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2021.08.13

バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?~⑥言語障害児の二言語習得について

バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?~⑥言語障害児の二言語習得について

■今回の悩み・疑問

バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?

■回答

二つの言語にふれる環境が言語発達遅滞の原因になることはありません(Baker & Wright, 2021, p. 96)。ただし、それぞれの言語にふれる量などから影響を受けて、一方の言語がモノリンガル環境で育つ子どもよりもゆっくりとしたペースで発達しているように見える時期を経験する子どももいます。この場合は、言語発達の遅れや言語障害と結びつけられるべきではありません。

先行研究の概要紹介 〜第6回:言語障害児の二言語習得について〜

【目次】

 

言語障害について

最終回となる本記事では、言語障害のある子どもも二言語を習得できることを明らかにした先行研究をご紹介します。

人口の約7%は、脳神経障害や一般的知能の障害、自閉症、聴覚障害などが見られないにもかかわらず、言語発達(語彙や文法のなど習得)に困難を抱えていると言われており、このような障害は「特異的言語障害(specific language impairment)」と呼ばれています(Leonard, 2014)。

言語の発達状況がその年齢で期待されているレベルでない場合は言語発達遅滞(ことばの発達の遅れ)としてみなされ、学齢期にかけて時間が経過しても年齢相応にならない場合に特異的言語障害と診断されます(Paradis et al., 2011)。なお、ある一時点で言語発達遅滞と診断されても、その後年齢相応の発達に追いつく場合が多く、言語発達遅滞が必ずしも言語障害につながらないことに注意が必要です。

特異的言語障害は、生得的な要因(遺伝子、脳の構造・機能)による障害であると考えられています(Leonard, 2014)。特異的言語障害の原因はまだ十分に解明されていませんが、少なくとも、バイリンガル環境が原因になることはありません(Paradis et al., 2011; Kohnert, 2013)。

 

言語障害のある子どもも二言語を同時に習得できる

では、もし子どもに言語発達遅滞や言語障害があるとわかった場合、二つの言語に触れる環境は負担になるのでしょうか。

まずは、生後間もないころから二つの言語に触れて育っている特異的言語障害児(同時性バイリンガル)に関する研究をご紹介します。

カナダでは、特異的言語障害のあるフランス語・英語のバイリンガル児8人(平均年齢およそ7歳)の発話を、同年齢で同じく特異的言語障害のあるフランス語のモノリンガル児10人、英語のモノリンガル児21人と比較した研究(Paradis et al., 2003)が行われています。この研究では、特異的言語障害児が困難を抱えるとされている文法(時制による動詞の語形変化/例:言語障害児は“Brendan baked a cake last night.”と言うべきところを“Brendan bake a cake last night.”と言う)を正確に使える割合が調べられました。結果、バイリンガル児のそれぞれの言語における正確さは、モノリンガル児と同等でした。

この研究チームは、ほぼ同じ子どもたちを対象に、通常の言語発達が見られる子ども(定型発達児)も習得まで時間がかかるとされている、フランス語の目的格代名詞(※1)を正確に使える割合も調べています(Paradis et al., 2006;Paradis, 2007)。結果、この文法使用の正確さは、特異的言語障害のあるフランス語・英語のバイリンガル児が特異的言語障害のあるフランス語モノリンガル児を上回りました。

アメリカで行われた別の研究(Gutiérrez-Clellen et al., 2008)では、特異的言語障害のあるスペイン語・英語のバイリンガル児11人(4歳〜6歳)に文字のない絵本を見せてストーリーを語らせ、主語や時制による動詞・助動詞の語形変化(例:三人称単数の-s、過去形の-ed、do/does/did、is/are/was/were)を正確に使えるかどうかが調べられました。結果、正確に使うことが難しい形は、特異的言語障害のある英語のモノリンガル児13人と同じであり、正確さの程度も同等でした。

つまり、特異的言語障害をもつバイリンガル児が二言語環境で育っているからといって、同じく特異的言語障害をもつモノリンガル児よりも深刻な困難を抱えているわけではない、ということです。

 

言語障害のある子どもも第二言語を習得できる

では、第二言語に触れ始めた年齢が遅い、後続性バイリンガルが特異的言語障害をもっている場合であっても、特異的言語障害のあるモノリンガルと同等に二つ目の言語を習得できるのでしょうか。

