日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2021.06.15
2020年度から、日本の公立小学校の高学年にあたる5、6年生の学級において英語が教科化し、授業が本格的にスタートしました。外国語科の担当となった学級担任や英語専科教員もまた、中学校教員との連携を行いながら、各自治体でさまざまな工夫をこらし授業を行っています。外国語が教科化されたということはつまり、学期末には必ず英語の成績がつけられるということを意味します。そのためより一層、英語の授業の評価方法に工夫が必要となっていることは間違い無いでしょう。
英語科の評価を行う際には、授業中の小テストや学期末の単元テストのみで児童の資質・能力を判断をせずに、児童の日々の学習のプロセスをしっかりと「見える化」して記録に残したものを見取り、判断してあげることが重要とされます。
このような背景を踏まえ、今回この記事では、小学校の英語科における評価方法として近年教員や研究者たちの間で注目を浴びている、「ポートフォリオ」という評価方法を紹介していきたいと思います。
「ポートフォリオ」は、従来の評価方法に比べて児童の「自律的な学習」を促すものとして現場での実践が多く行われています。以下、英語学習を行う際に重要な要素とされる「自律した学習者」とは一体どのような学習者を指すのかの定義と、なぜ「自律した学習者」となることが英語学習において意味を持つのかについてお伝えします。その上で、英語の授業における評価の役目と「ポートフォリオ」の有効性について考えたいと思います。最後に、現場で活躍している教員が実際に評価のために使用したポートフォリオの中身を紹介していきます。
【目次】
近年英語教育や英語教育の研究や現場での実戦に関わっている方々が特に頻繁に耳にする単語に、「自律した学習者」というものがあります。尾関(2010)は、「自律した学習者」を、目的に合わせて、自分が今どのような学習が必要かを考えて、それを達成するためのゴールを定め、達成に必要な教材やテキストを選択し、自分の弱点を知り、学習のペースや時間配分をきっちり定め、行った学習の進度を振り返りモニターしたり、振り返ったりすることのできる人と説明しています。
これを別の表現で言い換えると、目標達成までの一連の学習プロセスを頭の中で描いて反省を繰り返しながら自分の力でまえに進むことのできる学習者のことを指します。
上記でお伝えした「自律した学習者」になることがなぜ英語学習において重要と言われるのでしょうか。まず、根本的に教育そのものの目的が「個々人が自ら考え行動することについて自己決定する能力を身につけること」だとBoud (1988)は示しています。このことから、英語教育の分野でも学習者の自律が求められるのはごく自然なこと言えます。
また廣森(2013)は、英語教育において自律した学習者を目指すことが重要である理由として、(1)国際化・多文化化、(2)学習目的の多様化、(3)学習期間の長期化、(4)学習者の多様化と万能薬的教育理論の不在をあげています。特に、(4)について廣森は、児童たちは同じ教室で一緒に授業を受けていても、児童により学習目的や動機付け、やる気の度合いは異なっていることを指摘し、それぞれの児童に合わせた自律的な学びの支援を行うことは、効果的な英語学習の指導を行う上で非常に重要であると主張しています。
1学級に30人から40人を一度に指導する教員たちが、児童たちの自ら英語学習に向かう姿勢を育てるためには一体何が必要なのでしょうか。
小学校中学年の外国語活動では、ゲームや歌、チャンツやアクティビティを通して児童らに「英語に触れる楽しさ」を感じてもらいます。この年代の児童は「楽しい」という気持ちを主なモチベーションとしています。児童らの心から湧き出るこのような内発的な動機はとても大切で、「テストでいい点を取らないとお小遣いを減らされるからやる。」だとか、「親にやらされているから勉強する。」といった外発的な動機とは異なります。
しかし、小学校高学年になると「英語が楽しいから」という理由だけでは物足りなくなります。小学校5、6年生になると、知的好奇心や日本語とは異なる音声や異文化への興味が学習を続けるモチベーションになっていくのです。
また、授業中に新しく習った表現で質問をすることができたり、友達の発言に英語でコメントができたりしたときの「できた感」が何よりの動機付けになっていきます。この「できた感」を多く味あわせ、異文化や言語自体への興味を長期的に育ててあげることが自律した学習者を育てる際の課題となります (長沼, 2011)。
英語学習に対する知的好奇心が増が増えてくる高学年の児童に対し、「できた感」を長く、多く感じさせてあげるために有効なのが、「ポートフォリオ」による学習評価です。この教育現場で作成されるポートフォリオとは、生徒個人の評価方法の一つです。
ポートフォリオを作成することで、教師だけでなく生徒自身も自分の評価に関わることができます。ポートフォリオには児童が授業中に制作した切り抜きや絵画などの制作物やペア活動で使ったワークシート、読んだものや写真、カード、その日の授業で習った言語表現を理解し使えたかチェックする自己評価シートなどをファイルやクラップブックなどに保存していきます。
成績評価前の学期末や年度末になるとポートフォリオには制作物やプリント、ワークシート、自己評価シートで埋まり、自分が一学期の最初の授業から一体どのように英語を学んできて何を習得したのか、今自分はどのレベルにいるのかを自分の目で確かめられるようになるのです。
児童が英語の授業でたどった足跡を実際に目に見える形で残しておくことができるので、自律した学習者となるために重要な「できた感」を感じることができます 。
