日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2021.10.27
小学校英語教育では、担任教員が英語の授業を行う、ということに対して疑問をもつ人は多いのではないでしょうか。一方で、担任教員だからこそ実現できる英語の授業がある、という見解もあります。その理由の一つは、さまざまな教科を教えることができる能力です。実際に、他教科の知識を活用した英語の授業に関する実践報告は近年増えてきました。
そこで今回は、いま注目されているSDGs(持続可能な開発目標)学習と英語学習を融合させたCLIL授業について紹介します。
※SDGsロゴ(国際連合広報センター 2018)
【目次】
内容言語統合型学習(Content and Language Integrated Learning : CLIL)が日本の大学や私立高校、中学校そして一部の小学校などで導入、実践されたことにより、多くの授業実践や研究の報告がされてきています。CLILとは、「4つのC」とされる内容 (Content)・言語(Communication)・思考(Cognition)・協学/文化(Community/Culture)の視点で成り立っており、CLILの授業では、教科科目の内容について英語を使って学習していきます。また、CLILの授業の目的は、正解のあるタスクではなく正解のないタスクに取り組むことで学習者の自律性を育てることでもあります(伊東, 2019)。
そんなCLILの授業で学ぶ内容として近年注目されているのが、「SDGs」です。SDGsとは、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)のことを指し、持続可能でより良い世界を目指すために国連サミットにおいて全会一致で可決された国際目標です。その目標は17のゴール、169のターゲットで構成されており、貧困や飢餓問題の解決、世界中のすべての人々が質の高い教育を受けられるような環境づくり、ジェンダー平等の実現などについての地球に住む全人類が協力して取り組むべき課題が具体的に示されています。
図1.SDGsポスター(ロゴとアイコン)(国際連合広報センター 2018)
現在地球上で起きている深刻な問題について考え、より良い世界の構築のために行動できる人を育成する教育を「持続可能な社会の担い手を育む教育」と言います。実はこの文言が学習指導要領に明記されているのです。災害や貧困、人種やジェンダーによる差別、動物虐待、大気汚染など世界で起きている問題を自分ごととして捉えて行動できる人を育成するために、SDGsを授業の中で扱うことが有効だと考える教員たちは多いでしょう。
CLILの授業でこのSDGsを内容として扱う学校が増えていることは、言語の知識と運用のみに重きが置かれてきた日本の英語教育から、英語を「手段」として用い教科内容を理解し深く思考し、意見を発信する英語教育に移行していることを表しています。
では、英語学習とSDGs学習をどのように融合させることができるのでしょうか。ここで、小学校社会科の知識を生かして英語でSDGsを学ぶCLIL授業の例を二つ紹介します。
宇土(2018)の研究では、宇土自身が実際に小学校の担任として英語と社会科の内容を統合させたCLIL授業(英語を使って社会科の内容を学ぶ授業)を行った際の教材づくりのプロセスが紹介されています。
宇土(2018)によると、小学校の社会科では、以下のように実に多くのSDGsにかかわるトピックについて学んでいます。
<小学校3,4年生>
「水はどこから」「再生可能なエネルギー」「郷土の発展につくす」
<小学校5年生>
「世界の大陸と海洋」「世界の国々と国旗」「世界の主な川」「低い土地の暮らしと水害から守る工夫」「国土の機構の特色」「つゆ・台風・季節風」「アイヌの人々」「環境と食糧生産」「環境問題」「エネルギー問題」「自動車開発」「日本の森林」「水資源」「地球温暖化」「公害」「自然災害」
<小学校6年生>
