日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2018.11.01
著者:Jubin Abutalebi, Pasquale Anthony Della Rosa, David W. Green, Mireia Hernandez, Paola Scifo, Roland Keim, Stefano F. Cappa, and Albert Costa (2012)
ジュビン・アブタレビ、パスカル・アンソニー・デラ・ローザ、デイビッド・W. グリーン、ミレイア・ヘルナンデス、パオラ・シーフォ、ローランド・キーム、ステファノ・F. カパ、アルバート・コスタ(2012)
ジャーナル: Cerebral Cortex 22 (9): 2076–86.
DOI(アクセス): https://doi.org/10.1093/cercor/bhr287.
要約:ポール・ジェイコブス
和訳:佐藤有里
二つ以上の言語を話す人々は、相手に応じて使用する言語を切り替え、一般的には、いつでも自由に切り替えることができます。私は、今こうしてコーヒー・ショップでこの原稿を英語で執筆している最中も、日本語で話しかけてくる友人に対して何のためらいもなく日本語で返答し、その会話が終了したら再び英語で原稿を書き始めました。
このような言語の切り替えは、バイリンガルにとって日常的な出来事ではありますが、一方の言語を使う間にはもう一方の言語を抑制しなければならず、言語をコントロールするための認知制御が必要です。
言語に関わらず、一般的な認知制御は、日常生活においても重要です。人が目標志向的行動(目標をもった行動)をとるとき、その人の脳は認知的なコンフリクト(競合、対立)を監視します。
一般的な意味で述べると、脳は、目標を達成するための認知制御がより高いレベルで必要となったときに発せられるコンフリクトの信号を感知するのです。
コンフリクトは、例えば、人の声や音がうるさい場所で勉強に集中し続けなければならないなど、気が散るような外的要因により発生するかもしれません。また、例えば、その行動の目的とは関係のない考えが頭に浮かんでしまうなど、内的な要因で発生する場合もあります。
このような一般的な認知制御、特にコンフリクトの監視に関わる脳領域は、前体状皮質(ぜんたいじょうひしつ)と呼ばれています。脳内には、前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ)や尾状核(びじょうかく)など、認知制御に関わる領域がほかにも多数ありますが、今回ご紹介する論文における焦点は、前帯状皮質です(Crinion et al. 2006)。
このアブタレビらによる研究論文では、以下二つの問いが提示されています。
研究者らは、これらの問いに答えるため、バイリンガルとモノリンガルの被験者に対し、言語的なコンフリクト制御課題(言語切り替え課題)と非言語的なコンフリクト制御課題(フランカー課題、以下参照)の2種類のテストを実施しました。
そして、被験者がそれらの課題を実行する間、事象関連機能的MRI(磁気共鳴画像法)を使用して、脳神経の活動を調べました。この論文の著者らは、言語の切り替え課題と一般的なコンフリクト制御課題の両方をバイリンガルに実行させることにより、それらの結果を比較することを可能にし、活動する脳領域が一致するかどうかを検証したのです。
被験者は、ドイツ語とイタリア語の熟達度が高いバイリンガル17名(平均年齢23.35歳)とイタリア語のモノリンガル14名(平均年齢26.55歳)です。バイリンガルのグループは、0〜3歳のころから家庭でドイツ語とイタリア語にふれて育った同時性バイリンガルです。
両グループの社会経済的な経歴レベルは同等です。
一つ目のテストは、言語を切り替える課題です。バイリンガルの被験者は、ある絵を見て、それが何かを第二言語で答えたあとに第一言語で答えます。そして、第一言語のあとに第二言語、というように逆の順番でも行います。よって、この課題は「言語の切り替え」なのです。
モノリンガルが話す言語は一つのみであるため、モノリンガルとバイリンガルを言語切り替え課題で比較することは困難です。そのため、モノリンガルの被験者は、言語を切り替える代わりに、第一言語において動詞と名詞を切り替える課題を行いました。
絵が表すものを動詞で答えたあとに名詞で答える、という課題内容にすることで、バイリンガルの言語切り替えと可能な限り同様の課題を与えたのです(この手法を使用した先行研究はAbutalebi et al., 2008を参照)。
二つ目のテストは、非言語的な活動に対するコンフリクトの影響を調べるフランカー課題です。被験者は、横一列に並んだ記号の中央に位置する矢印に注目し、できる限り速く正確に手元にある二つの反応ボタンのうちいずれか(「←」または「→」)を押して、その矢が左右どちらの方向を指しているかを回答します。
ディスプレイには、各課題の最初に、注視するべき箇所を理解させるために「+」記号が中央に400ミリ秒間表示され、その後、横一列に並んだ矢印が1700ミリ秒間表示されます。表示される矢印のパターンは以下の3通りです。
