日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2023.11.17
学習指導要領が改定されて3年が経過。「見切り発進」と言われながら始まった小学校英語教育ですが、いま教育現場ではどのような現状や課題があるのでしょうか。2023年7月、国立小学校と公立小学校の両方で指導してきた石毛 隆史 教諭(東京学芸大学附属大泉小学校から中野区立北原小学校へ異動/写真:左)、そして、第二言語習得や英語教育について研究する原田 哲男 教授(早稲田大学/写真:右)による特別対談を行いました。
前編では、教育現場が抱える課題についてのお話を紹介します。
著者:佐藤有里
まとめ
●現場の教員やALTが持っている昔の英語教育の考え方を変えることはなかなか難しい。「英語を教える人」と「英語を使う人」の両方を融合させた教師が求められる。
●教員間で温度差があり、熱意のある先生ほど仕事の負担が多くなる。研修体制の見直しや教科担任制の導入が改善方法として考えられる。
●現場の先生たちには、「自分でもできる」と思えるような授業を提案しなければいけない。教員になりたい人が減っている今、教員養成課程や教育実習で学生たちにどのような意識を持たせるかが大切。
■対談者プロフィール
・石毛 隆史 教諭(以下、石毛)
東京学芸大学附属大泉小学校教諭。東京学芸大学中等教育教員養成課程卒業。同大学にて修士課程修了。公立学校との人事交流制度により、2020年度より中野区立北原小学校(東京都)に勤務し、現在6年生の学級担任。監修書に『えいごえほん百科 スタート』『えいごえほん百科 ジャンプ』(ともに、講談社)がある。
・原田 哲男 教授(以下、原田)
早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にて博士号(応用言語学)を取得。その後、オレゴン大学で教鞭を執り、2005年より現職。専門は、第二言語習得、外国語の音声習得、英語教育、バイリンガル教育など。ワールド・ファミリー バイリンガルサイエンス研究所の学術アドバイザーも務める。
【目次】
原田:石毛先生は、国立小学校の先生ですが、いまは公立小学校で教えていらっしゃいますね。
石毛:そうですね。公立小学校のほうがさまざまな子どもたちと関わることができるので、学級経営や保護者対応について学びたいと考え、異動を希望しました。
ほかの地域の学校や教育委員会から依頼を受けて、飛び込みで授業をする機会が多いのですが、学級を即時に把握できる力が必要だと感じたからです。
学級経営がしっかりできていないクラスでは授業のやりにくさを感じますし、いろいろな子どもたちを見る力をつけて「このクラスのキーになるのはこの子だろうな」、「この子はちょっと集中できていないんだろうな」というようなことが瞬時にわかるようになれば、どのクラスでもうまく授業ができるようになるのではないかと思っています。
学校から与えられているミッションは、「誰でもできる授業」を目指した研究授業や若手の先生だけでうまく授業を運営できるようにするためのOJTなど、いろいろな土台をつくることですね。
「教科担任制」という形で、学級担任をしながら他学年の英語の授業も担当してきました。
原田:実際に公立小学校で教えてみて、英語教育で国立小学校との違いを感じることはありましたか?
石毛:音を聞くことから始める、言語活動を通じて音を聞かせる、インプットを十分に与えたうえでアウトプットにつなげるなど、もともと自分が大切にしてきた授業のやり方は公立小学校でもそのままできています。ただ、そのような授業を学校や区全体に広めることは難しいと感じています。
原田:そうなんですね。どのように難しいですか?
