日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2025.07.25
今回のSorace博士へのインタビューは、言語は常に変化し続けるものだ、ということを再認識するきっかけになりました。言語の変化は、言語が衰退しているのではなく、言語が生きている証だということです。
Sorace博士の業績は、科学的な知見だけではありません。世界中のコミュニティで共同研究を行い、研究成果を適用し、そして実社会に役立つ効果をもたらすために献身的に取り組んでこられました。
取材・著者:Paul Jacobs
翻訳:Yuri Sato
まとめ
・ 二言語の発達が支援・尊重される環境で子どもたちが育つことを目指し、保護者や教師、さらには企業とも連携して活動する団体「Bilingualism Matters」について話し合った。
・バイリンガルの子どもは、その1人の中に「2人のモノリンガル(一つの言語のみ使用する人)」が存在するわけではない。二つの言語が混ざったり、変化したり、互いに影響し合ったりすることは当然である。それは、両方の言語が弱まっているのではなく、両方の言語が生きていて相互に作用していることの証である。
・今回のインタビューでは、バイリンガリズムに関する古い通説と新しい通説の両方が取り上げられている。古い通説では悪影響が過度に強調されていたが、新しい通説ではメリットが誇張されている。この状況を知ることは、正確でバランスのとれた情報が重要であることを再認識するきっかけとなる。
―まずはSorace博士の生い立ちや経歴からお話を伺いたいです。どのような経緯で現在に至ったのですか?
私はイタリアで生まれ、バイリンガルに「なり得る」家庭で育ちました。私の母は、サルデーニャ島出身で、そこではイタリア社会の少数派言語が話されています。でも、サルデーニャ語は「役に立たない」と考えて、私に対してサルデーニャ語を話したことは一度もありませんでした。
私はサルデーニャ語を少し理解できるのですが、母がほかの人たちとサルデーニャ語で話すのを聞くときだけです。母と会話するときには理解できません。母は、私に標準イタリア語、そしてその後英語も話せるようになってほしいと思っていました。
なぜなら、これらの言語は役に立つからです。私は大学生のときに旅を始め、最終的にはイタリアを完全に離れることになりました。スコットランドのエディンバラに住んで30年以上になります。ドイツ語、フランス語、イタリア語を話し、中国語も少しできるポリグロット(さまざまな言語を話す人)のアメリカ人と結婚しました。
私たちにはイタリア語と英語で育った子どもたちが二人いるので、バイリンガルの子どもを育てる喜びや難しさは多少は理解しています。
自分自身も経験してきた第二言語習得から始まり、人々がどのように言語を習得するのかということに、常に関心を持ってきました。それがまさに、この分野の研究を始めたきっかけです。その後、子どもから若者、そして高齢者まで、生涯にわたる言語学習全般に研究の対象を広げていきました。
私は言語学の分野で教育を受けた研究者であり、文法や統語論だけでなく、文法が認知のほかの側面とどのように関わり合うのかということにも長年関心を持っています。言語学習やマルチリンガリズムは複雑な分野であるため、常に学際的な研究を行ってきました。
すべてに精通した専門家になることは不可能ですから、協働は欠かせません。研究だけでなく、一般市民を巻き込んだ活動においても同様です。言語の仕組みを真に理解するには、認知科学者、心理学者、神経科学者、社会学者など、あらゆる分野の専門家からの知見が必要です。
私の研究は、これらの分野を融合し、多言語発達においてさまざまな要因がどのように相互作用しているかを調査しています。
―「Bilingualism Matters(バイリンガリズム・マターズ)」設立の経緯や、その根本的な目的についてお聞かせいただけますか?
