日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2022.06.16
キリーロバ・ナージャ氏インタビュー記事後編です。
※写真は異文化交流のイメージです。
【目次】
―異なる文化の人々とコミュニケーションをとるためには、語学力だけではなく、異文化を理解する力が必要であり、学習指導要領でも明記されています。ナージャさんのご経験から、「語学力+異文化理解」の必要性について、どのように思われますか?
もちろん言語もコミュニケーションのツールとして大切なのですが、各国の人たちの行動の裏にある思想や考え方を知るほうが相手を理解するために役立つと感じたことはとても多いです。
私はとても人見知りなので、その国の学校に入ったばかりのときは、この人とこの人は仲が良い、あの人はこういうことが好き、先生はいつもこういうふうにやる、というふうに、まずは周りを観察していました。観察しながら、「この人たちはどうしてこういうことをやっているんだろう」、「どうしてこの先生は前の国の先生と真逆のことを言うんだろう」、「なんで私のやり方は違うと言われるんだろう」といつも考えていましたね。
語学力はあったほうが豊かなコミュニケーションができるし、自分の思いをしっかり伝えられます。でも、いくら流暢に話すことができても、それが自分のバックグラウンドをもとにした意見だったら、違うバックグラウンドの人にはうまく伝わりません。
語学力に加えて、相手の人たちや自分自身がどういう立ち振る舞い方、考え方、文化をもっているか、そして、その背景にある理由や意味がわかると、「私はこういう理由でこう思っている」、「あなたはこういう理由でこう思っている」というふうにコミュニケーションをとることができますし、賛成まではできなくても、「そういう考え方もあるよね」とお互いに歩み寄ったりわかり合えたりできるようになると思います。
人見知りではない子は、すぐ友だちができてよくしゃべるので当時はうらやましかったのですが、相手のことを深く理解したコミュニケーションはしていなかったかもしれません。「よくしゃべる」と「よくわかっている」は必ずしもイコールではないんです。ですから、語学と異文化理解、この二つが揃って初めて、自分と違う人とうまくコミュニケーションができるのだと感じています。
―たしかに、同じレベルで言語を話せる人たちであっても、相手のことばや行動の背景を知っていて話す人とそうでない人では、コミュニケーションの結果がだいぶ違いますよね。
そうなんです。毎年のように違う国の学校に通ったので、先生が言うことは毎年変わるんです。ロシアでは親と一緒に登校するけど、日本は子どもだけで登校する、というふうに学校文化も国によって違います。
ですから、はじめは「え!」と自分が戸惑ったり、相手に驚かれたりするのですが、その理由がわかれば、「私たちの国ではこうなんだ」と無理やり押し通すのではなく、「じゃあ私もそうします」と行動を変えることができます。
こういうふうに「違い」を読み取っていかないと、その国の言語をいくら話せたとしても、いつまで経っても「違い」に振り回されるし、その国の人たちと打ち解けることができないと痛感してきました。
ただ単に、「不快」とか「いや」と主張するのではなく、その理由をしっかり説明することで、相手も理解したり歩み寄ったりしてくれます。
―日本は、異質なものを受け入れるのが難しいというイメージはあります。日本の学校でそのようなことを実感した経験はありますか?
日本の小学校に通っていたときは、「変な金髪の子がいる!」と学校中の生徒たちが私を見るために教室に来ましたね。私が意見を言ったり主張したりすることに戸惑う先生もいました。中学生になると、校則が厳しくて「あなただけ髪の毛の色が違うとみんなに悪影響だから黒くしなさい」と言われましたし、ベジタリアンだから給食でお肉を食べられないことを伝えると「ニンジンを嫌いなのと同じだ」と受け入れてもらえなかったりもしました。
毎年転校するのでランドセルを買えずリュックで学校に通うと、周りの子たちから「なんであの子だけ」と言われましたし、数字の書き方も日本の書き方に直されましたし、いろいろと大変なことはありました。
―ほかの国でも、同じような経験はありましたか?
はい。意外と、具体的な内容は違うけどこういうことは、ほかの国でも経験しました。子どもが「みんな同じがいい」という考えをもっているのは、万国共通です。
ただ、単なる好き嫌いではなく、ちゃんと理由がある主義・主張に関する学校の対応が日本よりも柔軟な国はありました。
ロシアの女の子は、小学生になるとピアスをするのが普通です。洗礼を受けたときからキリスト教の十字架を首から下げている子もいます。こういう文化的・宗教的理由を説明すると受け入れてくれる国がある一方で、説明しても「アクセサリーだからだめ」、「うちの国ではこうだから」と受け入れてくれない国もあります。
先生は子どもたちみんなに平等に接するべきという考えが日本では強いのかもしれませんね。
最近は食品アレルギーの子が増えてきて、柔軟に対応するようになってきたと思いますが、なぜアレルギーはよくて、宗教上の理由やベジタリアンなどの主義はだめなのか、という疑問はあります。
大人が違いにどう反応するかは、子どもたちの考え方に影響するので、日本の先生たちも、違いに対する理解がもう少し深まるといいですね。
―ナージャさんの著書「からあげビーチ」(※1)は、食の多様性がテーマですね。この本にも、違いに対する理解が深まってほしいという思いが込められているのでしょうか?
