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2025.07.02

「障壁」ではなく「かけ橋」:学校におけるマルチリンガル教育 〜Emmanuelle Le Pichon博士インタビュー (前編)〜

「障壁」ではなく「かけ橋」:学校におけるマルチリンガル教育 〜Emmanuelle Le Pichon博士インタビュー (前編)〜

いくつかの学会で発表を行うために来日されていたLe Pichon(ル・ピション)博士。日本滞在中にIBSのインタビューに応じてくださり、自身の研究分野と専門知識について語ってくださいました。

東京と京都では、移民人口の増加、そして、多様化する生徒たちを学校がどのように支援できるか、ということについて講演を行ったそうです。

今回のインタビューでは、インクルーシブなマルチリンガル教育を推進する『Language Friendly School Network(ランゲージ・フレンドリー・スクール・ネットワーク)』についてご紹介いただきました。自身の個人的な経験と幅広い学識経験から、学校でいかに言語の多様性を尊重する環境を構築するか、ということについて語ってくださっています。

 

まとめ

● 子どもたちは、自分が話せる言語はすべて使ってもよい、と認められると、自信がつき、学業成績が向上し、家族との絆も強くなる。

● 子どもが持っている言語のレパートリーをすべて支援することは、余分な取り組みではない。よりインクルーシブで魅力的かつ効果的な教育の土台となる取り組みである。

● マルチリンガルな教室環境をつくるうえで、すべての言語に堪能でなければならないというわけではない。必要なことは、寛容さ、好奇心、そして生徒たちから学ぼうとする意欲である。

 

マルチリンガル教育との出会い

―Le Pichon先生のご経歴についてお聞かせいただけますか?

家族について:

カナダのトロントに家族と住んでいます。子どもが4人いて、みんな英語、オランダ語、フランス語を話すトリリンガルです。夫がオランダ人なので、家族で20年間オランダに住んでいました。2年間アメリカで暮らしたあと、2017年にカナダに移住しました。子どもたちはもう大きくなって、一番上の子が25歳、一番下の子が18歳です。

職務・学術分野について:

トロント大学の准教授です。私はトロント大学の准教授です。これまで、マルチリンガリズム(多言語使用)についてずっと研究を続けてきました。当初は、主に子どもたちを研究対象としていましたが、その後、教育におけるより幅広い問題へと研究対象を広げるようになりました主な専門分野は、幼稚園から高校までの教育です。特に、異なる言語を話す生徒たちを通常の学校制度にどのように受け入れるか、というテーマですね。生涯学習についても研究してきました。

『Language Friendly School Network』について:

人権を専門とする弁護士のEllen Rose Kampbel(エレン・ローズ・カンベル)さんと一緒に、2019年に『Language Friendly School Network(ランゲージ・フレンドリー・スクール・ネットワーク)』を設立しました。これは、「ランゲージ・フレンドリー(言語に優しい)」学校」になることを約束すれば、どの学校も参加できるネットワークです。このネットワークに参加すると、同じ目標を掲げる世界中の教育者や学校のグローバル・コミュニティにアクセスすることができます。また、教育者を対象とした職能開発プログラムや、保護者が子どもの学習に関わる方法に関する支援も提供されます。

 

「ランゲージ・フレンドリー・スクール」に込められた想い

―Language Friendly School Networkについて教えてください。なぜ、この取り組みを始めたのですか?

私たちは、世界中を旅してさまざまな学校を訪問するなかで、自分たちの言語や文化を否定したり軽視したりする教育制度によって、生徒たち、その保護者、さらには教師たちまでもが意見を言えなくなってしまっている状況を何度も目にしてきました。こうした制度では、家庭で母語を話しただけで、その家庭が罰せられたり差別されたりすることさえありました。

私自身、2012年にこのことを身をもって体験しました。オランダでとても尊敬していた先生から、私が自分の子どもたちと話すときには母語を使わないでほしいと頼まれたんです。母語の重要性について教えている社会言語学者という職業柄にもかかわらず、私は、予想外の強い怒りを覚えました。対処するための知識やリソースがある私のような人であってもこれほど深く傷つくのであれば、声を上げることができない親にとって、どれほどつらいことだろうかと気づかされました。

学校が親に母語の使用をやめさせようとする場合、それに対処することができず、その結果、深い精神的苦痛を受ける親も数多くいます。これは、親の感情だけにとどまらず、親子関係、子どもたちの社会に対する見方、そして帰属意識にも影響を及ぼします。拒絶された、排除されたと親が感じると、その子どもたちも不安や疎外感を抱くようになります。特に幼い子どもたちは、親の気持ちをよりどころとして自らの安心感を得ています。