Bilingualism Matters を立ち上げたのは、バイリンガリズムの分野で研究に取り組む私のような人間には、研究と社会の間で橋渡しをする責任があると感じたからです。それこそが私たちの根本的な使命です。つまり、バイリンガリズムに関する研究をみなさんの日常生活にとって身近で関連性のあるものにする、という使命です。
私自身、バイリンガルの子どもたちの母親になったとき、いかにみなさんがこのバイリンガリズムの話題について実際にほとんど何も知らないか、そしていかに誤解がたくさんあるか、ということに気づきました。例えば天体物理学であれば、みなさんは通常「あまり知らない」と認めますよね。でも、バイリンガリズムはそのような分野ではありません。これが問題点の一つです。バイリンガリズムの場合、たいていの人は「すでに十分知っている」と思っているので、思い込みに疑問を投げかけたり、研究から得た知見を共有したりすることが難しくなるんです。
最初は、何か大規模な活動やグローバルな活動になるとは想像していませんでした。単に、地域のニーズ、つまりエディンバラの親御さんや教師のみなさんのことを考えていただけなんです。
これが「Bilingualism Matters」の始まりです。小規模で地域密着型、そして、実際にみなさんの役に立つことをとても重視した活動でした。でも、すぐに私たちの取り組みは、社会の他分野からも注目され始めました。そして、医療の専門家や言語聴覚士、さらにはスコットランド政府とも協力するようになりました。
Bilingualism Mattersは、長年にわたってエディンバラ大学内に完全に拠点を置いていました。でも3年前には、あまりにも規模が大きくなったので、独立した組織としてスピンアウトしました。
同僚のKatarzyna Przybycien(カタジナ・プシェビチェン)博士と共同でこの新しいフェーズを立ち上げ、この新たなBilingualism Mattersは、いまや国際的なネットワークをリードしています。
このネットワークは急速に拡大していて、現在は4 大陸に 34 の支部があります。今年はエストニアのタルトゥに新しい支部を開設する予定です。どの支部も、現地の専門家を迎え入れて、その地域の政治や言語の状況に合わせた取り組みをしています。こうした多様な環境で力を結集することで、マルチリンガリズムをより深く理解し、より多くの人々に、より適切で、その地域の状況に応じたメッセージを発信できると考えています。
―Bilingualism Mattersの支部はすべて同じように運営されているのですか?それとも、それぞれの支部が地域の状況やコミュニティに応じて異なるアプローチをとっているのですか?
そうですね、何をやるべきか各支部に指示することはありません。各支部は、何が必要とされ、何が課題であり、どう対応すべきかなど、その地域の状況を一番よく知っています。私たちの役割は、どちらかというと助言役です。その関係者が自ら研究を行っている場合を除いて、バイリンガリズムの研究に関する研修やサポートを提供しています。
私たちのパートナーの中には、言語政策に携わる人もいれば、まったく異なる分野で活躍する人もいます。バイリンガリズムやマルチリンガリズムは、必ずしもその価値が十分に評価されているとは限りませんが、あらゆる分野に存在しています。学術界以外から参加するメンバーもますます増えており、それは私たちの大きな強みとなっています。そのおかげで、より幅広い視点や専門知識を交換することができますし、より幅広い層の人々に私たちのメッセージを発信することができるんです。
私たちの目標の一つは、特に学術関係者以外の人々に対して研究内容をわかりやすく伝えるお手伝いをすることです。これは、私自身も学ばなければならなかったことです。学術界では、私たちは誰もが専門用語を理解しているカンファレンスで話すことに慣れてしまっていますよね。でも、一般の人々と関わる場合、そのような共通言語に頼ることはできません。話をシンプルにしなければなりません。つまり、複雑な物事のあらゆる側面をすべて伝えるのは不可能だ、ということを受け入れるんです。重要なメッセージを取り出して、わかりやすい方法で表現する必要があります。そして、これは簡単なことではありません。
このような一般市民を巻き込んだ活動は、他者の役に立つだけでなく、私たち研究者にとっても価値があります。この活動によって、より良い研究者になることができるんです。私たち研究者は、単に知識を伝えているのではなく、同時に学んでいます。本当に、双方の学び合いになっていますね。
―一般市民を巻き込んだ活動がたくさんあるようですね。主にどのような人たちとの関わりに力を入れていますか?
