日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2021.12.21

Thomas Bak博士インタビュー(後編)~バイリンガリズムのメリット~

Thomas Bak博士インタビュー(後編)~バイリンガリズムのメリット~

Thomas Bak博士へのインタビュー記事(後編)です。

 

この記事のまとめ

・バイリンガリズムにメリットがある分野は、主に「メタ言語意識」、「社会的認知」、「実行機能」、「意思決定」、「加齢と健康」である。

・早期から学習することのメリットは、脳の働きが自動化されること。

・親は、自分ができることには限界があることを認識したうえで、動機づけをしながら、子どものやる気に合わせて学習させたほうがよい。

 

【目次】

 

バイリンガリズムのメリット

―私たちの脳は複数の言語を使う場合であってもうまく機能することがわかりました。では、より多くの言語を知っていることにはどんなメリットがありますか?

①メタ言語意識

バイリンガリズムのメリットの一つ目は、メタ言語意識です。これは、言語は恣意的であり、さまざまな方法で機能することができるという意識です。異なる言語同士のつながりは、何らかの形で見ることができます。例えば、バイリンガル環境で育った子どもたちは、さまざま言語におけることばの働きを予測しやすく、異なる言語の類似点や相違点を見つけることができます。そのため、より意識的に言語学習に取り組むことができるのです。

私は、日本での国際交流プログラムに参加する前に、トルコで数カ月を過ごしていたのですが、滞在中、現地のことばでコミュニケーションをとれるようになりました。日本へ行く前に日本語を学習する時間をとれなかったにもかかわらず、日本滞在中、トルコ語が実際に日本語学習に役立ったのはうれしい驚きでした。トルコ語と日本は、語彙や文字システムは大きく異なりますが、文法構造は似ています。特に、後置詞(「〜が」、「〜は」など)の位置が似ていて、そのような類似点に気づけたことが日本語学習に大いに役立ったのです。

 

②社会的認知

バイリンガリズムの二つ目のメリットは、社会的認知です。異なる人が異なる知識を持っていることを認識できることです。研究によると、バイリンガルの子どもたちはモノリンガルの子どもたちよりも早くこの能力を発達させています。子どものころに「お父さんはこの言語を話すけれど、お母さんはそうではない」ということを知る経験は、人によって知識が違うということに気づくための第一歩です。

この分野には「心の理論(Theory of Mind)」という概念があります。これは、他者の視点を想定し、その行動を予測する能力のことです。バイリンガルの子どものほうが、この能力の習得が単純に早いことを示す素晴らしい研究結果があります(※6)

ただ、日本のモノリンガルとバイリンガルの場合は、社会的認知の能力に大きな差は出ないかもしれません。日本には、他者の視点にものすごく敏感、という文化があるからです。日本語の機能からして、適切な話し方をするためには、会話の相手に合わせてことばを調整する必要があります。

私は、日本語を少し学んで、日本語で映画を見たことがあります。すると、子どもたちが何を言っているのかわかりませんでした。そして、子どもたちは大人が使うようなフォーマルな表現を使わずに話していることに気づきました。フォーマルな場で大人と話すときに使う日本語しか教えられていなかったので、動詞の元の形(例:している)を知りませんでした。私は、すべての文章は少なくとも「です」か「ございます」で終わる必要があると思っていたんです。

ですから、日本の子どもたちは、「心の理論」という能力を身につけるために外国語を学ぶ必要がある、ということは言えないかもしれません。なぜなら、それは日本文化や日本語を通じて小さいころから学んでいるからです。

 

③実行機能

バイリンガリズムの三つ目のメリットは、実行機能です。これには、分割的注意、選択的注意、抑制など、さまざまな働きがあります。研究結果には賛否両論ありますが、大多数の研究や優れた設計の研究では、バイリンガルのほうが注意を払う対象を選択し、注意する対象を切り替える能力に優れていることが示されています。 バイリンガルにとって、注意の対象を切り替えることは、複数の言語を話すときにやっていることだからです。

私が携わってきた研究でも、それを証拠づける結果が出ています。バイリンガルは、認知症の発症がモノリンガルよりも4〜5年遅れることがわかりました。これは主に、バイリンガルの実行機能による結果です (Alladi et al 2013; Bak et al 2014)。つまり、二つの言語を使用することにより、記憶力が向上するのではなく、記憶を上手に使えるようになるということです。