そうですね。食事の違いについては、意外と子どもたちのほうが抵抗はありません。私が「お肉は食べないんだ」と言うと「え、そうなんだ」という反応です。でも、先生は「え!なんで?」から始まり、「なんでこれはよくて、これはダメなの?」と理詰めしようとしてくることもあります。
当時、日本の学校では、給食で食べられるものが少なくて大変でした。宗教上の理由で食べられないものがある子も、お弁当を持ってくることができません。給食は、栄養バランスを考えてつくられているはずなのに、特定の人にとっては栄養がとれない食事になってしまうんです。
食の多様性について知らなかったり、どのように対応したらいいかわからなかったりするから、こういうことが起きるのだと思います。ですから、この本が何か考えるきっかけになればいいなと思いますし、将来大人になる子どもたちの意識も変わっていって、一人ひとりが自分らしく生きられるようになったらうれしいですね。
―日本で働く外国人や外国人留学生が増えてきて、これからの子どもたちは、海外に出なくても、外国人と一緒に学んだり、仕事をしたり、同じ地域で生活をしたりする機会が増えますね。日本の子どもたちが「違うこと」をポジティブに捉えてうまく付き合っていくためには、どのような教育や体験が必要だと思いますか?
違いは、日本人同士でもありますよね。みんな周りに合わせていることも多いかもしれませんが、本当はそれぞれ個性をもっているはずです。そこに気づくことから始めるのが一番簡単にできることだと思います。
クラスの中には、いろいろな性格、趣味、考え方などをもっている子どもたちがいます。学校の教室は、小さなグローバル社会です。
家族の中でも、一人ひとりの違いを発見することができます。こういう、すごく身近なところにある違いを探したり、気を配ったりするだけで、違いに対する見方が変わってきます。
すると、「外国人」にもいろいろな違いがあることがわかります。出身国が違っていたり、日本に来たばかりの人もいれば長年住んでいる人もいたり、おしゃべりが好きな人もいれば人見知りの人もいたりしますよね。
こういう違いに気づいていると、海外の人と話すときにただ「どこから来たんですか?」という会話で終わるのではなく、「この人はどういう人なんだろう」、「この人はどういう考え方をする人なんだろう」という興味からもっと深い話や意見交換ができるようになると思います。
いろいろな国の人と会ったり、いろいろな国の料理を食べたりする体験も大切だと思います。子どものときは「違う」ことがわかっても、何がどう違っているかを理解したり、それを自分ごととして考えたりするのが難しいので、それに加えてクラスや家族といった身近なところから「違い」について考えることから始めたほうが、結果的に、自分とは全然違う人に出会ったときに相手に歩み寄るコミュニケーションができるようになるのではないでしょうか。
―異文化理解教育は、ただ異文化を紹介して終わってしまうこともあり、いかに子どもたちが主体的に異文化理解に取り組めるようにするかが課題になっているようです。アクティブラーニングに関する活動を行う「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」のご経験から、アイデアやご意見を伺いたいです。
子どもは、大人と違って、「こういう違いがあります」と説明されても頭で理解するのが難しいです。ですから、海外のアニメを見てみる、海外の食べものを食べてみる、海外の遊びをやってみる、というように、異文化に飛び込む体験をしたほうが「なるほど!」と早く理解できます。
先生の話を聞くだけではなく実際に身体を動かしながら体験してみることは、一種のアクティブラーニングです。
例えば、学校の筆記用具をえんぴつからペンにしてみるだけでも何か気づきがあると思います。体験させてから、「実は、フランスやロシア、モロッコでは、みんな青いペンで書いているんだよ」と紹介したら、子どもたちは「えー!」と驚いて違いに興味をもちますよね。ペンの描き心地が気に入る子も出てくるかもしれません。これは、ただ説明を聞いただけでは気づかないことですよね。
―実際に体験してみることで、気づきが得られ、それが主体的に興味をもつことにつながるのですね。
そうですね。私も子どものころは、実際に違いを体験してみることで自分ごととして考えられるようになっていったと思います。
体験してみると、その違いが好きか嫌いかもわかるし、自分が慣れ親しんだものとの共通点も見つかります。
鬼ごっこやかくれんぼなどの遊びは、各国で大部分は同じですが、微妙にルールが違います。「氷鬼」のように、同じ内容の遊びなのに、各国で遊びの名前が全然違う場合もあります。実際に遊んでみて違いを発見するのは楽しかったですし、「どうしてこういう違いがあるんだろう」と興味をもって考えるきっかけにもなりました。
