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2021.09.07

バイリンガルはどのように二言語をコントロールするか? 〜津田塾大学 星野准教授インタビュー(前編)〜

バイリンガルはどのように二言語をコントロールするか? 〜津田塾大学 星野准教授インタビュー(前編)〜

バイリンガルの脳内では、二つの言語知識がどのように働いていて、それらをどのようにコントロールしているのでしょうか。今回は、星野先生(津田塾大学)にお話を伺い、バイリンガルの言語コントロールについて紹介します。

Image by Igor Levin from iStock

 

【目次】

 

バイリンガルの脳内では、常に二つの言語が活性化している

―星野先生は、どのようなことをきっかけに、バイリンガルの言語コントロールに関する研究に興味をもたれたのでしょうか?

学部生の頃は第二言語習得や言語教育を中心に学んでいて、「言語の教え方」に関心があったのですが、1年間交換留学した際に言語心理学の授業を受けたことがきっかけで、「言語の処理」に興味を抱くようになりました。

その後、アメリカの大学院で認知心理学を専攻し、バイリンガルが言語を使うときには両言語が活性化されている、ということを知りました。でも、当時のバイリンガル研究の対象は、オランダ語と英語、スペイン語とカタルーニャ語、スペイン語と英語というように、同じインド・ヨーロッパ系に属する言語(※1)の組み合わせが中心でした。

自分が英語を話したり,聞いたりするときに、日本語が混ざることはなかったので、日本語・英語のバイリンガルであっても、「両言語が活性化する」という説は当てはまるのか、と疑問に思ったことが今の研究の出発点です。

 

―バイリンガルが言語を使うときには、両言語が活性化されている、ということですが、それぞれの言語はどのように処理されているのでしょうか?

バイリンガルの脳内では、言語の組み合わせに関わらず、基本的には、両言語が活性化されている、と考えられています。

私がアメリカから日本に帰国して数年経ったころ、日本人の大学院生と話していて「シャイン」という単語が出てきたとき、私は英語の“shine”を頭にイメージしました。でも、その院生は日本語の「社員」を意味していたんです。日本語を話しているときに英語が思い浮かんだ、ということは、両言語が活性化していることの実例です。

このように、意図していないのにもう一方の言語が入ってくる、というふうに本人が両言語の活性化に気付く場合もありますが、必ずしも意識に上がってくるわけではありません。両言語が活性化するのは、400〜500ミリ秒、つまり1秒の半分にも満たない、わずかな時間なので、実際に私たちが意識できるような長さではありません。

 

―両言語の活性化は、本人が気づかない場合もあるのですね。

そうですね。文字を書くことにおいても、意識しないうちに両言語が混ざる場合もあります。例えば、文字体系が同じスペイン語と英語のバイリンガル、オランダ語と英語のバイリンガルの研究者が学会で発表している様子を見ていると、英語で書かれた資料の中に、冠詞や接続詞だけスペイン語やオランダ語になっていることがあります。本人は全然気付いていないんですよね。

ある程度、両言語をコントロールしやすい「書く」というときにも、二つの言語が混ざるということは、やはりバイリンガルの脳内では両言語が活性化しているということだと考えられます。

バイリンガルと言っても、すべての使用領域において二つの言語の熟達度が同じという人は実際にはほとんど存在しません。大抵のバイリンガルは、どちらか一方の言語が強く、もう一方が弱いです。

バイリンガル本人は、「私は英語の文章は英語のまま理解しているから、両言語が活性化されている、なんてことはない」と思うかもしれません。でも、弱い言語のほうで単語や文章を読むときには、使っていない強い言語のほうも活性化されやすいことがわかっています。

例えば、英語の文章を読んでいるときには、英語と日本語が活性化されたあと、「いまは英語を使っている」という文脈から英語の意味が選択されていく、というメカニズムです。

 

―二つの言語がどの程度活性化されるか、ということは、そのときの言語環境や使用状況からも影響を受けるのでしょうか?

影響を受けますね。同じ一人の人でも、それぞれの言語を日々どのくらい使っているか、という言語使用状況が変われば、両言語の活性化のレベルも変わってきます。そして、そのときに使われている言語が強いほうの言語なのか、弱いほうの言語なのか、もしくは、一言語のみが使われている状況なのか、二言語が混ざって使われている状況なのか、といった条件によっても変わってきます。

 

「両言語の活性化」を明らかにする実験

―バイリンガルの脳内で両言語が活性化していることは、どのような研究方法でわかるのでしょうか?

バイリンガルが言語を使っているときの脳画像や脳波を調べる、という脳科学的なアプローチもありますし、実験心理学的なアプローチもあります。実験心理学的なアプローチでは、バイリンガルがある言語刺激に対して反応するまでの時間と正確さを測ります。

 

―例えば、どのような実験を行うのでしょうか?

