がけっこう話せたら周りの人よりもできたことがうれしいし、ちょっとできなかったら、もっとがんばろうって思えるんじゃないかなと思いました」という感想がありました。
―「みんなよりも英語を話せなかった」ということで自信をなくす可能性もあるかと思いますが、そうならなかったのはなぜだと思われますか?
山本先生:
ほかの学生と比較したときに、気持ちがネガティブな方向ではなく、「がんばろう」というポジティブな方向に行った学生が多かったのは、「楽しかった」という体験があるからだと思います。
また、このVRレッスンが評価を伴わない学習活動であり、好きな時間に好きなだけやっていたということも大きな要因だと思います。
ATR CALL BRIXでは、ほかの学生の成績や平均点、最高点、最低点なども見ることができるのですが、自分の英語力の低さに気づいた学生も「がんばらなきゃ」という感想を書いていました。
学生たちがボランティアで参加して、何かを強制されたり、成績評価を気にしたりすることなく、現実世界に近いバーチャル空間でほかの学生の英語力と比べながら楽しく学ぶことにモチベーションを高める効果があったのかもしれません。
―VRレッスンで英語を使う体験が不安を軽減するだけではなく、「がんばろう」という気持ちにつながるのであれば、英語力だけではなく学習態度への影響も期待できますね。
山本先生:
そうですね。TOEICテストの振り返りコメントでは、VRレッスンを受けていない学生40人はTOEICの勉強のことしか触れないのですが、VRレッスンを受けた学生の場合は、「やっぱりもっとVRレッスンを受けていればよかった」、「VRレッスンを受けたあとにTOEICのテストを受けたら点数がすごく上がった」、というように、自分のスコアの伸びとVRレッスンを結びつけて考えている学生が何人かいました。
VRレッスンのこのような効果を測る方法もこれから検討していきたいと思っています。
VRレッスンの様子
―VRレッスンが評価を伴わない学習活動だった、というお話がありましたが、そのほかの授業外学習がスコアの伸びに影響した可能性はあるでしょうか?
小張先生:
全員にAIスピーカー(Alexa)を貸し出していたので、それを使った学習が影響した可能性もありますね。
以前、AIスピーカーで好きなアプリを使って、授業外の日常生活で英語を聞いたり話したりする時間を増やす、という授業実験をして論文(Obari et al., 2020)を発表したのですが、TOEICのスコアが1年間で200点くらい伸びて、スピーキング・テストのスコアも上がりました。
学生に学習日記をつけさせたりAIスピーカーを使っている様子を動画で記録してFacebookに投稿させたりしたのですが、もしかしたら、自分で学習をコントロールできる、意欲が高い、こういうテクノロジーを使うのが好き、というような、いろいろな要因が全部組み合わさると学習効果が出るのかもしれません。
山本先生:
そうですね。今回も、英語学習に役立つAIスピーカーのアプリや使い方を紹介していたので、学生たちはけっこう自由に使っていたみたいです。ただ、今回は、それを使うかどうかは学生に任せていましたし、どのアプリをどれくらい使ったかは強制的に記録させていないので、AIスピーカーを使った学習がスコアの伸びにつながったかどうかはわかりません。
小張教授が効果を検証しているAIスピーカーを使った自宅学習
学生たちはAIスピーカーを使って英語のリスニングや発音などを練習する様子をFacebookに投稿した。
―学生たちの英語力の伸びには、さまざまな要因が影響していそうですね。今後、学生一人ひとりの学習状況をくわしく調べて分析する予定もありますか?
山本先生:
今後は、学生同士を比較する横の分析をしていくだけではなく、個々の学生を時間軸で追っていく縦の分析もしなければいけないと思います。
ボランティアとして実験に参加している学生に日記をつけさせたりすることはなかなか難しいのですが、一人ひとりにもっとインタビューをしたりして、スコアの変化に影響する要因を調べていきたいですね。
―パイロットプロジェクト開始から1年が経過して、どのようなことが研究の課題になっていますか?
