日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2024.05.08
2024年3月10日、バイリンガル・マルチリンガル子ども相談室(BM子ども相談室)による勉強会が開催されました。後援は、武蔵野市民社会福祉協議会・武蔵野市国際交流協会。当日は、オンライン参加者も含め、多言語環境で子育てをしている保護者やその支援者など、約30名が集まりました。家庭以外で母語に触れる機会がたくさんある環境とほとんどない環境では、バイリンガル子育ての悩みはどのように異なるのでしょうか。なぜ、保護者は母語で子育てをしたほうが良いと言われるのでしょうか。
これらの点について理解を深めるべく、ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所(以下、IBS)研究員が研究活動の一環として参加しましたので、勉強会の概要をご紹介します。
著者:佐藤 有里
画像提供:BM子ども相談室
画像内イラスト:©︎Yoko Arai 2021
今回の勉強会を主催したBM子ども相談室は、バイリンガル教育研究で著名なトロント大学名誉教授 中島和子氏が2016年に設立した「バイリンガル・マルチリンガル子どもネット(BM子どもネット)」の活動の一つです。
BM子どもネットは、国内外の多言語環境で育つ子どもたちがバイリンガル・マルチリンガルに育つように言語発達や人格形成を支援する有志の会。
この分野の調査・研究を活性化させる研究大会のほか、保護者をはじめ、保育関係者、教師・指導員・地域支援者、行政関係者、医師・看護師など、多言語環境での子育てに関わるすべての人を対象にした情報提供や啓発活動、相談活動など、さまざまな支援を行っています。
IBSは、2020年に中島和子名誉教授へインタビュー取材を実施(佐藤, 2020)。
日本の学校教育では複数の言語を同時に学びながら育つ子どもがいることが想定されていない、という現状を伺い、日本の子どもの英語教育やバイリンガル教育に加え、海外移住や国際結婚などにより多言語環境で育つ子どものことばの発達や教育にも目を向けた研究者インタビューや情報発信に取り組んできました。
今回は、BM子どもネットおよびBM子ども相談室のご厚意により、2024年3月10 日に開催された勉強会に参加させていただき、その概要を本記事にて紹介します。
複数の言語に触れながら育つ子どもの保護者は、「家ではどの言語を話せばいいのだろう?」、「どの言語で学校教育を受けさせればいいのだろう?」、「勉強が苦手だけれど、ことばの問題なのだろうか?」とさまざまな不安や悩みを抱えます。
BM子ども相談室は、そのような個別相談に対して専門的なアドバイスや情報提供を行うほか、勉強会やワークショップを定期的に開催しています。
今回の勉強会のテーマは、「主に家庭でのみ使われている言語(母語・第一言語)を豊かに育てていくためには?」。
学校・地域・社会で使われていない少数派言語を母語として話す保護者は、自分の母語で子育てをするべきでしょうか。家庭ではどのように母語を育めばよいのでしょうか。
当日の講義を担当された奥村 安寿子 准教授(広島大学)からは、ことばと記憶の仕組みについての解説があり、子どものことばを引き出す工夫や子育てに適した言語について考えるためのヒントが提供されました。
画像提供:BM子ども相談室
例えば、「くるま(車)」や「ひこうき(飛行機)」という子どものことばを引き出したいとき、どのように話しかけるでしょうか。
二つのおもちゃを見せながら「どっちで遊ぶ?」と聞くことは一つの方法ですが、子どもは「くるま」や「ひこうき」ということばを自分で記憶の中から探して引っ張り出す必要があります。
奥村准教授によると、このような「再生」よりも、記憶していた物事が再び現れたときにわかる(単語を聞いてわかる)、という「再認」のほうがやさしいとのこと。
上記の場面であれば、「くるまで遊ぶ?ひこうきで遊ぶ?」というふうに大人がことばを提示してあげると、子どもは「くるま」や「ひこうき」を思い出して自分で使うことができるかもしれません。
さらに、子どものことばを豊かにするためには単語と単語のつながりをつくっていくことが大切、と話した奥村准教授。
単語は、一つひとつがバラバラに無意味に並んで記憶されるのではなく、ほかの単語と結びついて記憶されるからです。
例えば、「バナナ」という単語は、「きいろ」、「食べる」、「さる」などの単語と結びつき、「きいろ」―「あか」―「りんご」―「おいしい」というふうに、単語のネットワークがどんどんつくられていきます。
このような記憶の仕組みは「心的辞書」と呼ばれ、ことばの意味を理解したり文をつくったりする力の土台となるのです。
例えば、子どもが「ちょうちょ!」と一語文で話したときに、「ちょうちょだね」と応答するだけでなく、助詞や動詞とつなげて「ちょうちょ が 飛んでいるね」とモデル文を示してあげることで、ことばのネットワークが豊かになっていくと期待されます。
講義後には、参加者が数人ずつのグループに分かれ、学んだことをロールプレイで実践しました。
例えば、大人役が「今日、幼稚園で何をしたの?」と子ども役に聞き、子ども役が「お外 行った」などと一語や二語で返答したとします。大人役は、そこからやり取りを展開させ、子どもがより多くのことばを使ったり、自分の気持ちや感情をことばにしたりするのを手助けできるかどうかがポイントです。
ある参加者は、下記のように、子どもが使えそうな単語を提示したりほかの単語とつなげたりしていました。
大人役: お昼ごはんは何を食べたの?
子ども役: パン!
大人役: パンだったんだ!おかずは何?
子ども役: みかん!
大人役: みかんはデザートだね。お味噌汁はあった?お魚は?
子ども役: お魚!