日本語・英語のバイリンガルに絵を提示して、その絵で描かれているものの名称を言ってもらう(命名してもらう)、という実験があります。この実験では、日本語→英語という順番で行う人と、英語→日本語という順番で行う人でグループ分けをしました。

例えば、日本語→英語という順番で行う人には、はじめに「いまは日本語で言ってくださいね」と伝えて日本語のみで30回行ったあと、「いまからは英語で言ってくださいね」と英語のみでまた30回行いました。英語→日本語という順番で行う人の場合は、その逆の順番です。

はじめに日本語でやった人たち(日本語→英語)と、あとから日本語でやった人たち(英語→日本語)を比べると、あとから日本語でやった人たちのほうが、日本語での命名が遅くなる、という結果が出ました。

つまり、英語→日本語のグループは、英語で命名するときには、日本語も活性化していて、それを抑制しているため,そのあとに「日本語を使ってください」と言われると、抑制した日本語をまた活性化させなければいけません。すると、その分負荷がかかって、日本語の単語を引っ張り出すのに時間がかかる、ということです。

 

―英語を使っているときには、同時に活性化している日本語を抑制しているのですね。

そうですね。この実験では、最後に、日本語と英語を混ぜた状態を作りました。参加者には、「絵の背景の色が赤だったら日本語で、青だったら英語で言ってくださいね」と伝えます。

この条件のときには、バイリンガルは、どのタイミングでどちらの言語を使うか、ということがわかりませんから、いつでも両方の言語を使えるようにするために、常に両言語を活性化させている状態になります。

すると、日本語での命名スピードは、「日本語だけで言ってください」という条件のときよりもかなり遅くなります。

つまり、日本語も英語も使わなければならない、という状況のときには、日本語と英語を同じくらい活性化させておかなければなりません。普段、日本語のほうが強い人は、常に日本語のほうが強く活性化されている状態なので、実験中に日本語の活性化と英語の活性化を同程度にするために日本語の活性化を抑制します。その分、日本語での命名スピードが遅くなる、ということです。

 

―バイリンガルがどのように二つの言語をコントロールしているか、ということがわかる実験ですね。

そうですね。あとは、二言語間で形(スペル)は同じだけれど意味は違う、という同形異義語を使った実験もあります。

例えば、pieという単語があります。英語では、食べものの「パイ」を意味しますが、スペイン語では、「足」という意味になります。

スペイン語を母語とするスペイン語・英語のバイリンガルで実験を行ったところ、英語で“apple”の次に“pie”という文字を見せたときは、“rug”(pieと意味的な関連がない単語)の次に“pie”という文字を見せたときよりも、“pie”という単語の意味に対して速く反応できることがわかりました。

これは“apple”と“pie”は意味が関連しているからなのですが、この現象をプライミング効果と呼びます。そして、“toe”(pieのスペイン語の意味「足」に関連がある単語)の次に“pie”という文字を見せたときにも、“pie”という単語に対する反応が速くなりました。これは、英語でタスクを行っている条件下でも、“pie”という文字を見たときにスペイン語での「足」という意味が活性化されたことによって、先に見せられた“toe”と意味的な関連がある単語として素早く反応したということです。

このような実験結果は、バイリンガルが両言語を活性化させている証拠になる、と考えられています。

 

使わないほうの言語は抑制する

―バイリンガルは、一つの言語のみを使う状況のとき、使わないほうの言語はどのようにコントロールしているのでしょうか?

基本的には、使わない言語は抑制しますが、そのコントロールの仕方は大きく分けて2種類あります。
一つ目は、ある程度、事前に「使わない」ということを予測して抑制する場合(プロアクティブ・コントロール)です。二つ目は、実際に両言語が競合を起こし、そのままでは自分が使おうとしている言語を使うことができないために使わないほうの言語に抑制をかける場合(リアクティブ・コントロール)があります。

バイリンガルは、このいずれかのコントロールを使って、自分が意図した言語で発話をしたり、単語や文を読んだりしています。

 

―バイリンガルの言語コントロールには、2種類あるのですね。どちらのコントロールを使うかは、状況によって異なるのでしょうか?

