日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2022.01.24
グローバル化や小学校の英語教育などの影響により、乳幼児期から英語に親しませたいと考える親御さんは以前よりも増えてきました。脳の発達から考えると、小さいころから英語に触れさせることにはどのような意義があるのでしょうか。親はどのようなサポートができるのでしょうか。そこで今回は、幅広い年齢層の脳画像解析を行ってきた瀧教授(東北大学加齢医学研究所)にお話を伺い、「脳の発達」という視点から考える子どもの外国語学習について紹介します。
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【目次】
―瀧先生は、子どもの脳の発達や子育てに関する情報発信をされていらっしゃいます。幅広い年齢層の脳画像を解析されるなか、どのようなきっかけ・理由で子どもに関心をもたれたのでしょうか?
私は元々医師として脳の画像診断を行い、認知症予防の分野などに関わっていました。もちろん、ご高齢の方々がいかに健康寿命を伸ばして幸せな人生を送るか、ということが大事なわけですが、いろいろな研究によって、高齢者の方々にとって知的好奇心が重要であることがわかってきて、その知的好奇心は小さいころから伸ばしたほうがより幸せな人生を送ることができると考えるようになりました。
そこで、約10年前に、高齢者だけではなく、子どもたちも研究対象として、子どもから高齢者になるまでの脳の発達を研究し始めました。
両親や兄が小・中学校の教員なので、子どもの教育に元々興味があったことも関係していますが、子どもたち一人ひとりがいかに夢をかなえるかという自己実現こそが日本の将来の幸せにつながると考え、子どもの脳発達に関する研究により力を入れるようになりました。
―認知症予防という観点から、子どものころから知的好奇心を伸ばすことや子どもの自己実現に興味をもたれたのですね。知的好奇心が認知症予防と関係しているということは、どのような研究でわかっているのでしょうか?
例えば、知的好奇心というのは、いくつかの質問紙への回答によって客観的に数値化することができます。この知的好奇心レベルと脳の加齢がどのような関係にあるか、ということを脳画像の解析によって見てみると、知的好奇心が高い人ほど、脳の加齢による変化が少ないということがわかります(※1)。
また、さまざまな研究(※2)によって、趣味や好奇心をもっている方ほど認知症のリスクが低いという結果が出ています。
このような研究結果から、いろいろなことに興味をもつことが認知症予防のためにとても大事であるということが言えます。
もちろん何歳から何を始めてもよいのですが、私自身、趣味や好奇心がとても多い人間だということもあり、やはり自分の経験からしても、子どものころからいろいろなことを始めておくと、より豊かな人生になると思っています。
そこで、子どものころからいかに知的好奇心を伸ばしていくか、という研究にシフトしました。
―子どもたちの脳画像データは、どのように集められたのでしょうか?
定型発達の健康な子どもたちの脳画像を見る機会は、医療機関や大学ではなかなかありません。そこで、私たちは宮城県の知事、そして県や市の教育委員会・校長会などに対し、健康な子どもたちの脳の研究を行うことで子どもの脳がどのように発達するのか、どのような生活習慣が大事なのか、ということがわかり、発達障害の子どもたちのデータと対比することで新たに解明されることがあることを説明し、研究への協力を依頼しました。
かなり大変なプロセスでしたが、その結果、幼稚園や小学校、中学校、高校の子どもたちをリクルートして、健康なお子さんたちの脳画像を集めることができました。このようなデータは、世界的にもほとんど存在しなかった貴重なものです。
―健康な子どもたちの脳画像データは、世界的にも貴重なものなのですね。では、具体的にどのようなことを調べていらっしゃるのでしょうか?