私はいつも、「記憶」を図書館に、「実行機能」を司書に例えています。とても優れた図書館(記憶)を持っていても、司書が優秀でない場合、本を見つけるのに苦労することになります。一方、たとえ図書館の規模は小さくても、本当に優秀な司書がいれば、物事は良い方向に進みます。それと同じように、バイリンガルであることは、私たちが持っている記憶の貯蔵庫を変えるのではなく、より効率的な方法で記憶にアクセスできるようにしてくれるのです。

 

④意思決定

バイリンガリズムの四つ目のメリットは、意思決定に基づくものです。つまり、第二言語を使うことで、目の前の感情から距離を置くことができ、より論理的な意思決定が可能になるということです。

私は現在、この概念の効果を研究しています。方言と意思決定の関係性に注目して調べているのですが、第一言語を使って感情的になっているときは、第二言語を使っているときに比べて、視点を変えるのが難しいということがわかってきました。ですから、白熱した議論をしているときは、第二言語を使ったほうがいいかもしれません。

この概念については、イギリスとEUの間で行われているブレグジット(イギリスのEU離脱)交渉に関連したジョークがあります。この交渉は、英国にとって有利に進んでいないということで有名です。イギリス側にとってひどい交渉結果になってしまったのは、イギリス側が第一言語(英語)で交渉していたからではないかと言われています。ヨーロッパ諸国の交渉者は、基本的に全員がマルチリンガルで、第二言語を使っていました。そのため、イギリスは一歩下がって状況を客観的に見ることができなかったのです。ヨーロッパの国の中で、ほかの言語を知らずに高い地位につく人がいるのはイギリスだけです。

ほかにも、心理療法や、患者の治療で複数の言語を使用することについて調べた研究があります。極めて数多くの言語が使われているウガンダでは、心理療法の際に、セラピストが患者との感情的な結びつきを強めたいか、患者と距離を置きたいかによって、使用する言語を変えることがわかりました。彼らは、それを意識することなく自然に行っています。
例えば、彼らは心理療法のセラピーで四つほどの言語を使い分けています。最もフォーマルな状況では英語を使い、次にスワヒリ語(アフリカの言語だがウガンダではフォーマルな場で使われる言語)、ルガンダ語、そして最もフォーマルではない部族の言語を使います。つまり、セラピストは、感情を落ち着かせたいときにはフォーマルな言語を使い、感情を掘り下げたいときにはフォーマルでない言語を使うということです。

 

⑤加齢と健康

先ほど、生涯を通じてバイリンガルでいると、高齢になったときに認知症の発症やそのほかの認知機能の低下が遅くなる、ということについてお話ししましたね。この別の側面として私が最近関心をもっているのは、高齢になってから別の言語を学び始めることの影響です。語学には、実行機能を鍛えられるということのほかに、外国語の授業に参加することを通じて「社会的なネットワーク」を築けるというメリットもあります。

ヨーロッパでは、高齢化社会における最大の問題の一つが孤独であると認識されています。実際、イギリス政府には孤独問題を担当する大臣がいるほど、大きな話題になっています。そこで、教室で学んでいる人にとって、語学の最大の魅力は、交流する仲間がいることです。孤独を感じたら、必ずしも「孤独な人たち」のためのグループに行く必要はなく、代わりに何か素晴らしいこと(日本語学習など)をしながら人と出会えるグループに行くこともできるのです。

私の研究では、反応にかかる時間などを測定する定量的な研究手法と、アンケートなどで人の話を聞く定性的な研究手法を組み合わせています。外国語学習の教室に通っている高齢者の方々は、外国語学習は社会的なつながりを築き、新しい人と出会い、その人たちと交流を続けるための手段だと言います。

日本でもこのようなことがうまくいくのではないかと想像しました。なぜなら、私が知る限りでは、日本人は自然発生的な出会いにはあまり慣れていないと思うからです。おそらく、語学教室などの公の場で人に出会うほうが抵抗が少ないのではないでしょうか。

語学学習は、退職後の自分のためにできる最高のことの一つだと思います。

 

年齢による語学学習の違い

―退職後であっても語学学習にはメリットがある、というのは心強いですね。語学を年齢が低いときに学ぶのと、高齢になってから学ぶのとでは、やはり違いがあるのでしょうか?