子どもたちは、通常、友だちをつくりたい、みんなの仲間に入りたいという思いから学校で言語を学びます。学校で過ごしている間はかなり認知的な労力を費やし、家に帰ると疲れ果ててしまい、学校で使われている言語を家庭でも使い続けることが多いです。親は自分の言語を使い続けようとするかもしれませんが、子どもたちは良い反応を示さないかもしれません。でも、親子間でストレスを感じる状況をつくりたくないという気持ちは誰にでもありますよね。親は、この妥協がベストだと考えて、社会の多数派言語を使うことに屈してしまうかもしれません。でも、そうすると、祖父母やいとこ、叔父、叔母など、親戚とのつながりが希薄になることが多いです。親戚との関係性は、子どもの感情面でのウェルビーイングやアイデンティティにとって不可欠なものです。

そこで私たちは、子どもたちが使うすべての言語を支援する学校を増やす必要があると考え、Language Friendly School Networkを設立しました。

 

―ランゲージ・フレンドリーな学校になるためには、どのようなことに同意する必要がありますか?

学校がLanguage Friendly School Networkに参加するためには、一連の規定に同意する必要があります。その中で最も重要な規定は、子どもや保護者が家庭で話す言語を学校で使うことを決して罰したりやめさせたりしないという約束です。この基本的な約束を交わしたあと、学校は、地域社会で使われているさまざまな言語を積極的に受け入れて支援するための計画を立てます。

ランゲージ・フレンドリーな学校は、インテグレーション(統合)ではなくインクルージョン(包括)を重視します。インテグレーションは通常、周りよりも遅れをとっていてみんなに追いつく必要がある個人の支援に重点を置いています。一方、インクルージョンとは、生徒、保護者、教師など、あらゆる行動がコミュニティ全体に利益をもたらすような環境をつくることを意味します。真のインクルージョンが学校コミュニティ全体を豊かにする、という認識のもと、誰もが歓迎され、尊重され、受け入れられていると実感できるようにすることが目標です。すべての人がインテグレーションを必要としているわけではありません。でも、誰もがインクルージョンを必要としています。そして、それこそが私たちの使命の核心なんです。

 

―このインクルージョンという使命は、どのように学校に導入するのでしょうか?

ステップ1:

学校は、まず、そのコミュニティについてじっくり考えることから始めます。つまり、生徒、保護者、教師、職員たちがどのような言語や文化をルーツとして持っているかを把握します。意外にも、生徒がどの言語を話すかをよく知らない教師も多いので、この評価は、学校における多言語の実態を正確に把握するために非常に重要です。例えば教師は、両親がモロッコ出身であるという理由だけで、その子どもがモロッコ人であると思い込んでしまうかもしれません。その子どもはスペインで育ってきたかもしれない、アラビア語ではなくスペイン語を話すしラテン文字が読める、ということに気づかないんです。

ステップ2:

次に、学校は、地域社会のニーズに合わせて、実践的な言語計画を立てます。これまで、驚くほど独創的にこのステップでの計画を実施している学校をいくつか目にしてきました。マルチリンガル図書館を設立したり、言語に対する意識向上を目指す活動を魅力的な授業計画に組み込んだり、といった取り組みも行われていました。例えば、ある学校では、葉っぱの形をした紙に、生徒たちが自分の家庭で使われている言語で「ようこそ」と書き、その紙で木の形をつくって学校の玄関に飾りました。このシンプルでありながら力強い意思表示は、目に見える形で各家庭の言語を肯定し、すべての言語が学びとインクルージョンにとって価値のあるものである、という考え方を強化します。この取り組みにより、各家庭は自分たちが心から歓迎されていると感じ、全員の言語が大切であるという明確なメッセージが伝わります。

この方法には、他にもメリットがあります。このような実践は、生徒の幸福感を高めるだけでなく、学習や学業成績の向上にも貢献します。自分が話せる言語をすべて使って学習するよう積極的に励まされた子どもたちは、自分の言語を使うことを許されなかった子どもたちよりも、高いレベルに到達することがわかっています。

もちろん、必要に応じて研修も実施しています。先生方には、いかに生徒たちのマルチリンガリズムを活かし、マルチリンガル生徒だけでなく、クラスの全員を支援できるか、ということを教えています。例えば、gravity(重力)の概念について想像してみてください。私は日本語も中国語もまったくわかりません。私が教えている大学院生たちはほとんどが中国人なのですが、学生たちに「gravitiy(重力)は中国語でどう言うのですか?」と聞いて教えてもらいました。そして「gravitiyを中国語にすると、文字はいくつですか?」と聞くと、「二つ」と答えました。さらに「その二つの文字は、それぞれどういう意味ですか?」と聞いたら学生たちが説明してくれて、一つの文字(「重」)は “heavy”、もう一つの文字(「力」)は “force or strength”(強さ)を意味することがわかりました。  このように異なる言語を比較すると、生徒たちの言語的背景に関係なく、全員がことばの概念についての理解を深められます。そして、マルチリンガリズムが貴重な教育リソースとなることがわかります。

 

マルチリンガル教育の背景にある研究

―生徒たちが話す言語を活用して科学的な概念を説明できることがわかります。素晴らしい事例ですね。それぞれの言語は互いに切り離された存在ではないこと、そして、異なる言語を一緒に使うことが生徒の学習に役立つことを教育者が理解しやすくなるためには、どのような研究について知るとよいでしょうか?

