日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2025.06.03

「ことば」という枠を超えた大切なもの:感情が外国語学習とコミュニケーションに与える影響とは 〜Jean-Marc Dewaele教授インタビュー(前編)〜

「ことば」という枠を超えた大切なもの:感情が外国語学習とコミュニケーションに与える影響とは 〜Jean-Marc Dewaele教授インタビュー(前編)〜

今回は、言語習得の心理的・情動的側面に関する研究に先駆的に取り組んでこられた、ロンドン大学バークベック校のJean-Marc Dewaele(ジャン・マルク・デワレ)教授に、お話を伺いました。

 

取材・著者:Paul Jacobs

翻訳:Yuri Sato

 

まとめ

・外国語学習は感情と深く結びついている。楽しさや心の平穏といったポジティブ感情は、生徒の潜在能力を引き出せるが、退屈さや不安はその妨げとなることがある。

・本物のコミュニケーション、学習者のエージェンシー(主体性)、感情面の安全性を大切にする授業は、生徒が積極的にコミュニケーションをしようとするうえでベストな環境を生み出す。

・教師は、単なる指導者ではなく、学習者の感情を導くガイド役である。学習者の自信、人とのつながり、レジリエンスを養うことで、学習者が言語面だけでなく、人間としても成長するための手助けができる。

 

感情と言語学習の研究を始めたきっかけ

―Dewaele先生のご経歴について、また、どのようにバイリンガリズムや外国語学習における感情について興味を持つようになられたかお聞かせいただけますか?

私が言語に興味を持ったのは、バイリンガル家庭で育ったことがきっかけです。ベルギーのフランダース地方では、家庭では両親と地元の方言を話し、学校では標準語のフラマン語やオランダ語を使うのが一般的でした。でも、私の家族は違っていて、家の中ではフランス語、家の外ではオランダ語を使っていました。つまり、私は地元の方言を話せなかったんです。

学校では、そのことについて否定的な評価を受けました。両親が家庭で使うことにした言語が通常とは異なることで人々の認識が大きく変わる、という経験から大いに影響を受けたのを覚えています。「なぜ両親はこれほどみんなと違うことをしようと決めたのだろう」と思いました。子どものころの私は、目立つことなく、周りに溶け込むほうがよかったのでしょうね。でも、今にして思えば、その経験が言語に興味を持つきっかけです。

ブリュッセル自由大学に進学してフランス語を学び、最初の修士号を取得しました。その後、ほかにもさまざまな分野にも興味を持ちまして、神経言語学やスペイン語などの勉強を再開しました。それを経て外交官になりたいと思い、欧州法・国際法の修士号と東欧問題の修士号を取得しました。

そこで、博士号の取得を決意して、第二言語としてフランス語を習得するフラマン人の学生に注目した研究を行いました。私は、同じ教室で同じ目標言語(学習対象の言語)に触れてきた人々の間で、なぜ言語能力の成果に違いが生じるのかという点に特に興味を持ちました。

博士号を取得した後は、ロンドン大学バークベック校で働き始めました。そのときに、フランス語習得からより広範な外国語習得の研究へ、そしてマルチリンガリズムの研究へと関心が移っていきました。

 

―どのように外国語学習の感情面に注目し始めたのですか?

まず、フランス語教師として、一部の生徒がほかの生徒よりもはるかに強い不安を感じていることに気づきました。コミュニケーションに積極的な生徒もいれば、控えめな生徒もいます。博士号の研究は感情とはまったく関係のない分野でしたが、フランス語が上手なほど、感情を表す単語を多く使う傾向があることに気づきました。なぜそうなるのか不思議に思いました。

この疑問をさらに探求するため、2000 年代初頭に親しい友人となった Aneta Pavlenko(アネタ・パヴレンコ)(※1)先生に連絡を取りました。そして、二人で第二言語学習者が感情表現を使うことについて調査することを決めました。

