ワールドファミリーバイリンガルサイエンス研究所

日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2021.12.17

Thomas Bak博士インタビュー(前編)~日本人が英語を話すのを苦手に感じる理由とは?~

Thomas Bak博士インタビュー(前編)~日本人が英語を話すのを苦手に感じる理由とは?~

みなさんは、脳がどのように複数の言語を操るのか疑問に思ったことはありますか?バイリンガルになることのメリットがあるとしたら、それは何でしょうか?このような疑問は、日本に住んでいる私たちとどのように関係しているでしょうか?

今回は特別ゲストとしてThomas H Bak博士を迎え、これらのトピックについて議論しました。Bak博士はエディンバラ大学(スコットランド)心理学・言語科学科の准教授であり、「Bilingualism Matters」(※1)のプログラム・ディレクターを務めています。また、医学を専門とし、神経学、心理療法、精神医学の分野における臨床現場で活躍しています。そして近年は、マルチリンガリズムと脳に焦点を当てた研究を進めています。

現在の関心は、生涯にわたってバイリンガリズム/マルチリンガリズムが脳の認知機能に与える影響、マルチリンガリズムと脳疾患(認知症または失語症)との関連性、生涯における言語と記憶、そして複数の異なる言語や文化がどのように認知に作用するか、などです。

Bak博士は、冒頭で紹介した疑問に関連するさまざまな個人的および専門的な経験をもっています。本記事でこれから紹介しますが、Bak博士は日本や日本語に対して特別な愛着があり、言語、脳、日本語に関する独自の視点を提供してくださいました。

2021年8月24日にZoomを使って行われたBak博士とのインタビューの様子を計3回に分けてご紹介します。

 

この記事のまとめ

・Bak博士は、それぞれ異なる言語を話す両親のもとで育ったが、当時は「早くから二つの言語を学ぶのは危ない」という見解が一般的だったため、家庭では一つの言語のみが使われていた。

・Bak博士は、医学を学んでいるときに国際交流プログラムで日本に滞在し、日本文化や日本語に興味をもった。

・日本人が英語を話すのを苦手に感じる理由は、日本語の使い方の特徴、日本語や日本人らしさを失うのではないかという不安、「モノリンガルが普通」と考える社会にある。

【目次】

 

バイリンガリズムは危ないと見られた時代に育ったBak博士

-どのような言語環境で育たれたのですか?

私は共産主義国家であるポーランドのクラクフで育ちました。母はドイツ人で、父はポーランド人です。父はドイツ語を話せましたが、家庭での会話はポーランド語のみでした。17歳のときにドイツに移住し、ドイツ語をゼロから学ばなければならなかったのですが、もし小さいころから親がドイツ語で話しかけてくれていたら、ドイツ語の学習がかなり楽になっただろうなと思いますね。

でも、一つの言語だけを使って私を育てると決断した両親を責めるつもりはありません。当時は、二つ目の言語は一つ目の言語が「安全」になったあとに学習するべきである、という見解が最も一般的でした。両親は、その考え方に従っただけなのです。

当時の専門家たちは、早期から二つの言語を学び始めると混乱や統合失調症を引き起こす可能性がある、と話していました。親は両方とも医者で、母は小児科医でしたので、最も一般的な科学的見解に従おうとしました。このようなことは、モントリオールでの研究(二言語の発達に対する理解をより前向きな方向にシフトさせた影響力のある研究)が始まった(Peal & Lambert, 1962)のとほぼ同時期に起きていたのです。でも、現代のようにTwitterやソーシャルメディアはありませんから、そのような最新の研究結果が一般社会に広まるまでには時間がかかりました。

私は小さいころからドイツ語に触れていたわけではありませんでしたが、ドイツへ移住したあとにドイツ語をしっかり身につけることができました。もちろん、ドイツ語で話しているときにもポーランド語のアクセントは残っていたのですが、ある意味では、自分自身を一番よく表現できる言語はドイツ語でした。なぜなら、私が専門分野を学び、より自立した思考力を身につけた場所がドイツだったからです。でも、いまでもわずかなポーランド語のアクセントをなくすことはできません。

のちに、スペイン語と英語も学びました。

 

―Bak博士には娘さんがいらっしゃいますね。娘さんは複数の言語を話していますか?

