日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2022.01.25
東北大学 瀧教授への取材記事後編です。
【目次】
―はじめは「楽しんでほしい」という気持ちで子どもに英語に触れさせ始めたのにもかかわらず、だんだんと「~しなさい」と勉強のように考えるようになってしまう親御さんもいるようです。親から強制されることは、子どもの学習にとってどのような影響を与えるでしょうか?
何かを学習するときには、主体性が高いほうが習得しやすいということはよく言われています。学習の主体性というのは、好奇心の高さが関係します。好奇心があるから、自分から「やってみたい」と思うわけですね。
親から「やりなさい」と言われると、子どもの学習の主体性は下がり、ネガティブな気持ちにもつながって記憶しにくくなる、ということは言えると思います。
運動でも楽器演奏でもいろいろな趣味をもっている人は、学校での成績も良いということも言われています。趣味というのは、「楽しいからやる」という主体的な活動ですから、その主体性が学習にもポジティブな影響を与え、記憶力にもつながるのではないでしょうか。
―子どもの好奇心から生まれる主体性が大切ということですね。子どもに興味をもたせるために何か親ができることはあるのでしょうか?
子どもが結局何に興味をもつかは、なかなかわかりません。ですから、脳発達の分野では、豊かな体験をさせることが重要だと言われています。子どもは本質的に大人よりも好奇心がものすごく旺盛ですから、アウトドア体験や読書、美術館や科学館、旅行、英語など、いろいろなことを経験させてあげると、その中から何かハマるものが必ずあると思います。
子どもは世界のすべてを知っているわけではありませんから、親が豊かな体験をさせてあげることが大事なんです。
私自身は、息子が3歳のときから海外の学会に連れていって、私が海外の人と英語を話す姿を見せるようにしています。いかに英語が生きた言語であり、テストのために勉強するものではなく、世の中ではコミュニケーションのために当たり前のように使われているものなんだということを伝えたいからです。
すると、英語が好きとか嫌いというレベルを超えて、英語が必要だから学ぶ、というふうになるのではないかと思っています。日本人が「日本語は嫌いだから学ばない」ということがないのと同じですね。
―子どもが英語に親しんだあと、そこからどのようにすれば自主的に学習するようになるのかわからず悩んでいる親御さんは多いようです。子どもが知りたい、学びたい、と思うようになるために、親はどのようなサポートをすることができるでしょうか?
将来に役立つ、ということを伝えることが重要だと思います。「受験のため」という観点もありますが、英語をやらないと受験に受からないよ、というようなネガティブなメッセージではなく、「将来の人生のため」という観点でポジティブなメッセージが良いですね。
いまの時代は、どんな仕事に就いても英語を使うことは避けて通れません。趣味の海外旅行であっても、現地の人と現地のことばで話せることはお互いの気持ちを通い合わせるためにとても重要です。
「将来何をしてみたい?」、「将来に何になりたい?」という話から、英語を話せるとこんなに素晴らしいよ、ということをいかに子どもに伝え続けるかは大切だと思います。英語はやっておいて悪いことはない、最たるものではないでしょうか。良いことはあっても悪いことはありませんよね。
―小さいころは英語が大好きで毎日のように触れていたのに、年齢が上がるにつれてほかのもの(アニメやゲーム、スポーツなど)に興味が移ってしまい、無駄になってしまったのではないか、と悩む親御さんもいます。一度興味をもったものを途中でやめた場合でも、脳の発達にとって良い影響は残るのでしょうか?
私は確実に良い影響が残ると思います。親しみをもつという観点からは、たとえ半年でも3カ月でもやったということが素晴らしいです。
英語に限らず、スポーツでも楽器演奏でも同じことが言えます。例えば、子どものときに楽器を少しでもやったことがあると、楽譜が読めるようになりますから、30年後に楽器を始めようと思ったときにかなりハードルが下がります。
小さいときにほんの少しでも英語をやっておくと、小学校の高学年や中学生になって英語の授業を受けたときに「あ、これ知っている!」と思うのではないでしょうか。
人間は、やはり初めて知る新規の情報は拒むということが起きる場合がありますが、元々知っている情報を聞いたときは、親しみがあるので頭に入ってきやすいです。
ですから、子どものころにほんの少しずつでも豊かな経験をしておくと、中学生や高校生、大学生、大人になってもう一度それに触れたときに抵抗感が下がりますので、ものすごく素晴らしいことだと思います。
―先ほど、使わない神経ネットワークは刈り込みが行われる、というお話がありました。せっかく子どもころに英語環境に適応した脳になっても、英語に触れなくなってしまうことによって、その神経ネットワークが失われてしまうのではないか、という疑問もあります。
もちろん、日常的に英語に触れている人のほうが、英語環境に適応したより効率の良い神経ネットワークができていると思います。でも、だからといって、英語環境をやめたらだめというわけではありません。
英語に対する親しみができている以上は、また「やろう」と思ったときに、ポジティブな感情を伴って記憶に入りやすいと思います。まったくゼロの状態から始めるよりも、圧倒的にハードルが低いです。脳の可塑性もありますから、また英語に触れたときにネットワークも変化します。
