日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2022.01.19

英文法の授業は必要?

英文法の授業は必要?

小学校における英語科目の導入も相まって、英語教育は現在変革の時代にあると言えます。ここ数十年で最も大きい変化の一つとして、学校における英語指導が文法中心のものからコミュニケーション主体のものに変化したことが挙げられます。

一方で、文法を学ばないことによる英語表現の正確性の低下から、近年は文法指導への回帰も見受けられます。また、学習塾や副教材における学習内容は依然として文法中心に構成されており、いわゆる受験勉強における主流が文法理解であることは今後しばらく続くと予想されます。

ところが、文法学習が実際に重要なのか、どれほど重要なのか、また、どのような文法事項の学習が重要なのか、学ぶ必要のない文法事項はあるか等が実際に議論されることは決して多くないのではないでしょうか。今回は文法指導に関する外国語教授法の先行研究をご紹介し、英文法の学習をどう捉えればいいか考察したいと思います。

【目次】

 

よくない文法指導

日本の英語教育における文法指導は「学んでも話せるようにならない」、「実際に使えない」等の批判を浴びてきました。実際に、過去完了進行 (John had been waiting an hour when we arrived.)や未来完了 (We will have finished the preparation for the meeting by 3 p.m.)のような (一昔前の) 日本の中高生が苦心したような表現は、Folse(2016)によると今日の英語においてはほとんど用いられていないようです。このような悪しき文法指導の原因をSwan(2002)は以下のように分析します(※1)。(解説は筆者によるものです。)

 

●教えやすいから

会話などの指導と比べて文法指導における教員の裁量は小さいと言えます。文法は数学の公式のようなもので、指導において教員の独自生を求められることが少なく、指導案を一度作成すれば再利用も比較的容易です。一方で文章読解や会話練習などは教材が変われば教える内容も変わりますし、その分授業準備に時間を要します。この点において文法指導は部活動などで忙しい日本の英語教員の一助となっているかもしれません。また、学習塾において学生アルバイトの指導が成り立っていることも、学習内容が文法中心であることを反映していると言えます。(コミュニケーション主体の英語授業を指導するには少なくとも英語教育を専門とする学部3,4年生程度の知識が必要だと考えられます。)

 

●テストで測りやすいから

最近の変化はあるものの、文法の知識は英語の「能力」を測る上で安易かつ容易で、記号問題や並べ替えの問題を作成しやすいことから、採点における効率と平等性を担保しやすいと言えます。一方でライティング問題を一貫した基準で採点するためにはかなりの経験が必要です。入試問題においてライティング問題が少ないこともこのような事情に起因していると言えるでしょう。

 

●教師自身が文法を学んだ経験があるから

いくら専門的に教授法などを学んでいるとしても、教師にとって自身が学習者であった経験の影響は大きいものです。日々新しい英語指導を行おうと試行錯誤しているような意欲のある教員でさえも、自身が学習者として学んだ内容の刷り込みの影響を免れないことがあります。コミュニケーション主体の授業を構成しても、ついつい文法事項の指導を組み込んでしまった経験がある教員は少なくないかもしれません。

 

こうして見ると、このような消極的な文法指導が行われてきた背景には入試制度も含めた日本の英語教育、ひいては教育の仕組み全体の問題が浮かび上がります。では、文法指導は避けるべきものなのでしょうか。

 

いい文法指導

これまで文法指導を批判してきたように聞こえてしまうかもしれませんが、本稿の目的は英文法が不要であることを主張することではありません。実際に文法の正確さが英語運用能力において重要であると考える研究者はたくさんいます。先行研究においては「文法指導が必要か否か」という二項対立ではなく、「どのような文法事項を学ぶことが重要か」という相対的な重要性が検証されてきました。以下は「文法を学ぶべき理由」として先行研究が示しているものです。

 

●コミュニケーションに影響するか (Swan 2002, Savage et al. 2010)

英語学習がコミュニケーションのためのものであるという考えに基づくと、学習する文法事項も必然的にコミュニケーションのために学ぶものと捉えられます。例えば日本語話者が苦手とする動詞の三単現のsは実際のコミュニケーションには影響しないことがほとんどです。John studies Japanese をJohn study Japanese と言ってしまったところで伝えたい内容が伝わらないことまずないでしょう。従ってこれらの文法事項を扱う重要度は低いということになります。

 

●珍しい文法規則を教える (Ellis 2006)