はい。私には 小学生の娘がいて、彼女はスペイン語、英語、ポーランド語を話します。もともとはポーランド語、スペイン語、英語を話していたのですが、最終的にはポーランド語の力が落ちました。

スペイン語はかなりよく理解しているのですが、私がスペイン語で話しかけると毎回英語で返事をします。でも、先週の日曜日に私のキューバやコロンビア(スペイン語圏の国)出身の友人たちを訪ねたときは違っていました。私たちの会話は完全にスペイン語だったので、娘は彼らとスペイン語を話し始めました。スペイン語で何て言うのかわからないときは質問してきましたが、私の友人たちが英語を理解しないことを知っていたので、英語を話そうとしていませんでしたね。

 

―Bak博士は、同時に複数の研究プロジェクトに取り組んでいますね。そのなかでバイリンガリズムと記憶に関するアンケート調査があり、実は、私(筆者)も回答者として参加しました。

そうですね、いくつかのプロジェクトに取り組んでいて、それぞれの内容はかなり違っています。その一つは、言語と心理療法をテーマにしています。また、意思決定と方言に関する研究もありますね。道徳的な意思決定の違いは、言語の構造、あるいは、何かの聞こえ方が同じ方言を話す人たちのグループと別の方言を話す人たちのグループで違うからなのか、という疑問をテーマにしています。 あとは、言語学習についての研究も数多く行っています。

アンケート回答者として参加されたとおっしゃっていた、バイリンガリズムと記憶に関する研究は非常に興味深いです。出来事をどの言語で体験したかによって、その出来事をどの言語で覚えるか、どの言語で思い出すかが違ってくる、ということを調べています。私自身、机に向かって思い出を書き出したいときに「どの言語で書けばいいんだろう?」と疑問に感じ、この研究テーマのアイデアを思いつきました。ポーランドでの出来事はポーランド語で、ドイツでの出来事はドイツ語で、英語圏での出来事は英語で書くのか、ということですね。この疑問は、研究者としても、マルチリンガルである一個人としても、興味深いのです。

 

日本との関わり

―Bak博士は、日本や日本人と関わった経験はありますか?

黒澤明監督や大島渚監督の映画を見て、日本に興味をもち始めました。『羅生門』のような日本の名作映画ですね。そして、日本に行くことが私の夢になったのです。

医学を学んでいたときに日本での国際交流プログラムに応募し、日本に滞在することができました。群馬大学(群馬県・前橋市)で2カ月間学んだあと、北海道(稚内市)から鹿児島まで2カ月間旅行しました。その間、日本文学(翻訳版)をたくさん読みましたし、日本演劇の大ファンになりました。能や歌舞伎を見に行き、その後だいぶ経ってから日本へ戻って大阪で文楽を見ました。

 

―ほかにどんな思い出がありますか?

日本へ行く前は、日本語学習はあまりしていませんでしたが、日本に滞在している間はできる限り日本語のフレーズを学ぼうと努力して、いくつか覚えることができました。例えば、「ユースホテルはどこですか?」と日本語で聞けることは、とても役立ちましたね。

何と答えてくれているかわからなくても、日本の方々はとても親切で、私を車に乗せて行き先まで連れていってくれたこともありました。本当に素晴らしいホスピタリティです。

 

―日本語についてはどのような印象を持ちましたか?

日本へ行くための準備をしているときに、日本語の文字システムの大ファンになりました。

日本へ行く前には、アジアのさまざまな国を旅行していました。香港にいたときには、電車の切符を購入するのに苦労したのですが、私の前に立っていた日本人の方が中国語を話せないながらも紙にいくつかの文字(漢字)を書いてほかの乗客に見せていることに気づきました。彼らはすぐにお互いが言いたいことを理解していました!すると、その日本人の方は、その文字(漢字)を使うだけで、私が切符を買うのを手伝ってくれました。漢字はとても便利だと思いましたね。中国語と日本語では発音が違うかもしれませんが、漢字の意味はお互いに理解することができるのです。その旅行中に、似たような体験がほかにもいくつかありました。

いま中国語の話しことばと書きことばを別々に教えることに関する研究に関わっているのですが、このような体験がきっかけになっています。

先ほどご紹介した例のように、漢字の利点は、異なる言語システムではあるものの文字がもつ意味は同じ、という言語を話す人と文字を使ってコミュニケーションをとれるということです。ヨーロッパでも、それぞれの言語で発音は違うけれど意味は同じ、というような文字システムがあれば、「速度を上げて」、「速度を下げて」、「~道」、「工事中」などの道路標識(標識に書かれているスペリングや文字)はすべて同じになるでしょうね。

 

日本人は英語を使うのが苦手?

