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2025.10.27

語学コンサルタントの経験から学ぶ「マルチリンガルになるということ」 〜Karin Martin博士インタビュー(前編)〜

語学コンサルタントの経験から学ぶ「マルチリンガルになるということ」 〜Karin Martin博士インタビュー(前編)〜

Karin Martin(カリン・マーティン)博士は、言語学者、作家、トレーナー、そしてコンサルタントであり、マルチリンガル教育を専門とされています。「Multilingual Garden(マルチリンガル・ガーデン)」を設立し、マルチリンガルの子どもを育てる家庭のために、研究に基づいたリソースや実践的なアドバイスを共有。著書『Watch Your Language, Mom!』(IBS訳:『ママ、自分が話す言語に気をつけて!』)では、 親御さんたちがマルチリンガル子育てにおける課題にうまく対処できるように、わかりやすい指針が紹介されています。

今回のインタビューでは、さまざまな状況に置かれたご家族たちと実際に関わってきたKarin先生の豊富な経験から、貴重な学びを得ることができます。モノリンガル(一つの言語のみを使う)環境であってもマルチリンガルの子どもを育てる方法について、ご自身の著書をもとに知見を惜しみなく共有してくださいました。

著者・取材:Paul Jacobs(IBS)

翻訳:Yuri Sato

 

まとめ

●マルチリンガリズムとは、複数の言語が「完璧であること」ではなく「結びついていること」である。子どもたちは、その言語をネイティブ・スピーカーのように話せなくても、健やかに成長することができる。

●親や子どもがどの言語をどのように身につけて使っていくか、という歩みは家族によって異なる。家族へのサポートは、その歩みを尊重し、現実的であり、かつ、その家族に合った形で行われるのが最も効果的である。

●子どもの家庭で話されている言語は、「妨げ」ではなく「強み」であり、これから言語能力が伸びていくうえでの根幹となる。

●親は、子どもをサポートするにあたって、完璧な言語能力は必要ない。親が好奇心、一貫性、そして楽しさを忘れずにいれば、子どもはその言語を愛する心が植えつけられ、将来にわたって学び続けることができる。

 

はじめに:カリン先生の経験について

―ご出身について少しお話しいただけますか?また、どのような道のりでマルチリンガリズムの分野にたどり着かれたのでしょうか?

私はイタリア北部の美しい街、ヴェローナ出身です。ヴェローナは、『ロミオとジュリエット』の物語の舞台として有名です。 私の母はイタリア語とドイツ語のバイリンガルですが、父はイタリア語しか話せません。私が子どものころ、ある先生が母に対して、私とドイツ語を話さないようアドバイスしました。母がドイツ語を話すと、私が混乱してイタリア語(特に読み書き)の学習を妨げてしまうだろう、と注意されたのです。今でも、これはとてもつらい出来事だと思っています。なぜなら、この出来事は、私にとって大きな損失となったからです。ただ、その後、大学でドイツ語を勉強することで自分のアイデンティティの一部を取り戻し、自信を持つことができました。ドイツ語を失い、そして再び取り戻した、というこの経験がきっかけとなって、マルチリンガル家庭をサポートしたいと強く思うようになりました。

自分がマルチリンガル(複数の言語を話す人)だと認識するようになるまでには、少し時間がかかりました。小さいときから二つの言語を学んできた人だけがバイリンガルである、という考えが自分の中に染みついていたからです。私はドイツ語をあとから学んだので、自分がバイリンガルだと言える「資格がある」かどうかは疑問でした。でも、長年研究を重ねて、言語学の学士号と修士号を取得し、マルチリンガリズムとディスレクシア(発達性読み書き障害)を専門として博士号を取得しました。さらに、この分野で長年働いてきた経験もあります。その経験を経た今、自信を持って、自分はマルチリンガルの専門家だと言えるようになりました。

現在、私は英語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語を使って仕事をしています。この4つの言語は、イタリア語の訛り(アクセント)がほかの言語に出ることはありますが、仕事をするうえで十分な能力があると感じています。また、フランス語、ポルトガル語、カタロニア語など、ほかの言語も勉強中です。言語の知識を広げることには、いまも変わらず情熱を注いでいます。

 

バイリンガルとしてのアイデンティティ

―はじめは、自分自身をバイリンガルだと認識するのが難しかったとおっしゃっていましたが、一番の課題はどのようなことでしたか?