また、授業の終わりに児童がポートフォリオに含まれる自己評価シートで当該授業でできるようになったことにチェックを入れることで、今自分は英語で具体的に何が言えるのかがわかります。そして、次はどんなことが英語で言えるようになればいいのかを考える習慣がつきます。毎回の授業の終わりに自己評価シートをチェックしていくことで実践、振り返り、目標設定、実践のプロセスを自然と辿る習慣が身に付きます。
ここで、実際に英語の授業の評価のためにで製作されたポートフォリオに含まれた自己評価シートの例を二つ、ご紹介したいと思います。
最初に紹介するのは、小学5年生の英語の授業でフォニックスを学習する際に用いられた「ゴールドカード」です。このカードは、小学5年生が英語の授業でフォニックスを習った自己評価シートです。毎回の授業のめあては教員が授業の最初に提示します。児童らは授業の終わりに、振り返りとしてこのカードの右側の欄「自分のめあてに対するふりかえり」に自分自身に対する振り返りを、「今日の見い付けた!」の欄に一緒に授業を受けた友達のいいところについて記入をします。
「ゴールドカード」のイメージ画像(IBS作成)
この「ゴールドカード」という自己評価シートを授業後に記入することによって、児童らの自分の英語学習に対する意識にどんな変化があったのかアンケートが取られたそうです。このような自己評価シートを記入しポートフォリオを作成していくことに対して児童らはとても肯定的で、毎回の授業のめあてをしっかりと伝えたことによりめあてを達成するために学習意欲が高まったとの声や、友達にいいところを褒めてもらえて嬉しくなったという声が多かったそうです(金澤,伊東 & 山本 , 2015)。
次に紹介するのは、イギリスのCILTで作成、使用された言語ポートフォリオです。
CILTとは、教員を目指す人たち向けに指導教材や指導方法、授業の評価教材などを提供しているイギリスの団体です。
CILTで作成されたチェックリストでは、学習者の間のインタラクションも含めた5技能に加え異文化理解の姿勢についても児童自らがチェックができます。その日の授業でできるようになったことの枠(バブル)に色を塗ることで児童に大きな達成感を感じさせる仕掛けとなっています(CILT, The National Centre for Languages, 2016)。
学習開始時期が低年齢化し、これからもどんどんと加速していくであろう英語学習。昨年度からの小学校における英語の教科化がそれを物語っていますよね。さまざまな変化が訪れるこれからの時代に英語学習は児童らが避けては通ることはできない道です。そのような状況の中、児童らが異文化と言語に興味を持って、「自律した学習者」となり、自ら進んで英語学習に取り組む姿勢を身につけることがとても重要なのではないでしょうか。
今回はそんな「自律した学習者」の育成に必要な学習評価方法の一つとして「ポートフォリオ」を紹介しました。製作物やワークシート、プリント、そして毎回の授業の終わりにチェックをする自己評価シートを含んだポートフォリオを作成することで、児童らが自分のたどってきた学習プロセスを自分の目で確かめ、「できた感」を感じ、次のめあてを設定し挑戦するというステップを踏むことが習慣化されていくのです。
今後、小学校英語教育における学習評価の際、多くの学校でこのポートフォリオが活用されていくことでしょう。
■関連記事
Boud, D. (Ed.) (1988). Developing student autonomy in learning. (2nd ed). New York: Kogan Page.
CILT (2006) My languages portfolio – ELP junior version: revised edition. London: CILT.
CILT.ORG.UK
廣森友人. (2013). 自律学習の処方箋: 自律した学習者を育てる視点 (特別寄稿). 中部地区英語教育学会紀要, 42, 289-296.
https://doi.org/10.20713/celes.42.0_289
金澤延美, 伊東弥香, & 山本長紀. (2014). 小学校英語用 「評価ポートフォリオ」 試案に関する一考察─ パイロット調査 1 から.
https://core.ac.uk/download/pdf/231053436.pdf
Mak, P., & Wong, K. M. (2018). Self-regulation through portfolio assessment in writing classrooms. Elt Journal, 72(1), 49-61.
https://doi.org/10.1093/elt/ccx012
長沼君主. (2011). 小学校英語活動における自律性と動機づけを高める Can-do 評価の実践. ARCLE REVIEW, 5, 65-74.
https://www.arcle.jp/research/books/data/html/data/pdf/vol5_5-2.pdf
中竹真依子, 櫻井千佳子, & 紀要. (2016). 英語教育における学習ポートフォリオの活用─ 自律的学習者の育成に向けて─. 武蔵野大学教養教育リサーチセンター紀要, 6, 65-76.
https://core.ac.uk/download/pdf/72750109.pdf
尾関直子(2010)「学習ストラテジーとメタ認知」小嶋英夫・尾関直子・廣森友人(編)『成長する英語学習者─学習者要因と自律学習』(英語教育学大系第 6 巻、pp. 75–103)大修館書店.
ポートフォリオとは-portfolioの意味と3つの業界での使い方
https://mynavi-creator.jp/knowhow/article/what-is-a-portfolio