日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2021.07.15
■今回の悩み・疑問
バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?
■回答
二つの言語にふれる環境が言語発達遅滞の原因になることはありません(Baker & Wright, 2021, p. 96)。ただし、それぞれの言語にふれる量などから影響を受けて、一方の言語がモノリンガル環境で育つ子どもよりもゆっくりとしたペースで発達しているように見える時期を経験する子どももいます。この場合は、言語発達の遅れや言語障害と結びつけられるべきではありません。
先行研究の概要紹介 〜第5回:バイリンガル特有の言語使用ついて〜
【目次】
これまで、バイリンガル児の二つの言語がいかにモノリンガル児と同様に発達していくか、ということを説明してきました。しかし、これは、「バイリンガルの中にモノリンガルが2人存在している」ということではありません。バイリンガルには、モノリンガルとは異なる、バイリンガル特有の言語使用があります。
まず、二つの言語に触れて育っている子どもの場合、それぞれの言語は、基本的には別々に発達していくと言われていますが、一方の言語がもう一方の言語から何らかの影響を受ける場合もあります。これは「cross-linguistic influence(言語間の影響)」と呼ばれており、さまざまな言語の組み合わせで報告されています。
例えば、オランダ語は目的語の省略が多い言語ですが、フランス語は省略が少ない言語です。この二つの言語にふれて育っているバイリンガル児は、フランス語を話すときに、フランス語のモノリンガル児よりも頻繁に目的語を省略することから、オランダ語の文法の影響を受けている可能性が示されました(Hulk & Müller, 2000)。
また、ドイツ語・英語のバイリンガル児を調べた研究(Döpke, 1998)では、ドイツ語では間違いだと思われる語順が英語の語順であったことが発見されています。例えば、このバイリンガル児には、ich möchte essen das (英語直訳でI want eat that)というドイツ語の発話がありました。本来、ドイツ語では、essen das (eat that)ではなくdas essen (that eat)という語順が正しく、ドイツ語モノリンガル児にはこのような語順が見られないことから、英語の語順の影響を受けていたことがわかったのです。
フランス語と英語のバイリンガル児の複合語(※1)を調べた研究(Nicoladis, 2002)では、両言語とも、各言語のモノリンガル児よりも、語を組み合わせる順番が逆になる(例:英語の “toilet paper” を“paper toilet” と言う)ことが多く、これもフランス語と英語で語を組み合わせる順番(主要な意味を表す語を左と右のどちらに置くか)が逆であることから影響を受けていると結論づけられました。ペルシア語・英語のバイリンガル児についても同様の結果が報告されています(Foroodi- Nejad & Paradis, 2009)。
このような言語間の影響は、乳幼児に限定されるものではないこともわかっています。小学生の日本語・英語のバイリンガル児7人(8歳〜12歳)に文字が書かれていない絵本を見せてストーリーを語らせる実験をした研究(Mishia-Mori et al., 2018)によると、日本語のモノリンガル児よりも、主語や目的語の省略が少なく、代名詞(例:彼)を多く使う様子が観察されました。
例えば、男の子が登場するお話を語るとき、日本語では、初めて登場する人物については、「男の子が」または「男の子を」というように、主語、目的語を入れますが、同じ人物について話しているときには「男の子は」とするか、またはそれを省略する傾向にあります。「男の子が駅前に立っていました。(男の子は)とても心配そうな様子でした。」という語りの二文目では、主題である「男の子は」を省略できます。
「山田さんは男の子を見つけました。(山田さんは)急いで、(男の子を)追いかけました。」という語りの二文目では、主題である「山田さんは」と目的語である「男の子を」を省略できます。すでに一文目で登場している人物だからです。
一方、英語では、それらを省略することは非文法的であり、冠詞(例:the boy)や代名詞(例:he)を使って、同じ人物について話していることを表現します。つまり、このバイリンガル児たちは、日本語で話しているときに、英語の文法の影響を受けていることが示されたのです。
言語間の影響がなぜ起こるか、ということについては、いくつか仮説があります(Yip, 2013)。一つは、二言語のうち、どちらかが優勢であるため、その言語の文法規則の影響がもう一方の言語を使うときに出る、という説です。または、別の説もあります。例えば、スペイン語の文法規則では、「主語を入れる」、「主語を入れない」という二つの選択肢があります。英語の文法規則では、「主語を入れる」という選択肢しかありません。この二つの言語にふれて育つバイリンガル児は、両言語で共通している「主語を入れる」という文法規則を使いやすい、という説です。
このような先行研究から、バイリンガル児が一方の言語を使うときに、その言語のモノリンガル児には見られない文法や一見間違いのように思われる文法の使用が見られたとしても、それを言語発達上の「異常」や「遅れ」とみなすことは不適切であると考えられます。
バイリンガルは、一方の言語で話しているときに、もう一方の言語の要素(語彙など)を混ぜたり、文章や発話の途中でもう一方の言語に切り替えたりする場合があります。このような言語使用は、多くのバイリンガルにとって一般的な言語行動であり、主に「code-switching(コードスイッチング。以下CS)」や「code-mixing(コードミキシング)」と呼ばれています(Baker, 2001; Basnight-Brown & Altarriba, 2007; Ramezani et al., 2020)が、「Bilingual Speech(バイリンガル・スピーチ)」と呼ぶ研究者(Grosjean, 2013; フランソワ・グロジャン, 2018)もいます。