ナージャ氏は、自分の文化が当たり前でないことに気づく、相手の文化を試してみる、自分に合わない文化もあることに気づく、自分の軸をつくる、というような段階を経て、文化の違いによる戸惑いやストレスを乗り越えてきました。
ある人が異なる文化圏に入ってマイノリティ(少数派)になったとき、その人のアイデンティティは4つのフェーズで変化すると言われています(Martin & Nakayama, 2000)。
Stage 1: Unexamined Identity(自分の文化的アイデンティティに対する意識や関心が低い)
Stage 2: Conformity(相手の文化における価値観やルールを受け入れる)
Stage 3: Resistance and Separatism(相手の価値観やルールを拒否することも出てくる)
Stage 4: Integration(自分の文化的アイデンティティを確立し、相手の文化も尊重するようになる)
ナージャ氏の体験はこのプロセスと一致していますが、すべての人が最終ステージに達するとは限りません。相手の文化に完全に同化して、自分の文化を否定したままでいる人もいます。逆に、相手の文化をすべて拒否し続ける人もいます。これでは、それぞれの文化に優劣をつけたり、偏見や差別的な考えをもったりすることにつながりかねません。
では、文化の違いにうまく対応するためには、何が重要なのでしょうか。それは、違いの背景を知ろうとすることだと考えられます。
ナージャ氏は、自分が当たり前だと思っている考え方、相手が当たり前だと思っている考え方がどこから来ているのかを知ろうとしたことで、文化の違いに良し悪しはないことに気づき、自分が相手に歩み寄ると同時に、相手が自分に歩み寄りやすくなるための工夫(自分の考え方ややり方の背景を説明する)ができるようになりました。
つまり、異文化理解は、違いに気づくことから始まりますが、表面的な違いを知っているだけでは不十分であり、その違いが生まれている理由を知ろうとすることで初めてさまざまな文化を尊重する態度につながるのです。
私たちは、自分が生まれ育った場所やグループ(家族、社会、国など)で共有されている習慣やルール、価値観に無意識のうちに従い、それが常識や当たり前だと思うようになります。それが「文化」であり、無意識なものだからこそ、異なる文化に接して違和感を覚えたときには、なぜ違和感があるのかを意識的に考えてみることが必要だと言われています(岡田, 2015)。
「私の経験は海外への転校だから派手に見えるけれど、日本国内で転校したことがある人も同じような経験をしていると思います」と話すナージャ氏。違いに気づき、その理由を探り、お互いに歩み寄る体験は、国内でもあらゆる場面でできるのです。
海外の人と接する機会が限られている日本の子どもたちにとっては、親やきょうだい、クラスメートといった身近な人々とそのような体験をすることが効果的な異文化理解教育となり、一人ひとりの違いを尊重する社会づくりにもつながるのではないでしょうか。
(※1)キリーロバ・ナージャ(2021).「からあげビーチ」. 文響社
【取材協力】
キリーロバ・ナージャ氏(電通アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所 研究員/株式会社電通 Bチーム クリエーティブ・デイレクター)
<プロフィール>
ソ連・レニングラード(当時)生まれ。世界6カ国(ロシア、アメリカ、イギリス、フランス、カナダ、日本)の現地校で多様な教育を受けて育つ。株式会社電通にてコピーライターとして活躍し、国内外のさまざまな広告賞を受賞。2015年には世界コピーライターランキングで1位に輝く。学校教育でのアクティブラーニングに使えるノウハウを提供する「電通アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」研究員。世界各国で教育を受けた経験を活かし、日本の子どもたちが多様で豊かな発想を育むきっかけを提供する活動を行う。「ナージャの6ヶ国教育比較コラム」はキッズデザイン賞を受賞。考案した高校生向けのグローバルについて考える授業「グローバルの授業」はJICAグローバル教育コンクールで審査員特別賞を受賞。著書に「ナージャの5つのがっこう」(大日本図書)、「からあげビーチ」(文響社)、「ヒミツのひだりきクラブ」(文響社)がある。
■関連記事
Martin, J. N. & Nakayama, T. K. (2000). Intercultural communication in contexts (2nd edition). Mayfield Publishing Company.
岡田昭人(2015).「教育学入門 ―30のテーマで学ぶー」. ミネルヴァ書房.