大人役: お魚は骨があったかな?
子ども役: うん。ピュッてした!
大人役: ピュッてしたんだ。骨を取ったんだね。
実際にやり取りを体験してみると、大人が少し意識をするだけで子どものことばを自然と引き出して豊かにできることがわかりました。
子どもがことばにつまっている様子を見ると、大人はつい「これは〜って言うんだよ」、「〜って言ってごらん」と教えたり先回りして言ったりしてしまいますが、このような働きかけとは異なるアプローチです。
また、「こうしなければ」と意識しすぎると不自然な間が空いてしまったり、会話そのものを楽しめなくなってしまったりすることもわかりました。
参加者たちの実践を振り返りながら「あくまで楽しい会話ややり取りが大前提です」と強調した奥村准教授。できそうなときに子どもとのやり取りを少し見直すだけでも、子どもがことばに触れたり、ことばを使ったりする量と質を上げられるということです。
奥村准教授によると、子育てに適したことばとは、子どもに多くのことばを提示できる言語、ことばのつながりを豊かに提示できる言語であるとのこと。
そのため、保護者が自身の母語や第一言語で子育てをすることは、基本的には推奨されます。しかしながら、自信を持って使えることば、安心して使えることば、豊かな経験や思い出を伴うことば、多くの内容・メッセージを伝えられることば、気持ちや感情をしっかり伝えられることば(奥村, 2024)が一つの言語だけとは限りませんし、家族全員で一致しない場合もあります。
そのため、子ども本人やほかの家族メンバーのことばも考慮しながら家庭で話し合ったり見直したりすることが大切であり、家庭で使うことばを無理に一つの言語に絞る必要はない、ということです。
最後の質疑応答では、「親(保護者)とは別の言語で子どもが返事をする場合は?」、「どうしても自分が得意でない言語で子どもに接する必要がある場合は?」、「発達障害のある子どもについて『日本語のみに集中してください』と助言されたら?」など、参加者から共有された具体的な悩みについて奥村准教授から見解が述べられました。
二つ以上の言語や文化に触れるバイリンガル・マルチリンガル環境で育っている子どもたちは、日本でも海外でもたくさんいます。
「自然にバイリンガルやマルチリンガルになれるのだから、うらやましい」と思われる方は多いですが、特に家庭外で母語に触れる機会がほとんどない環境では、それほど単純で簡単なことではありません。
英語を話す保護者がいる子どもであっても、家庭では主に日本語で会話をして日本の学校に通っていれば、日本語のモノリンガルに育ち、保護者と深い会話ができなくなっていくかもしれません。
ポルトガル語を話す保護者であっても、「日本に住んでいるから日本語を早く覚えてほしい」という想いで苦手な日本語を使って子育てをすれば、子どもが保護者の言語を身につける機会を失うだけではなく、保護者と子どもの間のコミュニケーションもうまくいかなくなるかもしれません。
日本語があまり話せない子どもを心配する周りの大人たちは、保護者が母語の使用を控えて日本語で子育てするべきだと助言してしまうかもしれません。
このように、保護者をはじめとした周囲の人々の対応次第では、バイリンガル・マルチリンガル環境で育っている子どもも、その環境をうまく活かせない可能性があります。
これは保護者にとっても子ども本人にとっても残念なことであり、グローバル人材を必要とする日本社会にとってももったいないことです。
今回のように専門的な知識をわかりやすく学べる場が全国各地に広がることは、多言語環境で育つ子どもたちが保護者の言語や文化を受け継ぎながら自分の可能性を最大限高めるうえで非常に重要だと考えられます。
なお、今回の勉強会および本記事で言及している「多言語環境で育つ子ども」とは、主に日本で育ち、家庭外で母語(日本語以外の言語)に触れる機会がほとんどない子どもです。
しかし、保護者が日本語を話す日本在住の家庭でバイリンガル教育を検討するときにも、子どものことばを豊かにするインプットとはどのようなものかを理解するうえで参考になるのではないでしょうか。
そして、外国語のインプットやアウトプットを増やしたいからといって「家では日本語を使ってはだめ!英語で話そう!」と安易に決めるべきではないこともわかります。例えば、生まれてすぐから英語しか通じない保育園に入り、家庭でも日本語に触れることがほとんどないままインターナショナル・スクールに進学した子どもは、英語はペラペラになるかもしれませんが、英語力がそのレベルに達していない保護者とのコミュニケーションはうまくいくでしょうか。
日本の早期英語教育・バイリンガル教育は英語にばかり意識が向いてしまいますが、英語モノリンガルではなく、日本語と英語のバイリンガルを育てたいのであれば、日本語と英語の両方に目を向けてバランスを考えることが大切です。
【取材協力】BM子ども相談室
https://www.bmcn-net.com/hotline
広島大学大学院 人間社会科学研究科 日本語教育学プログラム
奥村 安寿子 准教授
<プロフィール>
広島出身、米国で中学・高校卒業。北海道大学にて教育学博士を取得。文字の習得および発達障害の研究に携わる傍ら、教育相談、心理アセスメント、ことばの指導等を行う。BM子どもネット理事、BM子ども相談室相談員。特別支援学校教諭専修免許、公認心理師。
◾️関連記事
奥村安寿子(2024, March 10). 多言語環境での子育ての「ことば」:ワークショップ3 [Presentation]. BM子どもネット BM子ども相談室 第10回勉強会, 武蔵野スイングホール.
佐藤有里(2020). グローバル人材のためのバイリンガル教育 〜トロント大学 中島先生インタビュー〜. ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所.
バイリンガル・マルチリンガル子どもネット(2024).