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2021.08.19

CLILは、ほかの「外国語で学ぶ」教育とどのように違うか?〜東北大学 カヴァナ・バリー准教授インタビュー(後編)〜

CLILは、ほかの「外国語で学ぶ」教育とどのように違うか?〜東北大学 カヴァナ・バリー准教授インタビュー(後編)〜

東北大学 言語・文化教育センター カヴァナ・バリー准教授への取材記事後編です。

【目次】

 

東北大学におけるCLILの実践例

―先生は、どのようなCLIL授業を行っていますか?

これまでに4つのCLIL の講座を創設しました。一つ目は、「CLIL空手と日本文化」です(※10、11)。英語上級クラスで学ぶ日本人生徒と海外からの留学生のために空手と日本語をCLIL メソッドで学ぶクラスをつくりました。

一つ目の目的は、留学生の日本文化への関心を深めることです。外国人留学生が「Cool Japan」として興味をもつ武道を選びました。

そして、もう一つの目的は、日本人の学生が多文化的な環境に入ることで英語力の向上を図ることです。日本人学生は、留学生のために空手について英語で説明することを求められます。例えば、道場に入るときは「押忍(おす)!」という挨拶をしますが、これは日本の海軍の挨拶が由来です。「おはようございます」という意味で、この「お」(語頭)と「す」(語尾)を取って「押忍」という挨拶になったと言われています。

日本人学生は、「空手と日本文化」という内容の知識と英語力の両方が評価されます。いろいろな国からの留学生と一緒に学ぶので、イギリス人が話す英語、アメリカ人が話す英語、ヨーロッパの人が話す英語など、さまざまな英語に触れることができることもこの授業のメリットです。

この授業がきっかけで、日本国内でのCLIL実践の状況について調べ、笹島茂先生(東洋英和女学院大学)が組織する日本CLI L教育学会(J-CLIL)と出会いました。そして、私の同僚の語学教員のみなさんにも、CLILメソッドの利点を知ってほしいと思い、笹島先生と一緒に東北大学でワークショップを開催しました。その後、J―CLIL東北支部を創設して支部長に就任となり、2018年から毎年支部大会やシンポジウム、国際ウェビナーなどを開催しています。

 

―ほかの3つのCLIL授業は、どのような内容ですか?

二つ目は、「CLIL異文化コミュニケーションとアカデミックライティング」(※12、13)です。このクラスでは国と国との文化の相違点と異文化コミュニケーション理論に観点を置きます。例えば、日本には、「建前」や「本音」といった文化があり、アメリカ人のコミュニケーション方法とは違いますね。そのような異文化コミュニケーションをテーマとした研究方法と、英語での学術論文の書き方を指導します。学生たちは、6〜7回目の授業から、自分で決めたテーマについて1段落ずつ書いて毎回提出していき、学期の終わりには3ページほどのレポートが完成することを目指します。

三つ目は、「CLIL Media literacy」(※14)。メディア・リテラシーのテーマについて考察する授業です。例えば、テレビCMにおける音楽の役割は何か、雑誌広告のターゲットはどんな人々か、同じニュースでもメディアによって切り口がどのように異なるか、ということを分析したり議論したりします。そのために必要な語彙、文法を指導しながら、最終的には、学生が自分たちでテレビCMのストーリーを考えて発表するのですが、「評価」や「創造」を行うので、HOTS(高次思考力)を多く使いますね。

四つ目は、「CLIL SDGs」(※15)という、17のSDGs(※16)のテーマについて考察する授業です。マルチメディアと最新の教材を用いて、日本と世界に関するSDGsについて考えを深めていきます。SDGsは最近話題になっていますが、東北大学の学生にアンケート調査をしたところ、意外にも学生たちはSDGsについて知りませんでした。でも、この授業を受けることで学生たちの意識が変わり、興味をもつようになったという感想もありました。

 

―CLIL授業の場合、通常の英語の授業と比べて、どのようなメリットや効果がありますか?

授業では、外国語と教科の両方を学びますが、この両方に対する学習のモチベーションが上がり、自信につながります。

例えば、通常の英語の授業だと、テストのために語彙や文法を覚えて、テストが終わったら忘れてしまう。でも、CLILの場合は、語彙や文法を覚えるだけではなく、実際にそれらをアウトプットしながら教科を学ぶので、何のために語彙や文法を覚えなければいけないかがわかり、記憶に残りやすいと思います。そして、英語で教科を学んだことで「自分は英語ができる」という英語力への自信になります。

さらに、ほかの国や自分の国の文化を比較しながら、それまで知らなかったことを英語で学ぶことができます。そして、異文化コミュニケーション能力、物事を違う観点から捉える力、発語力、批判的思考力も育ちます。

日本の学生は、「What do you think about〜?(〜についてどう思いますか?)」と質問すると、必ず教室がシーンと静かになって誰も手を挙げませんが、CLILの授業ではディスカッションをして自分の意見を考えて伝えることが求められます。これは、グローバル人材になるために重要な経験です。

 

―日本の大学でCLILを実践することには、どのような意義や価値がありますか?

