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2022.06.09

バイリンガリズムが高齢者の認知機能に及ぼすプラスの影響

バイリンガリズムが高齢者の認知機能に及ぼすプラスの影響

論文タイトル:Does Bilingualism Influence Cognitive Aging?(2014)

バイリンガリズムは認知機能の老化に影響を与えるか?

論文著者 : Thomas H. Bak, Jack Nissan, Michael M. Allerhand, and Ian J. Deary

掲載ジャーナル:Annals of Neurology 75(6):959-963

アクセス: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ana.24158

レビュー著者:Paul Jacobs

翻訳:佐藤有里

 

まとめ

・二つ以上の言語を学んだ人々は、高齢になったときに測定可能なメリットが得られる。具体的には、一般的な知能、音読力、言語の流暢性の分野である。

・多くの研究は、認知能力への影響要因が子どものころの知能なのかバイリンガリズムなのかを切り分けられていないが、今回要約する研究では、その二つの影響要因を区別することができている。

 

はじめに;高齢者の認知能力とバイリンガリズムに関する研究動向

複数の言語を学ぶことが有益である理由はたくさんあります。その理由の一つは、より多くの人とコミュニケーションをとることができ、その言語を話せないとできないような旅行や仕事の機会を得ることができて視野が広がることです。バイリンガルであることは、その人の社会圏だけでなく、心や認知にも影響を与えます(Albert Costa, Mireia Hernández, and Núria Sebastián-Gallés 2008; Anat Prior and Brian MacWhinney 2010)。

認知とはどういう意味でしょうか?認知は、私たちがどのように情報を保存し、それを使って行動や思考を導くかという心的過程です。私たちがどのように考え、整理し、記憶し、知識を生活に活かすかということを操ります。知能(IQ)は、認知に関連する概念として多くの人によく知られています。残念ながら、年齢を重ねると自然と機能が低下する認知能力(IQ)のタイプがあります。

知能には二つのカテゴリがあります。結晶性知能と流動性知能です。いずれも、人の生涯における認知機能の変化を測定するために用いられる概念です。結晶性知能は、よく使っていて慣れているスキル、能力、知識などを指します(Lezak et al.2012)。通常の認知機能の老化では、これらの認知領域はあまり低下しません。一方、流動性知能は、問題解決、推論、新しい情報の操作などの能力に関係しています (Harada, Natelson Love, and Triebel 2013)。このタイプの知能には、実行機能、処理速度、記憶力が影響します。これらの領域は一般に、加齢に伴う認知機能の低下に関連しています(Salthouse 2012)。高齢者のバイリンガリズム(二つ以上の言語を使うこと)は、この流動性知能に影響する機能が自然に低下する過程を遅らせる可能性があります。

このような理由から、バイリンガリズムが高齢者の認知能力にプラスの影響を与えるかどうか(すなわち、認知機能の低下を遅らせるかどうか)というテーマに関心を持つ研究者たちがおり、これまで肯定的な研究結果が報告されています(Ellen Bialystok et al.2004; Ellen Bialystok, Fergus I. M. Craik, and Morris Freedman 2007)。ただし、これらの研究は、研究参加者の言語習得年齢、社会経済的地位、言語能力についてはコントロールできていますが、高齢になったときの認知能力に影響を与える子どものころの知能(childhood intelligence/CI)はコントロールできていません。この難点を解決するためには、タイムマシンで約70年前に戻り、研究参加者の子どものころのIQをテストする必要がありますが、それは不可能です。そこで、今回レビューする論文の著者らは、エディンバラ(スコットランド)在住の高齢者を研究参加者として集め、1947年、つまり、彼らが子どものときに受けたIQテストの結果データを収集しました。この方法により、高齢になったときの認知能力が子どものころの知能ではなくバイリンガリズムから影響を受けていることを証明する研究を実現したのです。

 

研究内容;さまざまなタイプのバイリンガル/マルチリンガル高齢者を対象に、脳の認知機能を測るテストを実施した

研究課題

この研究では、子どものころの知能(CI)の差をコントロールした場合も、第二言語学習が高齢になったときの人生の認知能力に影響を与えるかどうかという疑問が投げかけられています。研究者たちは、第二言語を早い時期に学んだ人と遅い時期に学んだ人の違いを比較するとともに、使える言語の数によって、高齢になったときの認知能力への影響が変わるかどうかを調べようとしました。