そうですね、おそらく一番の難関は、私の訛りですね。それから、訛りに伴うあらゆる慣習や間違った思い込みです。大学時代や海外で暮らしている間に、そういう思い込みに対して強く疑問を覚えるようになりました。

「訛りがある人は、バイリンガル/マルチリンガルではない」というのは、家庭、教師、教育者の多くが繰り返し口にする最も一般的な誤解の一つです。ネイティブ・スピーカーのような発音で話せない人は、どういうわけか「バイリンガル」とは認められないんです。

この考えは、ずっと長い間、私の頭から離れませんでした。でも、研究や海外経験を重ねるうちに、「ネイティブ・スピーカー」という概念そのものに疑問を抱くようになりました。特に英語の場合は、さまざまなバリエーションや美しい訛りがあるので、なおさらです。「ネイティブ・スピーカー」なんて、実際には存在しないんです。

ですから、この大きな誤解は手放さなければなりませんでした。そして、さまざまな国での研究や旅行、生活を通して、マルチリンガルには実にさまざまな形があることがわかるようになりました。

最新の研究所によると、バイリンガルやマルチリンガルは、その複数の言語を日常的に「使う」人たちだと定義されています。ネイティブ・スピーカーのような能力を持っているかどうかではなく、実際に日常的に使っているかどうかなんです。もちろん、私もその一人です。

 

―自分自身をマルチリンガルとして見ることで、考え方や感じ方に何か変化はありましたか?

一番大きな変化は、自分に自信を持てるようになったことだと思います。自分の訛りをあまり気にしなくなりましたね。それで自信がついて、いわゆる「ネイティブ・スピーカー」の発音でなくても問題ない、とほかの人たちにも伝えられるようになりました。

私としては、大事な点は効率的なコミュニケーションです。もちろん、自分の意図をきちんと伝えるためには、発音において学ぶべき側面はあります。でも、完璧さと効率のどちらを選ぶかといえば、私は効率を選びます。

この考え方の変化によって、イタリア語の指導法も変わりました。長年にわたってイタリア語を教えてきましたが、徐々に「Mistakes are our friends.(間違いは私たちの味方)」というモットーを編み出しました。学校では、年度の初めに必ずこれを生徒たちに伝えています。何かを間違ったり発音が違ったりすることを恐れる必要はない、ということを知ってもらいたいんです。どんな間違いも、言語のスキルを伸ばすためのチャンスだからです。

 

―マルチリンガル家庭向けの相談サービスやサポート提供は、いつから始めたのですか?

2011年か2012年ごろ、オーストリアに引っ越したときから始まりました。当時、私はマルチリンガリズムを専門として博士課程を修了しようとしていたところで、特にディスレクシアに的を絞って学習障害に関する研究をしていました。ちょうどイタリアの子どもたちの英語学習に関する実験を終えたばかりで、子どもたちが学習で困難を感じる根本的な原因を理解しようとしていました。

オーストリア南部に住んでいたとき、その地域に住む海外在住家庭がどのような体験をしているかを観察し始めました。たくさんの家庭からお話や悩みを聞いたのですが、「どの学校を選べばいいの?」、「バイリンガル幼稚園にすべき?」、「自分が話せない言語で、子どもをどう手助けしたらいいの?」といった質問が多く出ました。その中で一番多かったのは、複数の言語が混ざることについての悩みでした。「もし子どもが言語を混ぜて話していたら、それは子どもが混乱しているということ?それとも、ちゃんと学んでいないということ?」という悩みです。

こうした会話から、研究で言われていることと、実際に親御さんたちが利用できる実践的なサポートとの間に明らかなギャップがあることに気づきました。なんとかしたいと考えた私は、まず文章を書くことから始めました。海外在住の家庭をサポートする国際的なセンターと協力して、博士課程で学んだことをベースにしたブログ記事の執筆を申し出たのです。バイリンガルの言語発達に関する記事は、とても好評でした。

