日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2021.05.19

「小学校英語教育+国際理解教育」には子どもたちの態度や価値観、行動を変える力がある 〜東京学芸大学 阿部 准教授インタビュー(前編)〜

「小学校英語教育+国際理解教育」には子どもたちの態度や価値観、行動を変える力がある 〜東京学芸大学 阿部 准教授インタビュー(前編)〜

2020年度から早期化・教科化が始まった小学校英語教育では、英語をどのような方法で教えるか、という側面ばかりが着目され、英語を何のために教えるか、という目的が見失われがちかもしれません。子どもたちが英語を使えるようになった先には、どのような態度、価値観、行動が期待されているのでしょうか。

国際理解教育は、そのような問いについて考えるきっかけになります。そこで、阿部先生にお話を伺い、小学校段階で英語教育と国際理解教育を融合させる意義、その方法や効果について、紹介します。

【目次】

 

9.11の体験から国際理解教育の重要性を実感

―先生が国際理解教育に興味をおもちになったきっかけは、ニューヨーク留学中に経験した9.11(アメリカ同時多発テロ事件)である、と伺っています。

留学前は、中学校・高校の英語教員だったのですが、「どうやったら英語ができるようになるためのスキル練習を楽しくやれるか」ということを考えていました。自分の指導法の引き出しをどんどん増やしたいと思って、いろいろな研修を受けていましたね。

ところがニューヨーク留学中に9.11が起きて、考え方が変わりました。9.11の出来事そのものもショックでしたが、日本に帰国してからその体験を話すと「映画のようでしたよね」とおっしゃる方が少なくなかったことは、もっとショックでした。本当に起きたことであっても、どこまで実感をもって伝わるのかな、と思いましたね。

考えてみると、東日本大震災についても、私は東北で経験したわけではないので、やはり距離感がありますし、その経験は想像するしかありません。こういうことは誰にでもあることです。だからこそ、9.11を本当に経験してしまった人間として、そして、英語教師として、何ができるのだろう、ということを帰国してからずっと考えていました。

その後、南アルプス子どもの村小学校(山梨県)というユニークな学校に出会い、非常勤講師として働き始めました。自由教育や体験学習を中心とした小学校なのですが、「カリキュラムはおまかせします」ということだったので、子どもたちが望んでいることを中心に考えた英語教育、そして世界とつながっていく外国語教育を目指したカリキュラムを開発するようになったんです。

そこからたどり着いたのが、国際理解教育をコンテンツ(内容)として取り入れた外国語教育で、「これが私がやりたいことだったんだ」と少しずつ自分の中で形になっていきました。

 

─世界で起きているような出来事に対して、経験しない限りはどこか他人ごとのように考えてしまう。そういう状況のなかで何かできることはないか、ということですね。

そうですね。私にとっては、アメリカで9.11を経験したことは、いわゆる戦争体験です。戦争がいかに簡単に起こるか、人はいかに簡単にプロパガンダに押し流されていくのか、ということを目撃しました。
そういう戦争に向かっていきそうになる人を押し止めるような教育って何だろう、何のために教育するのだろう、という教育の根本を問うきっかけになりました。

何ができるか、というのはおこがましいかもしれません。もしかしたら何もできないのかもしれないけれど、何かしなければいけないのではないか、という気持ちがあるといった方が正しいですね。

 

―そこで国際理解教育にたどり着いたのですね。

子どもたちに国際理解の土壌をつくってあげるということが、ひいては、戦争のようなことが起こりそうなときに、自分にブレーキをかけられるような資質を育てることになるのではないかなと考えました。
知識だけではなく、そういう態度や価値観などを形づくる、ということです。そして、そこには外国語教育を通してできることが必ずあるな、と思いました。

帰国してからも自分の英語力をブラッシュアップするために、英語のニュース番組をよく見ているのですが、中東地域の状況を伝える生放送を見たとき、国が違えば、同じニュースであっても、きっと違うふうに伝えているのだろうな、ということが画像だけでもすごく伝わってきたんです。

そのときに、もし自分が英語以外の外国語も身につけていたら、きっと違う世界観になるんだろうなと思いました。ですから、外国語を学ぶということは、自分の価値観を疑う経験をする、ということなのではないかなと感じています。

 

「地球市民を育成する」とは?

―「地球市民を育成するための小学校外国語教育」が先生の研究テーマとのことです。「地球市民」には、どのような意味が含まれていますか?

