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2022.08.22

小さいころから英語を学び始めれば、将来、高い英語力を身につけることができますか?〜第1回:臨界期仮説について〜

小さいころから英語を学び始めれば、将来、高い英語力を身につけることができますか?〜第1回:臨界期仮説について〜

■今回の悩み・疑問

小さいころから英語を学び始めれば、将来、高い英語力を身につけることができますか?

 

■回答

日常生活で 第二言語に触れる環境であれば、触れ始めた年齢が低い人のほうが最終的に高い能力を身につけている傾向にあります。特に、ネイティブ・スピーカーと同レベルの発音を身につけられるかどうかは、年齢から影響を受けやすいと考えられます。しかしながら、発音も含め、第二言語習得には年齢以外にもさまざまな要因が影響する可能性があります。そのため、特に英語が日常的に使われていない日本の場合は、必ずしも英語に触れ始めた年齢だけで英語力が決まるわけではありません。

今回は、臨界期仮説に関する先行研究を紹介します。

注)本記事における「第二言語」は、第一言語(母語)のほかに、地域社会や学校、家庭などで日常的に触れる環境で学ぶもう一つの言語(例:英語圏の国に住んでいる日本人にとっての英語)のことを指します。一方で、そのような日常生活で触れることのない環境で学ぶ言語を「外国語」(例:日本に住んでいる日本人にとっての英語)とします。

 

【目次】

 

1.「臨界期仮説」とは?

言語習得における年齢の影響については、臨界期仮説(Critical Period Hypothesis)が有名です。

臨界期仮説(Critical Period Hypothesis)は、ある一定の年齢を過ぎるまで(臨界期)に言語に触れる機会がないと、その言語を完全に習得することが難しくなる、という考え方です。

臨界期の時期についてはさまざまな見解がありますが、脳の発達の観点から思春期に入る前とした研究者もいます。

脳が損傷を受けて失語症になった人たちは、発症年齢がある一定の年齢を過ぎていると、言語能力が完全に回復することは難しい、という症例などから、母語の獲得に関する臨界期仮説が生まれました。

初期の提唱者の一人であるLenneberg (1967)によると、脳には、環境や経験に応じて変化する力(可塑性[かそせい])があるものの、一定の年齢を過ぎると、脳の成熟に伴って左脳と右脳がそれぞれどのような働きを担うかが決まる(脳の側性化/一側化)ため、言語能力に関わる脳領域(多くの人は左脳)が損傷を受けたあと、ほかの脳領域(右脳)がその働きを補うことが難しくなる、ということです。

その後1970年代になって、思春期までの間に母語に触れないまま育った人がその後に言語訓練を受けても母語話者と同等に話せるようにはならなかった、という事例(Curtiss,1977, 2014)(※1)も臨界期仮説の証拠として報告されました。

また、生まれつき耳が聞こえない子どもは、周囲で使われていれば、自然と手話言語を習得しますが、音声言語を聞くことができず、さらに手話言語に触れる機会もないまま思春期を過ぎてしまうと、その後に母語として手話言語を学んでも文法能力が完全に伸びないことがわかっています(Mayberry & Klunder, 2018)。

ただし、母語の獲得について人間で実験をすることは倫理的に難しいことから、臨界期の存在をはっきりと証明する研究結果はまだ十分ではありません(Eubank & Gregg, 2014)。

また、脳の可塑性はある時期を境に完全になくなるわけではなく、周囲の刺激に対してより敏感に反応する時期があるに過ぎないという考え方などに基づき(※2)、「critical period(臨界期)」の代わりに「sensitive period(敏感期)」という用語を使う研究者もいます。

 

2. 第二言語習得の臨界期について ~国勢調査を基にした研究~

海外に長期間住んでいるにもかかわらず、その国のことばをネイティブ・スピーカー(以下、ネイティブ)のように話せるようになる人とそうでない人がいるのはなぜなのでしょうか。