-英語学習が苦手だと感じている日本人は多いと思います。その理由についてBak博士のご意見を伺いたいです。

 

日本の方々が「何年も英語を学んでいるのに、なぜ英語を使うのが苦手なのかわからない」とおっしゃっていたことを覚えています。これは、日本語そのものにいくつかの理由があるかもしれませんね。

 

①日本語は社会的に豊かな言語である

日本語には、さまざまな言語使用域(目的や場面に応じたことばの使い方の特徴)があります。つまり、日本語は社会的に豊かな言語なのです(※2)。韓国やインドネシアなどを除いて、日本のように、社会的な場面に応じたことばの使い方が豊富にある言語を使っている国はほとんどありません。

日本人が英語を話すときに、このような言語の側面が英語にないことで不自由を感じるのかどうか、ということはぜひ知りたいですね。英語を使っているときには(場面に応じたことばの形式を気にする必要がないので)解放感があるのか、それとも自分と相手の立場がはっきりしないために不安感が増すのか、ということです。

もしかしたら、相手や場面に応じてことばの使い方が違うということが英語にはないので、自分が相手と適切なやりとりをしているかどうかが気になって、戸惑いを感じる人もいるのではないだろうかと想像しています。このことが、英語に違和感を覚える主な要因になっている可能性はあります。

私は 四つの言語を話しますが、それぞれ特色が異なります。ドイツ語は私にとって最も正確で、ポーランド語はより感情的で、英語は最もカジュアルです。初対面の人にかしこまったメールを書くとき、母語であるポーランド語で書くことに一番違和感を覚えます。というのも、ヨーロッパの言語のなかでポーランド語は最も形式を重視する言語の一つであり、メールを送る相手によってどのようなことばを使うかをより深く考えなければならないからです。ある意味では、英語のカジュアルさが私の生活を楽にしてくれます。一方で、それは会話のなかでお互いの距離感や親密さを表現するチャンスをなくすことにもなります。

このような英語の側面が日本語話者の英語表現をどのように阻害しているのか、あるいは役立っているのか、という点は興味深いところです。

 

②社会的影響

日本人が英語に苦手意識をもつ理由の根底には、二つ以上の言語を使いこなせるようになった人々を社会がどのように見ているかということもあると思います。 別の言語を流暢に話せるようになることによって何かを失うのではないか、という不安が無意識にあるのかもしれません。具体的には、その人の社会的地位が失われる、ということがあるでしょう。どちらの言語にも自信をもっている日本人の多くは、海外で過ごした経験がありますが、その経験によってどこか変わってしまった、奇妙な人種だと思われるかもしれません。

ここ数十年で日本の社会がどう変わったかはわかりませんが、日本では昔から調和が重視されてきました。「出る杭は打たれる」ということわざを思い出します。「英語を流暢に話せる」というように、何かが「上手すぎる」ことでも目立ってしまうのは良くない、という意味にもなりますよね。

そこで疑問に思うのは、「上手すぎる」と何か損をするという不安があると、言語学習に対する意識的または無意識的な抑制や阻害になるのではないかということです。もしそうなら、学校のみんなの英語力があまりよくない場合、ほかの生徒たちよりもはるかに高い英語力を身につけたいとは思わないでしょう。

日本を旅していたとき、北海道へ向かう電車の中で、ボヘミアンな雰囲気が漂う若い日本人男性から「スペイン語を話せますか?」と聞かれました。私は会話ができる程度にはスペイン語を話せたので、電車に乗っている間、彼とスペイン語で話しました。その会話のなかで、彼はメキシコで過ごしたあとに日本へ帰国した画家であることがわかりました。海外で生活したあとに日本に戻ること、特に東北のような保守的な場所に戻ることは難しい、と彼が話していたのを覚えています。周りの日本人の彼に対する見方が変わり、海外生活が長すぎて日本人らしさを一部失ってしまったようだと言われたようです。別の言語を話すことによって、彼の日本語が何らかの形でネガティブな影響を受けているように捉えられたのです。ゼロサムゲーム(一方が得点とするともう一方が失点する状況)として認識されていたんですね。

つまり、言語の能力には限界があり、一つ増えるなら何かほかのものを取り除かなければならない、という考え方です。この考え方は、先ほどお話しした、バイリンガリズムやマルチリンガリズムに関する古い理論と結びつきます。人間の能力をタンスの引き出しに見立てている考え方ですね。