 

研究参加者

1947年に11歳の子どもを対象に知能テストを実施した Lothian Birth Cohort 1936(LBC1936)のデータを使用し、そして、同じ人々を対象に2008年から2010年にかけて再テストを実施することにより、研究参加者のCIを調整することができました。研究者たちは、参加者の子どものころの知能指数データを得ることができたため、高齢になったときの認知能力に与えるCIの影響とバイリンガリズムの影響を切り分けることができました。

1947年および2008年~2010年の知能テストに参加した 866名のうち、853名がこの研究に必要なバイリンガリズムに関するアンケートに回答しました。

 

アンケート内容

バイリンガルとみなす基準はあまり高いものではなく、第二言語でのコミュニケーションができるかどうか(熟達度にかかわらず)という点でした。アンケートでは、英語以外の言語を学習したかどうか、いくつの言語を学習したか、何歳から学習し始めたか、3つの領域(読書/メディア/会話)ごとにどのくらいの頻度で使用しているか(毎日/週に1回/月に1回/それ以下)が尋ねられました。

 

3通りの方法で分類されたバイリンガル

アンケート調査により、バイリンガリズムのタイプを判断するための変数は以下のようになりました。

 

1. 第二言語の習得年齢

早い時期(18歳未満)から習得した人、遅い時期(18歳以降)から習得した人、第二言語をまったく習得しなかった人。

 

2. 使える言語の数

モノリンガル(一言語)、バイリンガル(二言語)、マルチリンガル(三言語以上)。

 

3. 第二言語の使用頻度

受動的なバイリンガル(過去5年間は使用していない)、能動的なバイリンガル(過去5年間に使用している)。

 

認知機能テスト

参加者の認知機能は、さまざまなテストを使用して評価されました。テストは大きく分けて6種類あります。

1. 一般的な流動性知能(g因子)

6種類の非言語知能テストで構成され、非言語的理解力、推論能力、問題解決力が測定されました。

 

2. 記憶力

複数のテストを組み合わせて、記憶のさまざまな側面が測定されました。

 

3. 情報処理の速度

受け取った情報をいかに早く処理できるかが測定されました。

 

4. 一般的な認知能力

Moray House Testと呼ばれる筆記式のテストを使用し、具体的には言語的な推論課題が含まれています。この言語処理能力も測定対象に含まれているという点で、一つ目のg因子テスト(非言語的な能力が測定対象)とは異なります。

 

5. 語彙/音読力

不規則な読み方をする英単語50語の音読テスト「National Adult Reading Test(NART)」が実施されました。

 

6. 言語の流暢性

参加者は、C、F、Lの文字で始まる単語をできるだけ多く言うように求められ、それぞれ1分間の制限時間が設けられました。このテストは、言語能力を評価するツールというよりは、言語の流暢さに関連する実行機能を測定するものです。

 

このような多くのデータに基づいて、研究者たちは、これら6種類の認知機能テストの結果がバイリンガルのタイプ(第二言語の習得年齢、使える言語の数、第二言語の使用頻度)とどのように関連するかという主効果を調べることができました。また、11歳時のCIと70歳時の認知機能テストの結果との間で、バイリンガルのタイプに関連する交互作用を算出しました。

 

研究結果と議論内容;子どものころのIQに関わらず、複数の言語を習得していることが認知能力の高さと関係していた

結果、各参加者のバイリンガルのタイプは、いくつかの認知機能テストの結果に統計的に有意な影響があることがわかりました。一般的な知能、音読、言語の流暢性は、ほかの認知要因よりも、バイリンガルであることから影響を受ける、という一貫したパターンが見られました。例えば、70歳時点でのg因子(一般的なIQ)のパフォーマンスは、第二言語を習得したか(習得年齢が早い人と遅い人の両方を含む)、三つ以上の言語を話すことができるか(マルチリンガル)、第二言語を使用しているか(受動的バイリンガルと能動的バイリンガルの両方を含む)に関係することが示されました。この結果から、子どものころのIQが高いか低いかにかかわらず、第二言語や第三言語の習得は、高齢になっても一般的な流動性知能に強い影響を与えるということが言えます。

音読(NART)と言語流暢性についても同じことが言えます。音読のパフォーマンスは、バイリンガルのタイプを左右するすべての要素から大きく影響を受けていました。言語流暢性は、第二言語の使用が受動的であったとしても、三つ以上の言語を習得しているという要素から主に影響を受けていました。