まずは、市民としての自覚とか責任感をもつ、ということが大前提にあります。市民意識を育てる、という教育は、日直や掃除当番、給食当番をやるということを通じて、小学校段階でもけっこう行われているんですよね。ですから、特に日本の学校教育では、小学生も、責任感をもって誰かのために何かをする、という経験はかなりしています。

ただ、そこに「地球」という視点が欠けているなと思います。「地球市民を育成する」とは、地球で生きている一市民としての自覚や責任感をもって、ほかの市民とのつながりの中で生きるための資質・能力を養う、ということを意味しています。

「地球」と聞くと、国を越えなければならないとイメージされますが、これはマクロとミクロの両方の視点があります。ミクロの視点で考えると、お隣に座っているお友だちであっても、日本語は通じるけれど、全然違うことを考えていたり、違う価値観をもっていたりすることはありますよね。

私の授業では、「地球市民になる」ということは、遠いどこかの国の誰かと仲良くしよう、という雲の上のようなことではなくて「お隣の子と仲良くすることから始まるんだよ」という話をするようにしています。

子どもにとっては、そういうふうに身近なこととつながっていないと、学習内容がすとんと腑に落ちないんですよね。ですから、身近なところから自分ごととして「体験」させる、ということを意識しながら授業をしています。

地球市民としての自覚や責任感をもつだけでは「地球市民」にはなれません。人とのつながりの中で自分がどう振る舞うか、どう生きるか、という実際の行動につながるようなスキルを身につけることも重要です。

 

─たしかに、「地球市民」と聞くと、グローバルで活躍するような人を想像してしまいますよね。

そうなんです。子どもたちからは、「俺、日本を出ないし」とか「日本語だけで生きていくし」って言われてしまうんです。

でも、子どもたちに意識してほしいのは、私たちは日本から出なくても地球とのつながりの中ですでに生きている、ということなんです。海外の物資なくして暮らせない世の中になっていますし、人とつながることでしか解決できないような地球的課題がどんどん増えています。

「日本だけがんばっている」とか「日本はやっていません」ということは通じません。物理的に日本を出ないとしても、すでにほかの国とつながっているんだ、ということを子どもたちにはわかっていてほしいですね。

 

―先生は、実践に基づく授業研究をされていらっしゃいますが、大事にしている考え方はありますか?

日本では、教師の指導や教育全体の質を上げるために授業の実践研究が重要であるという考え方のもと実践に基づく授業研究(実践研究)が教員研修の一環として根付いています。ですが、その実践研究の中に、子どもたちの声や、教師の声が反映されていないと思うんです。

実際に学んでいる子どもたちはこの授業をどう思っているのか、どうしてほしいのか。実際に教えている教師たちは、置かれた立場の中でどういうふうに授業と向き合っているのか。そういう声は、教室の外に聞かれていません。

ですから、教育の当事者である子どもたちや教師の声に耳を傾けて、質的な研究を行うことを大事にしています。

 

―「質的な研究」とは、具体的には、どのような研究でしょうか?

子どもたちの態度や行動を観察したり、子どもたちのことばのデータ(感想や振り返り、自己評価、授業中の発言など)を拾い集めて長期的に変化を見取ったりします。

もちろん、この指導法は本当に効果的だったのか、この学習法で子どもたちはどんな能力を身につけたのか、学校全体としてそのカリキュラムは機能しているのか、そのプログラムで教育の質は向上したのか、ということを説明するためには、実証研究をすることにも価値があります。テストやアンケート調査、インタビュー調査などを大規模に行い、データを抽出して分析する調査ですね。

エビデンスを出すということも研究の役割の一つです。ですから、このような実証研究と質的なアプローチのコラボレーションでも何か新しいものが見えてくるのではないかと思っています。

 

 

英語の授業の中で国際理解教育を扱う意義

―国際理解教育のみを取り出して授業をつくる学校もあると思いますが、英語の授業の中で国際理解教育を取り扱うことには、どのような意義があるでしょうか?