文法規則の中には多くの言語に当てはまるものと比較的に珍しいものがあります。例えば英語では主語を省略することができませんが、日本語では主語の省略が可能です(I had dinner with my friends yesterdayのIは省略できませんが、日本語では「昨日友達と夕食を食べた」のように主語である「私」を明示しなくても問題ありません)。このように一部の言語にしか存在しない文法規則はコミュニケーションを通した学習においては学習者に気付かれにくいので、明示的な指導が必要であるという考えです。

英語における珍しい規則の例として、冠詞(the, a, an等)が挙げられます。日本語をはじめとした言語では特定されている名詞(例えば「昨日遅刻した生徒」)と不特定の名詞(例えば「この学校の生徒」)を特に区別しませんが、英語では前者は the student who was late yesterdayのようにtheを用いて表し、後者はa student in this school(またはstudents in this school)のようにtheを用いないことによって区別します。このような母語に存在しない区別は明示的な指導によって意識させることが効果的かもしれません。

また、文法とは直接関係ありませんが、日本人が苦手とされているLとRの音の区別にも明示的な指導の効果が期待できます。LとRの音を区別しない言語は日本語以外にもたくさんあります。母語で区別しない音を外国語で区別するのは難しいので、文法規則のようにそれぞれの発音方法 (「Rは舌の根元を持ち上げる」など)を指導することが有効であると考えられます。

 

●ルールの単純さ(Hulstijn 1995)

コミュニケーション上の重要度に関わらず、単純な規則なら教えてしまった方がいいという考え方です。動詞の三単現のsのコミュニケーション上の重要度は低いと上で述べましたが、ルールの単純さ(「主語が三人称、単数で現在時制のときのみ動詞にsが付く」)という観点からは明示的な指導をしても悪くないかもしれません。ただし、学習者は文法規則を理解していても実際のスピーキングやライティングにおいて間違いを犯すものです(このような間違いをperformance errorといいます)。そのため、ルールを教えたからといって正確さを求めることには慎重になる必要があります。

 

●使用頻度と応用範囲(Hulstijn 1995, Savage et al. 2010)

ルールの単純さと似ていますが、使用頻度が高かったり応用範囲が広い文法規則は教える価値があるだろうという考え方です。例えば一般動詞の疑問文を作る際に用いるdo(Do you like English?) が助動詞ということを知っていれば、他の助動詞(can, may, should等)の疑問文の語順(Where do you eat lunch? -> Where can we eat lunch? 等)に応用できます。またnotが副詞であることを知れば他の副詞(usually, never, clearly等)が語順においてnotと同じ位置にくることがわかります。(I cannot hear your voice. -> I can clearly hear your voice.)

 

●社会的受容のため(Swan 2002)

コミュニケーションは、内容や意思の伝達だけでなく、人間関係の構築という側面を持ちます。伝えたい内容が正確に伝達されても、必ずしも相手に評価されるわけではありません。これは特に発音について言えることですが、文法に関しても、その不正確さが偏見に繋がる可能性があります。例えば学校において、動詞の活用が苦手な(三単現のsや過去形のedを付け忘れることが多い)生徒がいたとします。この生徒が単語や表現の知識が豊富で、会話をはじめとする英語コミュニケーションが得意だったとしても、動詞の活用ができないことで、教師の評価が下がってしまったり、他の生徒から 「英語が苦手」 だと思われてしまうことがあるかもしれません。
このような偏見は決して好ましいことではありません。しかしながら、ビジネスの現場で取引先に同じような偏見を持たれたら、どれだけいい提案をしていても信頼を得るのが困難になるかもしれません。

特に学校や会社の中で学習者がこのような不利益を被る可能性がある以上、文法の矯正は必要であるという考え方に基づくのが、社会的受容のための文法指導です。

 

●学習者のニーズ(Folse 2016)

上述したことを全て総合して、「学習者に求められているものを教える」という考え方です。「非母語話者相手にしか会話をしないので発音や文法が多少不正確でも関係ない」と思っている学習者もいるでしょうし、逆に「周りにネイティブスピーカーしかいないので文法を間違えるのが恥ずかしい」と思っている学習者もいるはずです。教師や教材作成者は学習者のニーズに応じた文法指導を心掛けることが重要です。

 

以上から、文法指導において重要なのは「何を教えるか」だけでなく、「なぜ教えるのか」という視点であることがわかると思います。この「なぜ」という視点は教師だけでなく学習者にとっても重要です。ただし、「どの文法事項を学んだら何ができるようになるか」ということは学習者にとって必ずしも明らかではありません。このような知識やアドバイスが教師や教材を通して学習者一人一人に伝わることが理想的であると言えます。

 

英文法の優先順位

最後にFerris (2003, 2011)をはじめとした研究者が提唱する英文法事項の相対的な重要度をご紹介します。以下には一般的な英文法事項を重要度が高いものから順番に並べてあります。

