日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2022.07.14
英語をはじめとする外国語を学習する際、人はどのようなプロセスを辿って学習をするのかを研究する学問として、「第二言語習得論研究」が挙げられます。この第二言語取得論研究によって提唱されたさまざまな学習方法や指導方法を学校の先生や塾、英会話スクールの先生などの指導者が実践し、改善を繰り返しながら学習者が効率よく言語を習得できるよう試みています。
そんな第二言語学習特論研究の中で近年注目を浴びている「語用論」と呼ばれる分野があります。語用論という分野は、「ある状況で話し手はどう自分の伝えたい意図を伝え、聞き手はどう意味を解釈するのか、そして両者がどう意味を構築しているのか」を探っていきます。(旅する応用言語学 https://www.nihongo-appliedlinguistics.net/wp/archives/tag/語用論研究法ガイドブック)
【目次】
第二言語習得論研究においてその有用性が注目される語用論ですが、実は日本の学校教育における英語の授業においてこの語用論にフォーカスし指導されることはまだ多くありません。ほとんどの授業では新しい文法事項や表現を習い、「英語から日本語に直訳すること」つまり「文字通りの意味で解釈すること」で指導や学習がストップしてしまうのです。
しかし、実際英語を使って会話をしてみると「文字通りの意味で解釈すること」だけではコミュニケーションが円滑に進まないことがわかります。例えば、英語でこのような会話が行われたとしましょう。
Aさん:「ねえ、この部屋なんだか暑いと思わない?」
Bさん:「確かに暑いね。」
Bさんのこの応答の後、この二人の会話はそのまま何もなかったように終わってしまうでしょうか。それとも、Bさんは何か行動を起こすでしょうか?
例えば、BさんがAさんの問いかけに対し「確かに暑いね。」と答えた直後に、Bさんが窓を開けるために席を立ったとします。もしくは、クーラーのスイッチを付けたとしましょう。Bさんがそのような行動をとった場合、BさんはAさんが言った「ねえ、この部屋なんだか暑いと思わない?」という内容を「文字通りの意味以外」で解釈したことになるのです。
では二つ目の例を見てみましょう。もしBさんが「確かに暑いね。」と言った後に黙ったまま何も行動を起こさなかったとします。この場合、BさんはAさんの言った内容を「文字通り理解した」だけと言えるでしょう。
もしAさんが「暑いからクーラーをつけてほしい」「暑いから窓を開けてほしい」という思いを込めて「ねえ、この部屋なんだか暑いと思わない?」という発言をしたとしたら、Bさんはそれに気づかずにスルーしてしまったと言うことになりますね。
日本の公立学校における英語教育において英語の「文字通りの意味」しか指導がされない場合、実際に習った英語を使って相手と会話をしたときに二つ目の例で紹介したようなことが起こりうるかもしれないのです。
第二言語習得論研究の研究分野である「語用論」では、英語を使ってコミュニケーションをする能力とは「文字通りの意味を解釈する力」と「その裏に隠され、意図されるメッセージを読み取る力」の両方を指します。この二つの力を培うことが、これからの英語教育において求められるのではないでしょうか。
そこでこのコラムでは、英語教育における「語用論」の重要性を紐解き、「文字通りの意味解釈」と「文字通り以外のメッセージを読み取る力」の両方を育てる英語の指導法について紹介していきます。
先ほども述べた通り、相手との円滑なコミュニケーションを行うためには、話し手が発する言葉の文字通りの表面的な意味だけではなく、話し手が本来伝えたい言葉以外の意味を読み取る必要があります。
そして、使用される言語が母語であれ英語であれ、相手とコミュニケーションを取る際には話し手と聞き手が相互に協力する必要があると小山(2013)は述べています。言葉の文字通りの意味は理解できても、話し手が本来意図している内容に気づくことができてこそコミュニケーションが円滑に進むことは実際とても多いです。
例えば、話し手が「この部屋暗いね。」と行った後に聞き手が電気をつけたとしましょう。この時話し手は「部屋が暗いので電気をつけて欲しい」ということを意図していたと言えます。直接「電気をつけて欲しい」と言わず、間接的にその旨を伝えるこのような発話行為は日常生活でよく経験しますよね。
さらに、どんなことをいつ、誰に、どんなふうに伝えるかどうかでその相手との関係性やコミュニケーションが円滑に進むかどうかが決まると言われています(小山, 2013)。例えば、その日相手とはじめてあった際に「おはよう。」と声をかける行為があります。これは、「おはよう。」自体が何か意味を持っているのではなく、「おはよう。」と声を掛け合うことによって良好な関係であるということをお互いに認識しあっているのです。
英語を第二言語として学ぶ日本の学習者たちにとって、その言語の基礎知識である文法を学ぶことは当然大切です。しかし、一度習った文法事項を実際にコミュニケーションの場で用いる際には上記で述べたような言語の語用論的側面を知っておく必要があるのです。
言語コミュニケーションにおける語用論的側面の重要性を踏まえ、ここからは語用論に焦点を置いて英語の指導方法について見ていきましょう。