「国際理解教育の授業は日本語でやればいいじゃないか」という批判を浴びることもあります。社会科や総合的な学習の時間などの中で、日本語で国際理解教育をしましょう、というのが通常の考え方かもしれません。

私は、同じ国際理解教育のコンテンツを、小学1、2、3年生には日本語で、4、5、6年生には英語で教えています。たしかに、母語で教える1〜3年生向けの授業のほうが内容は深くなるし知識量も多くなります。ですから、知識・理解を深めるだけでいいのであれば、母語でやればいいんです。

でも、日本語で知識・理解があっても「日本語でしか内容を伝えられません」となると、その先の行動につながっていきません。外国語で学ぶことによって、学んだことを日本語が通じない相手にも伝えるスキルを身につけることができます。

そうすると、行動や態度、価値観の変容につながっていくんです。そこに、外国語教育の中で国際理解教育を行う意義があります。

 

―国際理解の知識を外国語で学ぶと、その知識を外国語で誰かに伝えられるようになる、ということですね。

自分が教えている子どもたちにインタビュー調査をして論文(※1)を書いたのですが、1〜3年生の間は日本語だけで国際理解の授業を受けてきて4年生になったばかりの子どもたちは、「日本語が通じないお友だちがいたときはどうする?」と聞くと、「ポケトーク(※2)を使う」、「親に聞く」、「黙っておく」というような答えが返ってきました。

でも、1年間でも英語で学んだ経験をもっている子どもたちは、どんな手段を使ってでも「コミュニケーションを続けよう」と思っていることがわかりました。例えば、「一緒に楽器を演奏する」、「一緒に踊る」、「一緒に何か食べる」、「一緒にテレビゲームをやってみる」といった回答があり、英語以外にも、いろいろなコミュニケーション手段を想像できるんです。

実証研究ではないので、それが外国語を学ぶことの効果である、という直接的な因果関係は証明できていませんが、外国語を学ぶことで子どもたちの態度が変容する様子が観察できたと思っています。

 

―外国語を学んだ子どもとそうでない子どもでは、コミュニケーションに対する態度が違うのですね。

相手の立場に立って物事を見る、という態度も違います。

例えば、「マレーシアからやって来たアニさんは、イスラム教徒なので、食べられないものがあります。おうちに遊びに来たら、どうする?」と聞くと、外国語を学んだ経験がない子どもたちは「これもこれも食べられないならお米しかダメじゃん!」、「おむすびをつくる!」というような答えが返ってきました。

でも、外国語を学んだ子どもたちは「食べられるものを相手に確認する」、「普段は何を食べているのかを聞く」などと答えました。相手から何かを引き出す、相手の立場から物事を見てみる、という態度になっていたんです。

外国語を学ぶということで、相手に伝えるツールを身につけると、その先の世界が広がっていき、それが態度や行動、価値観の変容につながっていく可能性があると思っています。

 

―外国語教育の中で国際理解教育を行う意義は、その後の態度や行動、価値観の変容にあるのですね。

そうですね。国際理解教育の最終目標は、学習したことを未来への行動につなげることです。

「世界はつながっているということがわかりました」、「みんなで解決していかなければならない地球的な課題があることがわかりました」だけで終わらずに、「次はどうするの?」、「あなたは何をするの?」ということまで考えさせて、行動も変わっていかなければなりません。

この行動変容まで求めるならば、外国語は必須なんです。日本語だけだと、相手にリーチできないからです。

でも、伝える手段は、小学校段階では完璧でなくていいんです。子どもは、外国語が完璧でなくても、行動が変わるんです。

ウズベキスタンの留学生が来たときに、外国語を学んだ子どもたちはものすごく興味をもって「あれが食べたい」、「あの遊びがやりたい」、「ダンスを教えてほしい」などといろいろなことを言いました。その様子を見て、子どもたちは目の前の相手にリーチできると感じているんだなと思って感動しました。

 

英語教育と国際理解教育を融合させた授業とは?

―英語教育と国際理解教育は、例えば、どのように融合させることができるでしょうか?

英語教育と国際理解教育を結ぶときには、「言語」の柱と「内容」の柱、両方を立てなければいけません。CLIL(内容言語統合型学習)と同じですね。

「言語」の柱(目標)を立てるときには、「言語」の柱に添わない「内容」はカットします。検定教科書に掲載されていない英語表現が出てくるような内容は扱わない、ということです。

例えば、教科書には、一日の生活をテーマにした「What time do you get up?」というユニットがあります。そういうときには、インドネシアの子どもの一日が紹介されている「インドネシアの小学生(※3)」という本を使いました。

まず子どもたち自身の一日の生活をとりあげ、“What time do you get up?” ― “I get up at seven.”、“What time do you go to school?” ― “I go to school at eight.” というような英語表現を教えたあとに、本を見せながら「インドネシアのこの子は、こんなふうに一日を過ごすんだよ」と紹介します。