英文法の優先順位

最も重要度が高いとされているのは文の構造や動詞の時制に関係するものです。英語のみならず多くの言語では動詞が文の中心とされています。(一部のヨーロッパ言語では動詞の活用から主語や目的語が推測されるため、主語や目的語などがない動詞のみの文が存在します。) 英語においては語順で文の構成要素(主語、動詞、目的語など)が決まるため、語順は意味伝達においてとても重要です。単語の羅列からも意味を推測することができるものの、John Mary likeと言われたらJohn likes MaryなのかMary likes Johnなのかが必ずしも明確ではありません。

語順がしっかりしていれば、活用語の間違いは多少は許容されるようです。例えばI thanked John for his kindと言われたら、恐らくI thanked John for his kindnessのことだろうと考えられるでしょう。活用語の正確さは必要ではあるものの、その重要度は語順と比べたら相対的に低いと言えます。

冠詞(the, a, an等)の重要度は中程度です。上述したようにtheがあるかないかで指示対象が変わる場合があるので冠詞の正確さの重要度は決して低くありません。ただし、英語の冠詞のルールは非常に複雑であるため、効率性という観点から考えると指導における優先順位は高くないでしょう。

重要度が最も低いとされているのが綴りの正しさと動詞のsですが、悲しいことにこれらは日本の英語のテストにおける減点対象の典型的な例ではないでしょうか。コミュニケーション重視の英語教育に移行しているにもかかわらず、定期試験においては綴りや動詞のsの間違いが減点対象とされることが少なくないのが現状です。これらの「重要度の低い」文法項目の正確さが現場において重視されるのは決して好ましいことではありません。

 

文法学習はコミュニケーションのため

昨今におけるコミュニケーション重視の授業においても、文法は英語学習と切り離せないものです。しかしながら、学術的根拠のない文法指導がこれまでに英語嫌いを生んできた要因の一つだったのではないでしょうか。

どのような教授法や学習法を用いたとしても、英語学習の目的がコミュニケーションにあることは第二言語習得および外国語教授法の研究より明らかです。英語教育に携わる一人一人が、文法学習はコミュニケーションのためであることを理解し、指導する文法項目が決定されること、そして、学習者が「何ができないか (どんな文法事項を間違えるか)」ではなく「何ができるか(知っている文法事項を使って何ができるか)」を測るテストが作成されることが切に願われます。

また、私たちが外国語で会話する場合や、日本語で非母語話者と会話する場合にも、その目的がコミュニケーションにあることに留意すべきでしょう。発音が少し違っていたり文法が少し違っていたとしても、そのことで話者を評価することなく、伝えられた内容からその人との関係を構築する姿勢が現代社会において重要であると言えます。

この考え方は子どもの英語学習を見届ける大人、あるいは親にもあてはまります。英語の不正確さを指摘するのではなく、何ができているかを評価する姿勢が英語学習の楽しさに繋がり、意欲を増すことが期待されます。新しい表現が使えるようになったり、英語で新しいことができるようになったときは積極的に褒めてあげることが英語学習の持続と向上に繋がると考えられます。

 

(※1)Swan(2002)は7つの理由を挙げていますが、本稿では一般の読者にわかりやすいように再構成しています。

 

■関連記事

日本語と英語の文法を同時に身につけていくバイリンガルの子どもたち 〜立教大学 森教授インタビュー〜(前編)

文法を実際に使えるようになるためのプロセスを解明〜慶應義塾大学 中浜教授インタビュー(前編)〜

 

参考文献

Ellis, R. (2006). Current issues in the teaching of grammar: An SLA perspective. TESOL quarterly, 40(1), 83-107.

https://doi.org/10.2307/40264512

 

Ferris, D. R. (2003). Response to student writing: Implications for second language students. Routledge.

 

Ferris, D. (2011). Treatment of error in second language student writing. University of Michigan Press.

 

Folse, K. S. (2016). Grammar in student books vs. Grammar that students need (pp. 128-150). New York: Routledge.

 

Hulstijn, J. H. (1995). Not all grammar rules are equal: Giving grammar instruction its proper place in foreign language teaching. Attention and awareness in foreign language learning, 359-386.

 

Savage, K. L., Bitterlin, G., & Price, D. (2010). Grammar matters. New York: Cambridge University Press.

 

Swan, M. (2002). Seven bad reasons for teaching grammar–and two good ones. Methodology in language teaching: An anthology of current practice, 148-152.

https://doi.org/10.1017/CBO9780511667190.021

 

PAGE TOP