石毛:いまは「言語の学び方」が昔の英語教育とはかなり違いますし、学習指導要領も変わってきています。でも、現場の先生たちはそれに追いついていけませんし、結局は自分たちが中学校で学んだ方法で授業をします。
例えば、黒板にダイアローグ(会話文)を書いて、「あなたはAさん、あなたはBさん。さあ、言ってみましょう」というような会話練習の授業をしている先生や学校は多いです。
音声だけで授業をすることがメインになる3・4年生の授業でも、黒板に文字がたくさん書かれていることがあって、先生たちは「子どもにとってヒントになるから」とおっしゃいます。自分は文字を見ないと英語を言えないから、子どもたちもそうだと思っているわけです。
このような昔の英語教育の考え方を変えることはとても難しいですね。
原田:それはまったく同感です。多くの先生や一部の研究者でも、まず単語や文を覚えるという基礎から積み上げていって、そこから言語を使えるようになる、という感覚がなかなか取れません。先生の授業動画を拝見したのですが、「はじめから完璧にできなくてもいい」ということを子どもたちに伝えている場面が印象的でした。まずは英語を聞いてみて、なんとなく真似して口に出すことから始めれば、ちょっとずつ言えるようになっていく、というお話でしたね。
石毛:そうですね。日本語も、赤ちゃんのころから完璧に話せたわけではないですよね。でも、お母さんやお父さんは子どもが何を言いたいか理解できます。
それと同じように、英語も一つひとつの音や単語をすべてはっきりと言えなくても相手に伝わりますし、ちょっとずつ言えるところを増やしていけばいいんです。
はじめはゼリーが固まっていない状態だけどちょっとずつ固まっていく、というイメージですね。
原田:「君たちのお父さんやお母さんは、こういう学び方をやってきていないんだ」ということも子どもたちに伝えていましたよね。この場面を見たときに、「そうだ、保護者の考え方はとても大事だ」と思いました。特に英語教育に関しては、保護者の期待がとても高いですよね。
石毛:本当にそうですよね。実際、「先生、もっと単語を教えてください」って子どもに言われたことがあるのですが、「どうして?」と聞くと、「お母さんが単語を覚えないと英語ができるようにならないって言った」と答えました。
「うちの子、全然英語を喋れないんですけど大丈夫でしょうか?」と心配される保護者の方もいらっしゃいます。
「まずは聞けるようになることが大事で、話すことはちょっとずつできるようになればいいんです」というお話をするのですが、どこまでご納得いただけているかはわかりません。
原田:最近、教師自身が「英語の使用者」であることがとても大事だと考えています。教師が英語を学んだ経験しかなくて、英語を使ってコミュニケーションをしたり何かタスクを達成したりした経験がないと、なかなか考え方が変わらないと思うんです。石毛先生は、小学生のときに海外に引っ越されたとのことですが、どのような経験をされたのでしょうか?
石毛:小学5年生の途中から高校を卒業するまでアメリカのテネシー州に住んでいました。当時は小学校で英語の授業はなかったですし、急に親の転勤が決まったので、英語がほぼ何もわからないまま現地の公立小学校に通い始めました。
友だちが話しかけてくれても全然わからないし、当時はいやでしたね。
原田:何年か経ったら、変わってきましたか?
石毛:中学生のときに部活に入って、野球やサッカーをしながら部活の友だちと話すようになり、みんなの輪になんとなく入れるようになりました。自分の言いたいことをうまく伝えられるようになったのは、現地に行ってから3年くらい経ったころだったと思います。
原田:3年くらい経たないとアウトプットが出てこなかった、という先生の経験はとても大切だと思います。先生は、インプットを大切にする授業をしていらっしゃるとのことですが、当時を振り返ってどのように思われますか?