例えば、言語に関する検査において、日本語・英語のバイリンガル児が発話や文章ごとに言語を変更したり(例:「これは何?」―「イヌ!」、「じゃあこれは?」―「Cat!」)、文中で二言語を交互に使用したり(例:「好きな食べものは?」―「みかんとappleが好き」)したとします。質問に対する答えとしては合っていますが、二つの言語を使用しています。このときに、英語で言ったことばを語彙としてカウントするかどうか、日本語と英語の両方を使って答えたことを許容範囲とするか不適切とするか、という判断が必要になるでしょう。
まず、二言語が発達段階にある1〜2歳のバイリンガル児も相手に合わせた言語を使用することから、幼児は二言語を区別できないか二言語環境で混乱しているためにCSを行うという考え方は否定されています(Comeau et al., 2003; Genesee et al., 1995; Lanza, 1997)。さらに、幼児のCSにも多様な理由や目的があります。会話のトピックや相手が話す言語、伝えたいメッセージなどの社会的状況に合わせて故意にCSを行い、円滑なコミュニケーションを図ろうとする場合があります(Shin, 2018)。
そして、一定の規則性があり(Paradis et al., 2011)、「ごちゃ混ぜ」と呼ばれるような無秩序な言語使用ではありません。アメリカでは、世界最大規模の言語聴覚士職能団体であるアメリカ言語聴覚協会により、CSは第二言語習得の過程における正常な現象であるとして、言語障害とは区別されています(American Speech-Language-Hearing Association, 2021)。
言語聴覚士を目指す学生や現役の言語聴覚士などを対象とした専門書籍(Kohnert, 2013; Paradis et al., 2011)では、バイリンガル児のCSは懸念する必要がないケースが大抵であること、そして、CSを言語発達の遅れや障害の兆候として解釈するには通常よりも入念な検査と慎重な判断が求められることが解説されています。このような見解は、多数の先行研究の結果から導き出されたものですが、その中でも、言語障害のあるバイリンガル児と言語障害のないバイリンガル児のCSを比較した研究は、特に強い根拠になっていると考えられます。
例えば、アメリカで行われた研究(Gutierrez-Clellen et al., 2009)では、特異的言語障害(※2)のバイリンガル児18人と定型的な言語発達のバイリンガル児18人(平均5〜6歳)のCSが比較されました。第一言語はスペイン語、第二言語は英語です。彼らの発話を分析した結果、CSを含む発話の割合は両グループで差がありませんでした。また、両グループとも、CSを含む発話文は文法的であり、大人のバイリンガルと同様の典型的なパターンでした。つまり、言語障害があってもなくても、バイリンガル児にとってCSは通常の言語行動であり、CSを行うからといって言語障害とみなすことは不適切なのです。
CSは両言語またはいずれかの言語の文法規則(文や語を構成する要素の配列や組み合わせ、関係性など)に従い、CSを行う単位(例:文、語句、語、形態素)や品詞、位置などに制約(非文法的にならないための規則)があります(Poplack, 1980)。大人のみならず子どものバイリンガルもこのような典型的なパターンでCSを行うことがさまざまな言語の組み合わせで報告されています(Paradis et al., 2011)が、特異的言語障害のバイリンガル児によるCSも、構文知識の不足ではなく、二言語の文法知識に基づいた能力であることが示されたのです。
また、この研究では、定型発達児のCSをスペイン語が優位な子どもと英語が優位な子どもで比較することにより、優位でない言語で話しているときにもう一方の言語を使う傾向にあること、そして、CSが一方の言語における語彙不足や熟達度の低さによって行われるとは限らず、発話の状況(自然な会話のほうがCSを行いやすい)や環境(英語が主要言語である学校では英語を使いやすい)から影響を受ける可能性も示されました。
なお、近年は、バイリンガルやマルチンガルの言語使用について説明する「Translanguaging」(トランスランゲージング)という概念が注目されています(Baker & Wright, 2021)。この概念によると、例えば、日本語・英語のバイリンガルであれば、二つの言語間の境界線(文字や音韻、構造、語彙、社会文化的背景などのあらゆる違い)を越えて、日本語であろうと、英語であろうと、持ち合わせているすべての言語能力を使い、効果的にコミュニケーションを図ろうとします(Wei, 2018)。CSを含め、表面的には、ただ「二言語を混ぜている」ように見える行動であっても、より豊かで円滑なコミュニケーションを図るために有効な、バイリンガル特有の能力なのです。
よって、バイリンガル児のCSそのものは、言語発達の問題があるかどうかを判断する基準にはならず、安易に言語発達遅滞とみなされるべきではありません。
〜次回が本シリーズの最終記事となります〜
(※1)複数の語を組み合わせて意味が成り立っている語(例:toilet paper, apple juiceなど)
(※2)子どもの言語障害は、言語のみに困難が生じる場合(特異的言語障害)とそのほかに聴覚障害、脳神経疾患(例:脳血管障害、頭部外傷、脳腫瘍など)、自閉症などを伴う場合があり、その原因や症状も多様であることから、学術領域、使用される場面によって異なる定義や分類の仕方、診断名がある(Paradis et al., 2011)。近年は、子どもの言語発達に関する障害については「特異的言語障害(specific language impairment)」が使用されることが多いが、その定義や診断基準は統一されておらず、言語によっても異なる(Leonard, 2014; 福田, 2014)。
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