くわしいデータについては、本記事の最後にある「変数ごとの有意な効果と交互作用」または論文を直接参照してください。

研究者たちは、g因子、音読、言語流暢性がバイリンガリズムの影響を受けているという結果が出たことについて、いくつかの理由があると説明しています。g因子については、バイリンガリズムがこれらの非言語的な知能に関連する前頭葉の実行機能にどのような影響を与えるかを示した、あるいは説明した二つの研究を引用しています(Ellen Bialystok 2009; Ellen Bialystok, Fergus I. M. Craik, and Gigi Luk 2012)。音読については、参加者が習得した複数の言語の多くが同じような言語的距離を持っていたことが理由として挙げられています。第一言語と第二言語で同根語(共通の起源を持つ語)がある場合は、各言語を音読するときの手助けになる可能性があります。例えば、英語の「Father」とドイツ語の「Vater」(どちらも「父親」という意味)は同根語です。言語流暢性に関する推論はされていませんが、マルチリンガリズムが重要な影響要因となっていることから、三つ以上の言語を操ることがコミュニケーション能力を高めると考えられます。言語流暢性は認知機能が低下しにくい結晶性知能にも関連しています(Lezak et al. 2012)。

また、CIをデータに含めると、第二言語の習得年齢によって記憶のパフォーマンス結果に差が見られたことが報告されています。CIが高かった人は早い時期に第二言語を習得しているほうが、CIが低かった人は遅い時期に習得しているほうが、高齢になったときの記憶力が高いようです。このように、バイリンガリズムが認知能力に与える影響には、ベースラインの知能(子どものころの知能)が関係しているようですが、この研究ではバイリンガリズムによる認知能力へのマイナスの影響が見られなかったことは重要な点です。

 

結びの考察;さらに調査が必要な点はあるが、各国で報告されている研究結果と一致している

ベースラインの知能は、私たちがどのように認知能力を身につけて発達させるかに影響を与えます。しかし、それだけで認知機能がどのように成熟するかが決定づけられるわけではありません。今回ご紹介した研究や同様の研究などを通して、複数の言語を学ぶことが、認知機能の成熟プロセスにおいてポジティブな役割を果たすことがわかります。当然、どのような研究にも限界があり、今回紹介した研究も例外ではありません。この研究の限界としては、例えば「早期習得」(18歳までに第二言語を習得すること)の年齢範囲の広さがあります。これらの早期習得者の中で、11歳までに第二言語を習得した人はわずかでした。また、参加者がどの程度言語を知っているかは、熟達度ではなくアンケート回答に基づいて定義されています。これは、言語が人間の認知にどのような影響を与えるのかをより深く理解するためには、さらに調査すべき分野があることを示しています。

この研究結果は、ほかの研究の結果とも一致しています。上述のように、バイリンガリズムには高齢者の認知機能低下を防ぐ効果があることを示した研究もありますが(Ellen Bialystok, Fergus I. M. Craik, and Morris Freedman 2007)、同様の研究結果は欧米だけでなく、アジア諸国でも報告されています(Alladi et al. 2013)。また、最近の研究では、ディスレクシア(発達性読み書き障害)などの学習障害を持つ子どもたちがバイリンガルであることによって障害から生じる困難が緩和されることがわかっています。その研究は、認知能力と言語能力の両方を調べ、ディスレクシアのあるバイリンガルは、ディスレクシアのあるモノリンガルよりもパフォーマンスが優れており、場合によってはディスレクシアのないモノリンガルと同等であることを明らかにしました(Vender et al. 2019; Vender and Melloni 2021)。

バイリンガリズムが認知や脳に与える影響については、まだ十分に理解されていないことが非常に多いですが、人間の中核機能の一つである脳において言語が果たす役割を解明するため、年々、研究者たちが協力して研究を進めており、今後も重要な研究分野となるでしょう。

 

変数ごとの有意な効果と交互作用

■第二言語の習得年齢

習得時期が早いことの効果(子どものころの知能指数にかかわらず)

● g因子

● NART

 

習得時期が遅いことの効果(子どものころの知能指数にかかわらず)

● g因子

● 情報処理の速度

● NART

 

交互作用(子どものころの知能と73歳時点の認知能力との関連)