●年齢が高くなるほど難しくなるが、不可能ではない

この疑問は、「臨界期(critical period)」(※7)という用語をめぐる興味深い議論につながりますね。

第二言語学習に臨界期があるかどうかについては、多くの議論があります。ある日、目が覚めて、「ああ、昨日はほかの言語を学ぶことができたのに、今日はできない」というようなことはありません。それよりももう少し複雑です。

第一に、言語の発達には個人差があります。第二に、学習は徐々に進んでいくものです。

第三に、学習効果が高い時期は言語の機能ごとに異なります。臨界期が終わる時期は、音声や発音の習得については比較的早く、5歳から10歳くらいです。

もしあなたが明日スコットランドに引っ越したとしても、スコットランド人のような発音で話すことはできないでしょう。でも、文法学習についてはもっと遅く、語彙学習についてはさらに遅い年齢になります。

第四に、新しいことを学ぶときの困難さは、言語に限らずさまざまな分野で見られます。例えば、娘は、私にヨガを教えようとするときに、私の動きを見て笑います。

特に高度な運動能力は、年齢を重ねるほど習得が難しくなりますが、不可能ではありません。だからといって、やらない理由にはならないのです。健康のためにやるべきですが、現実的な目標は持ったほうがいいですね。高齢になってから語学を学ぶときに「ネイティブ・スピーカーになる」という目標を持たないほうがいいのと同じことです。

 

●早期学習のメリットは自動化

重要な点は、何かを学習できるかどうかではなく、早い時期により自然に発生する自動化プロセスにあります。これは言語に限らず、あらゆるものの学習に言えることです。早期からスポーツや楽器を学べば、年齢が高くなってから学習し始めた場合には得られないような、ある種の自動化されたスムーズさを得ることができます。

私自身が英語を話すときの例を挙げてみましょう。

私は、英語で過去形を使うとき、”did “のあとに来る動詞は過去形ではなく不定詞でなければならないというルールを知っています。例えば、”did you knew “ではなく “did you know “となります。でも、早口で話しているときや、話しながらほかのことを考えているときは、”did”のあとに来る動詞を過去形にしてしまいます。口にした瞬間、私はそれが間違っていたことに気づきます。もしかしたら、読者のみなさんもこの間違いに共感してくれるかもしれませんね。

つまり、抽象的な知識は持っていても、そして、それを人に教えることができたとしても、自動的に行うことはできないのです。でも、もし幼いころからその言語を使って育っていれば、”did”と言った瞬間に、脳はそのあとに来る動詞を現在形から過去形へと変換するときに働くすべてのシナプスを自動的に抑制します。これが子どものときに学習することの最大のメリットです。

このように、さまざまな言語を持つことは人間にとって自然な現象であり、認知的にも知的にも、そして感情的にも、能力の幅を広げてくれます。ただ、言語によって得意な分野と不得意な分野が異なりますから、日本語のような言語を調べてみると、おそらく何か違う研究結果が出るでしょう。それを調べるのはとても興味深いですし、有益なことだと思います。

 

親は動機づけをしながら、子どものやる気に任せる

―では、最後に質問させてください。この対談を読まれる親御さんに向けて何かアドバイスはありますか?

親が子どもに与えられる影響力は限られているということを認識してもらって、親の罪悪感を取り除いてあげたいですね。もし、その子が調和を重んじる社会で生き生きとしている場合、家庭と社会(親の価値観と社会の価値観)の間で対立が生じる可能性があります。もちろん、親ができることはありますが、私が言いたいのは、現実的で、健全な限界を持つことは大切だということです。これは、私が娘から学んでいることでもあります(※8)

親ができることと言えば、その言語を話すための何らかの動機づけをすることです。ほかの言語を話す親戚がいればその人たちと会話させたり、ほかの国に旅行に行ったりする、といったことですね。

これは、船旅に似ているかもしれませんね。風に逆らって航海する(子どものやる気に逆らって英語学習を強制する)こともできますが、それはとても難しいので、風に任せて全速力で航海する(子どものやる気に任せて英語学習をさせる)ほうがいいのです。

音楽療法も同じです。落ち込んでいる人に明るい音楽を聞かせるのは、実はその人に疎外感を与えて気分を悪くさせる最悪の行為だと言われています。だから、常に患者の気分に寄り添った音楽をかけることから始めて、それからゆっくりと明るい音楽に変えていくのだそうです。

 

―Bak博士、本日は今回の対談のためにお時間をいただきましてありがとうございます。

こちらこそ、ありがとうございます。私にとって、日本は成長期の思い出であり、非常に大きな影響を受けた国です。今回のインタビューでその記憶が蘇り、とても楽しかったです。

 

終わりに:人間の脳は複数の言語でうまく機能し、神経構造に別のスキルを加えることで全体が強化される

今回Thomas H Bak博士とお話しできたことを光栄に思います。研究結果を通じて疑問に答えたいという熱意、そして、日本への愛情が伝わってきました。そして、脳の中で言語がどのように機能しているか、ということについての理解が、どのように進化し、変化してきたのかを明快に知ることができました。