世界中でグローバル化が進むなか、多くの大学がグローバル人材を育てようとしていますが、CLILはその目標を達成するために有効です。なぜなら、CLILは、異文化理解、異文化コミュニケーション力、英語力、といったグローバル社会で必要とされる能力を身につけさせることができ、複数の言語を話し、国際的でグローバルな視点をもった地球市民を育てることにつながるからです。

CLILが外国語学習に効果的であることを示した研究結果は数多くありますし、通常の英語の授業を受けた学生よりもCLILの授業を受けた学生のほうがTOEICやTOEFLのスコアが高かった、という調査報告もあります。

また、CLILの授業では、いまの世界で実際に存在するオーセンティックな(本物の)ものを教材として使用するため、学習者は、その内容に関する知識を学び、思考力を高めながら、いま実際に必要とされている外国語スキルを向上させることができます。通常の英語の授業では、10年前の教科書を使っていて、もうその単語は使われていない、ということもありえます。古い教科書に掲載されている “How are you? – I’m fine. Thank you.”、“How do you do?” といった表現はその一例ですね。ネイティブ・スピーカーはもう使わなくなっている表現を教えていることがあるんです。

 

―CLILは、大学におけるグローバル人材の育成に有効なのですね。

そうですね。さらに、大学でのCLIL実践は、その大学が国際的な教育機関であることをアピールすることになり、英語で専門知識を学びたいと考えている外国人留学生の誘致にも有効です。

外国人の学生が増えれば、経済的にも文化的にも、学術の分野においても、海外との交流が深まりますよね。日本への留学生はアジア圏出身の学生が多いため、ただ英語で授業を行うEMIよりも、言語学習のサポートもあるCLILのほうが効果的だと思います。

英語で授業を開講する大学が増え、大学のグローバル化が進んでいることも考えると、今後は、大学でのCLIL実践は広く普及していくと思います。そのためには、教員研修やワークショップ、CLIL授業の効果に関する実証的研究によって、CLILという教育アプローチへの理解をさらに深めていく必要がありますね。

J-CLIL東北支部では、毎年、CLILを実践している教師たちが授業アイデアや研究結果を発表する大会を開催していて、参加者のみなさんからは「もっとCLILについて学んで授業に活用したい」という声が届いています。今後もワークショップやウェビナー、シンポジウム開催によって教師のみなさんをサポートしていきたいと思っています。

 

英語を学ぶときには「内容」があることが重要

―英語の授業において、「内容」があることはなぜ重要でしょうか?

CLIL授業のメリットと重なりますが、内容のある英語の授業は、英語を学ぶモチベーションと目的を生み出します。CLIL授業であれば、内容について学びながら、そこで本当に必要な目的・理由のために外国語を学んで使うので、受け身の学習ではなくアクティブ・ラーニングになり、自信がもてるようになるんです。

そして、外国語で内容(テーマや科目)を学ぶと、その内容の知識とコミュニケーション能力の両方を伸ばすことができます。そして、自分の身の回りの世界で何が起きているか、ということ知るきっかけになり、「これはどういう意味だろう?」、「これは本当なのかな?」と学習者の好奇心をかき立て、異文化への気づきや批判的思考力が育ちます。これらは、大学が育成しようとしているグローバル人材にとって、とても重要な要素です。

また、英語の授業に「内容」があることで、学生は、何をどうやって学ぶのか、ということがわかるようになります。自分でアイデアやプランをつくり上げて発表する、という力の土台をつくることができるんです。学んでいる内容について分析したり評価したりしてHOTS(高次思考力)を使うことが求められるので、思考力が伸びます。このような力は、英語の授業だけではなく、ほかの科目の授業でも役立つはずです。

 

―日本でも、子どもをバイリンガルに育てることに興味をもつ保護者が増えてきました。バイリンガル教育にとって、CLILはどのように重要でしょうか?

