日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2020.10.23
論文タイトル:
Language exposure induced neuroplasticity in the bilingual brain: A follow-up fMRI study (2015)
バイリンガルの脳は言語接触によって可塑性が生じる:fMRIを用いた追跡調査(2015年)
著者:Liu Tu, Junjing Wang, Jubin Abutalebi, Bo Jiang, Ximin Pan, Meng Li, Wei Gao, Yuchen Yang, Bishan Liang, Zhi Lu, and Ruiwang Huang
ジャーナル: Cortex; 64: 8-19
アクセス:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0010945214003104?via%3Dihub
要約:Paul Jacobs
翻訳:Yuri Sato
・二言語の熟達度が高いバイリンガルであっても、二つの言語を効率的に切り替えながら使えるかどうかは、それぞれの言語への接触環境が影響する。
・言語のコントロールに関わる脳領域は、言語環境に適応する。
・脳の可塑性[かそせい]
技能を練習するとその技能に関わる脳領域が変化する、ということは、数多くの研究で報告されています。
例えば、ある研究では、ロンドンのタクシー運転手とタクシーの運転経験がない人々(年齢、性別、社会経済的地位など、タクシー運転手と同様の属性をもつ)の脳画像が比較されました。当時のタクシー運転手は、カーナビを使える現在とは違って、ロンドン市内の複雑な道路を記憶しておかなければなりませんでした。
現在位置や目的地までの経路を把握するためには、空間の知覚に関わる脳領域が働きます。研究者たちは、彼らのこの脳領域における灰白質[かいはくしつ](※1)の体積がほかの被験者よりも多いことを発見しました。
また、タクシー運転歴(年数)が長い人ほど、灰白質の体積の多さと相互関係がありました(Maguire et al. 2000)。明らかに私たちの脳は、このように日常的に行うことによって形づくられています。
バイリンガルの脳に影響を与える日常的な活動とは、二つの言語を耳にしたり使ったりすることです。
(※1)脳の表面近くでニューロン(神経細胞)の細胞体や神経回路が集まっている領域(Costa 2020, 90)。
・言語のコントロール
脳内で二つの言語が活動するバイリンガルにとって、整合性のあるコミュニケーションを図るには、それぞれの言語をコントロールすることが重要です。もし、どちらの言語(語彙や文法、音声)を使うか適切に操作できなければ、両方の言語を理解できる相手でない限りは、誰もバイリンガルと意思疎通を図ることができないでしょう。
タクシー運転手は、道路情報を把握するスキルを毎日「練習」することで、脳の神経系が変化していました。バイリンガルも同様で、二言語を使い続けることは、言語のコントロールに関わる脳領域の可塑性を変化させます(Costa 2020)。
第二言語にふれることは、その言語の習得を手助けするだけではありません。今回ご紹介する論文(Tu et al. 2015) は、バイリンガルが二つの言語にふれ続けると少ない労力で両言語をうまく使えるようになることを示した研究です。
つまり、両方の言語に接触する環境を保つことは、二言語をコントロールしようとする脳の働きを保ちやすくするのです。研究者らは、このことを検証するため、バイリンガル学生の脳内に生じる神経学的変化を計測しました。
まず、日常的に二言語にふれている状態のときに計測します。次に、一方の言語への接触が減った30日間のあとに計測しました。
日常生活で一方の言語にふれる機会が少なくなると脳に変化が生じる、という考えは、どのように検証するのでしょうか?被験者を全員集めて、一つの言語にしかふれない環境に一定期間置くのでしょうか?
もしこの方法をとると、もはや、バイリンガルの日常生活で起こる自然な現象を検証することはできなくなってしまいます。研究者たちは、この問題をどのように解決したのでしょうか?
研究者たちが調査したところ、中国の広州市にある大学では、広東語・北京語のバイリンガル学生たちが両方の言語にふれる割合が同程度(広東語50%、北京語50%)でした。しかし、大学の夏休み期間は、多くの学生が家族と旅行したり、一方の言語しか話されていない地域へ出かけたりします。
その間、学生たちの言語接触は、およそ広東語90%、北京語10%という割合(※2)に変わっていました。研究者たちは、このような言語接触の自然な変化に着目し、自分たちの仮説を検証することができました。
できる限り正確に検証するため、被験者に求められた条件は、
1)両言語(広東語・北京語)の熟達度が高いバイリンガルであること、
2)生まれてすぐから両言語を同時に習得してきたこと(同時性バイリンガル)、
3)それぞれの言語にふれてきた割合がこれまで同程度であること、
これらの条件に当てはまる学生は、500人のうち、10人のみでした。
被験者の数が少ないからといって、その研究結果が重要でない、ということにはなりません。実際、ある特定の現象を検証しようとするとき、属性が大まかに同じである大人数の被験者グループを調べるよりも、属性が細かなところまで同じである少人数の被験者グループを調べたほうが有益な情報になる場合もあります (Carroll 2017)。
一方の言語にふれる量が減ると、二言語のコントロールに関わる脳領域がどのような影響を受けるか、ということを調べるため、学生たちには、第一言語(広東語)と第二言語(北京語)を切り替えながら無声でナレーションをする、というタスクを行ってもらいました。
まず夏休みの前に1回、そして、30日間の夏休みのあとに1回です。学生たちは、昼、夕暮れ、夜、を表す3種類の写真を1枚ずつ見せられ、それぞれ30秒以内に、前日のその時間帯に何をしたか、声に出さずに語ります。
例えば、「昼」の絵を見たら、「昨日、家族と一緒に海へ行きました。砂遊びをしたり、海で泳いだりしました。とても楽しかったです。」と、第一言語または第二言語のどちらかで頭の中で語る(声に出さない)のです。次に別の絵を見せられたら、また30秒以内に、同様にどちらかの言語を使って頭の中で語る、ということを何回か繰り返します。