石毛:実は、それまでもアウトプットがまったくなかった、というわけではありません。
ずっと黙って聞いているだけではなく、知っている単語を使って何かしら言っていましたが、普通に話せるようになるまでは時間がかかったんです。
でも大人は、それを待てないですよね。
学習指導要領を見ると、けっこう難しいことを子どもたちに求めています。小学校で英語教育が始まったら、中学校・高校の英語もさらに難しくなりました。
大人だって、今日からロシア語の授業を週1回受けて、1年後にペラペラと話せるようになるわけないですよね。
大人は、子どもたちに求めすぎているのではないかと思っています。
原田:石毛先生は、ご自身の経験から、言語学習にはとても多くの時間がかかる、という考えをお持ちですよね。教師がそういうスタンスでいることは、とても大切なのかなと思います。
石毛:言語学習に限らず、算数などほかの教科でも同じですよね。
子どもたちは、やる気スイッチが入ってしまえば自然と自分から学んでいきますが、どこで入るかはわかりませんし、それまでには時間がかかります。
日本語も、学習として始めるのは小学1年生からですが、それまでにたくさんのインプットが与えられてきて、はじめは何もアウトプットしない状態だったと思います。
ですから、すぐにアウトプットできるようになることを子どもたちに求めるのは難しいです。
原田:英語使用者は、「自分は英語ができない」と思っている人が意外と多いですよね。海外からの帰国生も、海外に行ったときに英語ができなくて本当に苦労したから、いかに英語ができないかは自分が一番よくわかっている、と言います。
石毛:私もまったく英語がわからない中で、なんとなく使ってみながらなんとかコミュニケーションを取っていたので、「英語ができた」という感覚はないですね。
原田:私も海外の大学で学んだり授業を教えたりしてきましたが、自分は英語ができないとずっと思っていましたし、いまだに英語で苦労しています。でも、「英語ができなくても、英語を使ってきた」という経験が英語使用者の良いところであり、そういう意識が授業にも反映されるのではないかと考えています。
原田:石毛先生は、「英語学習者」というよりも「英語使用者」である、という点がほかの教師と異なる点だと思います。英語を学ぶというよりも、学校で教科を学ぶために英語を使い、英語の使い手として生活されてきました。英語教師は、英語使用者のロールモデルとして生徒たちに与えられるものがあるのではないかと思います。どのように思われますか?
石毛:原田先生がおっしゃる通り、英語使用者であれば子どもたちのロールモデルとして授業がしやすいと思います。
ただ、英語使用者だからこそ抱えるマイナス点もあります。
授業では「子どもに聞かせる英語表現」が求められます。教師が「英語使用者」としてのみ教壇に立ってしまうと、普段英語を話しているときのように、文末で声が小さくなってしまったりして、子どもにインプットを与えられません。
これは、私も指摘を受けて気づいたことです。
ですから、英語を使用することだけではなく、子どもに聞かせる ことも意識しなければなりません。
教員は、「英語を教える教育者」と「英語使用者」という両方の側面をうまく融合することが必要なんだろうと思います。
原田:その考え方はとても大切ですね。ネイティブ・スピーカーであっても英語教師として好ましくない場合もありますから、同じことが言えるかもしれません。ALTの指導や研修は、どのように行われているのでしょうか?
石毛:ALTは、基本的に派遣会社を通じて採用されているので、区や学校では指導や研修を行っていません。
また、派遣元の会社がどのような研修をしているかは、学校には共有されていないのが現状です。
また、小学校での英語の授業は、以前はゲームが中心でした。ですから、当時から教えている先生は、ALTの経験が長くても、むしろいまの授業スタイルを理解してもらうことが難しい場合もあります。
原田:学校の先生たちは、ALTのトレーニング状況がまったくわからないんですね。
石毛:そうですね。実は今年、ALT派遣会社の方とALTの研修についてお話しする機会がありました。
例えば、子どもが「赤」と日本語で言ったときに、“I like red.” と子どもに言い直させるのではなく、教師が “Oh, you like red!” と言い直して自然な会話の流れで英語のフレーズを聞かせてあげる指導方法がありますよね。
そういう指導技術のトレーニングも大切なのではないか、というお話をしました。
ただ、とてもたくさんのALTを採用して派遣していますから、そこまではできないのかもしれないとも思います。
原田:ALTと一緒に教える授業の場合、どのように話し合っているのでしょうか?
石毛:ALTには、うまくコミュニケーションをとりながら、「そのやり方だと子どもたちに残らない」ということもはっきり伝えるようにしています。
やる気が高くて、自分がメインで教えたいと言うALTもいますから、そういうときは、活動内容を実際にやって見せて、先ほどお話しした指導方法も含め、やってほしいことやその理由を具体的に伝えたうえでお願いしています。
原田:授業づくりについてALTと打ち合わせする時間は十分にありますか?
