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2023.08.21

子どもの発達を重視する幼稚園イマージョン教育とは 〜東京都内 認定こども園の視察より〜

子どもの発達を重視する幼稚園イマージョン教育とは 〜東京都内 認定こども園の視察より〜

2023年5月29日(月)、当研究所は、私立の認定こども園(東京都)で実践されている英語イマージョン教育の様子を視察してきました。「英語に浸す」という意味のイマージョン教育は、子どもの英語学習における効果を期待する一方で、日本語を含む幼児期の発達にポジティブな影響を及ぼすと言われています。幼児向けイマージョン教育の一例として、今回視察したプログラムの概要を紹介します。

 

まとめ

・東京都内の認定こども園で、在園児が選択できる英語イマージョンクラスがあり、英語イマージョン教育が実践されている。

・英語クラスの教員は英語のみを使うが、子どもに英語を使うことは強要しない。このように子どもの母語使用を尊重することは、幼稚園イマージョン教育の一般的な特徴である。

・日本語での発話を許容することが効果的な英語学習につながっている場面が観察された。

・幼稚園イマージョン教育は、「英語を話さなければならない」ではなく「英語を話したい」という動機づけや環境づくりが特に課題となる。

 

 
【目次】

 

はじめに:視察の経緯

IBSは、イマージョン教育(※1)について長年研究を行っている原田教授(早稲田大学教育・総合科学学術院/IBS学術アドバイザー)とともに、研究活動および社会貢献活動の一環として、豊橋市立八町小学校(愛知県)の授業視察や同校教員との意見交換などを実施してきました(※2)

今回は、日本で実践されているイマージョン教育についてさらに理解を深めるべく、東京都内の認定こども園にご協力いただき、未就学児(3〜5歳)を対象としたイマージョン・プログラムの活動内容や子どもたちの様子を視察させていただきました。

 

午前は日本語、午後は英語

イマージョン教育にはさまざまな形態がありますが、幼稚園から始まるプログラムは「早期イマージョン(early immersion)」と呼ばれます。

今回視察したイマージョン・プログラムは、週5日間、通常保育・教育時間が終了したあとの4時間で実施されています。子どもたちは、100%英語のみを使う教師と一緒に過ごします(詳細は後述)。

子どもたちの幼稚園生活を全体的に見ると、午前は日本語、午後は英語、という言語使用(下図参照)です。

今回視察したイマージョンプログラムにおける使用言語の割合のグラフ

今回視察したイマージョン・プログラム(図:IBS作成)

 

母語と外国語をおよそ半々の割合で使って授業や活動が行われるタイプのイマージョン教育は、「パーシャル・イマージョン(partial immersion)」(または50/50モデル)と呼ばれます(※3)

母語のリテラシーを高める必要があるケース(例:海外から移住してきた子どもの教育など)ではよく取り入れられ、日本やアメリカで実践されている日本語・英語イマージョンのほとんどがこの形態だと言われています(中島, 2016)。

幼稚園型認定こども園である同園は、幼稚園と保育園の両方の良さを併せ持つ、教育と保育が一体となった環境です。

午前は、1日の標準教育時間である4時間、日本語での活動が行われます。午後の4時間は、英語イマージョン・プログラムが選択できる課外活動として設置されています。

この英語イマージョン・プログラムは、午前の教育時間とは別に計画されており、基本的には教育要領に沿いながらも、子どもたちの興味・関心をもとに、英語のみを使って柔軟に活動が展開されます。

このようなカリキュラムの構成を考えると、カリキュラム全体を母語使用の時間と外国語使用の時間に分けるパーシャル・イマージョンと完全に一致しません。しかしながら、午後の英語イマージョン・プログラムに参加している園児の園生活全体を見ると、母語・外国語の使用割合がパーシャル・イマージョンと同様であり、日本語の発達が重視されていると言えます。

 