このように言語を切り替えるには、言語のコントロールに関わる脳領域を働かせる必要があります。学生たちの脳の活動は、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)による画像で観察されました。
(※2)この情報は、学生たちへのアンケート調査で自己申告されたもの。
fMRIによる脳画像で調べた結果、学生たちは生後間もなくから第二言語(北京語)を使ってきて熟達度が高いにもかかわらず、その言語にふれる量が減った30日間のあとは、言語のコントロールに関わる脳領域が以前よりも活動的になっていました。
その脳領域とは、
左下前頭回弁蓋部[ひだり・かぜんとうかい・べんがいぶ]/ブロードマン44野(ことばを発するときや、お互いに干渉する言語情報をコントロールするときに働く)、
左中前頭回[ひだり・ちゅうぜんとうかい]/ブロードマン9野(反応の選択に関わる)、
左尾状核[ひだり・びじょうかく](適切な言語の選択に関わる)、
左前帯状皮質[ひだり・ぜんたいじょうひしつ](行動のモニタリングやエラー検出に関わる)です。
すべて、言語をコントロールするときに重要な役割を担います。研究者たちは、これらの脳領域が「より活動的になる」ということは、同じ行動結果を出すため、つまり、一方の言語を使うときにもう一方の言語を効率的に抑制するために、より多くの労力が必要になっている、と説明しました。
この研究結果は、短期間(この研究では30日間)であっても一方の言語への接触量が減ると、言語をコントロールする脳領域が一つの言語のみを必要とする新しい環境に適応する、ということを証拠づけるものとして解釈されています。
「適応制御」という概念は、この現象をわかりやすく説明しています (Green and Abutalebi 2013)。二つの言語にふれるバイリンガル環境は、言語をコントロールするための神経ネットワーク機能が高まる機会となり、その環境に合わせて効率的に働くようになります。
ほぼ一つの言語にしかふれないモノリンガル環境では、その神経ネットワークを働かせる必要性が少なくなるため、そのような環境に適応した働きになります。しかしながら、そのあとにバイリンガル環境に戻ると、時間の経過とともに、また脳が適応します。
再び適応するまでは、どちらか一方の言語で話すのが難しい、と感じたり、ふれる機会が減っていたほうの言語で話すと疲れを感じたりするかもしれません。このような様子は、学生たちの脳画像でも観察され、夏休みから戻ってきたあとの脳活動が多くなっていました。
これは、バイリンガルにとってはまったく珍しくないことですが、同じ言語の方言を複数話す人々も経験することがあります。
例えば、関西出身の人が東京で仕事をしているとします。休暇をとって地元に帰省し、ほとんどの時間は関西弁を聞いたり使ったりしていました。そのあとに東京へ戻ると、どんなことが起きるでしょうか?
はじめの数日間は、なぜか関西弁を出さないようにすることが難しく感じるのです。もしくは、複数の方言を話さない人であっても、長期休暇で関西に帰省していた同僚が職場でつい関西弁を口にしてしまう様子に気づくことでしょう。
この原因の一つが、言語をコントロールする神経ネットワークが地元の言語環境に適応していたことにあるのです。しかし、そのうちすぐに、関西弁を出さずに話せるようになり、標準語と関西弁のどちらかを使うコントロールが簡単にできるようになっていきます。
バイリンガルになるということは、それだけでもワクワクするような素晴らしい目標です。しかし、日常的に二つの言語を使うようになったあと(完璧なレベルで使える必要はありません)、それぞれの言語にふれ続けることによって、脳が二言語を効率よくコントロールできるように変化します。
神経回路がそのときの環境や日常的な活動に適応できることは、脳の可塑性によるものです。言語にふれること(インプット)は、その言語を学び始めるときだけではなく、生涯にわたってその言語能力をさらに高め、効率的に使えるようになるためにも欠かせないことなのです。
Carroll, Susanne E. 2017. “Exposure and Input in Bilingual Development*.” Bilingualism: Language and Cognition 20 (1): 3–16.
https://doi.org/10.1017/S1366728915000863
Costa, Albert. 2020. The Bilingual Brain: And What It Tells Us about the Science of Language. Penguin. /books/313150/the-bilingual-brain/9780241391518.
Green, David W., and Jubin Abutalebi. 2013. “Language Control in Bilinguals: The Adaptive Control Hypothesis.” Journal of Cognitive Psychology (Hove, England) 25 (5): 515–30.
https://doi.org/10.1080/20445911.2013.796377
Maguire, E. A., D. G. Gadian, I. S. Johnsrude, C. D. Good, J. Ashburner, R. S. J. Frackowiak, and C. D. Frith. 2000. “Navigation-Related Structural Change in the Hippocampi of Taxi Drivers.” Proceedings of the National Academy of Sciences 97 (8): 4398–4403.
https://doi.org/10.1073/pnas.070039597
Tu, Liu, Junjing Wang, Jubin Abutalebi, Bo Jiang, Ximin Pan, Meng Li, Wei Gao, et al. 2015. “Language Exposure Induced Neuroplasticity in the Bilingual Brain: A Follow-up FMRI Study.” Cortex; a Journal Devoted to the Study of the Nervous System and Behavior 64 (March): 8–19.
https://doi.org/10.1016/j.cortex.2014.09.019