ここからはZeff(2016)の論文で紹介されている、英語を外国語として学ぶ学習者が語用論を効率よく学ぶための具体的な指導方法について紹介していきます。相手と円滑にコミュニケーションを行うために文字通り以外の意味を汲み取り対応する力、そして相手との関係性や相手の立場、その時の状況や場面を理解して会話を行うための力を養うヒントがたくさん詰まった指導法です。
Zeff(2016)は、学校教育における英語の授業では毎回必ず英語でのGreeting(挨拶)の時間があり、その挨拶こそが語用論を意識した指導をするのに適した時間だと主張します。それもそのはず、「挨拶」は相手と会話を始める一番初めにどの言語でも必ず行われることであり、挨拶後の相手との会話の調子や雰囲気、相手の印象などが決まってくるのです。
英語の授業で毎回行われる挨拶の時間に語用論を意識した指導を行うことが生徒たちの英語での円滑なコミュニケーション力の育成のために重要であるにもかかわらず、学校教育の英語の授業ではそれが効果的に行われていないとZeff(2016)は指摘しています。
例えば、英語を指導する立場の人は英語での挨拶を行う際には実に多くのContext(文脈)があり得ること、そしてそれぞれの文脈に合わせて使うべき英語の挨拶が異なるということ、そのバリエーションについて生徒が知る機会、使う機会を与えるべきだと言います。
以下では、英語の挨拶をする際に語用論を意識させる具体的な指導方法を2つご紹介します。
一つ目に紹介するのは海外のTVドラマのワンシーンを用いて、生徒にそのシーンの文脈や登場人物の関係性、そして使われている挨拶に関する言語表現はどのようなものかを意識させることが目的の指導法です。指導のプロセスは、以下の通りです。
1. 海外ドラマのワンシーンを見せる
2. そのシーンの登場人物のやりとりについてディスカッションさせる
生徒に見せる海外のTVドラマは生徒の年齢や日常生活に近いテーマのものを選ぶことで、生徒たちが作品の内容や登場人物たちのやりとりに親近感を持ってもらうことが重要です。Zeff(2016)は論文で、The O.C.という2003年から 2007年にアメリカで放送されたカリフォルニアを舞台にした人気ドラマを題材にした指導法を紹介しています。
指導に使用するのはThe O.C. のシーズン1のあるワンシーンです。主人公の男子高校生は、彼が好きな女の子の母親にばったり出会います。女の子の母親は彼に会うと「I’v heard so much about you. (あなたのことはよく(娘から)聞いているわ。)」と言います。それに対し、主人公の男子高校生は「Nice to meet you, too. (僕も、会えて嬉しいです。)」と答えてしまいます。
ここで映像を一度ストップし、生徒に以下の質問を投げかけます。
Q1. 男子高校生は上記以外でどのような表現を使うことができるか。
Q2. 上記とは異なる表現を使った場合、男子高校生と女の子の関係性にどのような影響があるだろうか。
Q3. 男子高校生は”Nice to meet you.”と言うことで、何の子の母親に何を伝えようとしているのだろうか。
これらの質問について話し合った後、主人公の男子高校生がなぜ不自然に「Nice to meet you,too.」と答えたのかについての答えを確認します(彼女の母親が「あなたのことはよく聞いているわ。」と言ってきたため、主人公は母親をなだめようとして「Nice to meet you,too.」と返した)。
この活動のように、海外TVドラマの登場人物が言った英語の文字通り以外の意味を予想し話し合うことは、ただ英語の意味を直訳したり文法事項を確認するよりもずっと円滑なコミュニケーションの仕方を知るために役立ちます。
続いての活動は同じくZeff(2016)の中で紹介されているもので、Discourse Completion Tasks (DTSs)と呼ばれます。DTSsは英語での挨拶における統語論的側面の(注1)理解促進に役立ちます。
この活動では、指導者が生徒に複数のシチュエーションを与え、そのシチュエーションに適切な挨拶の表現を考え、その表現を使って実際にロールプレイのようにシチュエーションを演じます。生徒たちは数人の班ごとに分かれて活動します。
例えば以下のような5つのシチュエーションを生徒に提示します。
1. あなたはXYZ大学の学生です。冬休みの間、実家に帰省しています。スーパーマーケットで買い物をしていると高校時代の恩師に偶然出会いました。この時の適切な挨拶の表現について考えましょう。
2. あなたと仲のいい友達はアメリカへ留学をしていました。あなたはその友達が帰国する際に、空港へ会いにいこうと決めました。その友人とは数年間会っていません。さあ、友達がゲートから出てきました。このとき適切な英語での挨拶の表現を考えましょう。
3. あなたとあなたの友達は学校の廊下を歩いています。そこへ、あなたの英語の先生が現れ、挨拶をしてくれました。このとき適切な英語での挨拶の表現を考えましょう。
4. あなたは会社で働いています。ある日、重要な人物があなたの上司とのミーティングのためにあなたの会社に尋ねてきました。その重要な人物は、あなたにアイコンタクトを送ってきます。このとき適切な英語での挨拶の表現を考えましょう。