Bak博士のお話の通り、古い理論には「直感的に理解しやすい」という性質があるため、気をつけないと、知らず知らずのうちに古い理論に従って行動してしまう可能性があるのではないでしょうか。つまり、モノリンガルが標準であり、頭の中にほかの言語を入れる余地をつくるためには、何か大切なものを失わなければならない、と考えてしまうのです。Bak博士は、このような古い理論に基づいた医学教育を受けてきました。しかし、人間の脳は複数の言語でうまく機能し、神経構造に別のスキルを加えることで全体が強化される、という最新の研究結果に基づいて見解を変えました。

子どもに複数の言語を話せるようになってほしいと願っているものの、「何かを失う」ことを心配している親御さんにとって、この対談内容がパラダイムシフトのきっかけとなり、それがほかの言語を学ぶことで得られるものは多いという自信につながり、そして、親としての自分に優しくなり、それぞれの家庭の状況に応じた現実的な考え方を持てるようになることを願っています。

 

(※6)研究者たちは、子どもに、ある男の子の話をする。「男の子は、クッキーを赤い箱に入れます。その後、男の子が部屋を出て行くと、男の子のお母さんがクッキーを茶色の箱に移します。さて、この男の子は、部屋に戻ってきたときにどこでクッキーを探すでしょうか?」。モノリンガルの子どもたちは、「茶色の箱の中」と答える。なぜなら、自分はクッキーがある場所を知っていて、自分が知っていることは物語の中の男の子も知っていると仮定しているからである。一方、バイリンガルの子どもたちは、すぐに「赤い箱の中を探す」と言う。なぜなら、自分が知っていることとその男の子が知っていることは違うと理解しているからである。この研究についての概要は、Schroeder (2018)を参照。

(※7)臨界期とは、ある能力を特に学習したり発達させたりしやすい時期を指す用語。その能力には、言語も含まれると考えられている。もし乳幼児期からまったく言語に触れなかった場合、その言語を母語話者のレベルまで習得できる可能性が低い。第二言語学習にも臨界期があるかどうかは、議論が続いている。

(※8)本記事の前編を参照してください。

 

Thomas H. Bak博士に関する詳しい情報やコンテンツは、以下のページからご覧いただけます。

Bak博士のブログ「Healthy Linguistic Diet(健康的な言語生活)」 :http://healthylinguisticdiet.com/

エディンバラ大学のウェブサイト:
https://www.ed.ac.uk/profile/thomas-bak

 

■関連記事

Thomas Bak博士インタビュー(前編)~日本人が英語を話すのを苦手に感じる理由とは?~

Thomas Bak博士インタビュー(中編)~人間にとって三~四言語を使うことは自然なこと~

 

参考文献

Alladi, Suvarna, Thomas H. Bak, Vasanta Duggirala, Bapiraju Surampudi, Mekala Shailaja, Anuj Kumar Shukla, Jaydip Ray Chaudhuri, and Subhash Kau.(2013). “Bilingualism Delays Age at Onset of Dementia, Independent of Education and Immigration Status.””Neurology” 81 (22): 1938–44.

https://doi.org/10.1212/01.wnl.0000436620.33155.a4

 

Thomas H. Bak, Jack J Nissan, Michael M Allerhand, and Ian J Deary. (2014). “Does Bilingualism Influence Cognitive Aging?””Annals of Neurology” 75 (6): 959–63.

https://doi.org/10.1002/ana.24158

 

Evans, Nicholas. (2017). “Did Language Evolve in Multilingual Settings?””Biology & Philosophy” 32 (6): 905–33.

https://doi.org/10.1007/s10539-018-9609-3

 

Fodor, Jerry A. (1983). “The Modularity of Mind: An Essay on Faculty Psychology” MIT Press.

 

Peal, Elizabeth, and Wallace E. Lambert. (1962). “The Relation of Bilingualism to Intelligence.” “Psychological Monographs: General and Applied” 76 (27, Whole No. 546): 23–23.

 

Schroeder, Scott R. (2018). “Do Bilinguals Have an Advantage in Theory of Mind? A Meta-Analysis””Frontiers in Communication” 3: 36.

https://doi.org/10.3389/fcomm.2018.00036

 

Sullivan, Margot D., Gregory J. Poarch, and Ellen Bialystok. (2018). “Why Is Lexical Retrieval Slower for Bilinguals? Evidence from Picture Naming.””Bilingualism (Cambridge, England) ” 21 (3): 479–88.

https://doi.org/10.1017/S1366728917000694

 

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