例えば、その子は、朝にはお供えものをする習慣があったり、夜は必ずお父さん・お母さんの仕事のお手伝いをしなければいけなかったりします。それは子どもたちに見せる教材を見ればわかるように提示します。そういう習慣には、宗教的な背景や、「親を敬う」という文化的な背景があるのですが、それはあえて日本語では説明しません。それを説明し始めたら日本語の授業になってしまうからです。

そこに興味をもつ子は、自分でこの本を読むので、それでいいと思っています。子どもたちの興味・関心がもっと深くなれば、「こんなのあるよ」と紹介しますが、英語の柱は、授業では崩さず、英語の授業として成立させるようにしています。

 

―学習目標となる英語表現はしっかり教えて、その範囲を超える内容については、子どもたちの興味・関心に委ねる、ということですね。

そうですね。あとは、いろいろな国の家庭の1週間の食料が紹介されている「地球の食卓(※4)」という本を使った授業があります。この授業の英語の柱は、食べものや家族の名前(father, mother, sister, brotherなど)の語彙です。内容の柱は、各国のある家族が消費する1週間分の食料の写真を見ながら“How much is the food?” と質問して値段を予想させながら世界各地の食文化を知ることです。

この本の中には、生徒たちと同じ年齢の11歳の女の子が使用人として働いていること(児童労働問題)が紹介されていて、その話をするのですが、その子が使用人である、ということ以上は、授業では踏み込みません。

でも、子どもたちはやはりあとで本を手に取って「あれはどこのページだったんだろう」と調べます。そうすると、ものすごく少ない食料で1週間を過ごしている家族のページや、大量にゴミが出そうな食卓のページにも出会ったりします。

ですから、授業では、「内容は、英語の柱の範囲内で深められるところまで」と線引きをしながら、なるべく子どもたちが興味をもって世界に目を広げられる教材を選ぶこと、authenticなもの(本当に存在している人や文化を映し出したもの)を扱うことをとても大切にしています。

 

―教材や資料選びがとても大事ですね。

ものすごく大事で、ものすごく時間をかけますね。

ビジュアルで訴えることが大事で、YouTubeの動画やユニセフの映像、環境問題のことがわかる写真などを見せたりしますが、「本当に生きている、この人のあの話」ということがわかるような見せ方にしないと、子どもたちには響きません。

子どもたちは、興味をもてばどんなことでも自分で深めていけますが、その興味をもたせる工夫は教師がしなければいけない。その手段として、教材のauthenticity(本物さ)やその教材を子どもたちとどうつなげるか、ということを考えることが肝だと思っています。

 

※1: 該当文献:阿部始子(2020).「国際理解教育を取り入れた小学校外国語科の授業:児童の学びの広がりと相互文化的コミュニケーション能力に焦点を当てた実践研究」.『小学校英語教育学会誌』, 20(1), 68-83.

https://doi.org/10.20597/jesjournal.20.01_68

 

※2: 自動音声翻訳機。

※3: 該当書籍:河添恵子(2011).「インドネシアの小学生」. 学研プラス.

※4: 該当書籍:開発教育協会(2017).「写真で学ぼう!『地球の食卓』学習プラン10」.

 

(後編へ続きます)

 

【取材協力】

阿部 始子 准教授(東京学芸大学 外国語・外国文化研究講座 英語科教育学分野)

東京学芸大学 阿部准教授のお写真

<プロフィール>

専門は、小学校英語教育や国際理解教育など。大学卒業後、中学・高校の英語教師を経てニューヨークに留学。TESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages)と幼児教育(バイリンガルの言語発達)を専攻して修士号を取得。現地滞在中に経験した9.11をきっかけに、戦争が起こる世界の中で英語教師としてできることは何かを考え始める。

帰国後、福岡市で小学校英語の教員研修に携わる。2015年度より現職となり、教員養成・研修にも関わるようになる。

週1回小学校で授業実践をしながら、小学校英語教育に国際理解教育の内容を取り入れるためのカリキュラムや教材の開発をテーマに、質的な授業研究を行う。

NHKテレビ「基礎英語ゼロ」テキスト執筆。Eテレ番組「キソ英語を学んでみたら世界とつながった。」監修。2020年3月にJES journalに掲載されてた論文「国際理解教育を取り入れた小学校外国語科の授業 ―児童の学びの広がりと相互文化的コミュニケーション能力に焦点を当てた実践研究―」は、JES学会賞2020(実践研究)を受賞。

 

 

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