もちろん続けるに越したことはありませんが、続けないからだめだというわけでは決してないと思います。やったか、やらないか、という差は、あとで大きく出てきます。
―すると、少しでも子どもが興味をもったことは、短期間でもやらせてあげるのが良いということですね。
そうですね。我々 研究者は英語力があったほうが確実に良いので、私はまったく英語ができないところから大人になって英語を学習し始めたのですが、やはり英語が話せることは素晴らしいことだと思っています。
海外に行って、楽しいときに現地のことばで楽しい気持ちを伝えられるか伝えられないかは、大きな違いがありますよね。私は、自分の実体験から、英語を話せることによって、人生の選択肢が100倍にもなると思っています。
ですから、英語を趣味として学ぶことができたら、それほど良いことはないと思います。英語が楽しい、しかも、その英語が世の中でものすごく役に立つ。究極的に趣味と実益を兼ね備えていますよね。
子どもの興味の対象が変わることは普通のことですし、子どもが英語学習をやめたくなるときもくると思います。でも、英語が何の役に立つかわからない子どもは多いですから、「あなたが将来の夢をかなえるときに英語ができると役に立つんだよ」ということは親として伝え続けたいですね。もし子どもがやめても、「あなたはこれだけやってきたんだから、将来また始めたときに役に立つよ」と伝えてあげると良いかもしれません。
英語は、子どもの人生を豊かにする、自己実現のためにとても大事なものだと思っています。
全国の小学校で英語教育が導入されるようになって約10年が経ちますが、その主な目的は、英語に慣れ親しむことや英語を使ってコミュニケーションを図ることの楽しさを知ることです(文部科学省, 2017)。
瀧教授によると、脳科学的に、何かを学習するうえで「親しみ」や「楽しい」といったポジティブな感情がとても重要であることがわかっています。よって、この文部科学省の方針には学術的根拠があると言えるでしょう。
しかし、学校で経験することは、それが外国語活動であれ、ゲームや歌であれ、子どもたちにとっては「授業」であり「勉強」です。もちろん、全国各地の先生方は、「勉強」と思わせないような工夫を日々されていますし、カリキュラムや教材もそのように工夫されているはずですが、学校だけで英語への親しみを高めることには限界があるかもしれません。
よって、瀧教授のお話通り、英語への親しみをもたせて将来の習得効果を高める、という観点から、学校の授業で「勉強」という意識をもつ前の段階、つまり未就学児のころから英語に触れることには大きな意義があると考えられます。
英語に触れ始めるべき年齢については、言語学的にも脳科学的にも絶対的な「正解」はありません。しかし、外の世界にあるさまざまなものに好奇心をもつ2歳〜3歳の時期は、豊かな体験の一つとして英語に繰り返し触れさせることによって、親しみをもたせやすい。また、言語を司る脳領域が発達のピークを迎える8歳〜10歳は、最も脳が英語環境に適応しやすく、効率的に習得できる、ということが今回の取材でわかりました。
ただし、これは、効率が良い時期、というだけであることに注意が必要です。私たちは何歳であっても新しい物事に好奇心をもつことができますし、脳を環境に合わせて変化させることができるからです。
脳発達の特徴は、効率的な英語教育を考えるうえで一つのヒントになりますが、「〜歳までに必ず〜をしなければいけない」と焦って子どもに何かを強制するのではなく、英語を含む豊かな体験を親子で楽しむ時期の目安、積極的に英語に触れる環境を用意してあげる時期の目安として考えるようにしたいものです。
英語を習得するためには、多くのインプットやアウトプットの機会が必要ですし、とても長い時間がかかるため、どのような英語教育が効果的なのかと途方に暮れてしまう親御さんは多いかもしれません。しかし、たとえ数年間、数カ月間、数日間であっても、英語に楽しく触れたことによる「親しみ」が生涯の財産となる、という考え方は、大きな希望の光となるのではないでしょうか。
【取材協力】
瀧 靖之教授(東北大学加齢医学研究所/東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター)
<プロフィール>
医師・医学博士。東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。2012年〜東北大学東北メディカル・メガバンク機構 教授、2013年〜東北大学加齢医学研究所機能画像医学研究分野 教授、2017年〜東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター 教授・副センター長。東北大学加齢医学研究所発の医療・ヘルスケアサービス企業「株式会社CogSmart」の代表取締役も務める。多数の健常被験者の脳磁気共鳴画像(MRI)を用いて、健常な脳の発達と加齢に伴う、脳の形態、血流などの変化を明らかにし、併せて、どのような生活習慣などの因子が、これらの脳発達、加齢に影響を与えるかを明らかにする研究を行っている。
■関連記事
文部科学省(2017).「小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 外国語活動・外国語科編」. https://www.mext.go.jp/content/20201029-mxt_kyoiku01-100002607_11.pdf