私たちは、脳の3次元の画像をMRIで撮り、さまざまな最新の手法を使って画像を解析することで脳の全体を調べます。例えば、年齢とともに脳のどの領域がどのように発達していくのか、ということを調べたところ、発達のピークはまず後頭葉(こうとうよう)、次に言語野、そして前頭前野(ぜんとうぜんや)に来るということがわかりました(※3) 。
―小さいころから英語などの外国語に触れさせたいと考える親の多くは、「親しみをもってほしい」、「好きになってほしい」という想いをもっていると思われます。親しみをもつ、好きになる、という観点からすると、どれくらいの年齢から英語に触れさせ始めるとよいのでしょうか?
例えば英語の塾に通わせた場合などの費用対効果の差はあるかもしれませんが、何歳からでもよいと考えています。
ただ、私は北海道の田舎出身でしたので、英語に触れたり英語を話す人と話したりする機会はまったくなかったです。そのため、大人になってから英語を習得しようとしたときにはとても苦労しました。その経験から、自分の息子には、英会話の先生を呼んで家族皆で英語で会話するなど、3歳から英語に触れさせています。英才教育とか勉強ということではなくて、いろいろな人と楽しく話すためのコミュニケーションのツールであるということを感じてもらうためにそうしています。
小学校の授業は、やはり「勉強」になりますし、勉強はテストなどで評価されるものです。ですから、脳科学的な要因で、というよりも、このような社会的要因によって、「嫌い」、「苦手」という感情が生まれてしまうところはあると思います。
英語は何歳から触れ始めてもよいと思いますが、英語に対する親しみを高めるという観点からは、そのようなネガティブな感情が芽生える前の未就学児のころから、「英語はコミュニケーションのツールなんだよ」ということを伝えられる体験を少しずつさせることは大事なのではないかと思っています。
―脳の発達からすると、英語に限らず、「好き・嫌い」という感情が芽生えてくる年齢というのはあるのでしょうか?
だいたい2〜3歳くらいから自分と他者の区別がついてきて、外の世界に興味をもつようになります。そのころは、「なぜ?」という質問が多くなりますね。
このような時期に、アウトドア体験や英語など、いろいろなことを遊びとして体験させてあげると、子どもの興味・関心はどんどん広がっていくと思います。
心理学的には「単純接触効果」と呼ばれるのですが、ある物事や人、場面に触れる機会が多いと、その対象にだんだんと興味が湧いてきて親しみをもつようになります。
また、脳科学の分野では、「好きになるとよく覚えられる」ということが言われています。感情を司る「扁桃体(へんとうたい)」と記憶を司る「海馬(かいば)」は、とても密接な関係にあります。この二つの脳領域には、密接な線維連絡があり、機能的な結合が多くあるため、感情と記憶には強い相関があることが脳科学的にわかっています。そのため、好きという感情をもった物事はよく覚えられるんです。
ですから、繰り返し触れることで親しみが湧く、親しみをもって好きになったことはよく覚えられる、結果的に習得効果が高まる、ということは言えると思います。
―感情と記憶が強く結びついているということは、「嫌い」などといったネガティブな感情は記憶に悪い影響を及ぼすのでしょうか?
そうですね。基本的に、脳の神経細胞は、生まれてからどんどん減っていくのですが、記憶を司る海馬は、神経細胞が新しく生まれていく数少ない脳領域の一つであることがわかっています。これは「神経新生」と呼ばれています。
この海馬の神経新生は、ポジティブな感情があると促進されますが、ストレスといったネガティブな感情があると抑えられてしまい、記憶にも悪い影響があるだろうということが言われています。
ですから、大人でも子どもでも「楽しい」という感情はとても大事なんです。
―瀧先生によると、小さいころに音楽に親しむことも、将来的に外国語学習にも役立つのではないか、とのことです。それは、なぜでしょうか?
