日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2019.07.31
論文タイトル:
1人より2人のほうが良い
− 映像による乳児の言語学習力が仲間の存在で向上 −
著者:
Sarah Roseberry Lytle, Adrian Garcia-Sierra, and Patricia K. Kuhl (2018)
サラ・ローズベリー・ライトル、エイドリアン・ガーシアシエラ&パトリシア・K・クール(2018)
ジャーナル: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 115(40): 9859-9866.
DOI(アクセス): https://doi.org/10.1073/pnas.1611621115
要約:Paul Jacobs
翻訳:佐藤有里
いまは言語学習用のアプリやゲーム、プログラムが数多く開発され、その数は増加しています。このような商品は、日本のように国民の大半が多数派言語(日本語)のみを話す国に住む家庭にとっては特に魅力的です。
子どもを早い年齢から二つの言語で育てたいと望む家庭に、親には不可能なネイティヴ・スピーカーによる言語インプットを提供することができます。しかしながら、言語学習における重要な要素が欠けている場合が多く、それは「社会的相互作用」です。
乳幼児の言語学習にとって社会的相互作用が極めて重要であるということは、先行研究によって証明されてきました(Kuhl et al., 2003)。 もし社会的相互作用が言語学習において極めて重要なのであれば、社会的要素は乳幼児向け映像などの言語学習プログラムから直接もたらされる必要があるのでしょうか?
その必要がないのであれば、言語学習プログラム視聴中における親やきょうだいの存在は、言語学習に必要とされる社会的刺激を乳幼児に与えるものなのでしょうか?この疑問に対する答えは、今回ご紹介する研究論文によって検証されています。
「乳児は、学習仲間との社会的相互作用によって、映像による言語学習力が向上する」。これが研究者らの仮説でした。
もし乳幼児が映像から言語を学ぶ際に誰かが同じ部屋内に存在することで学習力が向上するのであれば、日本の親にとっては励みになる研究結果になります。親は、乳幼児が学ぶ言語を話すことができなくても、ただ子どもと一緒にいるだけで、子どもの言語発達における親特有の重要な役割を果たすことができるのです。
前述の仮説を検証するため、研究参加者として生後9カ月の乳児31人が選ばれました。全員が英語のみを話すモノリンガル家庭で生まれ育っており、実験の際に二つのグループに分けられました。
一つ目は個人(乳児1人のみ)で実験に参加するグループ、二つ目は2人1組(乳児2人)で一緒に実験に参加するグループです。両グループとも、4週間に渡って計12回実験室を訪れ、タッチパネル式ディスプレイを使って標準中国語の学習映像に触れます。
乳児たちの言語学習力は、1)行動に関する検査(音声刺激に対して振り向きで反応する課題の遂行結果)、2)脳に関する検査(課題遂行時の事象関連電位/ERPによる脳波データ)、という二つの方法で評価されます。これらの検査は、乳児たちが中国語特有の音声を学ぶことができたかどうかを判定するために行われました。検査方法については、以下に簡潔に述べます。
1)行動に関する検査:
乳児たちが背景雑音を聞いている間に、中国語特有の音素である「/tɕhi/」と「/ɕi/」の音声を流します。乳児がこの新たに流れた音声(中国語)のほうへ常に振り向いた場合は、新しい言語の音声を識別できたことを示す行動的兆候としてカウントされました(Werker et al., 1997)。
2)脳に関する検査(ERP):
ERP(事象関連電位)は、脳画像によって脳神経活動が脳内のどこで行われているかがわかるfMRI(機能的磁気共鳴機能画像法)とは異なり、脳内の電波(脳波)の波形を測定することによって脳神経活動がいつ行われているかを示します(Grosjean and Li, 2013)。脳波の波形における陰性方向の振れはMMN(ミスマッチ陰性電位)と呼ばれ、自分の第一言語を聞いたときに生じることが先行研究で明らかになっています。
この波形は、聞こえた音声が認識できないとき(例:外国語の場合など)には表れません(Zhang et al., 2005)。
つまり、この研究の成果を測る方法が二つあるということです。もし乳児たちが偶然より高い確率で目標刺激となる音声(中国語)のほうへ振り向くことができた場合は、この行動的側面の検査に基づき、周囲の環境が乳児の外国語音声学習を手助けしたことになります。
そして、脳の検査では、乳児の脳波にMMN(ミスマッチ陰性電位)の波形が表れるはずであり、脳の音声識別能力が成熟したことがわかります。
この研究論文の著者らは、行動と脳、二つの検査方法によって研究結果を報告しています。
1)行動:
両グループとも、外国語の音声を学んだことを示す行動的兆候が見られなかった。
2)脳(ERP):
2人1組の乳児グループの脳波にはMMN(ミスマッチ陰性電位)の波形が表れ、成熟した音声識別能力を示す反応であった。一方、個人の乳児グループの脳波には、pMMR(陽性電位)の波形が表れ、音声習得の成熟度が比較的低いことが示された。
