日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2021.02.18
効果的な英語学習の方法として、映画や歌をすすめる教員は少なくありません。しかし、それらがなぜ効果的なのか、またどのような学習者にとって効果的なのか、理論的に説明できる教員は多くないはずです。
実際に、歌が英語学習における学習者の不安を取り除く(Dolean 2015)など、学習意欲の向上に関する研究もありますが、歌や映画を用いた学習は言語学の理論からも効果的であると言えます。今回は、歌に注目して、英語学習における言語学的な効果のうちの主なものをご紹介します。
【目次】
歌を用いた英語学習の利点としてまず挙げられるのが、語句(単語とフレーズ)や慣用表現の定着です。これは映画や本を用いた学習にもあてはまります。
心理言語学にニューラルネットワークというモデルがあります。我々の脳にはニューロン(各々の記憶)とシナプス(記憶同士を繋ぐもの)があり、記憶同士が結びつくことにより、強化され(脳に定着し)、忘れにくくなったり思い出しやすくなったりします。
ニューラルネットワークのモデルは、各々の単語や意味をニューロン、それらの結びつきをシナプスになぞらえています。似たような音や意味を持つ単語は近くに存在し、それらを同時に覚えることで、単語同士が結びついて記憶に定着するという理論です。
この理論に従うと、例えばeat, library, swim, humidなどの互いに独立した単語を覚えるよりも、eat, knife, fork, table, deliciousのような関連性のある(同じ場面で使われる)単語をまとめて覚える方が効率的であると言えます。
歌や映画、本などには場面がある場合がほとんどで、その場面に共通して表れる表現を同時に学ぶことができます。関連性のある語句や表現を一度に学ぶことにより、単語帳などを用いた独立的な暗記よりも高い学習効果が期待されます。同じ文脈で使われる語句をまとめて覚えることで、スピーキングやライティングにおいて用いることのできる表現が増えることにも繋がります。
また、Schön et al. (2008)の研究によると、単語が音楽と結びつくことによっても記憶が強化されるようです。つまり、同じ単語や文でも、それを単独で読むときと、歌の歌詞として読むときでは、記憶への定着が違うということです。これは本や映画を用いた学習よりも優れている点と言えるでしょう。
歌は、英語の正しいリズムを学ぶ上で最も効果的な教材の一つかもしれません。なぜなら、いわゆるカタカナ英語の原因である母音挿入(不要な母音を挿入して英語を読んでしまう現象)を解消する練習となるためです。
日本語は子音+母音で1拍の音(リズムの最小単位)を構成する言語なので、撥音(ン)を除けば、基本的には全ての音が母音で終わります。例えば雨(あめ)はa-me (母音—子音+母音)で、それぞれの音が母音のaとeで終わっています。
英語も日本語と同様に母音を中心にリズムの最小単位である音節を構成します。しかしながら、子音+母音という単純な音の構造を持つ日本語に対し、英語では子音の連続があったり、音節の最後に子音がきたりします。speak (/spi:k/)(※1)という語は1音節ですが、語頭にspという子音の連続が、語末に子音kがあります。
これを日本語母語話者が読むと、spの間や語末のkの後ろにそれぞれuを挿入して、/supi:ku/と読んでしまいます。英語の1音節を日本語の3拍で読んでしまうのです。これは、読もうとしている英語の発音を日本語の音の構造に合わせてしまうためです。母音挿入の有名な例として、英語で1音節語であるstrike (/straɪk/)(※2)は日本語ではストライク(/su to ra i ku/)という5拍の外来語になっています。
英語でも日本語でも、歌においては基本的に1音符が1音に対応します(窪薗 1998)。1音符に2音をあてがって歌うのはどちらの言語でも簡単ではありません。英語の歌において、不要な母音を挿入して1音節を2音節以上に分けてしまうと、歌詞をリズムに合わせることが困難になるはずです。裏を返せば、リズム通りに歌えれば、歌詞に出てくる単語や文を正しい英語のリズムで発音できるようになったということになります。
Auld Lang Syne (「蛍の光」の原曲)
英語の歌の例 (Wikipediaより)
さらに、英語には、アクセントの置かれた音節が長く読まれるというリズムの特徴があります。全ての音節がおおむね等しい長さで読まれるイタリア語やフランス語とは異なり、英語では、アクセントの置かれた音節が無アクセント音節よりもかなり長く読まれ、アクセント音節の繰り返しがおおよそ等間隔のリズムを刻みます。
以下の3つの文は、それぞれ合計の音節数は異なりますが、アクセントのある音節はいずれもKen, speak(s), En (En-glishのEn) の3つです。そのためa)のKen、b)のKen is、c)のKen has been はどれも同じくらいの長さで読まれます。
a)のspeaksとb), c)のspeak-ingの長さも同じくらいになります。
また、a)においては1音節のKenやspeaksが2音節のEng-lishと同じくらいの長さで、c)においては、3音節のKen has been が、2音節のspeak-ingやEn-glishと同じくらいの長さで読まれます。
a) Ken | speaks | En-glish.