子どもの場合は、子ども自身が英語学習を「楽しい」と感じること、そして「英語を勉強しなさい」と強制されないことが大切です。子どもは、つまらないと感じるものについては、学ぼうとしません。大人が「グローバル人材になるために必要」といくら言っても、子どもたちは「ここは日本だから英語は必要ない」と考えるでしょう。

その意味では、CLILは、英語は勉強するものではなく、何かを楽しんだり学んだりするために使うもの、というメッセージを伝えるので、子どものモチベーションを高めるうえで、有効だと思います。

例えば、私の研究によると、東京には、合気道やピアノを英語で学んでいる子どもたちがいます。子どもをバイリンガルに育てたいと考えている国際結婚の家庭の子どもたちです。親にとっては、英語と内容を同時に学ばせることができるので、一石二鳥です。子どもたちにとっては、何か新しいことを楽しく学びながら、そのスキルを理解したり練習したりするために英語を使うので、英語学習を「楽しい」と感じていることがわかりました。

アニメでも何でもいいので、子どもが興味をもっている内容を英語で学ぶ、という体験をさせてあげると、子どもたちは英語を勉強しているという意識がなく、自然に英語が上達していくと思います。

 

―CLILは、子どものバイリンガル教育にとっても有効なアプローチなのですね。

そうですね。CLIL授業は、子どもをバイリンガルに育てたいと考えている親たちにとっては、とても良いアプローチになる可能性があります。

Lasagabaster and Doiz (2016)(※17)は、「CLILは革新的な教育アプローチであり、世界各国の教育の当事者(保護者や生徒、言語または教育に関する政策の立案者)からすぐに好意的に受け入れられてきた」(IBS訳)と述べています。

また、親のCLILに対する認識を調査した研究の多くが、親たちの満足度が高いこと、そして、親たちがCLILをバイリンガル教育の一種と考えていることを報告しています。親たちのコメントによると、CLILは実際に子どもたちの外国語能力、学習へのモチベーション、思考力に対して良い影響があり、異文化への興味や授業参加の積極性も向上していました(Acosta Manzano and Barrios 2018(※18); Pladevall-Ballester 2015(※19))。

 

―日本でも、子ども向けのCLIL授業は実践されているでしょうか?

日本では、小さい子ども向けの英会話教室などがCLILを取り入れているのを見かけますね。小さい子どもにとってCLILのアプローチが適しているのか、と疑問に思う人がいるかもしれませんが、CLILはイマージョン教育とは異なり、外国語学習をサポートするための足場かけ(スキャフォールディング)が多く用意されます。そして、授業中に第一言語を使用することも、授業内容を理解するために重要であると考えられているため、小さい子どもにとっても有効だと思います。

仙台では、算数のCLIL授業を実践している小学校がありますし、日本では、小学校や中学校を対象としたCLIL教材を出版している専門家もたくさんいます。このような教材を見ると、例えば、理科の授業でCLILをどのように取り入れることができるのか、ということがわかります。

 

おわりに:CLILはグローバル人材の育成につながる教育

1960年代にカナダでイマージョン教育が始まり、その後、EMIやCBI/CBLTといったアプローチも生まれ、外国語教育やバイリンガル教育においては、明らかに、「外国語を学ぶ」ではなく「外国語で学ぶ」が注目されるようになってきています。

そのような中、1990年代からヨーロッパで普及し始めたCLILは、「外国語で科目を学ぶ」とだけ聞くと、それまでの「外国語で学ぶ」アプローチと何が違うのか、わかりにくいかもしれません。

しかし、カヴァナ教授のお話からは、CLILでは、「科目」を学ぶこと、そして、「外国語」を学ぶことの両方を重視する、という点で、イマージョン教育やEMI、CBI/CBLTとは大きく異なることがわかります。CLILの正式名称は、Content and Language Integrated Learning(内容言語統合型学習)ですが、まさに、この名の通り、「内容」と「言語」を統合して指導・学習する教育アプローチなのです。

つまり、数学を英語で学ぶ、という場合、英語がわからないために数学の内容が理解できない、数学の知識習得を重視したら英語が身につかない、英語力向上を重視したら数学の知識が身につかない、といった課題が出てきますが、CLILはそのような課題を克服し、数学の知識習得と英語力向上、両方を目指そうとする教育であると言えます。

さらに、CLILは、異文化理解力や思考力を高めることも重視するため、単なる「外国語で学ぶ」授業にとどまらない、グローバル人材の育成につながる教育です。さらに、カヴァナ教授によると、秋田県の国際教養大学では、海外留学生向けに、日本語で秋田文化を学ぶCLIL授業も実践されており、CLILは留学生誘致のためにも重要な役割を担っていくことでしょう。

現状の日本では、CLILは大学での実践が多いものの、英語学習のモチベーションを高める、という点で子どもにとってもCLILが有効である可能性が高く、今後、子どものバイリンガル教育、小学校や中学校、高校の英語教育に大きな変化を与えるかもしれません。