親御さんたちとお話しします。その中には、英語があまり話せない移民の親御さんもいます。こうした会合は、大使館や地域コミュニティ団体が主催することもあります。その場合は、通訳が必要になることが多く、時間にも限りがあるため、明確なメッセージを一つか二つ伝えることに集中します。複雑な研究分野を扱って、それをシンプルに説明しなければならないので、難しいですね。でも、私たちにとっても良い経験になっています。コミュニケーション能力も磨かれるからです。
また、教師のみなさんと協力したり、教員研修に参加したり、政策立案者や政府関係者と意見交換を行ったりもしています。私たちが力を入れているもう一つの層として、保健の専門家、特に言語聴覚士があります。言語聴覚士がバイリンガリズムに関する教育を受けていない地域は多いです。ですから、言語聴覚士は自分が目にしたものを誤って解釈してしまう可能性があります。もし、ある子どもがまだその言語を学習中であるために学校でことばを話さない場合、周りの人たちは何か問題があると思い込んでしまうかもしれません。その子どもは、その現象が二言語発達の通常プロセスであると認識していない言語聴覚士を紹介されるかもしれません。あるいは、その逆で、単なる言語学習の過程だと思い込んで、本当の問題を見過ごしてしまうかもしれません。そこで私たちは、そのような場合にも支援を提供しようとしています。
そして、企業のみなさんともお話しします。「誰もが英語を話すのだから、英語を話せるだけで十分だ」と考えている人は多いです。でも、別の言語を知っていれば、異なる視点を理解するうえで役立ちます。つまり、人々が使うことばだけでなく、彼らの考え方がどこから来ているのか、ということまで理解できるようになるのです。私たちは、ロンドンの『フィナンシャル・タイムズ』紙と協力して、このテーマについて取り組んだことがあります。
―Bilingualism Matters を通じて取り上げようとしているバイリンガリズムに関する誤解のうち、最もよく見られる誤解はどのようなものですか?
私たちはいま、興味深い時期を迎えています。私が「古い誤解」と呼ぶものが依然として広く浸透している一方で、いまは「新しい誤解」も生まれ始めているからです。
古い誤解 〜否定的な思い込みがある〜
子どもにおける言語の混乱
一番古くて根強い通説の一つに、複数の言語に触れさせると子どもが混乱する、というものがあります。このような考え方は、イギリスのようなモノリンガル国では特によく見られます。大抵は、はじめから二つの言語を両方学ぶよりも、まず片方の言語を学び、あとからもう一方の言語を追加したほうがいいと考えています。でも、バイリンガルの子どもたちが混乱していないということは、研究ではっきりとわかっています。子どもたちは複数の言語を操ることができますし、実際、世界中の多くの地域では、複数の言語を使うことは普通のことです。
移民の子どもたちとその言語の問題に関する思い込み
よく見られる思い込みのもう一つは、子どもが新しい国に移り住み、その国の言語とは異なる言語を家庭で話す場合、その子どもは自動的に学校で苦労するようになるだろう、というものです。言語的背景だけを理由に、ほかの子どもたちとの分離や特別な手助けが必要だという考え方があります。もちろん、社会の多数派言語を学ぶためには、その言語に触れる必要があります。でも、だからといって、その子どもたちに問題があるということではありません。実際、研究によると、その子どもたちは特定の強みを持っている可能性があります。言語学習を学習上の問題と誤解しないように注意する必要があります。
役に立つ言語とそうでない言語
また、役に立つ言語とそうでない言語がある、という考え方も古くからありますね。先ほど触れた通り、私の母はこの考え方でした。サルデーニャ語は役に立たないと考えていたので、私に対してサルデーニャ語を話さないようにしていたんです。でも、どのような言語が「役に立つ」言語なのでしょうか?通常、その言語が話されている国の経済力や政治力と結びついています。だからこそ、ここ数十年で中国語などの言語が権威を得ているんです。ただ、少数派言語の多くはそのような地位がありませんから、みんな「その言語を維持することに何の意味があるの?」と問いかけてきます。
私たちが忘れがちなのは、どの言語も文化を伴うものだということです。ある言語が消滅するとき、失われるのはことばだけではありません。世界の中で物事の見方や生き方も一つ失われてしまうのです。先日、パリのユネスコを訪れた際、世界にはいま約8,000の言語が存在すると聞きました。このまま何も変わらなければ、今世紀末までにその約半数が消滅する可能性があります。これは驚くべきことです。もちろん、いつの時代も言語は進化と消滅を繰り返してきました。でも、そのペースはいま、かつてないほど加速しています。この状況はなんとかしなければいけません。