この取り組みが相談会の開催につながりました。バイリンガルの言語発達に関する問題について話したい、という需要がとても多かったんです。

最終的には、40 人の質問に一度の相談会で答えることは不可能だと気づいて、親御さんたちのために小規模のワークショップを開催するようになりました。そこから、個別相談を行ったり、教育者のみなさんと協力して取り組んだりする活動へと発展していきました。

当時は、まだ設立したばかりの地元のインターナショナル・スクールと協働を始めました。ご家庭の相談に乗ったり、教員研修を主導したり、学校の発展をサポートしたりしました。それが、この仕事の始まりだったんです。

正直なところ、自分でそうしようと計画したわけではなかったのですが、この 10 年間、この仕事をとても楽しんでいます。

 

マルチリンガル家庭のための本を執筆

―先生のこれまでの歩みはとても自然な流れですね。情熱に従って、人とつながり、ご自身のスキルを活かして指導現場のニーズに応える。本当に感銘を受けます。こうした数々の経験を元に、2023年に本の執筆に取りかかったそうですね。

そうなんです。英語のタイトルは、『Watch Your Language, Mom! A Guide to Multilingualism』(IBS訳:「ママ、自分が話す言語に気をつけて!〜マルチリンガリズムへの道しるべ〜」)です。実は初版はイタリア語で書いたんです。私のコミュニティ、つまり、イタリア国内と海外に暮らすイタリア人家庭では、二言語や多言語の発達について、明確で正確な情報が本当に必要だと感じていたからです。インターネット上には素晴らしい情報源がたくさんありますが、そのほとんどは英語で書かれています。イタリア語を話す家庭のみなさんがアクセスでき、かつ、本当に参考になる情報を提供したいと思いました。

この分野に取り組み始めて10年になることの節目とその記念も兼ねて、2023年に出版しました。この本には、マルチリンガル家庭をサポートしてきた長年の経験がまとめられています。ある意味で、これは私なりに自分の取り組みを祖国へ還元する方法でもありました。私の目標は、エビデンスに基づいていて、かつ思いやりのあるガイドブックをつくることでした。この本は主に親御さん向けに書かれていますが、教師や教育者の方々にも読んでもらいたいと思っています。

その後、この本を英語に翻訳したところ、非常に好評でした。特にうれしいのは、「とてもシンプルでわかりやすいことばで書かれている」と言ってもらえるときです。これがまさに私の目標でした。ほとんどの家庭は、専門用語や統計だらけの科学論文を読む時間も背景知識もありません。私の狙いは、こうした研究を、わかりやすく、より人間味のある、かつ役立つ情報になるように翻訳することでした。

 

―先生の本は、とてもわかりやすいですし、バイリンガル家庭には 3 つの異なるタイプがあることがわかるところは素晴らしいと思いました。この3つの分類について詳しくご説明いただけますか?

もちろんです。10 年以上にわたってマルチリンガル家庭と関わってきた中で、いくつかの共通パターンに気づき始めました。子どもたちの言語は、さまざまな家族や文化的背景の中で発達し、とても複雑なプロセスになることが多いです。それをわかりやすく説明するために、この3つのグループ分けをしました。

3 つのグループとは、複数の言語が話されている家庭、移民の家庭、そしてモノリンガルの家庭です。各グループは、それぞれ特有の困難に直面していますが、共通しているのは、その状況に合っていて、その家庭を尊重していて、かつ現実的なサポートが必要だということです。

 

複数の言語が話されている家庭

1つ目のグループは、複数の言語が話されている家庭です。両親が異なる言語を話す家庭ですね。例えば、日本語を話す親と英語を話す親が一緒に子どもを育てている場合です。この場合、その環境には最初から二つの言語が存在することになります。

 