まずは、脳の解剖学的に、言語を司る脳領域である下前頭回(かぜんとうかい)は、音を処理する脳領域と大部分が重複しています。これまで、いろいろな研究(※4)で音楽と言語は関係があるということが言われています。
また、私自身は30歳ごろからかなり気合いを入れて英語を学び始めたのですが、そのときに子どものころ習っていたピアノも数十年ぶりに再開しました。すると、おもしろいくらいに英語の子音が聞き取れるようになったんです。以前から研究結果で言われていたことを自分でも体感し、やはり、音楽と言語には相関があると思うようになりました。
おそらく、ピアノ演奏などで音のちょっとした違いを聞き分ける経験が音を細かく分解して理解する能力を高めて、英語のちょっとした音の違いを聞き分ける力につながるのではないかと思います。
また、これは極めて主観的な意見ではありますが、英語のリスニング、スピーキングが上手な方は、ピアノやバイオリンなどの音楽をやっている方が多いといつも感じています。
英語の歌をうたって英語を学ぶことの効果については、そのような研究をしていませんので、脳科学的な見解は述べられませんが、歌は基本的に楽しいものですから、英語への親しみを高めるという観点では、とても良い方法なのではないでしょうか。また、子どもは大人よりも機械的な丸暗記がとても得意ですから、歌詞を覚えることによって、自然と英語の文章やリズムが身につくのではないかと思います。
―瀧先生によると、言語の発達は8歳〜10歳にピークを迎えるため、英語学習もその時期に始めておくのがおすすめ、とのことです。発達のピークとは、具体的にどのようなことなのでしょうか?
脳は、すべての領域が同じペースで発達するわけではありません。
ものを見たり、音を聞いたり、温もりを感じたりする後頭葉のあたりは、生まれてすぐ1歳ごろから発達のピークを迎えます。3歳〜5歳ごろに運動野、8歳〜10歳ごろに言語野、12歳ごろに前頭前野、というように、脳のうしろから前へと順番に発達していきます。
脳のMRI画像を見ると、脳領域によって、異なる時期に脳の体積や血流が一番多くなり、その後、減っていくことがわかります。この体積や血流が一番多くなる時期が発達のピークです。
先ほどお話ししたように、基本的に脳の神経細胞は新しく生まれないのですが、神経細胞同士が密につながっていき、ネットワークをたくさん張るようになります。道路をたくさんつくるイメージですね。
発達のピークというのは、脳の可塑性(かそせい)、つまり環境に適応して脳が変化する力がとても大きいです。
このピークを迎えたあとは、よく使うネットワークは一般道路から高速道路になるように、情報の伝達が速まります。これは「髄鞘化(ずいしょうか)」と呼ばれています。一方、使わないネットワークは、どんどん壊していき、「刈り込み」が起きます。
ですから、発達のピークは新しい能力を獲得するのに良い時期なのです。第二言語学習の場合は、言語野の発達のピークが8歳〜10歳ですから、この時期は習得しやすいと言えます。
ただし、あくまで習得の効率が良いということであって、この時期を過ぎたら習得できないということではありません。
―英語学習の開始は8歳〜10歳でなければいけない、ということではなく、8歳〜10歳は効率的に習得できる時期であり、英語に触れ始める年齢はそれより早くても遅くても良いということですね。
そうですね。英語に親しみをもたせるという観点からすると、8歳〜10歳より早い時期から英語に触れ始めるのは良いと思いますし、あくまで「効率」という観点でのお話です。
脳の可塑性、脳が変化する力は、何歳になっても保たれます。その意味では、30歳からでも70歳からでも第二言語や第三言語を習得することは可能です。ただし、加齢とともに、脳の可塑性は低くなっていくので、あるレベルに達するまでの学習時間がより多く必要となります。
―環境によって脳が適応する、という仕組みは、どれくらい解明されているのでしょうか?