5. あなたはコーヒーショップで友達と会うために街を歩いていますが、遅刻しそうです。角を曲がったところで、近所に住んでいる年上のおばさんに出会いました。彼女は何年もの間ご近所付き合いがある人で、あなたの母親の友達です。このとき適切な英語での挨拶の表現を考えましょう。
そして、班ごとに各シチュエーションに相応しい挨拶の表現を考えたり、生徒のレベルによっては指導者が選択肢を与えてその中から適切な答えを選択します。最後に、各班の中から代表者が1人、前に出て黒板に自分の班の答えを書いてクラス全体で意見を共有します。
なぜその挨拶表現を選んだのかの理由も述べた上で、実際に選んだ答えを使って班でロールプレイをしてみます。
この活動の面白いところは、 5つそれぞれのシチュエーションと登場人物同士の関係性、場面設定に合わせ、使用すべき挨拶の表現の丁寧さやカジュアルさが異なることに生徒たちが気づくことができる点です。
また、実際に自分たちが考え出した挨拶を使ってロールプレイをしてみることでそのシチュエーション内での会話の感触もつかむことができます。
ネイティブスピーカーたちのリアルな会話の様子を知ることができる英語音声や映像等の教材が導入されているにもかかわらず、英語の授業中にはいまだに音声や登場人物同士の会話に使われている文法事項のチェックや、その内容を直訳するのみで完結しています。
しかし実際の英語コミュニケーションにおいて、私たちは文法事項や文字通り英語を訳す能力以外の部分を意識して会話を行っていることがわかります。私たちは、常に、会話が行われている状況や場面、相手との関係性など「文脈」と呼ばれるものを意識しながらコミュニケーションを行っているのです。
英語で円滑に会話をするためには、自分がどのような文脈にいるのかを把握した上で相手の発言の意図を汲み取る、「文字通り以外の意味」を理解する力が、とても重要なのです。今回はこの「文字通り以外の意味を読み取る力」を養うための指導方法として、統語論を意識した活動を二つ紹介しました。
生徒たちが実際に英語を使って会話をする際に文字通り以外の意味まで解釈し、適切な英語表現を選択、使用できるようになるためには、この記事で紹介したような発言者の意図を読み取る活動や、なぜそのように発言したのかを探る英語の指導を行うことが必要とされるのではないでしょうか。
(注1) 英文や英語表現の文字通りの意味のみを理解するだけではなく、対話をしている相手との関係性やその場の状況に相応しい表現を用いたり、発言者が意図していることを読み取ること
■関連記事
Bardovi–Harlig, K. (2018). Teaching of pragmatics. The TESOL encyclopedia of English language teaching, 1-7.
Castillo, R. E. E., & Eduardo, R. (2009). The role of pragmatics in second language teaching (Doctoral dissertation, SIT Graduate Institute).
Ishihara, N. (2010). Adapting textbooks for teaching pragmatics. Teaching and learning pragmatics: Where language and culture meet, 145-165.
大竹政美. (1997). 語用論的観点から見た外国語教育の目的・内容. 北海道大學教育學部紀要, 74, 63-70.
http://hdl.handle.net/2115/29543
小山久美子. (2013). 英語教育における語用論の役割. 川村学園女子大学研究紀要, 24(1), 1-14.
Senowarsito, S. (2013). Politeness strategies in teacher-student interaction in an EFL classroom context. TEFLIN Journal, 24(1), 82-96.
Zeff, B. B. (2016). The Pragmatics of Greetings: Teaching Speech Acts in the EFL Classroom. In English Teaching Forum(Vol. 54, No. 1, pp. 2-11). US Department of State. Bureau of Educational and Cultural Affairs, Office of English Language Programs, SA-5, 2200 C Street NW 4th Floor, Washington, DC 20037.
https://eric.ed.gov/?id=EJ1094818
“語用論 (Pragmatics)とは何か?”. 旅する応用言語学. 2019年8月10日.https://www.nihongo-appliedlinguistics.net/wp/archives/tag/語用論研究法ガイドブック.