石毛:打ち合わせの時間は取れないのが現状ですね。
例えば、「今日はI want to go to〜の表現を使うよ」、「カードを使って、子どもたちにWhere do you want to go?っていう話をするよ」というような話はしていますが、細かいことは打ち合わせできません。
原田:そうですよね。小学校の先生は、全教科を教えているから空き時間がないですよね。
石毛:そうですね、1日が全部授業で埋まっています。
ALTの先生もいろいろな学年の授業に入っているので、空き時間がないことも多いですね。
原田:小学校英語教育は、かなり見切り発進で始まりましたよね。現場の先生方は、いろいろと苦労をされていらっしゃると思います。
石毛:本当にそうですね。どういうふうに授業をしたらいいのかがはっきりしないまま始まって、やっと今回の学習指導要領改定で中身がわかってき ました。
ですから、ちゃんと授業をしようとしている質の高い先生たちは苦労しています。
また、ALTに授業をまかせてしまうと、子どもたちにどのような力が身についたかわからない。でも、自分たちがどうしたらいいかわからない。だから、ALTにまかせてしまう、というふうになってしまうこともあります。
一方で、教員採用試験の倍率が下がっていて、質の高い先生を採用できなくなっていますから、教科書や教師用指導書の通りに授業を進めることが「ちゃんとした授業」だと考える先生たちが増えてくると思います。
しかし、言語は、教科書の指導書通りに教えても習得できないので難しいところです。
原田:それは深刻な問題ですね。
石毛先生:そうですね。自分なりに教科書などから取り入れて授業をつくる、子どもたちにどのような力がつくか意識する、という考え方をする先生は少ない です。そうすると、やはり教材研究もしません。
ですから、本当に苦労している先生が実際にどれくらいいらっしゃるのかはわからないなと思います。
ある担任の先生は、去年1年間、私の授業を週1回見に来て、「そうやってやればいいんだ」ということがわかり、今年の授業に活かしてくださっています。
それくらいやる気のある先生もいらっしゃいますし、苦労しながらも前に進んでいますね。
原田:先生たちのトレーニングは本当に必要不可欠ですよね。私の大学でも、教員養成課程で初等英語科教育法という授業をいくつか入れています。英語の授業に関するOJTは、具体的にどのようなことをしていますか?
石毛:自分の授業を録画してGoogle Classroomで共有したり、「いまは英語の授業をこういうふうに考えるんですよ」ということを月1回の通信で伝えたりしています。
ただ、それらを受け取った先生たちがどのように理解したかを確認できていないことが課題ですね。
こちらからいくら発信しても、主体的に学ぼうとする意欲が先生たちになければ、何も身につかないと思います。
どうすれば先生たちの意欲を引き出せるか、という点で悩んでいるところです。
原田:それは一番大切なことですよね。小学校英語教育では、子どもたちの意欲をいかに引き出すか、ということ以上に、先生たちの意欲をいかに引き出すかが重要だと思います。
原田:私の大学で行っている研修に現職の先生方が参加されるのですが、毎日のように朝早くから夜遅くまで仕事をしている状況では余裕がない、教材や授業の研究をしたくでもできない、という声をよく耳にします。やはり実際にそういう状況なのでしょうか?
石毛:定時で帰宅する先生もいれば、夜中まで残業しながら教材研究などをしている先生もいます。
残業のしすぎはよくないですが、みんなが同じように仕事すればもっと早く終わると思います。
やはり仕事ができる先生や残業してくれる先生に仕事がまわされてしまいますね。
原田:教員の間に温度差があると、熱意のある先生が結果的にバーンアウトしてしまうわけですよね。
石毛:そうですね。そう考えると、各校から一人ずつ研修に参加して、その先生が校内に広めるのではなく、全員が関わらなければならない、というふうに捉えて、各校に講師を呼んで全員に研修したほうが効率的なのではないかと思います。研修に出る余裕がない先生が多いのであれば、校内で研修できる環境をつくらなければいけないんだろうなと感じています。
研修は、あとから入れようとすると時間をつくれなくて大変になりますが、年度が始まる前に「今年は年間で研修3本」というふうに事前に決めておけば、予定が入らないことはないです。
原田:そういうやり方もありますね。研修体制をどうするかは公立学校の課題ですよね。
(後編へ続きます)
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