では、なぜ言語は消滅するのでしょうか?言語が消滅する主な理由は単純です。次の世代に受け継がれないからです。子どもたちが耳にしたり使ったりしなければ、その言語は衰退してしまいます。どんなに強力な政策があったとしても、家族がその言語を伝承しなくなれば、その言語は失われてしまうんです。
この問題に対処する取り組みとして、「少数派言語を話せることは幸運である」ということをみなさんに気づいてもらう、ということをしています。その言語を存続させることには、言語面だけでなく、認知面や社会面でも大きなメリットがあります。例えば、他者の視点に立つ力や注意力が養われたりします。もちろん、将来の人生でより多くのチャンスを得られる可能性も広がります。こうしたメリットは、「どの」言語を話すかではなく、脳内に複数の言語があるという事実によって決まります。
それから、こうした誤解をしている人は教育水準の低い人たちだけではないことを心に留めておくことも重要です。ときには、最も教育水準の高い人たちが、こうした誤解を最も強く抱いている場合もあります。
また、無意識だったり、ときには意図的だったりしますが、研究結果がその文脈から切り離されることによって、新たな誤解が生まれているケースも見られます。こうした誤解は、研究結果を過度に肯定的に捉えて一般化している傾向があります。
例えば、子どもがバイリンガルに育つと、その子どもは自動的に知能が高くなったり、ひいては天才にさえなる、と信じている人がいます。一方、高齢になると、複数の言語を話すことでアルツハイマー病やその他の種類の認知症を予防できる、という考え方もあります。ジャーナリストからこのことについてよく質問されますが、私はいつも「それが本当だったらいいですよね!」と答えています。でも、そうではありません。
バイリンガリズムは、特定の種類の認知症の「発症」を遅らせる可能性があります。でも、すべての種類ではありませんし、完全に予防するわけではありません。研究が実際に示しているのは、こういうことです。遺伝的にこれらの疾患を発症しやすい人の場合は、バイリンガリズムによってそれを止めることはできません。ただ、症状が出始める時期を遅らせることはあるかもしれません。
繰り返しになりますが、みなさんが正確な情報を得ることは大切です。私たちは、みなさんが十分な情報を得たうえで判断し、バイリンガリズムのメリットを誇張することなく、その価値を適切に評価してほしいと思っています。
(後編へ続きます)
後編では、親が感じる不安について、またバイリンガルの特徴について語ってくれます。
【取材協力】
< プロフィール>
Antonella Sorace(アントネッラ・ソラーチェ)教授
エディンバラ大学 発達言語学科 教授、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 名誉教授。
専門は生涯を通じたバイリンガリズム(二言語使用)。
ネイティブ・スピーカーに近いレベルに達している第二言語話者、言語喪失、そして、子どもや大人の二言語発達に関する研究を行なってきた。
「Bilingualism Matters(バイリンガリズム・マターズ)」の創設者兼ディレクターを務め、そのキャリアの大部分を、研究者と教育者、親と政策立案者、そして科学と社会の間で橋渡し役を務めることに捧げてきた。一般市民を巻き込んだ活動や「インターフェース仮説」の提唱を通じて、バイリンガリズムに関する議論を「単純化された誤った通説」から「より現実的で研究に裏づけられた理解」へと転換する活動に従事。
詳しい情報はこちら:
Bilingualism Mattersについて:https://www.bilingualism-matters.org/
Sorace博士の学術研究について: https://edwebprofiles.ed.ac.uk/profile/antonella-sorace
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SORACE, A. (2006). Gradedness and Optionality in Mature and Developing Grammars. In G. Fanselow, C. Féry, M. Schlesewsky, & R. Vogel (Eds.), Gradience in Grammar: Generative Perspectives (p. 0). Oxford University Press.
https://doi.org/10.1093/acprof:oso/9780199274796.003.0006
Sorace, A. (2011). Pinning down the concept of “interface” in bilingualism. Linguistic Approaches to Bilingualism, 1(1), 1–33.
https://doi.org/10.1075/lab.1.1.01sor