佐竹先生:
VRレッスンは、ある程度の量を集中的に受けさせないと、数値で効果を示すことは難しいと思いました。
山本先生:
何らかの理由で、プロジェクトへの参加を途中でやめた学生が多かったので、参加学生のモチベーションをどう維持するかが今後の課題ですね。
大学の倫理規定に沿って、VRレッスンが一切成績に関係しないこと、途中で参加をやめてもいいことを事前に書面で説明して参加してもらっているので、強制力がありません。
ただ、先ほどお話しした通り、強制していないからこそVRレッスンの 効果が出たのかもしれません。
―なるべく多くの学生がVRレッスンをたくさん受けてくれるように、どのような工夫をされていますか?
山本先生:
昨年はボランティアの先生一人ひとりにレッスン内容をお任せしていたのですが、2022年度は、1週間ごとにレッスン内容を決めて、12週間に渡って計12レッスンを受けられるように計画しました。
レッスンプランはイーオンさんと共同で作成したのですが、このようにシステマティックにレッスンを組めば、1回やってみて「楽しかった」で終わったり途中でやめたりしにくいのではないかと思います。
今年は、このイーオンの先生とのVRレッスンを週1回、ボランティアの先生とのVRレッスンを週1回、合わせて週2回ずつレッスンを受けてもらいます。
レッスンのスケジュールも、学生が参加しやすい曜日や時間帯で設定しました。
―今年は、どのようなレッスン内容になっているのでしょうか?
山本先生:
空港での入国審査、ファストフード店、駅や街中、ホテルやリゾート、カフェや動物園、無人島など、海外のいろいろな場面で英語を使うレッスンです。
海外の観光地を巡って、クイズやディスカッションをしながら歴史や地理、文化などを学ぶバーチャル・ツアーも4レッスンありまして、それぞれの場面で使う文法項目はレッスンが進むごとに難しくなっていきます。
―昨年は、ボランティアの先生にレッスン内容をお任せしていたとのことですが、うまくいかない点もありましたか?
山本先生:
そうですね。会話の内容が深まって先生との信頼関係ができていたという点はよかったのですが、だんだん物珍しさがなくなってくるとVR空間をあまり活用しなくなったり、レッスンが単調になってしまったりしました。
世界遺産やSDGsについて英語で学ぶContent-Based Instruction(※7)のレッスンをしたいと考えていたのですが、ボランティアの先生だけでは人手が足りなかったのでイーオンさんに相談したという経緯があります。
昨年は、あえてレッスンの内容を絞らずに、まずVR空間で何をどれくらいできるのかを調べたので、今年はこのレッスンプランの効果を検証したいと考えています。
小張先生:
今年は、AIスピーカーの貸し出しを一旦やめて、VRレッスンの内容を充実させることに注力しますが、レッスン内容やカリキュラムが決まっている場合と、学生が自由にアプリなどを選んで学習するアクティブ・ラーニングと、どちらのほうが効果的なのか、という点も興味深いですね。
―現状、VRレッスンが英語力の向上に直接的につながるかどうかは明らかになっていないとのことですが、効果検証においてどのような課題がありますか?
小張先生:
学生たちは、VRレッスンのほかにも、90分の英語授業を三つ受けています。ネイティブ・スピーカーがいるクラス、リーディングのクラス、ライティング・コミュニケーションのクラスですね。
このような授業の影響も考えられますから、VRレッスンと英語力の関連性を分析することには難しさを感じています。
ただ、学習に対する態度や意識は、英語力以上に重要だと思います。
リスニング、リーディング、スピーキング(※8)のテストで英語力の変化を測るだけではなく、アンケートや授業観察で、学生の英語学習に対する認知的な側面がどう変化していくかも見ていきたいと思います。
―異文化理解教育における効果も検証される予定でしょうか?