 

③モノリンガルが普通に見える社会

日本人が英語学習を難しいと感じていることには、もしかしたらモノリンガル社会という日本の特性が関係しているのかもしれません。(一つの言語のみを話すことが普通である、という考えであり、そのために、ほかの国と比べると英語を練習する機会があまりありません。)

実際、海外に移住したまま帰国しないことを決めた日本人の多くは、すぐに日本語力を失うことになります。私には、ブラジルで生まれた日系二世の友人や同僚がいるのですが、彼らは日本語を話せません。ただ、温泉が好き、という点では日本で生まれ育った日本人と変わらないようです。ブラジルの中心部にあるリオ・ケンテという地域にとても有名な温泉があります。そこを訪れてみると、日系人が大半を占めます。彼らはお互いに交流しますが、あまり日本語が話されているのを耳にしません。日本語を話せなくなったとしても、温泉への愛は変わらないのでしょうね。

つまり、日本人が無意識のうちに「一つの言語のみを話せることが重要」と考えているのであれば、長期的に別の国で生活することになったとき、一つの言語をあきらめてもう一つの言語に集中するのが賢明だと考えられるのです。それは単純に、二つの言語を話すという概念を持っていないからかもしれません。

 

前編は以上です。

次回の中編では、マルチリンガリズムが人間にとって普通のことなのかどうかを議論し、言語が脳内でどのようにうまく機能しているのかを理解する方法について掘り下げていきます。

 

(※1)バイリンガリズム(二言語使用)/マルチリンガリズム(多言語使用)、言語学習についての最新の研究を一般社会に共有することを目的とした国際的な研究者コミュニティ。2008年にエディンバラ大学で設立され、世界27地域(2021年11月時点)に支部がある。(参考:https://www.bilingualism-matters.org/)

(※2)日本語では、会話の相手が誰であるかにによってことばの使い方が異なり、丁寧語、尊敬語、謙譲語など、さまざまな丁寧さのレベルがある。これらを正しく使うためには、相手との社会的な関係性を正確に判断する必要があり、そのような社会的な手がかりを頼りにして、そのやりとりで期待されることを把握する。

 

Thomas H. Bak博士に関する詳しい情報やコンテンツは、以下のページからご覧いただけます。

Bak博士のブログ「Healthy Linguistic Diet(健康的な言語生活)」 :http://healthylinguisticdiet.com/

エディンバラ大学のウェブサイト:
https://www.ed.ac.uk/profile/thomas-bak

 

 

■関連記事

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参考文献

Alladi, Suvarna, Thomas H. Bak, Vasanta Duggirala, Bapiraju Surampudi, Mekala Shailaja, Anuj Kumar Shukla, Jaydip Ray Chaudhuri, and Subhash Kaul. 2013. “Bilingualism Delays Age at Onset of Dementia, Independent of Education and Immigration Status.” Neurology 81 (22): 1938–44.

https://doi.org/10.1212/01.wnl.0000436620.33155.a4

 

Bak, Thomas H, Jack J Nissan, Michael M Allerhand, and Ian J Deary. 2014. “Does Bilingualism Influence Cognitive Aging?” Annals of Neurology 75 (6): 959–63.

https://doi.org/10.1002/ana.24158

 

Evans, Nicholas. 2017. “Did Language Evolve in Multilingual Settings?” Biology & Philosophy 32 (6): 905–33.

https://doi.org/10.1007/s10539-018-9609-3

 

Fodor, Jerry A. 1983. The Modularity of Mind: An Essay on Faculty Psychology. MIT Press.

 

Peal, Elizabeth, and Wallace E. Lambert. 1962. “The Relation of Bilingualism to Intelligence.” Psychological Monographs: General and Applied 76 (27, Whole No. 546): 23–23.

 

Schroeder, Scott R. 2018. “Do Bilinguals Have an Advantage in Theory of Mind? A Meta-Analysis.” Frontiers in Communication 3: 36.

https://doi.org/10.3389/fcomm.2018.00036

 

Sullivan, Margot D., Gregory J. Poarch, and Ellen Bialystok. 2018. “Why Is Lexical Retrieval Slower for Bilinguals?Evidence from Picture Naming.” Bilingualism (Cambridge, England) 21 (3): 479–88.

https://doi.org/10.1017/S1366728917000694

 

 

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