このフランカー課題においては、中央の矢印が左右どちらであるかを選択するにあたり、すべての矢印が同じ方向を指しているときは、妨害となる刺激がないと考えられています。しかしながら、異なる方向を指しているときは、妨害となる刺激があるため、脳はそれを取り除くことで認知をコントロールしなければなりません。
バイリンガルとモノリンガルの両グループは、言語切り替え課題とフランカー課題を2回ずつ遂行します。これは、1回目と2回目の遂行結果を比較することで、認知に関わる言語的な課題と非言語的な課題におけるコンフリクトに対し、各グループがどれだけ適応できるかを調べるためです。
このような実験を行った結果、研究者らは、いくつかの興味深い発見を報告しました。
機能的MRIにより脳活動を調べた結果、バイリンガルは、言語的な課題と非言語的な課題の両方において、前帯状皮質(ブロードマン領野(BA)32/背側前帯状皮質(はいそくぜんたいじょうひしつ))と補足運動野(ほそくうんどうや)(BA6)の活動領域が一致しました(文末「本紹介論文におけるバイリンガル科学研究所からの解説とコメント」内の図参照)。
前帯状皮質(BA32/背側前帯状皮質)は、モノリンガルの脳においても両課題の遂行時に活動していました。これは、バイリンガルもモノリンガルも、一般的な認知制御と言語的な認知制御の両方において、コンフリクトをコントロールする機能は前帯状皮質(BA32/背側前帯状皮質)が担っていることを意味します。
研究者らは、まず、脳が言語的な情報処理と非言語的な情報処理の両方におけるコンフリクトを監視するにあたり、前帯状皮質(BA32/背側前帯状皮質)が重要な役割を果たしていることを立証しました。そして次に、研究における二つ目の問い「バイリンガルがこの神経領域を繰り返し使用することは、脳にどのような影響を及ぼすのか」に答えようとします。
機能的MRIで撮影された脳画像では、脳の機能的な違い(コンフリクトに対して活動する脳領域)と構造的な違い(灰白質(かいはくしつ)の容積)が調べられ、それらの違いは、バイリンガルとモノリンガルの2種類の課題の遂行成績とも比較されました。
脳の機能については、言語切り替え課題とフランカー課題の両方とも、1回目の遂行成績は、バイリンガルとモノリンガルで比較的同等でした。しかしながら、2回目は、バイリンガルの反応時間のほうが大幅に短くなりました。
これは、バイリンガルの脳のほうが、言語的な分野のみならず、一般的な分野においても、コンフリクトが生じる状況により早く適応し、その認知的コンフリクトを監視するために前帯状皮質をより効率的に使っていることを意味します。また、研究者らは、1回目と2回目の課題遂行時の脳画像を比較したところ、2回目においてはバイリンガルの前帯状皮質の活動が著しく低下したことを報告しました。
これは、バイリンガルがモノリンガルより少ない前帯状皮質の活動で優れた遂行成績を出すことができることを示唆します。すなわち、バイリンガルは、与えられた未知の課題に対する適応が早いと言えるのではないでしょうか。
脳の構造については、コンフリクトが生じる課題の遂行時に活動する前帯状皮質やそのほかの認知制御に関わる脳領域における灰白質の容積が、バイリンガルのほうが極めて多いことが証明されました。灰白質の容積とは、特定の脳領域に集まっている神経細胞体の密度のことです。
一般的には、特定の領域における灰白質の容積が多いほど、課題の遂行成績が良く、それはこの研究においても観察されました。
この論文の著者らは、上記のような研究に基づき、バイリンガルは、小さいころに第二言語を学ぶことで言語的なコンフリクトを解決することを習得し、それが前帯状皮質をより効率的に使えるようになることの要因である、と結論づけました。
結論においては、二言語使用が前帯状皮質を「チューン・アップ」し、コンフリクトに対してより効率的に対処できるようになるということも言及されました。この研究で使用されたコンフリクト監視課題では、あらゆる種類の認知制御をすべて調べたわけではないことは注意が必要ですが、研究者らはその点についても言及しています。
また、この研究における被験者は、二言語の熟達度が高い大人の同時性バイリンガルであるため、熟達度が比較的低いバイリンガルやより遅い時期に第二言語を習得したバイリンガルの場合は研究結果が異なる可能性があります。さらに、バイリンガルは、モノリンガルと同じように学習障害を経験する場合がありますが、二つの言語にふれる環境にいることや脳内に二つの言語を持ち合わせていることが要因ではない、という点にも注意しなければなりません(Hoff and Core, 2015)。
二言語使用が脳に与える影響については、実に多くのことを研究する必要があるものの、小さいころに第二言語を習得することは、脳内の混乱を生むのではなく、むしろ、特定の課題を遂行する際に必要となる一般的な認知制御の機能を高めると同時に、二つの言語を使うために必要な神経システムをより効率的に機能するよう発達させると考えられます。
Abutalebi J, Annoni JM, Seghier M, Zimine I, Lee-Jahnke H, Lazeyras F, Cappa SF, Khateb A. 2008. Language control and lexical competition in bilinguals: an event-related fMRI study. Cereb Cortex. 18: 1496-1505.