10年前くらいまでは、脳はstaticなもの、つまり変化しないものとして捉えられていました。ところが、最近の研究結果によって、脳はさまざまな環境からの刺激によってダイナミックにネットワークを変化させることがわかってきました。
人間という生きものとして環境への適応性を高めるために、脳の可塑性というものがあるのだろうと考えられています。
ですから、暗記のトレーニングをすれば記憶に関わる脳領域が発達しますし、英語のトレーニングをすれば言語に関わる脳領域が発達していくのです。私たちの脳は、努力をすれば必ず変われるということですね。
―小さいころから英語に親しんでいて英語が得意だと感じているお子さんは、ほかの教科でも成績が良い、という話をよく耳にします。脳の発達の仕組みと何か関係しているでしょうか?
脳科学的な観点から考えると、「足が速い」、「算数ができる」、「英語ができる」というふうに、何かがすごく得意になるとほかの分野での能力が伸びるということはよく言われています。これは「汎化(はんか)」と呼ばれており、おそらく、この汎化が起きているのではないかと考えます。もしくは、脳の可塑性が上がったことがほかのことにも通じる、ということかもしれません。
一方で、心理学的な要因は一番大きいと思います。「英語が得意」という自信が自己肯定感などにつながり、ほかの教科の学習に良い効果を与える可能性はあります。自己肯定感や知的好奇心などの非認知能力は、学業成績などに表れる認知能力と相関があるということは、さまざまな研究で報告されています。
子どものころから英語が得意という人はまだ少ないですから、ピアノが弾ける、とか、足が速い、ということ以上に、大きな自信になるのではないでしょうか。
また、子どものころから英語を学べる環境をつくれる家庭は社会経済的地位が高い場合が多いですから、習い事などをたくさんさせていて、ほかの教科や分野も得意、ということもあるかもしれませんね。
※1:該当論文:Taki, Y., Thyreau, B., Kinomura, S., Sato, K., Goto, R., Wu, K., Kawashima, R., & Fukuda, H. (2013). A longitudinal study of the relationship between personality traits and the annual rate of volume changes in regional gray matter in healthy adults. Human Brain Mapping, 34(12), 3347-3353.
https://doi.org/10.1002/hbm.22145
Epub 2012 Jul 17. PMID: 22807062; PMCID: PMC6869938.
※2:代表的な研究:Verghese, J., Lipton, R.B., Katz, M.J., Hall, C.B., Derby, C.A., Kuslansky, G., Ambrose, A.F., Sliwinski, M., & Buschke, H. (2003). Leisure activities and the risk of dementia in the elderly. N Engl J Med, 348(25), 2508-2516.
https://doi.org/10.1056/NEJMoa022252
PMID: 12815136.
※3:該当論文:Taki, Y., Hashizume, H., Sassa, Y., Takeuchi, H., Wu, K., Asano, M., Asano, K., Fukuda, H., & Kawashima, R. (2011). Correlation between gray matter density-adjusted brain perfusion and age using brain MR images of 202 healthy children. Human Brain Mapping, 32, 1973-1985.
https://doi.org/10.1002/hbm.21163
※4:代表的な研究:Kunert, R., Willems, R. M., Casasanto, D., Patel, A. D., & Hagoort, P. (2015). Music and language syntax interact in Broca’s area: An fMRI study. PLoS ONE, 10(11): e0141069.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0141069
【取材協力】
瀧 靖之教授(東北大学加齢医学研究所/東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター)
<プロフィール>
医師・医学博士。東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。2012年〜東北大学東北メディカル・メガバンク機構 教授、2013年〜東北大学加齢医学研究所機能画像医学研究分野 教授、2017年〜東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター 教授・副センター長。東北大学加齢医学研究所発の医療・ヘルスケアサービス企業「株式会社CogSmart」の代表取締役も務める。多数の健常被験者の脳磁気共鳴画像(MRI)を用いて、健常な脳の発達と加齢に伴う、脳の形態、血流などの変化を明らかにし、併せて、どのような生活習慣などの因子が、これらの脳発達、加齢に影響を与えるかを明らかにする研究を行っている。
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文部科学省(2017).「小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 外国語活動・外国語科編」. https://www.mext.go.jp/content/20201029-mxt_kyoiku01-100002607_11.pdf