日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2020.09.15
2020年は物理的な学校の存在意義を問う一年となっています。日本のオンライン授業の環境は、アメリカやヨーロッパを始めとする諸外国と比べたら後進的ではありますが、各地でオンライン主体の学校経営が模索されています。
特に大学の中には完全オンライン化したところも多くあります。大学に関して言えば、オンライン化が最も効率的に機能しているのは、従来は大教室で行われていたいわゆる講義主体の授業だと思われます。
一方、オンライン化の流れの中、最も苦労しているのが外国語の教員ではないでしょうか。今回は、その中でも特にオンライン化が困難であると思われる発音指導に注目して、オンライン外国語指導のあり方を考えたいと思います。
【目次】
発音指導が従来から教師によるデモンストレーションを前提としてきた理由の一つとして、外国語を発音する際に同時に口の形を見せることが指導上効果的であることが挙げられます。音声学の理論の一つにマガーク効果 (McGurk Effect) というものがあります。
提唱者のMcGurkら (McGurk & MacDonald 1976) は、協力者がba, ga, pa, kaという4つの音を発音しているのを録画して、音声と映像を切り分け、以下の表のように合成した刺激を作成しました。そして、それらの刺激に対する反応を3−5歳(被験者数21)、7−8歳(被験者数28)、18−40歳(被験者数54)の3つの群について検証しました。
その結果の中で最も有名なのが、baの音声とgaを発音する口の映像を見せた場合(つまり下表①の場合)に、全ての年齢群において、その何れでもないdaを聞いた被験者の割合が一番高かったことです。特にこの例についてはMcGurk EffectをYouTubeなどで検索すれば実際の動画を見ることができます。
動画編集の技術がある方であれば同様の動画をご自身で作成することもできるでしょう。聴覚が視覚の影響を受けるということは、外国語の音を視覚情報と共に聴いた方が習得に効果的であるということを示唆していると言えます。
音声 | 映像 | |
① | ba-ba | ga-ga |
② | ga-ga | ba-ba |
③ | pa-pa | ka-ka |
④ | ka-ka | pa-pa |
発音指導における教師のもう一つの大きな役割は、学習者の母語に存在しない音や、母語において区別されない音の違いを認識させることです。日本語の母音はアイウエオの5つですが、英語には10を超える母音があります(母音の数は方言によって異なります)。
そのため、英語では異なる音であるfather(発音記号では/ɑ/) とmother(発音記号では/ʌ/) が、日本語では「ファザー」、「マザー」と同じ「ア」の音に書き起こされます。Best (1993) はこれを、外国語では異なるカテゴリーに属す音が、話者の脳内で母語の音に「同化する(assimilate)」と表現し、Perceptual Assimilation Modelというモデルを提唱しました。
文字とほぼ一対一の対応を持つLRやBVなどの音の違いとは異なり、英語の母音は綴りから予測されにくいため、英語の音のカテゴリーを認識せず、母語の音として聴いてしまっていることを自覚するのが容易ではありません。母語の音として知覚してしまっている以上、英語として正しい音を発音することは困難です。
この「間違い」を矯正するためには教師による発音矯正等のフィードバックが不可欠です。全ての学習者に効果的な方法というものはなかなか存在しませんが、知的に習熟した中高生以上の学習者においては、母音表を用いた指導の効果が期待できます。
下の図は日本で一般的に「発音記号」として認知されている国際音声記号 (International Phonetic Alphabet) の母音表ですが、各記号の相対的な位置は口の中における舌の位置 (または顎の高さ) と対応しており、左を向いている人の口とおおよそ一致します。Frontは目や鼻の方向、Backは後頭部方向、Closeは口を閉じた(あるいは舌を持ち上げた)場合、Openは口を開いた(あるいは舌を下げた)場合です。
上記のfather(/ɑ/) とmother(/ʌ/) には口の開きの度合い (開口度) もしくは舌の高さの違いがあります。これを意識しながら正しい音を聴き、自ら発音した音を確認することを繰り返すことによって、発音が向上する学習者もいます。
他にも、Vは上歯と下唇を使って発音する、Rは唇をとがらせて発音するなど、舌の位置や口の形を意識することにより発音が改善し、ひいてはリスニングの向上に繋がる例は少なくありません。
国際音声記号 (International Phonetic Alphabet)の母音表を用いて作成
左右が対になっている記号は、右側が唇を丸めて(尖らせて)発音するもの
IPA Chart, http://www.internationalphoneticassociation.org/content/ipa-chart, available under a Creative Commons Attribution-Sharealike 3.0 Unported License. Copyright © 2018 International Phonetic Association
では、このように教師の存在が不可欠である発音指導分野において、オンライン化はどのように進展すべきでしょうか。まず、外国語の音を聴く際の視覚情報は、オンライン環境でも大部分が再現されうると言えます。
オンライン会議システム等を用いたリアルタイム授業においては、画質や映像の遅延等の問題が想定されますが、事前に収録した動画や、インターネットに豊富に存在する動画を用いれば、音声情報に加えて視覚情報を学習者に与えることは容易であると考えられます。
発音練習の際の教師のフィードバックに取って代わるものとしては自動音声認識システムがあります。現在の自動音声認識技術は、発話内容を聞き取る程度であればかなり高精度になっているものの、各々の音の正確さの判断に関しては未だ開発の余地があると言えます。(※1)
しかしながら、現在提供されているオンライン発音矯正システムの中にも上述した口の形などに関する明示的なフィードバックを与えるものもあります。
これからの外国語発音指導は、教員が一人一人の学習者に対して行うものから各々の学習者に提供されるソフトウェアやアプリを用いたものに、また、授業時間に行われる「指導」から授業時間外に自主的に行われる「学習」に変化していくと思われます。この点においても、現在起こっている学習環境の変革は大きな意味を持っているのではないでしょうか。
(※1)「がいこくご(gaikokugo)」という文字列を聞き取ること(当該音声が、例えば「がいらいご」などではなく「がいこくご」であると判断すること)は、その各々の母音(a,i,o,u,o)が日本語の母音として自然な音であるか判断することよりも技術的に遙かに容易です。
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Best, C. T. (1993). Emergence of language-specific constraints in perception of non-native speech contrasts: A window on early phonological development. In B. de Boysson-Bardies, S. de Schonen, P. Jusczyk, P. MacNeilage, & J. Morton (Eds.), Developmental neurocognition: Speech and face process- ing in the first year of life (pp. 289–304). Dordrecht, The Netherlands: Kluwer Academic.
https://doi.org/10.1007/978-94-015-8234-6_24
McGurk, H., & MacDonald, J. (1976). Hearing lips and seeing voices. Nature, 264(5588), 746-748.
https://doi.org/10.1038/264746a0