カナダで行われた研究(Paradis, 2008; Paradis, 2010)では、第一言語が広東語であり、英語を第二言語として学んでいる子ども二人の英語発達(時制による動詞の語形変化の習得)が調査されています。一人目の子どもは、両言語で言語発達遅滞があり、3歳半から英語を学び始めました。同じく英語を第二言語として学んでいる定型発達児(英語への接触量は同等)の英語発達と比較したところ、はじめの2年間は、習得が遅れていましたが、3年目に追いつきました。つまり、第二言語として学んでいる英語も、第一言語と同じように、時間の経過とともに習得の遅れが解消したのです。

二人目の子どもは、4歳から英語を学び始めており、両言語とも発達の遅れがより顕著であり、特異的言語障害が疑われていました。英語を学び始めてから3年後、一人目の子どものように定型発達児には追いつきませんでしたが、特異的言語障害のある英語モノリンガル児(同年齢)には追いつきました。また、時制以外の文法項目(冠詞のa / the、前置詞のin / on、複数形の-s、動詞の進行形の-ing)については、定型発達児にかなり近いレベルまで習得することができました。つまり、特異的言語障害のある子どもが英語を第二言語として学ぶ場合、少なくとも、特異的言語障害のある英語モノリンガル児と同じレベルまでは英語を習得でき、一般的に比較的早い段階で習得できるとされている(Ortega, 2009)文法項目については定型発達児に近いレベルまで習得できる、ということです。

ドイツ在住のトルコ語・ドイツ語のバイリンガル児(4歳〜8歳)についても、同様の研究報告(Rothweiler et al., 2012)があります。この研究では、特異的言語障害のあるドイツ語のモノリンガル児7人と、同じく特異的言語障害のあるトルコ語・ドイツ語のバイリンガル児(3歳ごろからドイツ語に接触開始)が比較されました。結果、モノリンガル児とバイリンガル児は、自然な発話における複雑な文章(WH疑問文や従属節を含む文)の割合には差が見られず、主語による動詞の語形変化(例:三人称単数など)の使用に関しても正確さは同程度でした。

一方で、特異的言語障害のあるバイリンガル児の第二言語習得は、言語処理の困難さとインプット量の少なさ、という二つの要素が重なって、特異的言語障害のあるモノリンガル児の第一言語習得よりも発達の遅れが顕著になる、ということを示した研究(例:Orgassa & Weerman, 2008; Verhoeven et al., 2011)もあります。しかし、カナダの研究チーム、Paradis ら(2017)は、これらの研究が第二言語への接触開始から間もないころの子どもを対象にしているという点を指摘し、より高い年齢の子どもを対象にした研究を行いました。

この研究は、特異的言語障害のある後続性バイリンガル児7人(第一言語はさまざまで、4歳ごろから英語に接触開始)を対象に、8歳から10歳までの3年間にわたって、時制による語形変化の習得を追跡調査しています。結果、特異的言語障害のあるバイリンガル児の発達の特徴や文法使用の正確さは、特異的言語障害のあるモノリンガル児(同年齢)と同じでした。

さらに、同じ年齢のモノリンガル児ではなく、英語への接触期間が同じ低年齢のモノリンガル児とも比較(例:4年間英語に触れている8歳のバイリンガル児と4歳のモノリンガル児を比較)したところ、バイリンガル児のほうが時制による語形変化を正確に使用できました。この結果から、特異的言語障害児の第二言語習得に成功するための要素は、インプット量だけではなく、年齢が上がるにつれて言語の処理能力が向上することである、と考察され、別の研究(Govindarajan & Paradis, 2019)でも同じ結論が示されました。

よって、特異的言語障害のあるバイリンガル児の第二言語習得は、特異的言語障害のあるモノリンガル児の第一言語習得よりも遅れる可能性は否定できませんが、これは、バイリンガル児の第二言語のほうがモノリンガル児の第一言語よりも接触量が少ないからかもしれませんし、言語の処理能力が発達途上にあるからかもしれません。少なくとも、十分なインプット量があれば、また、子どもの言語発達を長期的に見れば、特異的言語障害があるからといって第二言語習得に多大な困難を抱えるわけではないと考えられます。

 

