日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2022.06.24
第二言語習得を脳科学的に研究する尾島 司郎教授(横浜国立大学)は、「おうち英語」(※1)に取り組む親御さんや学校の英語教員向けにSNSを通じた情報発信をしています。そこで、英語習得やおうち英語に関するさまざまなテーマについて尾島教授にお話を伺い、複数回に分けて内容を紹介します。
第3回目となる今回は、第二言語習得におけるアウトプットの役割や効果について考えます。
著者:佐藤有里
まとめ
・アウトプットを通して、頭の中の文構築の処理や口の動きを繰り返し経験することで、スムーズに話せるようになる。
・アウトプットによって、インプットを強化したり、インプットの効果を高めたりすることもできる。
・アウトプット力を高めるためには、自分が考えていることを直接英語に変換する練習を繰り返し、思考と英語の結びつきを強化する必要がある。
・子どものころからアウトプットの機会があれば、無意識・スムーズに話せるようになる可能性がある。
【目次】
―これまでのお話から、言語習得にはインプットが欠かせないことがわかりました。では、アウトプットの機会がまったくなくても、ことばを習得することは可能なのでしょうか?
母語の場合、アウトプットの機会がまったくないという状況はほとんどありません。子どもは、ことばを話せるようになる前から、さまざまな方法でアウトプットしています。
第二言語習得の場合、特にスピーキングにおいて高いレベルに到達するにはアウトプットが必要だと考えている研究者が多いです。
―第二言語のスピーキング力を高めるにあたって、アウトプットはどのような役割を果たすのでしょうか?
アウトプットとは、自分の「思考」という形のないものに、「ことば」という形を与える、という頭の中の手続き(プロセス)です。
文を構築する心的な処理(頭の中のプロセス)を繰り返すことで、より速く、自動的に、無意識に、文をつくれるようになります。心的処理の練習やトレーニングを繰り返すことで、緊張せずに話せるようになるんです。
また、アウトプットは筋肉の運動(舌や唇などの動き)を伴います。運動は、手続き記憶(※2)であり、実際に経験しないと身につかないという特徴があります。
口を動かして、発音に伴う運動を記憶する必要があり、このような運動は実際に自分でやらない限り身につきません。先ほど述べた、頭の中で文を構築する心的なプロセスそのものも、手続き記憶に基づいて実行されていると考えられます。
ただし、インプットとアウトプットの共通の基盤になる中核の言語知識は、インプットのみで獲得できる(アウトプットは何の役割も果たさない)可能性を指摘している研究者もいます。
―アウトプットを繰り返し経験することで、頭の中の処理も、筋肉の動きもスムーズになっていく、ということですね。
そうですね。次に、自分が言いたいことと、実際に言えることのギャップに気づける、という効果があります。
自分よりできる人(語学の先生やネイティブ・スピーカー、自分よりできる学習者)が周りにいれば、どのように言えばいいかを教えてくれて、その瞬間にギャップを埋めてくれる可能性があります。中高生や大人であれば、自分で調べることもできますね。
このようにして得たインプットは定着しやすいです。つまり、アウトプットにより、インプットを動機づけることができるんです。
また、内省や振り返りという効果もあります。文で話したときに、自分が言いたいこととは違うことを言ってしまったり、自分が言いたいことを言えなかったりすると、正しい文は何なのかを考えるきっかけになります。このような経験を一度しておくと、次回は正しく言える可能性が高まります。
―アウトプットは、気づきや振り返りの機会になり、習得を手助けしてくれるのですね。
さらに、思い出すことで記憶が強化される、という効果もあります。あるコンセプト(その物事がどういうものか) を表現しようとしたときには、自分の記憶の中から単語を選ぶ必要がありますよね。思い出すということを繰り返していると、その単語の記憶がより定着します。
それから、アウトプットに対する子どもの積極性を伸ばすことにもつながります。
そもそも子どもは、「アウトプットしたい」という性質があります。アウトプットは、声として物理的に外に出るので、やった結果が確認しやすく、できたときの達成感があります。
子どもがアウトプットすることは、達成感につながり、それが学習への積極的な態度につながります。
表現は、心の解放です。子どもにとっては、アウトプットすること自体が気持ちいいんです。うまく英語で表現できたら心地よく感じ、もっと学びたくなる、という良いサイクルが生まれます。
―アウトプットには、さまざまな役割や効果があることがわかりました。では、その効果を高めるためには、具体的にどのようなアウトプットの機会をつくればよいでしょうか?