私たちは2002年に最初の論文((J. Dewaele & Pavlenko, 2002))を発表し、ロシア人の英語学習者とフラマン人のフランス語学習者に共通するパターンを分析しました。この研究プロジェクトは主に感情を表す単語に焦点を当てたものでしたが、私は生徒たちの感情体験に興味を持つようになりました。生徒たちはどのように感情を表現しているのか、外国語を学んでいるときに何が感情を呼び起こすのか、といった疑問を抱くようになったんです。

こうした疑問に突き動かされて、不安などのネガティブな感情が外国語学習において果たす役割について自分の研究で調べ始めました。この時期に、アメリカ応用言語学会の会議でPeter MacIntyre(ピーター・マッキンタイア)(※2)先生と出会いまして、不安などのネガティブな感情だけでなく、ポジティブな感情にも着目すれば、この研究分野がさらに発展するかもしれない、ということを話し合いました。

彼は私にポジティブ心理学(※3)の文献を紹介してくれたのですが、この文献は、外国語を学ぶときの不安を乗り越えるような感情について私たちが研究するうえで理論的な基盤となりました。その結果、まったく新しい世界が開けて、楽しさ、心の平穏、レジリエンス、勇気、楽観主義など、さまざまな感情や性格特性について知ることができました。

 

外国語学習における感情:不安、楽しさ、退屈さ

―外国語を学ぶうえで重要になるのはどのような感情でしょうか?なぜ、その感情が重要なのでしょうか?

私がこれまでに携わった研究で最もよく見られた感情としては、不安、楽しさ、退屈さ、心の平穏などが挙げられます。

不安(Anxiety)

これまでの研究では、主に不安が注目されてきました。不安は、覚醒度の高いネガティブ感情であり、心拍数の増加、発汗、さらには麻痺感などの身体症状を引き起こすことがあります。ほかの人が自分をどのように見ているか、ということに対する不安に関係していて、社会不安につながることも多いです。

Elaine Horwitz(エレイン・ホーウィッツ)(Horwitz, 2017)先生は、これを「Pink Dress Syndrome(ピンクのドレス症候群)」と表現しました。ピンク色のドレスを着てフォーマルなイベントに出席したら、ほかの参加者がみんな黒い服を着ていることに気づいた、という状況を例えた表現です。これと同じような状況が学校の教室で起こると、人目が気になる感覚になったり、自分がほかの人たちよりも劣っていると考えたり、隠れたい気持ちになったりします。このように、不安は、中核的なネガティブ感情の一つです。

 

楽しさ(Enjoyment)とフロー(Flow)

「外国語の授業における楽しさ(Foreign Language Enjoyment/FLE)」はポジティブ感情です。Peter MacIntyre先生と私が外国語学習の研究に取り入れました(J.-M. Dewaele & MacIntyre, 2014)。この発想の根底にあるのは、生徒が自分の取り組んでいることを楽しいと感じ、そのタスクが適切な難易度である場合に、楽しさが生まれるという考え方です。難易度は、生徒の能力に合っていて、過度に難しすぎないようにする必要があります。これはビデオゲームと同じようなことです。ゲームでは、初心者レベルは簡単ですが、プレイヤーが上達するにつれて難易度が上がりますよね。この絶妙なバランスがとれていないと、生徒はやる気をなくしてしまうでしょう。

私たちは、「外国語の授業における楽しさ」について、3つの側面を発見しました。それは、「個人的に感じる楽しさ」、「社会的に感じる楽しさ」、そして「教師に対する感謝の気持ち」です。「個人的に感じる楽しさ」とは、外国語の授業を純粋に好きであるために生じる、その生徒個人の楽しいという感覚です。「社会的に感じる楽しさ」とは、グループとのつながりを感じることによって楽しさが増すような感覚です。そして教師に対する感謝の気持ちは、生徒が教師とのつながりをどの程度感じているか、ということに関連しています。

これと密接に関係するのが、「フロー」という概念です。フローは、自分が無理なく取り組める活動だと感じられ、生徒たちが深く没頭しているときに生まれます。例えば、外国語で本を読んでいるとき、生徒は突然、その文脈全体を理解できたと感じるかもしれません。フローは、火花のように比較的短いものですが、その活動を継続するための熱意とモチベーションを生み出します。また、上級レベルの生徒だとフローがより長く続き、その活動に病みつきになることもあります。