おわりに:二つの言語に触れる環境が言語発達遅滞や言語障害の原因になることはない

バイリンガル児の言語障害に関する研究を行う専門家は、二言語環境が言語発達遅滞や言語障害を悪化させることを証明した研究はなく(Paradis et al., 2011, p.208)、日常的に触れる言語を一つのみにすることは言語発達遅滞の治療や解決にはならない(Kohnert., 2013, p.129)、と述べています。

これは、両親が異なる言語を話す家庭で育つ子ども、家庭での使用言語と学校での使用言語が異なる子どもなど、家族とのコミュニケーションや将来の社会生活において二つ以上の言語を習得することが必要な子どもたちにとって、とても重要な見解です。

 

本記事では、保護者のみなさんからよく寄せられる疑問「バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?」に対する回答をするうえで重要な先行研究を計6回にわたってご紹介してきました。

第1回「初期の言語発達について」:
音声の知覚や喃語など、バイリンガル児の初期の言語発達がモノリンガル児と同様であることを示しました。

第2回「語彙学習について」:
初語の出現や初期の語彙学習能力がモノリンガル児と同様であることを示しながら、日常生活におけるインプットと語彙学習が密接に関係することから、バイリンガル児の片方の言語の語彙量をモノリンガル児と単純に比較することの不適切さについて紹介しました。

第3回「語彙発達の評価について」:
バイリンガルの語彙知識の仕組みを解説しながら、両方の言語で語彙発達を評価する方法とその必要性を説明しました。

第4回「文法発達について」:
子どもの発話が二語文、三語文と複雑化していくペースや、文構造の発達は、モノリンガル児と同様であることを示しました。

第5回「バイリンガル特有の言語使用について」:
モノリンガルには見られない、バイリンガル特有の言語発達(言語間の影響、コードスイッチング)について紹介し、それらと言語発達遅滞や言語障害を混同してはならないことを説明しました。

第6回「言語障害児の二言語習得について」:
言語発達遅滞や言語障害のある子どもも二言語を習得できることを示した先行研究を紹介しました。

 

当研究所は、これらの先行研究から、二つの言語に触れる環境が言語発達遅滞や言語障害の原因になることはない、と考えます。

子どもの日常生活や社会生活において二つの言語が必要であれば、または、子どもが異なる言語に触れることを楽しんでいるのであれば、躊躇せずバイリンガル環境を維持すべきだと言えるでしょう。

(※1)目的語として用いられる代名詞。英語であれば、it / me / us / him / her / themなど。フランス語の目的語は通常動詞の後ろに置かれるが、代名詞になると動詞の前に置かれたり動詞と連結(例:“je l’aime.”・・・英語で“I love him.” という文章では、人称代名詞のleが動詞のaimeの前に連結している)したりする、というように、代名詞の使い方が英語よりも複雑である。

 

 

参考文献

Baker, C., & Wright, W. E. (2021). Foundations of bilingual education and bilingualism (7th ed.). Multilingual Matters. Bristol, UK: Multilingual Matters.

 

Govindarajan, K. & Paradis, J. (2019). Narrative abilities of bilingual children with and without Developmental Language Disorder (SLI): Differentiation and the role of age and input factors. Journal of Communication Disorders, 77, 1-16.

https://doi.org/10.1016/j.jcomdis.2018.10.001

 

Gutiérrez-Clellen, V., Simon-Cereijido, G., & Wagner, C. (2008). Bilingual children with language impairment: A comparison with monolinguals and second language learners. Applied Psycholinguistics, 29(1), 3-19.

https://doi.org/10.1017/S0142716408080016

 

Kohnert K. (2013). Language Disorders in Bilingual Children and Adults. 2nd ed. Plural Publishing.

 

Leonard, L. B. (2014). Children with Specific Language Impairment (2nd ed.). Cambridge: The MIT Press.

 

Orgassa, A. & Weerman, F. (2008). Dutch gender in specific language impairment and second language acquisition. Second Language Research, 24(3), 333-364.

https://doi.org/10.1177/0267658308090184

 

Ortega, L. (2009). Understanding Second Language Acquisition. London: Hodder Education.

 

Paradis, J., Crago, M., Genesee, F., & Rice, M. (2003). French-English Bilingual Children With SLI: How Do They Compare With Their Monolingual Peers? Journal of Speech, Language, and Hearing Research, 46(1), 113-127.

https://doi.org/10.1044/1092-4388(2003/009)

 

 

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