山本先生:
昨年は、日常会話を中心としたレッスンだったのですが、今年のボランティアの先生たちには、キリスト教の世界観や文化、政治・経済などについて日本と比較しながら教えてもらっています。
私たちは、普段、政治や宗教などについて友だちや知り合いとお互いに意見を聞き合ったりすることはなかなかできませんよね。おそらく、VR空間であれば、アバターになることで障壁が下がって、そのようなディスカッションがしやすくなるのではないかと考えているので、その点も調べたいですね。
佐竹先生:
アンケート調査では、異文化の感受性(acceptance)や適応能力(adaptation)などに関する質問項目があって、学生に自己評価をしてもらうので、そこから結果が出てくると思います。
小張先生:
青山学院大学のモットーは、「地の塩、世の光」(マタイ5:13~16)です。
青山学院大学は、正門にジョン・ウェスレーの銅像があるように、オックスフォード大学のモットーである、”Dominus illuminatio mea” 「主は私の光 」(詩編27:1)が大学の教育哲学でもあります。
オックスフォード大学の数学者のJohn Lennox 教授は、“Where do we come from?”(人間はどこから来たのか?) “What are we here for?”(何のために私たちはいまここにいるのか?)、”What is the meaning of our existence?” (私たちの存在の意味は何なのか?)という3つの問いかけをしています。
大学は本来、これらの3つの質問を真剣に考える場所でもあり、何を基盤にして生きたら良いのか、形而上学的なことを考えることが大事です。特に、異文化間コミュニケーションや国際交流では、どのような価値観をもってやりとりをするかが重要です。
教育は、人間を幸福にするためにあるわけですから、テクノロジーを使って英語力を上げるだけではなく、人間としてどう生きていくかを考えさせる教育につなげていきたいですね。
―VRという新しいテクノロジーを使ううえでは、どのような課題がありますか?
山本先生:
VRレッスンは自宅で受けてもらえますが、はじめに使い方を覚えたり練習してもらったりしなければいけません。そのために、授業の合間にパッと行って練習できる部屋や、そこで機器を貸し出したり、VRゴーグルで目が見えない状態になっている学生の安全を見守ったりする管理者をどのように確保するか、という問題があります。
現状、主に私が管理をしていますが、もしVRレッスンを単位化するとなると、難しくなってきます。
小張先生:
VRゴーグルが重かったり、VR酔いしてしまったりするので、長時間のレッスンができないことも課題ですね。現状、学生が疲れないようなVRレッスンの長さは45分以下ではないかと考えていますが、それでも長いかもしれません。
山本先生:
昨年からこのプロジェクトを進めてきた成果として、これまで見えていなかった課題をたくさん発見することができました。
最先端のテクノロジーを使った壮大な実験で未来の英語教育を模索するという意味では、価値のあるプロジェクトだと思います。
VRはあくまで道具なので、何のために使うのかという目的を重視しながら、今年の秋から本格的な実証実験を進めていきます。
2021年度のTOEIC®︎ L&R受験者データ(国際ビジネスコミュニケーション協会, 2022)(※9)によると、大学生の平均スコアは学年が上がるほど高くなりますが、1年生と4年生の差は、公式テストで56点、IPテストで77点です。語学・文学系で英語専攻の学生(IPテスト受験者)であっても、1年生と4年生の差は89点です。
このデータから、大学生の間にTOEICスコアが100点以上伸びることは一般的ではなく、今回のVRレッスン参加学生の英語力の伸びは注目に値する成果であることがわかります。
学生が実際に受けたレッスン数が少なく、通常の英語授業、自宅学習、定期的なTOEICテスト練習など、さまざまな要因が影響した可能性があるため、VRレッスンの効果かどうかは明らかになっていません。
しかしながら、「外国語不安の軽減」という効果は海外の先行研究と一致しており、VR空間で英語を使う体験が英語に対する態度や意識に良い影響を与える可能性が高まったと言えます。