早期イマージョンの特徴は、母語の尊重

午後の4時間(以降、イマージョンクラス)は、英語・日本語のバイリンガル教員2名体制(年少クラスは3名)。教員が話すことばは常に英語ですが、子どもたちは英語を使うように強要されていません。

幼児期のイマージョン・プログラムには、母語を尊重し、子どもに外国語を使うように強要しない、という特徴があります(Baker & Wright, 2021)。

実際、同プログラムの子どもたちには、「英語の時間だから」と発言を躊躇する様子は見られず、常に英語しか話さない教員にも日本語で話しかける場面が多く見られました。

プログラム担当教員によると、子どもたちは「先生は日本語がわかる」と思っているため、教員が英語しか話さないことに対して強い不安を感じる子どもはほとんどいません。

このように、1日を通じて子どもたちが自分の言いたいことや気持ちを母語で伝えられる環境づくりがされており、イマージョンクラスが子どもたちの母語や心身の発達にネガティブな影響を与える可能性は低いと考えられます。

こども園におけるイマージョンのクラスの様子

 

日本語の発話が英語学習につながる可能性

子どもたちは日本語を話してもいいと聞くと、「英語を話す力がまったく身につかないのではないか」と考える親御さんもいるでしょう。しかしながら、子どもがその場で本当に伝えたいことを母語でも良いので発話させることは、効果的な英語習得のきっかけになる可能性があり、英語の発話が促されている場面が観察されました。
例えば、年長クラスのボール遊びで、ある子どもがいまにも泣き出しそうな表情で「(友だちに)いやなことされた!」と日本語で訴えた場面です。教員が “No, thank you.”(やめて)と友だちに言うように促すと、その子どもはすぐに友だちのほうを向いて “No, thank you!” と言いました。

まるで日本語で「やめて!」と言うときのような声のトーンと表情から、単に教員の英語を反射的にリピートしたのではなく、例えば、いやなことをされたという状況、そのときの身体の感覚や「いや」という感情など、文脈とともに “No, thank you.” の意味を理解して使ったことがわかります。

これは、言語習得において重要な「comprehensible input(理解可能なインプット)」(Krashen, 1982)だけではなく、「social learning(社会的学習)」(Li & Jeong, 2020)にもなっています。

私たちは、さまざまな感覚や身体を使って周りの人やもの、環境から情報を得て、ことばの意味を推測しながら学びます。外国語も、このように社会的なやりとりを通じて学習すると、母語の訳を通じて学ぶときよりも多くの脳領域が活動し(Jeong et al., 2010; Jeong et al., 2021)、記憶に定着してさまざまな状況で素早く正確に思い出す力につながります(Li & Jeong, 2020)(※4)

もし、子どもがその瞬間に伝えたいことを「英語の言い方がわからないから、言わないでおこう」と思ってしまうようなクラス環境であれば、このような社会的学習は起こらなかったかもしれません。

この年長クラスでは、ほかにも、ボールを蹴るときにぶつかりそうな友だちがいたら “Excuse me!”(ちょっとどいて!)/ “Watch out!”(危ないよ!)、ボールが友だちにぶつかってしまったら “Sorry!”(ごめんね!)、友だちが自分のボールを間違って手に取ろうとしたら ”That’s mine!”(それ、ぼくのだよ!) というように、子どもたちが周りの人やもの、環境に反応したり働きかけたりしながら自然と英語を口に出している場面が見られました。

こども園のイマージョンクラスの様子

 

おわりに:「英語を話さなければならない」ではなく「英語を話したい」をいかに実現するか

今回は、幼稚園英語イマージョン教育で日本語がどのように使われているか、という点に注目して紹介しました。

幼稚園イマージョン教育は、小学校以降のイマージョン教育と比べると、「子どもたちは母語を使ってもOK」という環境づくりが特徴的ですが、日本ではまだ実践例が少なく(中村ほか, 2018)、あまり広く知られていないかもしれません。

