日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2021.06.16
■今回の悩み・疑問
バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?
■回答
二つの言語にふれる環境が言語発達遅滞の原因になることはありません(Baker & Wright, 2021, p. 96)。ただし、それぞれの言語にふれる量などから影響を受けて、一方の言語がモノリンガル環境で育つ子どもよりもゆっくりとしたペースで発達しているように見える時期を経験する子どももいます。この場合は、言語発達の遅れや言語障害と結びつけられるべきではありません。
先行研究の概要紹介 〜第3回:語彙発達の評価について〜
【目次】
バイリンガルの場合、両方の言語で語彙発達の遅れが見られない限りは言語発達遅滞とは言えません(Kohnert, 2013, p.24)。さらに、その「遅れ」は、単純にモノリンガルと比較することは不適切です。
まず、バイリンガル乳幼児の語彙は、両方の言語で知っているもの(※1)よりも、片方の言語のみで知っているもののほうが多いことがわかっています。英語・スペイン語の両方にふれながら育っているバイリンガル児(0歳8カ月〜2歳6カ月)27人を長期的に調べた研究(Pearson , Fernandez, & Oller, 1995)によると、両方の言語で知っている語彙概念は平均30%ほどでした。
例えば、日本語・英語のバイリンガル児が「りんご」、「apple」、「いぬ(犬)」、「dog」、「ねこ(猫)」、「cat」、「いす(椅子)」、「cup」、「くるま(車)」、「train」、「あたま(頭)」、「hand」、「あめ(雨)」という語彙を知っているとします。日本語または英語で表すことができる意味(概念)は合計10個であり、そのうち、両方の言語で表すことができる意味(概念)は3個(リンゴ/apple、イヌ/dog、ネコ/cat)である、ということです。
また、英語・スペイン語のバイリンガル児(4歳〜7歳)44人を対象に、特定のカテゴリに属する語彙を言わせるテスト(例:子どもに「思いつく限り、食べものの名前を言ってください」と言う)をそれぞれの言語で実施した研究(Pena, Bedore, & Zlatic-Giunta, 2002)でも、両方の言語で知っていた語彙概念は平均30%ほどでした。
しかし、バイリンガル児は一つの事物に対して両方の言語で語彙を獲得するのが難しい、ということではありません。まだことばを話し始めたばかりのバイリンガル児も一つの事物に対して両言語で語彙を獲得できることを示した研究(Quay, 2008)や、片方の言語のみで知っている語彙は年齢が上がるとともに減っていく(小学1年生:約50%→小学5年生:約30%→大学生:約10%)ことを示した研究結果(Pearson, 1998)もあります。
以下の図は、バイリンガルの語彙が一方の言語のみで知っている語彙、もう一方の言語のみで知っている語彙、そして両方の言語で知っている語彙から成り立っていることを示したものです。
バイリンガル児の片方の言語の語彙を、その言語のモノリンガル児の語彙と比較することが不適切であることは明らかです。なぜならば、バイリンガルは状況によって言語を選択するため、言語と状況はいつも語彙と結びついているからです。その状況と結びついてない一方の言語の語彙は最初の段階では学習されないのが普通ですが、時間とともに一方の言語によるさらなる経験を通して語彙は増えていくということです。
以上のことから、バイリンガル児の語彙発達を評価するときには、両方の言語を考慮する必要があると考えられます。
言語学者Pearsonは、バイリンガルの片方の言語のみの語彙量をモノリンガルと比較して言語発達の遅れと結びつけることを疑問視し、バイリンガルの語彙数を評価する新たな方法「Total Vocabulary」や「Total Conceptual Vocabulary」(※2)を1993年に提案しています(Pearson et al., 1993)。これは、バイリンガル児の二言語の語彙を合計した数を、モノリンガル児と比較しようとするものです。
例えば、前述の通り、日英バイリンガル児が「apple」と言うことはあっても「りんご」とは言わない時期があるように、同じものや概念に対して両方の言語で表すとは限りません。この子どもの日本語だけを調べる場合、「りんご」と言わない限り語彙としてはカウントされません。しかしながら、もう片方の言語(英語)で「apple」と言えるのであれば、「りんご」と言えるようになるまでに必要な潜在的能力を何かしらの形で部分的に有している可能性があります。すなわち、すでに「りんご」という概念は身についているということです。
バイリンガル教育研究の第一人者である中島氏(中島, 2016)によると、近年は「二言語共有説」(Cummins, 1983)<下図参照>が多くの言語や環境で実証されており、音声や文法など表面的には異なる二つの言語であっても、深層面(例:認知や思考など)では共有するものがあり互いに繋がっていると考えられています。
中島氏は「バイリンガルのことばの力は2つのことばにまたがったもの」であるという点でモノリンガルとは本質的に異なる、と述べています。
Pearsonらがアメリカの乳幼児(生後8〜30カ月)を対象に、バイリンガル児のTotal VocabularyやTotal Conceptual Vocabularyをモノリンガル児と比較した結果、表出語彙数も理解語彙数もモノリンガルに劣ることはありませんでした(Pearson et al., 1993)。英語であれスペイン語であれ、バイリンガルがいずれかの言語を使って表現できる意味や概念の数は、モノリンガルと変わらなかったのです。