お互いに考えていることを伝え合うというコミュニケーションの中でアウトプットすることは、言語習得において、どこかで必須になります。
言語は脳の中の内的な世界、つまり思考と、外の物理的な世界を、音声を通してつなげるものです。ですから、アウトプットのトレーニングでは、そのアウトプットが思考から出発していることが必要ですね。
日本語から英語に翻訳するような活動や練習問題も、アウトプットの一部を練習していることにはなります。でも、メッセージを「日本語」という形で与えられ、それを英語に訳す、というプロセスなので、思考から出発していない点で、十分とは言えません。
「思考」という形がないものに直接「英語」という形を与える、つまり、自分が考えていることを直接英語に変換するトレーニングを積むことが必要です。
このようなトレーニングにより、思考と英語の連結が強化されます。日本語を英語に訳す、という練習で日本語と英語の連結を強化しても、実際のコミュニケーションでは役に立たないことがあります。
―自分が考えていることを英語に変換する、という練習が大切ですね。
中高生や大人の外国語学習では、学習に効果的とは言えないアウトプットがあります。
英語の授業でよく見るのですが、話す活動の前に、言うことを一度考えて、それを相手に対して発音するというアウトプットです。このような活動を「やり取り」という名前で行っていることがありますが、これだけを続けていても、アウトプット力はなかなか向上しません。
相手が言ったことを理解し、それに応じて自分が言うことを決めたり変化させたりするのがやり取りであり、最初から決まっていることを二人で述べ合うのはやり取りではありません。
日本人は、どの年代でも、やり取りをすべき活動の中で、あらかじめ決めていたせりふを言うだけで済ませようとする傾向があります。
この場合、外からは「やり取り」に見えても、本人たちの頭の中で起こっていることは、やり取りのプロセスをなぞっていません。
効果的なアウトプットの練習になっているかどうかは、教室という空間でどう見えるかによって判断するのではなく、頭の中でどのようなプロセスになっているかによって判断するべきですね。
―アウトプットをする機会が幼児期からあることには、言語習得において、どのようなメリットや効果が考えられるでしょうか?
言語を最も高いレベルで身につけられるのは、その言語を第二言語としてではなく、母語として身につけた人です。そして、母語は、子どもがアウトプットしながら身につけます。ですから、学習者が子どもで、学習方法も母語習得に近いほうが、獲得した知識も母語に近い(最も高いレベルに到達する)可能性は高いです。
大人は外国語を勉強して身につけますが、そのプロセスは母語習得と異なりますから、そのように身につけた知識が母語の性質と同じかどうか、という点についてはよく議論されていて、性質が違うと主張する研究者も一定数います。
―母語は誰がどのように身につけているのか、ということを考えると、子どもがアウトプットしながら身につけているので、そのプロセスを真似たほうが母語話者に近くなりやすいだろう、ということですね。
はい、子どもが第二言語で自然にコミュニケーションをとる機会があるなら、そのなかで育まれた知識や能力がより母語に近い性質を持つ可能性があります。
例えば、大人よりも子どものほうがイントネーションやリズムに敏感だと言われています。音の全体を把握する力は子どものほうが高いからですね。でも、一つひとつの音を素早く処理することは難しく、これは大人のほうが優れています。
子どもの脳は処理がゆっくりなので、一瞬で処理しなければならない個々の音素よりも、時間軸の長いイントネーションやリズムのほうに敏感になります。子どもがアウトプットしたくなったときには、個々の音よりも、イントネーションやリズムから先に真似ると思います。
例えば、私の子どもが通っていた保育園では、クラスのみんなが「テレビ」を「テベリ」と言ったり、「きぬこ先生」(担任の先生)を「きのこ先生」と言ったりしていました。おそらく、子どもにとっては、なんとなく全体として合っていればOK、ということですよね。
逆に、中高生や大人の場合は、全体のイントネーションを再現することが不得意だなと思います。一つひとつの音については英語の授業で学んでいても、英文をあまり聞いていないために、イントネーションやリズムがまったく身についていない人がいます。
このように、子どもと大人では音への敏感さが異なるので、子どものころからアウトプットしておけば、より自然なイントネーションでアウトプットできるようになるかもしれません。アウトプットは最終的に運動であり、子どものころに身につけた運動のほうが自然(無意識に実行できて、ぎこちなさが少ない)だと思います。
―たしかに、小さい子どもは、たくさん聞いた英語の歌や単語、文を真似しようとするとき、一つひとつの音の発音は間違っていても、とても英語らしいイントネーションやリズムになっていますよね。あとは、子どものほうが恥ずかしがらずに英語を使おうとする、ということもよく言われますが、心理的な側面についてはいかがでしょうか?