Jim Cummins(ジム・カミンズ)の研究 (Cummins, 2021) 、とりわけ「氷山」に例えた考え方は、この分野に大きな影響を与えてきました。まず、氷山を想像してみてください。水面の上に見えている部分は、氷山のごく一部にすぎません。Cumminsは、この水面上に見えている部分を、私たちが耳にする言語に例えました。例えば、ある子どもがスペイン語と英語を話している場合、スペイン語の氷山と英語の氷山が見えています。でも、水面の下には、はるかにもっと大きな部分が隠れています。この部分を見ると、この二つの言語が深く、絶えず相互に関わり影響し合っていることがわかります。それぞれの言語は別々の存在ではなく、水面下では常に結びついているんです。複数の言語を話す人なら誰でも、ある言語で話しているときにほかの言語の単語が自然に出てくる、という経験があるでしょう。このように複数の言語が相互に作用することは、私たちの言語が単独で機能しているのではなく、互いに支え合いながら連携していることをはっきりと示しています。

Jim Cummins先生と私は同じラボで研究に取り組んでいるのですが、この分野に重要な貢献をした彼の研究がもう一つあります。それは、BICS(Basic Interpersonal Communication Skillsの略で、日常的対人コミュニケーション能力)とCALP(Cognitive Academic Language Proficiencyの略で、認知・学習言語能力)を区別したことです。BICSは日常的な会話で使う言語、CALPは学業で使う言語を指します。この区別は非常に重要でした。なぜなら、「隠れバイリンガル」、つまり、学校で使う言語で流暢に会話ができているように見えても、その言語で学問的な概念を学ぶことにはまだ苦労している子どもたちがたくさんいることに気づいたからです。

二つの家を持っているようなものだと考えてみてください。この二つの家は、それぞれ異なる目的があるため、同じ場所に建てることはないでしょう。おそらく一方の家は都市部にあり、主に仕事や日常生活、都会らしい活動をします。もう一方の家は海辺にあり、海で泳いだり釣りをしたり、屋外でくつろいだりと、まったく異なる活動を楽しみます。これと同じように、子どもたちも、それぞれの環境に合わせて異なる言語能力を身につけていきます。家庭では、食事の支度や家事、家族との会話など、日常的なやりとりを中心に言語が使われます。でも、学校では、「hypothesis(仮説)や 」hypotenuse(斜辺)”など、教育科目に関連する専門的で学術的なことばに遭遇します。教育者は、この考え方を理解していれば、言語が使われる文脈を認識して橋渡しをすることで、マルチリンガルの学習者を支援しやすくなります。

 

(後編へ続きます)

後編では、子どもたちの言語を「学習の力」に変える方法と、日本の保護者・教師にとって参考になる具体的なヒントを探ります。

 

【取材協力】

Emmanuelle Le Pichon博士のお写真

Emmanuelle Le Pichon博士(トロント大学/カナダ)

<プロフィール>

マルチリンガリズム とインクルーシブ教育を専門とするトロント大学の応用言語学者 。Ellen Rose Kampbel氏と 共同設立したグローバルな取り組み「Language Friendly School(ランゲージ・フレンドリー・スクール)」 では、すべての生徒の母語を尊重し、子どもたちの帰属意識とウェルビーイングを育むインクルーシブな教育環境を 実現できるよう、世界中の学校や教師 支援している 。

Le Pichon博士の研究内容は、子どもたちの継承語を「資産」として活かすことに注目したものである。 そして、移民の 生徒や支援を必要とする生徒たちも 質の高い教育を 公平に受けられる 環境づくりに重点を置いている 。学校全体でインクルージョンに取り組むアプローチの開発や提言、出版活動を通じて、世界中の学校における「教育の公平性」と 「言語の多様性の 尊重」 に大きく貢献している 。

https://languagefriendlyschool.org/why/

https://escapeprojects.ca/

 

■関連記事

トリリンガルとして育つ子どもたちのために親や教師が知っておきたいこと ~国際基督教大学 Suzanne Quay教授インタビュー(後編)~

グローバル人材のためのバイリンガル教育~トロント大学 中島先生インタビュー~

 

参考文献

Cummins, J. (2021). Rethinking the Education of Multilingual Learners: A Critical Analysis of Theoretical Concepts. Multilingual Matters Ltd.

 

 

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