イマージョン教育には、大量のインプットによって外国語を理解する力はかなり伸びるものの、話したり書いたりする力はなかなか同じレベルまで伸びない、という課題があり、そこから「ことばを習得するためには、インプットだけではなくアウトプットも重要である」という考え方が生まれました(Swain, 1985)。

幼稚園イマージョン教育においても、やはり子どもたちが自発的に英語で発話する機会が少ないことは課題の一つだと考えられます。しかしながら、英語を使って長時間過ごすなかで子どもたちに日本語での発話を許容することは、幼児期の発達や教員との信頼関係構築のために重要です。

幼稚園イマージョン教育は、学校の授業のように英語での発話を強要することなく、インプットが重要な時期と捉え、「英語を話さなければならない」ではなく「英語を話したい」という動機づけや環境づくりをすることが特に大きな課題です。今後研究を進めることにより、日本におけるバイリンガル教育や外国語教育にとって有益な知見が得られると考えられます。

(※1)イマージョン教育は、バイリンガル教育の一つの形態。学校の教科を二つの言語(母語ともう一つの言語)で指導し、両方の言語を読み書きレベルまで育て、さらに二つの社会文化を受容できることを目的とする。どの授業をどちらの言語で教えるか、それぞれの言語使用をどれくらいの割合にするかは、各学校のプログラムや学年によって異なるが、幼稚園(5歳)から高校卒業までの間(少なくとも5年間)、全学年で授業プログラムの50%以上を外国語や第二言語で指導することがイマージョン教育の特徴とされる(Center for Applied Linguistics , n.d.)。

(※2)直近の授業視察や意見交換の内容については、別記事(https://bilingualscience.com/english/2023011801/)をご覧ください。

(※3)はじめは100%外国語で授業や活動を行い、学年が上がるにつれて母語の使用割合を増やしていくタイプのイマージョン教育は、「トータル・イマージョン(total immersion)」と呼ばれる(Baker & Wright, 2021; 中島, 2016)。

(※4)詳細は、別記事(https://bilingualscience.com/english/2022110201/)をご覧ください。

 

【取材協力】

私立 認定こども園(東京都)

 

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■関連記事

「幼稚園でイマージョン教育」がうまくいくために必要なことは? 〜フェリシアこども短期大学 橋元 知子 准教授インタビュー(前編)〜

なぜ小学1年生が英語を使って算数を学べるのか?〜豊橋市立八町小学校のイマージョン授業づくりから考える(前編)〜

 

参考文献

Baker, C., & Wright, W. E. (2021). Foundations of bilingual education and bilingualism (7th ed.). Multilingual Matters.

 

Center for Applied Linguistics (n. d.). Two-Way Immersion. In Glossary of Terms Related to Dual Language/TWI in the United States.

https://www.cal.org/twi/glossary.htm

 

Jeong, H., Sugiura, M., Sassa, Y., Wakusawa, K., Horie, K., Sato, S., & Kawashima, R. (2010). Learning second language vocabulary: Neural dissociation of situation-based learning and text-based learning. NeuroImage, 50(2), 802-809.

https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2009.12.038

 

Jeong, H., Li, P., Suzuki, W., Sugiura, M., & Kawashima, R. (2021). Neural mechanisms of language learning from social contexts. Brain and Language, 212, 104874.

https://doi.org/10.1016/j.bandl.2020.104874

 

Li, P., & Jeong, H. (2020). The social brain of language: grounding second language learning in social interaction. npj Science of Learning. 5, 8,

https://doi.org/10.1038/s41539-020-0068-7

 

中島和子(2016). 完全改訂版 バイリンガル教育の方法. アルク.

 

中村麻衣子・橋元知子・矢野真里絵(2018). 日本の幼稚園における英語イマージョン・クラス設置の試み. 鶴川女子短期大学研究紀要, 36, 59-67.

 

 

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