「震災復興の願いを実現する政治」「多文化社会」「世界の未来と日本の役割」「国際連合」「国際紛争」「地球温暖化」「海面上昇」「熱帯雨林の減少」「砂漠化」「酸性雨」「水や大気の汚れ」「持続可能な社会」「青年海外協力隊」「世界開発援助」「世界の国々と日本の交流」「オリンピック・パラリンピック」
生徒たちが社会科の授業で学んだこれらの知識を前提に、イラストや映像などの視覚的補助教材を大いに活用し、「世界の様々な問題に目を向けてみよう」という題名の教材づくりを試みたそうです。この教材は見開き2ページのパノラマの絵に、色々な地球課題(生徒が社会科で習ったもの)がカラフルにわかりやすく、示されています。
このCLIL授業の狙いは主に次の三つです。
●地球的課題についての関心を高め、国際理解やこれからの地球を生きる上で考える力を育むこと。
●地球的課題の名称や内容を英語で聞き、英語の音声と表現に親しむこと。
●国際共通言語である英語での活動を通して、世界規模で取り組む課題に対する一体感を感じ、総合的学習や国際交流活動につなげること。
図2. KIDS CROWN アドバンスコース Global Study (KIDS CROWN アドバンストコース, 2004)
絵の左の島には現在地球で起こっている深刻な問題に関する事柄の絵が、そして右の島にはその課題解決を未来の思考から描いた絵がかかれています。手前の島には現実社会での課題解決の取り組みや日常生活での課題についての絵がかかれています。見開きの2ページにまとめて地球温暖化や酸性雨、砂漠化などの問題を描くことにより、小学校高学年で培われる比較思考や因果関係の思考を生かせるよう工夫されています。
このCLILの授業では、パノラマで描かれている地球規模の課題についての語彙を英語で学習します。扱われる語彙は、大気汚染 air pollution, 発電所 power plant,木材 lumber,絶滅危惧種 endangered species,森林 伐採 deforestation,生ごみ garbage,産業廃棄物 industrial waste,けんか fight,排気ガ ス exhaust,植林 afforestation,点字 Braille,風車 windmill,太陽エネルギー solar energy,車いす wheelchair,バリアフリー barrier-free,盲導犬 seeing-eye dog,救助犬 rescue dog,飢餓 hunger,資源再利用 recycling,ボランティアの人々 volunteerといったもので、小学校中学年から高学年の生徒が学校でならう英単語に比べてはるかにレベルが高いと感じられます。
しかし、生徒たちはすでに社会科の授業で日本語の用語やその概念を学んでいます。そして、パノラマのイラストという視覚的補助によって英語の意味を推測しやすくなります。さらに、班やグループ学習といった協調的な学びができる活動を取り入れることにより、英語または社会科が得意なクラスメートから手助けを得ることもできます。宇土(2018)によると、このような要素により一見難しいように思える英語の語彙も学習が可能になるのです。
またこの活動で、生徒たちは、それぞれの問題について英語の音声で内容を理解しようと試みます。音声のスクリプトの抜粋は次のようなものです。
Now what do you see there? You can see the brown land on the left, and the green land on the right. What is happening there? Let’s start from the page on the left. Look at the building with many chimneys. How many chimneys do you see there? Yes, six. There are six chimneys, and they are spouting black smoke. Look at the cloud above. It looks sad.