英語学習がVRレッスンで完結するわけではないこと、単にTOEICのスコアを上げることではなく国際社会で力を発揮できる人材を育てることが目標であることを考えると、VR体験によって異なる言語や価値観に対する態度や意識がどのように変わるか、その変化によってどのような学習や行動をするようになるか、という点がVR活用の価値を評価するうえで最も重要であることが今回の取材でわかりました。
現状、費用や環境、人材の確保、学習者の身体的な負担などの面で、教育機関がVRレッスンを頻繁かつ大量に提供することは現実的ではありません。だからこそ、限られた回数の体験であっても学習者の変容につながる効果が実証されれば、あらゆる教育機関、教師、学習者にとって有益な情報になるのではないでしょうか。
(※7)Content-Based Instruction(CBI/内容重視の教授法)は、外国語を通して教科内容を学習することで外国語能力の向上を目指す教授法の一つで、主に英語を母語としない移民や留学生に対する英語教育として北米で発展。母語を含めた二言語以上の習得を目指すなど、目標や理念がCBIとは異なるが、1990年代にヨーロッパで生まれたContent and Language Integrated Learning(CLIL/内容言語統合型学習)も同じタイプの教授法である(赤松, 2018; 笹島, 2020)。
(※8)事前・事後のスピーキングテストには、OPIcを使用。ACTFL(全米外国語教育協会)が開発した、口頭インタビューによって言語能力を測るテスト(ACTFL, 2022)。
(※9)国際ビジネスコミュニケーション協会(2022)によると、TOEIC®︎ L&R公開テストの平均スコアは、大学1年生(28,422人)が553点、4年生(83,570人)が609点。TOEIC®︎ L&R IPテストの平均スコアは、大学1年生(246,579人)が471点、4年生(24,810人)が548点。同テストで、語学・文学系(英語専攻)の大学1年生(20,682人)が509点、4年生(4,900人)が598点。
【取材協力】
青山学院大学「VR/AIを活用した先端英語教育」プロジェクト研究チーム
■小張 敬之 名誉教授・客員教授(青山学院大学 経済学部)
<プロフィール>
専門は、応用言語学や教育工学。特に、CALL(コンピュータ支援言語学習)、TESOL(英語教授法)、世界観教育、EduTechなど。近年は、日本の英語教育におけるAIやVR、ICT/モバイル技術の活用についての研究を行う。国際基督教大学にて修士号(国際関係論)、コロンビア大学にて修士号(英語教育・応用言語学)、筑波大学にて博士号(工学)を取得。青山学院大学 経済学部 教授などを経て、2021年4月より名誉教授・客員教授。オックスフォード大学客員研究員(1998, 2007, 2018)。そのほか、産業技術総合研究所 客員研究員、早稲田大学 法学学術院 非常勤講師、東京工業大学 大学院理工学研究科 非常勤講師、明治大学 法学部 非常勤講師、早稲田大学 商学学術院 非常勤講師も務める。
https://researchmap.jp/read0044220
■山本 真司 教授(青山学院大学 経済学部 共通教育・外国語科目)
<プロフィール>
専門は、イギリス文学、イギリス文化、比較文化、エンブレム研究。主にイギリスの文学・芸術作品を社会的・文化的意味も含めた学際的な視点で分析。研究成果を異文化理解教育や外国語教育に還元する活動も行う。青山学院大学にて修士号(文学)、ロンドン大学(バークベック校)にて博士号(英文学)を取得。天理大学 国際文化学部ヨーロッパ・アメリカ学科 専任講師、天理大学 国際学部地域文化学科 准教授、青山学院大学 経済学部 准教授を経て、2021年4月より現職。
■佐竹 由帆 准教授(青山学院大学 経済学部 共通教育・外国語科目)
<プロフィール>
専門は、コーパス言語学や英語教育。特に、学習者がコーパス(実際に書かれた/話されたことばを集めたデータ・資料)を参照し、自律的に言語を調べてパターンを推測する帰納的発見学習のアプローチ「データ駆動型学習(data-driven learning: DDL)」の有効性について研究している。早稲田大学にて修士号(文学)、アストン大学にて修士号(理学:TESOL)、東京外国語大学で博士号(学術)を取得。駿河台大学 現代文化学部 准教授を経て、2021年4月より現職。
■関連記事
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