移住者・移民の家庭

2つ目のグループは、移住者や移民の家庭です。例えば、日本で子どもを育てているタイ人の両親、あるいはスペインに移り住んだドイツ人の両親などです。通常、両親は家庭で同じ言語を話しますが、それとは異なる言語が話される国に住んでいます。このような家庭を「移住者」、「移民」、「海外在住者」など、どのように呼ぶかは別として、重要な点は、その親御さんが自分たちの家庭での言語を維持しながら、子どもたちが現地の言語を学べるようにサポートする方法を模索している、という点です。

 

モノリンガルの親

3つ目のグループは、私にとってとても身近な存在です。つまり、バイリンガルの子どもを育てるモノリンガルの親たちですね。こうした親御さんたちは、出身国(通常はモノリンガル環境)に住んでいますが、子どもたちに第二言語を身につけさせたいと思っています。これは、とてもよくあるケースです。特にイタリアでは、将来のために何か価値のものを子どもたちに与えたいと考えて、英語に触れさせる親御さんたちをたくさん見てきました。

この 3 つ目のグループには、海外で過ごした経験のある家庭も一部含まれます。その子どもたちは、海外で別の言語に触れた経験があります。そして、家族で母国に戻ると、ほとんど一つの言語しか使わない環境に戻ったにもかかわらず、親は子どもたちにその第二言語を維持してほしいと思っています。

この3つのグループが、私が最もよく関わるご家庭です。そして、グループによってニーズや困難がどのように異なるかを見るのは、いつもとても興味深いことです。

 

(後編へ続きます)

後編では、3 つ目のグループであるモノリンガルの親御さんたちについて、その親御さんたちが直面する困難、そして、その子どもたちをサポートするために何ができるかを具体的にお話ししています。

 

【取材協力】

Karin Martin博士(Multilingual Garden)

Karin Martin博士のお写真

Karin Martin(カリン・マーティン)博士は、言語学者、作家、トレーナー、そしてコンサルタントであり、マルチリンガル教育を専門とする。「Multilingual Garden(マルチリンガル・ガーデン)」を設立し、マルチリンガルの子どもを育てる家庭のために、研究に基づいた情報・資料や実践的なアドバイスを共有。著書『Watch Your Language, Mom!』(IBS訳:『ママ、自分が話す言語に気をつけて!』)では、 親御さんたちがマルチリンガル子育てにおける課題にうまく対処できるように、わかりやすい指針が紹介されている。

ディスレクシア、バイリンガリズム、外国語学習を専門とし、ヴェローナ大学で言語学の博士号を取得。カリンシア応用科学大学の客員教授として、ビジネスの場面における言語マネジメントとマルチリンガリズムについて教えている。20年以上にわたる指導とコンサルティングの経験を生かし、最近ではオンライン・アカデミーを立ち上げ、親や教育者の多言語化への道のりをサポートしている。

イタリア出身で5カ国に住んだ経験があり、イタリア語、英語、ドイツ語、スペイン語を話す。また、Neurolanguage Coach(ニューロランゲージ・コーチ)認定者および PLIDA(イタリア語資格試験)試験官としても活躍しており、学術研究と、家庭・教育者に対する実社会でのサポートとの橋渡しを行う存在として知られてる。

Karin Martin博士についての詳細はこちら

https://www.themultilingualgarden.com/

 

著書:『Watch Your Language, Mom! A Guide to Multilingualism』(IBS訳:『ママ、自分が話す言語に気をつけて! 〜マルチリンガリズムへの道しるべ〜』): https://www.themultilingualgarden.com/services-1

 

Multilingual Garden Academy(マルチリンガル・ガーデン・アカデミー):

https://themultilingualgarden.thinkific.com/

 

Linkedinプロフィール:

https://www.linkedin.com/in/karin-martin-phd/

 

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参考文献

Fung, P., Buckler, H., & Johnson, E. K. (2023). Effects of Accent Exposure on Monolingual and Bilingual Children’s Early Vocabulary Development (M. Goldwater, F. K. Anggoro, B. K. Hayes, & D. C. Ong, Eds.).

 

Martin, K. (n.d.). When Integration Becomes Assimilation: A Conversation That Stuck With Me. The Multilingual Garden.

https://www.themultilingualgarden.com/blog/when-integration-becomes-assimilation-a-conversation-that-stuck-with-me

 

 

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