b) Ken is | speak-ing | En-glish.
c) Ken has been | speak-ing | En-glish. (太字部分がアクセントのある音節)
アクセントを中心とした英語リズムに合わせて音読する練習としては、メトロノームを用いたものもあります。アクセントの置かれている音節をメトロノームが刻むリズムに合わせて読む練習をするのです。
しかしながら、この方法は機械的で単調ですし、また、そもそも練習する文章のどこにアクセントがあるか判断するのは学習者にとって必ずしも容易ではないため、教師の介入を必要とします。英語の歌のリズムは、必ずしもアクセント由来のリズムを反映しているとは言えませんが、特に昔の歌の中には、下記のMy Grandfather’s Clock(大きな古時計)のようにアクセントの置かれた音節が長い音に対応している傾向を見せるものもあります。(上記のAuld Lang Syneにはこのような傾向がありません。)
英語の歌の例:My Grandfather’s Clock
My grand–fa-ther’s clock was too tall for the shelf
So it stood nine-ty years on the floor
It was tall–er by half than the old man him–self
Though it weighed not a pen–ny-weight more
(太字部分がアクセントのある音節、下線部分が短い音符が充てられている音節)
1行目のMyを除いて、長い音符が割り当てられているのはアクセントが置かれている音節です。また、1行目のtoo、2行目のninetyのnine、3行目のmanを除いて、短い音符が充てられているのは全てアクセントのない音節です。このような曲を通して、アクセントのある音節は長く、ない音節は短く読むという英語リズムが感覚的に身に付くかもしれません。
中学生以上なら、興味があれば英語のラップなどをリズムの練習に用いてもいいかもしれません。比較的に早いテンポの曲の方が、歌詞に追いつくのが大変で、その分正しいリズムを習得できることが期待されるためです。
但し、ラップをはじめとした洋楽には、歌詞の内容が必ずしも中高生に適切でないものがあります。この点に関しては教師や保護者の目があった方がいいかもしれません。
日本語の曲で韻を踏んでいるのは主にラップだと思いますが、英語ではラップ以外の曲でも韻が好んで用いられます。英語の歌に主に用いられるのは脚韻で、最後の音節、もしくは最後の音(母音 + 子音)を揃えます。
例として、上記のMy Grandfather’s Clockでは、1行目のshelfと3行目のselfが“elf”で韻を踏んでいます。2行目のfloorの“oor”と4行目のmoreの“ore”も、綴りは違いますが同じ音です。
英語は綴りと発音が一致しない典型的な言語と言われていて、同じ発音の異なる綴りが多く存在します。英語の歌の中で韻を探してみることによって、異なると思っていた発音が同じであることに気付いたり、新たな発見があることでしょう。
このように、英語学習に歌を用いることは、学習意欲の向上や集中力の持続のみならず、言語学の知見からも有効であることが分かっていただけたかと思います。英語の歌を用いた学習は、楽しさだけでなく、上述した語彙の増強、発音の向上においても、年代を問わずに効果を発揮することが期待されます。趣味の延長のように思える英語学習が、実は教科書を用いたものよりも効果を発揮することがあるかもしれません。
(※1)発音記号において「:」は前の音が長いことを表します。
(※2)/aɪ/は二重母音で1つのリズム単位。
■関連記事
Dolean, D. D. (2015). The effects of teaching songs during foreign language classes on students’ foreign language anxiety. Language Teaching Research, 20(5), 638–653.
Schön, D., Boyer, M., Moreno, S., Besson, M., Peretz, I., & Kolinsky, R. (2008). Songs as an aid for language acquisition. Cognition, 106(2), 975-983.
窪薗晴夫. (1998). 音声学・音韻論. くろしお出版.