そのような疑問から、第二言語習得においても臨界期は存在するのか、存在するとしたら何歳までなのか、といった点も、臨界期仮説が提唱された当初から長年に渡って研究されてきました。

例えば、1990年のアメリカ国勢調査を基にした大規模な研究(調査対象者数:およそ230万人)(Hakuta, Bialystok, & Wiley, 2003)によると、アメリカに移住してから10年以上が経過している移民の人々(母語がスペイン語または中国語)は、どの学歴グループ(※3)においても、入国年齢が低かった人ほど自分の英語力を高く評価している(※4)傾向がありました。

さらに2000年のアメリカ国勢調査のデータを使った研究(Chiswick & Miller, 2008)では、あらゆる国(英語圏以外)からの移民が調査されましたが、同様の結果となりました。

ただし、これらの研究では、入国年齢が思春期などの一定の年齢を過ぎていると英語力が急に低くなるという傾向はなかったため、学習開始年齢と英語力の関係は認められたものの、第二言語習得における臨界期の存在は疑問視されました。

 

3. 第二言語習得の臨界期について ~言語能力のテストを基にした研究~

一方、第二言語の流暢さに関する本人の自己申告ではなく、さまざまな方法で移民の第二言語能力をより客観的かつ総合的に評価した研究も行われています。

例えば、スウェーデンの首都ストックホルムに10年以上住んでいる移民(母語はスペイン語)で、スウェーデン語(第二言語)がネイティブ並みであると自己評価している人々195人が調査されています(Abrahamsson & Hyltenstam, 2009)。

まず、スウェーデン語のネイティブ全員(10人)が自然な会話を聞いたときの全体的な印象として「ネイティブ」と判断した人たちは、入国年齢が1〜11歳のグループで62%、12歳〜47歳以上のグループで6%でした。そして、「ネイティブ」と判断された人たちは全員、入国年齢が18歳よりも前でした。

さらに、ほとんどのネイティブ(6人以上)から「ネイティブ」と判断された人たちの言語能力をあらゆる側面から詳細に調べてみると(※5)、すべてのテストでネイティブ並みの能力であると評価された人たちは入国年齢が12歳未満であり、かつ、12歳未満のグループのうち数人でした。

よって、第二言語のあらゆる能力がネイティブ並みに達することは、思春期を過ぎてからの学習では非常に難しく、幼いころから始めたとしてもそのレベルに達する人は少数であることが示されたのです。しかし、この研究でも、到着年齢と重なる隠れた要因(言語能力の基礎となる学校教育、インプットやアウトプット量など)があるので、単純に第二言語の能力と到着年齢を結びつけられません。

このように、第二言語の熟達度に学習開始年齢が影響する可能性は高いものの、思春期を過ぎたらネイティブ並みの能力は身につけられないということは十分に証明されておらず、臨界期の終わりが何歳ごろなのかもまだ明らかになっていません。

また、言語能力には、発音や語彙、文法、というように、いくつかの側面があり、もし臨界期があるとしたら、それぞれに異なる臨界期がある、または、臨界期から受ける影響の程度がそれぞれ異なると考えられています(Eubank & Gregg, 2014; Granena & Long, 2013; Huang, 2014; Long, 1990, 2005)。

 

~次回は、最も数多くの研究が行われてきた、発音の習得と文法の習得に関する先行研究について紹介します~

(※1)13歳になるまで部屋に閉じ込められて誰からも話しかけられなかった状態で育ったGenieは、救出されたあとに母語(英語)習得のための指導を受けたが、約20年経過したあとも同年齢の母語話者と同じレベルまで英語を習得することができなかった(Curtiss, 1977)。ただし、家族から長年虐待されてきたことによる精神的なダメージが影響した可能性も指摘されている(白畑, 2004)。しかし、そのような虐待のない、温かい家庭で育ったChelseaについても同様の報告(Curtiss, 2014)がある。Chelseaは、生まれつき耳が不自由であったにもかかわらず、当時の検査では「聴覚障害ではない」と診断され、ろう学校への入学も認められなかった。そのため、手話言語も音声言語(英語)も必要な指導やサポートを何も受けないまま育つ。32歳のときに聴覚障害であることが判明し、補聴器も使って専門家による訓練を12年間受けたが、やはり母語話者と同じレベルまで英語を習得することはできなかった。