Crinion J, Turner R, Grogan Aa, Hanakawa T, Noppeney U, Devllin JT, Aso T, Urayama S, Fukuyama H, Sotckton K, et al. 2006. Language control in the bilingual brain. Science. 312:1537-1540.
Hoff E, and Core C. 2015. What Clinicians Need to Know about Bilingual Development. Semin Speech Lang. 36(2): 89-99.
紹介論文:Jubin Abutalebi et al:”Bilingualism Tunes the Anterior Cingulate
Cortex for Conflict Monitoring” Cerebral Cortex 22(9):2076-86, 2012
このワールド・ファミリー・バイリンガル科学研究所から皆様にお伝えする、バイリンガル科学研究の世界的な最先端研究のご紹介も第 3 回 となりました。
前回(2018年6月)取り上げて紹介された論文では、バイリンガルとモノリンガルの子ども達では、脳構造に違いがあるか否かの観点において、言語機能に関わる脳の神経回路を対象として、その形態的相違を追究した結果を検討し、解説させていただきました。
確かに、バイリンガル脳には、複数の言語を通じてインプット→思考・記憶→アウトプットの神経回路や思考中枢、記憶中枢などの中枢神経系機能が、モノリンガル脳に比べて、何らかの違いがあることは容易に推測されます。 そしてまた、バイリンガルの人々は、会話の相手や環境に応じて、その場にふさわしい言語を、一方のことばへの制御を加えつつ、選択して使います。
この現象は、当然、すべて脳の働きのなせるところでありますが、ここに紹介されている Jubin Abutalebi らの研究は、この現象を、「Cognitive Control over Language(言語認知制御)」と呼んで、その働きにつき脳の中枢的部位と神経回路に注目し、本研究において、その機構を分析する目標を立てています。
日常生活の中での目標をもった 行動(目標志向的行動)においては、その非言語性の認知的な制御の現象:「Non-linguistic General Cognitive Control」があり、その中枢は、大脳の前帯状回にあるとされます (*脚注:医学領域では、大脳皮質にある脳溝で仕切られた脳表は、一つひとつの機能が違うことから区別して“ 脳回(gyrus)”と呼び、番号[ブロードマンの脳野の番号 ]とそれぞれに、このような“ ○○回“ の名称を付けています。“ 皮質(cortex)”とは、それらの総称を指します [大脳皮質:cerebral cortex・小脳質:cerebellar cortex]など )。
本研究では、バイリンガル脳の言語変換に関わるどのような神経系の基盤があるのか? さらには、もし、バイリンガル脳で、常にその言語認知制御が働いているとして、モノリンガル脳と比較して、逆に、それが非言語認知制御のコントロールには影響していないか? の 疑間に対して、二つの検証を行っています。
研究の対象としたバイリンガル脳は、ドイツ語とイタリア語のバイリンガル群と、イタリア語のモノリンガル群で、前者には、視覚情報をいずれかの言語で表現する言語切り替え〔Language Switching Task〕、後者には、同じ視覚情報を名詞と動詞で答える課題を与えるという方法論を用いた検査を、第1のテストとして行っています。
第2のテストには、非言語性の認知的な制御の現象を、視覚情報としてスクリーンに現れた連続する矢印の方向(→もしくは←)を素早く認識するフランカー課題をその方法に採用しています。本研究での、後述する大きな所見は、この方法論を適用して、繰り返し検査を行ったことで、重要な見解に至っています。
上記の研究方法に基づく結果には、二つの重要な見解があります。
一つには、脳の機能については、言語切り替え課題とフランカー課題の両方とも、一回目の遂行成績は、バイリンガル脳とモノリンガル脳で同等であったものが、2回目はバイリンガル脳の反応時間の方が大幅に短くなり、バイリンガル脳は、言語的な分野のみならず、一般的な分野においても、コンフリクトが生じる状況により早く適応し、その認知的コンフリクトを監視するために前帯状皮質をより効果的に使っていることであります。
そして二つ目には、f MRI で脳の活性化した部位から、その特定機能の解剖学的領域の同定が行われる一方で、課題の遂行成績が高いほど、同部位の解剖学的容積が増加する、すなわち、『脳の高次機能の質的向上は、形態学的な量的増大を伴う』という興味深い見解であります。
以下、脳の解剖図にその所見と学術的意義を図示致します。特に後者の見解は、今後の研究テーマとして注目されます。