さらに、Pearsonらは、その後、同じバイリンガル児18人を対象に語彙発達を追跡調査した研究(Pearson&Fernandez, 1994)を行い、少なくとも一方の言語では、または、両方の言語の語彙を合わせれば、その発達ペースとパターン(2歳の半ば〜後半で語彙が急増する、など)は、各言語のモノリンガルの発達の標準範囲内にありました。
このように、二つの言語を合わせて語彙量を評価すればバイリンガル児とモノリンガル児の語彙発達は同等であることを示した研究は、ほかにも複数報告されています(De Houwer, 2009; Junnker & Stockman, 2002; Hoff et al., 2012; Poulin-Dubois et al., 2013; Core et al., 2013)。
このような先行研究をもとに、バイリンガル児の語彙発達は、両方の言語を考慮して評価されるべきであり(Peña et al., 2012)、もしある時点でモノリンガルよりもゆっくりとしたペースで語彙が発達しているように見えたとしても、日常生活におけるインプット量から影響を受けている可能性があり、「遅れ」と捉えられるべきではない(Paradis et al., 2011)と考えられています。
ここまで、家庭における乳幼児期の語彙発達について説明してきましたが、家庭外(保育所や幼稚園など)で第二言語に触れることによりバイリンガル環境に置かれた子どもの語彙発達を評価する際に注意するべき点についても紹介します。
子どもは、第二言語に触れ始めてから最初のころに「サイレント・ピリオド」と呼ばれる時期を経験する場合があります。この時期は、周囲からのインプットを聞いて理解することに集中しているため発語や発話が少なく、意味を理解できるインプットが十分に与えられればアウトプットを始めると考えられています(Krashen, 2009)。
保育所や幼稚園、小学校など、母語が通じない環境に入った子どもは、母語が相手に理解されないことがわかると、母語も第二言語も話さず、ことばを使わないコミュニケーション(顔の表情や動作など)を試みたり、周囲の人がどのように言語を使っているかを観察して真似したり、独り言のように小さな声で第二言語を口に出して発語の練習をしたりする様子が報告されています(Tabors, 2008)。
また、子どもが自ら「サイレント(沈黙)」であることを選び、母語または母語での思考を使って新しい言語環境に参加しようとしている学習期間である、という見方もあります(Bligh & Drury, 2015)。
例えば、イギリスの保育所に通い始めたパキスタン系イギリス人(4歳)の子どもを調べた研究(Drury, 2013)によると、英語話者である保育士やほかの子どもたちに対しては何もことばを発さないものの、バイリンガルのスタッフとは母語でやりとりをしたり、家庭では英語を口に出したりする様子が観察されました。
つまり、この子どものサイレント・ピリオドは、何も学んでいない「沈黙期」なのではなく、新しい言語環境に慣れるまでに必要な期間だったのです。
では、サイレント・ピリオドはどのくらいの期間続くのでしょうか。オーストラリアの小学校で英語を第二言語として学んでいる子どもたち(4歳7カ月〜11歳9カ月)47人を対象にした調査(Gibbons, 1985)では、サイレント・ピリオドは0日〜56日というように個人差が大きかったことが報告されています。
アイルランドのプリスクールで英語を第二言語として学び始めた子どもたち20人を1年間(3歳4カ月〜4歳4カ月)観察した研究(Harris, 2019)によると、母語や非言語コミュニケーション(笑顔、遊びに誘う仕草など)を使って英語話者である教師やほかのクラスメートと関わろうとする子どもが大半であり、まったく発語が見られない子どもは4人(最短1カ月、最長8カ月)でした。そして、シャイな性格の子どもほど、発語しない時期が長いこともわかりました。
よって、サイレント・ピリオドは必ずしもすべての第二言語学習者が同じように経験するものではないと考えられますが、特に言語環境が変わって間もない子どもの場合は、ある一時期において発語が少ないからといって、語彙発達の遅れとみなすことには注意が必要です(※3)。
〜次回は、バイリンガル児の文法発達について紹介します〜
(※1) translation equivalents(TEs)と呼ばれる。
(※2)例えば、バイリンガル児がねこ(猫)、いぬ(犬)、dog、rabbitという語彙を知っているとしたら、「Total Vocabulary」では語彙数は4つとカウントされる。一方、いぬとdogは同じ概念を表しているため、「Total Conceptual Vocabulary」では語彙数(語彙で表現できる概念数)は3つとカウントされる。
(※3)サイレント・ピリオドは、言語発達の問題のほか、selective mutism(場面緘黙)と混同されるべきではないことも指摘されている(Toppelberg et al., 2005)。特定の場面(学校など)で話すことができない、という子どもの症状の一つであり、入園・入学などの環境変化による不安が背景にあると考えられている(久田ほか, 2016)。
■関連記事
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