小学校の授業を見に行ったり、小学校の先生方からお話を聞いたりしてきましたが、中高生よりも小学生のほうが英語を積極的に使いたがる、ということはよく聞きますね。私自身も、中学校の授業を見に行ったときに、そのような小学生との違いを感じたので、体感としては、子どものほうが英語を使うことに対する心理的なバリアが少ないと思っています。
ですから、心理的なバリアがあまりないうちにアウトプットさせることができれば、「自分は英語ができるんだ」、「英語ができるようになってうれしい」という達成感や充実感につなげやすいと思います。
尾島教授によると、アウトプットは、スムーズに話せるようになるために必要な「経験」になるだけではなく、インプットの効果を高めることにもつながります。
そして、「お互いに考えていることを伝え合う」というコミュニケーションで英語を使えるようになるためには、テキストに書いてある日本語の文章を英語に訳す、すでに決められたせりふを覚えて言う、といった練習だけではなく、自分が本当に頭の中で考えていることを英語に変換する、という練習が効果的です。
もしそのような機会が子どものころからあれば、イントネーションやリズムも含めて、より母語に近いスピーキング力、つまり、より無意識に、スムーズに話せる力につながる可能性があることもわかりました。
ただし、この「おうち英語」シリーズの第1〜2回でご紹介した通り、子どもがアウトプットできるようになるためには大量のインプット、質の良いインプットが欠かせません。
歌を上手にうたえるようになるためには、実際に口に出して歌う、という練習が必要ですが、その前に、その歌を何度も聞いて正しい音程やリズム、歌詞を定着させなければならないのと同じことです。
大人であっても、それらが定着してくれば自然と口ずさみたくなり、うまく歌えないことに気づいたり、うまく歌えたときに達成感があったりすれば、もっと練習しようと思うものではないでしょうか。
子どもにアウトプットさせなければ、と焦る前に、まずは、アウトプットを支える土台づくりがしっかりしているかを確認し、子どもが自然とアウトプットしたくなったタイミングで自分が考えていることを誰かに英語で伝えるような機会をつくることができれば、将来のスピーキング力を高めることにつながると考えられます。
〜次回は、「アウトプットに対する親のサポート」をテーマに紹介します〜
(※1)家庭で子どもが英語に触れる環境をつくること
(※2)例えば自転車の乗り方や泳ぎ方など、何度も繰り返し経験するうちに体で覚えた、技能やノウハウの記憶。
【取材協力】
尾島 司郎教授(横浜国立大学 教育学部 学校教員養成課程 英語教育)
<プロフィール>
専門は、第二言語習得。事象関連脳電位(ERP)などの脳機能計測方法を用いて、英語習得の脳内メカニズムを解明し、その研究成果を教育に役立てることを目指す。エセックス大学大学院(イギリス)の言語学研究科博士課程を修了。科学技術振興機構 社会技術研究開発センター 研究員、慶應義塾大学 社会学研究科 特任准教授、東京大学 総合文化研究科 特任研究員、滋賀大学 大学院教育学研究科 准教授、横浜国立大学 教育学部 学校教育課程 英語教育 准教授などを経て、2021年度より現職。一般社会向けの情報発信や学校のサポートなどにも力を入れている。
https://twitter.com/Shiro_OJIMA
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