第二言語の習得時期が早い

● 記憶力

○ 具体的には、CIが95パーセンタイル(=高い)のグループに効果が見られた。

 

第二言語の習得時期が遅い

● Moray House Test

○ 具体的には、CIが5パーセンタイル(=低い)のグループに効果が見られた(パフォーマンスが優れていた)。

 

■使える言語の数

二言語であることの効果(子どものころの知能指数にかかわらず)

● NART

 

三言語以上であることの効果(子どものころの知能指数にかかわらず)

● g因子

● NART

● 言語の流暢性

 

交互作用

● 有意な交互作用はなし

 

■第二言語の使用頻度

受動的バイリンガルであることの効果(子どものころの知能指数にかかわらず)

● g因子

● NART

● 言語の流暢性

 

能動的バイリンガルであることの効果(子どものころの知能指数にかかわらず)

● g因子

● NART

 

交互作用

能動的バイリンガル

● Moray House Test

○ 具体的には、CIが5パーセンタイルのグループのみ効果が見られた。

 

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■関連記事

Thomas Bak博士インタビュー(後編)~バイリンガリズムのメリット~

バイリンガルが認知症予防に? 多言語教育がもたらす将来の健康

 

参考文献

Albert Costa, Mireia Hernández, and Núria Sebastián-Gallés. 2008. “Bilingualism Aids Conflict Resolution: Evidence from the ANT Task.” Cognition.

https://doi.org/10.1016/j.cognition.2006.12.013

 

Alladi, Suvarna, Thomas H. Bak, Vasanta Duggirala, Bapiraju Surampudi, Mekala Shailaja, Anuj Kumar Shukla, Jaydip Ray Chaudhuri, and Subhash Kaul. 2013. “Bilingualism Delays Age at Onset of Dementia, Independent of Education and Immigration Status.” Neurology 81 (22): 1938–44.

https://doi.org/10.1212/01.wnl.0000436620.33155.a4

 

Anat Prior and Brian MacWhinney. 2010. “A Bilingual Advantage in Task Switching.” Bilingualism: Language and Cognition.

https://doi.org/10.1017/s1366728909990526

 

Ellen Bialystok. 2009. “Bilingualism: The Good, the Bad, and the Indifferent.” Bilingualism: Language and Cognition.

https://doi.org/10.1017/s1366728908003477

 

Ellen Bialystok, Fergus I. M. Craik, and Gigi Luk. 2012. “Bilingualism: Consequences for Mind and Brain.” Trends in Cognitive Sciences.

https://doi.org/10.1016/j.tics.2012.03.001

 

Ellen Bialystok, Fergus I. M. Craik, and Morris Freedman. 2007. “Bilingualism as a Protection against the Onset of Symptoms of Dementia.” Neuropsychologia.

https://doi.org/10.1016/j.neuropsychologia.2006.10.009

 

Ellen Bialystok, Fergus I. M. Craik, Raymond M. Klein, and Mythili Viswanathan. 2004. “Bilingualism, Aging, and Cognitive Control: Evidence From the Simon Task.” Psychology and Aging.

https://doi.org/10.1037/0882-7974.19.2.290

 

Harada, Caroline N., Marissa C. Natelson Love, and Kristen Triebel. 2013. “Normal Cognitive Aging.” Clinics in Geriatric Medicine 29 (4): 737–52.

https://doi.org/10.1016/j.cger.2013.07.002

 

Lezak, Muriel Deutsch, Diane B. Howieson, Erin D. Bigler, and Daniel Tranel. 2012. Neuropsychological Assessment. Oxford, New York: Oxford University Press.

 

Salthouse, Timothy. 2012. “Consequences of Age-Related Cognitive Declines.” Annual Review of Psychology 63: 201–26.

https://doi.org/10.1146/annurev-psych-120710-100328

 

Vender, Maria, Diego Gabriel Krivochen, Beth Phillips, Douglas Saddy, and Denis Delfitto. 2019. “Implicit Learning, Bilingualism, and Dyslexia: Insights From a Study Assessing AGL With a Modified Simon Task.” Frontiers in Psychology 10: 1647.

https://doi.org/10.3389/fpsyg.2019.01647

 

Vender, Maria, and Chiara Melloni. 2021. “Phonological Awareness across Child Populations: How Bilingualism and Dyslexia Interact.” Languages 6 (1): 39.

https://doi.org/10.3390/languages6010039

 

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