もちろん、小学生にとってこの英語の音声を全て理解するのは難しいでしょう。しかし生徒たちは、英文に登場する「brown」「left」「green」「right」「six」「black smoke」「sad」などのすでに知っている単語とパノラマの絵から何が話されているのかを予測し、グループで協力しながら英語の音声を聞きとろうとする姿勢が芽生えるでしょう。そして、社会科で事前に習得した地球規模の問題についての知識を生かしながら内容を掴むことができます。
二五(2014)もまた、小学校高学年の社会科の内容を英語で学習するCLIL授業ついて論文にまとめています。二五は、5年生と6年生の英語の教科書の単元と社会科でならう内容を統合したCLIL授業を行いました。Lesson2と8「クイズをしようI・II」という単元では、教員が英語で出すクイズを班で協力して解き、その中でWhere is~やWhat country~やIt’sの使い方を定着させるような活動を行いました。
Lesson3の「世界の国々と時刻」の単元では、ではイラストを見て様々な国旗を覚え、リズムに合わせてチャンツを作る活動を行いました。また、首都の位置や名前の確認クイズ、国の面積や気候、生き物の生息地域などの基準で国を分類する活動も行っています。
図3.<活動例3>国をいろいろな基準で分類 (二五,2014)
また、Lesson9「私の夢」という単元では、班で一つ行きたい国を選び、社会の地図帳や資料集を使ってその理由を3つ考えるという活動を行ったそうです。この活動では、「I want to~.」という英語表現を使って理由を説明することが目的です。
6年生のみ、Lesson3の「世界の国々と時刻」に関連して、時差の計算の活動も行っています。
このCLIL授業においても、英語学習だけではなく社会科の学習の復習となっていることが重要だと二五は主張しています。また、Lesson3のいろいろな基準で分類する活動は、南北に長い国の存在、赤道付近の国とそうではない国、温暖地域の四季の存在への気づきを促しており、このような活動によって、CLILの4つのCのうちの「思考」発達を促すことができると言います。
また、Lesson9の行きたい国を選ぶ活動のように、単独ではなく班で協力して理由を探し、発表をするような協働学習になっていることもCLIL授業を行う上でとても大切です。
今回のコラムでは、小学生が社会科の授業で習った知識を活用しながら、英語とSDGsを学ぶことができるCLIL授業について紹介しました。社会科の授業ですでに知っている知識を活用すること、イラストや映像などの視覚教材を活用すること、グループや班で協働させることにより、英語でSDGsを理解できるように工夫する試みです。
現在、小学校教員の間では、英語を使って教科内容を学ぶことで児童が自律して学習する力を養うことができることから、CLIL授業に対する肯定的な意見が増えています。その一方で、CLIL授業に対する興味はありながらも、英語力の自信のなさやCLIL授業の教材を準備する時間があまりないため、心配の声をあげる教員もいます。
英語学習とSDGs学習を融合させた授業は、さまざまな教科の知識がある小学校教員だからこそ実現できると考えられます。
また、英語の理解を促す視覚教材や音声教材を取り入れることにより、CLIL授業を実施するハードルを下げることができます (Ito & Nakata, 2019)。
21世紀のこれからを生きる生徒達が世界で起きている問題を自分ごととして捉え、行動できる力を手に入れるために、小学校の英語の授業でSDGsを学習内容として取り扱うことは大変重要になってきています。
そのようなSDGsについて、日本語だけではなく世界の共通語である英語を使って学習することには大きな意義があるのではないでしょうか。
SDGsの課題解決のためには、日本だけでなく世界に目を向け、世界の人々と協働する必要があります。英語でSDGsの内容に触れることは、この世界に生きるすべての人たちが取り組むべき課題であることを実感するきっかけになるはずです。そして、SDGsについて英語で理解したり議論したりできるグローバル人材を育てることにもつながります。
今後、より多くの教員がCLIL授業にチャレンジできるよう、実践報告や教材開発が進むことを期待します。
■関連記事
外務省 Ministry of zforeign Affairs of Japan 「SDGsとは?」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html
伊東弥香. (2019). SDGs をジブンゴト化する-CLIL の枠組みで考える英語教育. 東海大学教育開発研究センター紀要, (3), 15-25.
『KIDS CROWN アドバンストコース』三省堂 編集委員:渡邉時夫、宇土泰寛他、2004年
二五義博. (2014). CLIL を応用した二刀流英語指導法の可能性: 小学校高学 年児童に社会科内容を取り入れた指導を通して. 小学校英語教育学会誌, 14(01), 66-81.
宇土泰寛. (2018). CLIL の視点を活かした小学校外国語教育と社会科の学習知の融合-社会科での地球的課題の学習知を活かした英語教材の開発. 教育学部紀要, (11), 135-146.
Yukiko Ito, Hazuki Nakata (2019) A Study on the Challenges and Concerns of Elementary School, Junior High School, and High School Teachers Working with CLIL. The journal of Japan CLIL Pedagogy Association, volume1, 157-175.