このように、CLILは、イマージョン教育やEMI、CBI/CBLTといった、ほかの「外国語で学ぶ」教育アプローチよりも、はるかに数多くの可能性を秘めていると考えられ、グローバルに活躍できる人材を育てるために、日本でもさらに広く普及していくことが期待されます。

 

(※10)該当文献:カヴァナ、バリー(2018) .「内容言語統一型学習を通じた国際的コラボレーション 〜東北大学で行う留学生・日本人学生の空手と日本文化合同授業について〜」.『第67回東北・北海道地区大学等高等・共通教育研究会研究』収録 word version. Available from

https://drive.google.com/file/d/1cPFoWkQ_RIxOAWrbjDBLkAU5cWCvJ8AF/view?usp=sharing

 

(※11)該当文献:Kavanagh, B.(2020). A cross-cultural comparison of the martial arts films of Hollywood and Japan through a CLIL pedagogical approach. 『ATEM( 映像メディア英語教育研究) ジャーナル』, 25, 125- 138.

 

(※12)該当文献:カヴァナ、バリー(2018). 「学術的英語論文記述講座について」.『東北大学高度教養教育・学生支援機構紀要』, 3, 273-276. Available from

http://hdl.handle.net/10097/00120963

 

(※13)該当文献:Kavanagh, B. (2019). The Teaching of Intercultural Communication and Academic Writing through a CLIL Based Approach: A Case Study of a Tohoku University Course. The Journal of Japan CLIL Pedagogy Association (JJCLIL), 1, 100-118. Available from

https://7e2a11fa-59d9-42ab-8430-ce005de17faf.filesusr.com/ugd/d705d2_b75ea00bc4fc413da9281de6de9f9b32.pdf

 

(※14)該当文献:Kavanagh, B.(2021). Understanding culture, the media and language usage through a CLIL media literacy course for EFL students. The Journal of Japan CLIL Pedagogy Association (JJCLIL), 3, 50-67. Available from

https://7e2a11fa-59d9-42ab-8430-ce005de17faf.filesusr.com/ugd/d705d2_2f9cd26812fd4f08b8b3fc4d4d206aa7.pdf

 

(※15)該当文献:Kavanagh, B.(2021). Taking the First Step in Helping Students Become Global Citizens: A Case Study of a Multimedia CLIL SDG Course. 『ATEM( 映像メディア英語教育研究) ジャーナル』, 26, 155-168.

 

(※16)国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で2030年に向け世界全体が共に取り組むべき普遍的な目標として設定された「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。SDGsを達成するためには、人文・社会科学と自然科学といった異なる分野の連携が重要だと考えられている(文部科学省, 2018)

 

(※17)該当文献:Lasagabaster, D. and Doiz, A. (2016). CLIL students’ perceptions of their language learning process: delving into self-perceived improvement and instructional preferences. Language Awareness, 25(1-2), 110-126.

https://doi.org/10.1080/09658416.2015.1122019

 

(※18)該当文献:Acosta Manzano, I. and Barrios, E. (2018). Parents’ Perceptions on Bilingual Primary Education. In Reformulando la docencia actual (pp.1-14). Editorial Gedisa.

 

(※19)該当文献:Pladevall-Ballester, E. (2015). Exploring primary school CLIL perceptions in Catalonia: students’, teachers’ and parents’ opinions and expectations. International Journal of Bilingual Education and Bilingualism, 18(1), 45-59.

https://doi.org/10.1080/13670050.2013.874972

 

【取材協力】

カヴァナ・バリー准教授(東北大学 言語・文化教育センター)

カヴァナ・バリー准教授(東北大学 言語・文化教育センター)のお写真

<プロフィール>

専門は、CLIL(第二言語習得)、バイリンガル教育、社会言語学。サリー大学(イギリス)でTESOL(言語学)の修士課程、東北大学にて言語学の博士課程を修了。英語教員として20年以上の経験をもち、うち15年間は大学での指導に当たる。これまでにヨーロッパからアジア圏に渡って、非常に多数の学術論文や書籍(共著)のチャプターを執筆し、また、数多くの国際学会でプレゼンテーションを行ってきている。現在、日本CLIL教育学会(J-CLIL)副会長およびJ-CLILの東北支部長を務める。

 

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参考文献

Wei L. Translanguaging as a Practical Theory of Language. Appl Linguist. 2018 Feb; 39(1): 9-30.

https://doi.org/10.1093/applin/amx039

 

笹島茂(2020).「教育としてのCLIL」. 三修社.

 

文部科学省(2018).「持続可能な開発目標達成のための科学技術イノベーション(STI for SDGs)の推進 に関する基本方針」. Retrieved from

https://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/kokusai/sdgs/__icsFiles/afieldfile/2018/08/31/1408737_2.pdf

 

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