そうですね。例えば、今このように日本語だけで会話を続けているときには、プロアクティブ・コントロールのみで済むかもしれません。でも、この場に英語を話す人が一人でもいたら、かなりリアクティブ・コントロールを使わなければいけないでしょうね。ただ、基本的には両言語が活性化されているので、リアクティブ・コントロールは結局必要にはなってくるとは思います。

家庭という同一のコンテクスト(状況)で両方の言語を使わなければいけないバイリンガルの人(例:両親が異なる言語を話す家庭の子ども)と、職場と家庭、学校と家庭、というふうに、それぞれのコンテクストで一つの言語のみを使うバイリンガルの人(例:海外移住により、学校では英語、家庭では日本語を話す子ども)とでは、二言語をコントロールする状況も異なってきますし、コントロールにかかる負荷も変わってきます。

やはり、同じコンテクストで両方の言語を使う状況での二言語コントロールが一番負荷はかかりますが、その分、コントロールのトレーニングが一番できる環境でもあると思います。

 

―二言語のコントロール方法は、聞く、話す、読む、書く、どのときにも共通しているのでしょうか?

プロアクティブ・コントロールは、言語産出(例:発話をする)のときにはけっこう見られますが、言語理解(例:話を聞く)のときにはあまり見られない、ということが報告されています。一方、リアクティブ・コントロールは、言語産出でも言語理解でも見られます。

そこから考えてみると、言語理解と言語産出では、コントロールに違いがあると思われます。言語を理解するときよりも、言語を産出するときのほうがより強いコントロールが必要になるということではないか、と考えています。

 

―使わないほうの言語を抑制する、というコントロールをするときには、脳のどのような部分が働いているのでしょうか?

前頭葉や前帯状皮質(Anterior Cingulate Cortex)、左脳の前頭前皮質(Prefrontal Cortex)はかなり大きく関わっていることがいろいろな研究で報告されています。

第一言語を使うときと第二言語を使うときでは、脳で使う部分が違う、と言われたこともありますが、最近の研究の傾向を見ていると、実際は、脳のどの部分を使うかは、第一言語か第二言語かというよりも、熟達度から大きく影響を受けることがわかってきました。

熟達度の低い言語を使うときには、当然、熟達度が高いほうの言語を強くコントロールしなければなりません。このときには、脳内でとても多くのリソース(資源)を使うわけです。ですから、熟達度の違いによって、脳のどの部分が働くか、ということに違いが出てくるんですね。

また、このような脳領域は、言語以外のコントロールにも関わっています。非言語的な切り替え(言語に関係ない、色や形の分類など、ルールに従って行動を切り替えさせる)を行ったときの脳の活性化パターンと切り替えをしないときの脳の活性化パターンを見ると、二言語の切り替えをしたとき、しないときの脳の活性化パターンと類似していることがわかっています。

このような研究結果から、二言語のコントロールに使っている脳領域の機能は、言語特有ではない、と考えられるようになっています。

 

―バイリンガルが日常的に言語を切り替えることは、脳にどのような影響を与えるのでしょうか?

バイリンガルはモノリンガルよりも認知症の発症が遅い、という研究は、少し前に話題になりましたね。これは、日常的に言語をコントロールするために脳の前頭葉の部分を使うことによって、認知機能が鍛えられている、と説明されています。

例えば、日常的に筋トレをしている人と、していない人では、年を重ねたときの身体が違ってきますよね。それと同じようなことだと思います。

 

(※1)比較言語言語学では、共通の祖先となる言語(祖語)から発達したと認められる言語のグループが「語族」と呼ばれている。「インド・ヨーロッパ語族」は、世界中で最も話者が多い語族であり、英語はこの語族に分類される(Eberhard et al., 2021a)。日本語については、まだ議論が続いているが、国際的には、日本語とその同系統の諸言語(例:琉球語)から成る「ジャポニック語族」に分類されている(Eberhard et al., 2021b)。

 

(後編へ続きます)

 

【取材協力】

星野 徳子准教授(津田塾大学 学芸学部 英語英文学科)

星野先生のお写真

<プロフィール>

専門は、バイリンガリズムや第二言語習得、心理言語学など。母語以外の言語を学習・習得している第二言語学習者・バイリンガルが、どのように二言語(または複数の言語)を使うのかについて、心理言語学的・脳科学的手法を用いて研究している。ペンシルベニア州立大学で博士号を取得し、神戸市外国語大学 英米学科 准教授を経て、2017年より現職。

 

 

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参考文献

Eberhard, D. M., Simons, G. F., Fenning, C,D, (Eds.) (2021). What are the largest language families? Ethnologue: Languages of the World. Twenty-fourth edition. Dallas, Texas: SIL International. Online version. Retrieved from

https://www.ethnologue.com/guides/largest-families

 

Eberhard, D. M., Simons, G. F., Fenning, C,D, (Eds.) (2021). Japonic. Ethnologue: Languages of the World. Twenty-fourth edition. Dallas, Texas: SIL International. Online version. Retrieved from

https://www.ethnologue.com/subgroups/japonic

 

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