この研究では、音声識別能力を示す行動的兆候は乳児たちに見られませんでしたが、脳波におけるMMN波形の表れにより、2人1組で学習した乳児の脳が言語習得をし始めた兆候として成熟した形で反応した、という十分な証拠が示されました。2人1組の乳児グループは、より多くの学習時間があれば、言語習得の行動的兆候も示す可能性が最も高いでしょう。
先行研究では、この種の脳反応は、行動における反応がない場合であっても、乳児が幼児へと成長しながら言語を発達させていくことを予測できることが発見されています(Kuhl et al., 2008)。乳児たちは、行動における反応が見られなくても、ほかの乳児との社会的相互作用によって映像から外国語の音声を学んでいることを示したのです。
この研究結果によると、言語学習のための社会的要素は、必ずしも学習媒体から直接もたらされる必要はなく、むしろ、もう一人の人間の存在によってもたらされることも可能です。さらに、映像やほかの媒体形式による言語学習の効果は、乳児がほかの乳児と一緒に視聴しているときに強まります。
また、親も、乳児の学習を手助けするうえで極めて重要な社会的要素を提供し、同じ役割を果せることがほかの研究によりわかっています(Ramenzoni et al., 2016)。この研究における重要な側面は、会話のような発声や学習教材への積極的な関わりを促す社会的相互作用があるときに、乳児たちが言語学習に成功したことです。
これは、目標言語(外国語)を話さないが、それでも子どものために家庭で二つの言語を学べるバイリンガル環境をつくりたい、という親にとっては朗報です。なぜなら、適切な言語インプットを提供する信頼性の高い言語学習プログラムを活用している間、子どもと社会的に関わるという親の努力が乳児の言語発達を促すことがわかったうえで、そのような親としての役割に自信をもつことができるからです。
Grosjean, Francois, and Ping Li. 2013. The Psycholinguistics of Bilingualism. Wiley-Blackwell.
Kuhl, Patricia K, Feng-Ming Tsao, and Huei-Mei Liu. 2003. “Foreign-Language Experience in Infancy: Effects of Short-Term Exposure and Social Interaction on Phonetic Learning.” Proceedings of the National Academy of Sciences 100 (15): 9096 LP-9101.
https://doi.org/10.1073/pnas.1532872100
Kuhl, Patricia K., Barbara T. Conboy, Sharon Coffey-Corina, Denise Padden, Maritza Rivera-Gaxiola, and Tobey Nelson. 2008. “Phonetic Learning as a Pathway to Language: New Data and Native Language Magnet Theory Expanded (NLM-E).” Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences 363 (1493): 979–1000.
https://doi.org/10.1098/rstb.2007.2154
Ramenzoni, Verónica C., and Ulf Liszkowski. 2016. “The Social Reach: 8-Month-Olds Reach for Unobtainable Objects in the Presence of Another Person.” Psychological Science 27 (9): 1278–85.
https://doi.org/10.1177/0956797616659938
Werker, Janet F, Linda Polka, and Judith E Pegg. 1997. “The Conditioned Head Turn Procedure as a Method for Testing Infant Speech Perception.” Early Development and Parenting 6: 171–78.
Zhang, Yang, Patricia K. Kuhl, Toshiaki Imada, Makoto Kotani, and Yoh’ichi Tohkura. 2005. “Effects of Language Experience: Neural Commitment to Language-Specific Auditory Patterns.” NeuroImage 26 (3): 703–20.
https://doi.org/10.1016/J.NEUROIMAGE.2005.02.040