(※2)「critical period(臨界期)」と「sensitive period(敏感期)」の違いについては、研究者によってさまざまな定義がされており、二つの用語を同じ意味で使用する場合もある(Birdsong, 2014)。

(※3)最終学歴が小学5年生未満、小学5年生〜中学校、高校(未卒業)、高校卒業、大学、の5グループに分けられた。

(※4)自分の英語力を「Not at all(まったくない)」、「Not well(あまり高くない)」、「Well(高い)」、「Very well(かなり高い)」、「Speak only English(英語しか話さない)」の5段階で評価させた。

(※5)音韻の認識や発音、単語や文章の認識、文法的間違いの判断、文法・語彙・意味の推測、慣用句やことわざの知識など、難易度の高い10種類のテストが実施された。

 

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参考文献

Abrahamsson, N., & Hyltenstam, K. (2009). Age of onset and nativelikeness in a second language: listener perception versus linguistic scrutiny. Language Learning, 59(2), 249-306.

https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2009.00507.x

 

Birdsong, D. (2014). Introduction: Whys and why nots of the critical period hypothesis for second language acquisition. In D. Birdsong (Ed.), Second language acquisition and the critical period hypothesis (pp. 1-22). Routledge.

 

Chiswick, B. R., & Miller, P. W. (2008). A test of the critical period hypothesis for language learning. Journal of Multilingual and Multicultural Development, 29(1), 16-29.

https://doi.org/10.2167/jmmd555.0

 

Curtiss, S. (1977). Genie: A psycholinguistic study of a modern-day “Wild Child.” New York: Academic Press.

 

Curtiss, S. (2014). The case of Chelsea: The effects of late age at exposure to language on language performance and evidence for the modularity of language and mind. In C. T. Schütze & L. Stockall (eds), Connectedness: Papers by and for Sarah Van Wagenen. UCLA Working Papers in Linguistics 18, 115-146.

 

Eubank, L., & Gregg, K. R. (2014). Critical periods and (second) language acquisition: Divide at impera. In D. Birdsong (Ed.), Second language acquisition and the critical period hypothesis (pp. 65-100). Routledge.

 

Granena, G. & Long, M. H. (2013). Age of onset, length of residence, language aptitude, and ultimate L2 attainment in three linguistic domains. Second Language Research, 29(3), 311-343.

https://doi.org/10.1177%2F0267658312461497

 

Hakuta, K., Bialystok, E., & Wiley, E. (2003). Critical evidence: A test of the critical period hypothesis for second language acquisition. Psychological Science, 14(1), 31-38.

https://doi.org/10.1111%2F1467-9280.01415

 

Huang, B. H. (2014). The effects of age on second language grammar and speech production. Journal of Psycholinguistic Research, 43(4), 397-420.

https://doi.org/10.1007/s10936-013-9261-7

 

Lenneberg, E. H. (1967). Biological foundations of language. John Wiley & Sons.

 

Long, M. H. (1990). Maturational constraints on language development. Studies in Second Language Acquisition, 12(3), 251-285.

https://doi.org/10.1017/S0272263100009165

 

Long, M. (2005). Problems with supposed counter-evidence to the Critical Period Hypothesis. International Review of Applied Linguistics in Language Teaching, 43(4), 287-317.

https://doi.org/10.1515/iral.2005.43.4.287

 

Mayberry, R. I., & Kluender, R. (2018). Rethinking the critical period for language: New insights into an old question from American Sign Language. Bilingualism: Language and Cognition, 21(5), 886-905.

https://doi.org/10.1017/S1366728917000724

 

白畑知彦(2004). 言語習得の臨界期について. Second Language, 3, 3-24.

https://doi.org/10.11431/secondlanguage2002.3.0_3

 

 

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