生徒たちのフロー体験が多ければ多いほど、授業はより楽しくなります。教師としてフローがわかるのは、自分が絶えずインプットをしなくても授業が勢いを保っているときです。この時点で、教師の役割は、そのフローをできるだけ長く維持することです。こうした瞬間は教師にとって最も大きなやりがいを実感できるときだと私は思います。

 

退屈さ(Boredom)

退屈さは、覚醒度の低いネガティブ感情です。教室内では致命的なものですね。生徒たちは一度退屈だと感じると、授業から完全に離脱し、フロー状態に入ることもできなくなります。

生徒が退屈さを感じる理由はいくつかあります。教材が難しすぎるか簡単すぎる、あるいはありきたりすぎる場合です。教師が単調な授業を行っている場合や、教材が生徒の状況や興味と無関係であると感じられる場合もあります。この感情は、生徒の注意をすぐに散漫にしてしまうため、教師として最も気をつけるべき感情であるといえるでしょう(Pawlak et al, 2024)。

 

心の平穏(Peace of Mind)

外国語を教えるときの感情に関する先行研究では、不安、楽しさ、退屈さがよく議論されていますが、もう一つ、私が特に興味深いと思う感情があります。それは、「心の平穏」です。心の平穏は、中国で行われたポジティブ心理学の研究から生まれた概念で、目標に向かって集中し、かつ心が落ち着いているような調和のとれた状態を指します。

覚醒度が中程度から高程度のポジティブ感情である「楽しさ」とは異なり、「心の平穏」は覚醒度の低いポジティブ感情です。ワクワクするというよりも、心が落ち着く感覚が特徴です。この感情は、中国で最初に研究されましたが、モロッコをはじめとする世界中のさまざまな文化圏でも観察されています。心の平穏は、グループへの帰属意識を育み、生徒が外国語の習得に集中するのに役立ちます。

 

 

(※1)詳細: https://www.anetapavlenko.com/

(※2)詳細:https://www.cbu.ca/faculty-staff/directory/peter-macintyre/

(※3)ポジティブ心理学は、心理学の一分野です。ポジティブな感情、レジリエンス、個人の可能性を理解し、それらを培うことによって、人々がいかにしてより有意義で充実した人生を送ることができるかを探求する研究分野です。

 

Jean-Marc Dewaele(ジャン・マルク・デワレ)教授のお写真

<プロフィール>

Jean-Marc Dewaele(ジャン・マルク・デワレ)教授

ロンドン大学バークベック校 名誉教授、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 名誉教授。

専門は応用言語学、マルチリンガリズム学。

『Robert C. Gardner Award for Outstanding Research in Bilingualism (優れたバイリンガリズム研究を対象としたロバート・C・ガードナー賞)』(2016年)、ヨーロッパ第二言語習得学会(EuroSLA)の『Distinguished Scholarship Award(優秀奨学金賞)』 (2022年)を受賞。

第二言語習得における個人差、マルチリンガル環境における感情、言語学習や言語能力に対する心理的な要因の影響等について研究。

 

 

■関連記事

英語習得のために重要な「学習者」のあり方〜立教大学 新多教授インタビュー(前編)〜

外国語の授業における物語の共同創作がモチベーションを向上させる

 

参考文献

Botes, E., Dewaele, J.–M., & Greiff, S.(2020).The foreign language classroom anxiety scale and academic achievement:An overview of the prevailing literature and a meta-analysis.The Journal for the Psychology of Language Learning, 2, 26–56.

 

Botes, E., Dewaele, J.–M., & Greiff, S.(2022).Taking stock: a meta-analysis of the effects of foreign language enjoyment. Studies in Second Language Learning and Teaching 12(2), 205–232.

https://doi.org/10.14746/ssllt.2022.12.2.3

 

Cook, S. R., & Dewaele, J.-M. (2022). ‘The English language enables me to visit my pain’. Exploring experiences of using a later-learned language in the healing journey of survivors of sexuality persecution. International Journal of Bilingualism, 26(2), 125–139.

https://doi.org/10.1177/13670069211033032

 

Dewaele, J.-M., Lorette, P., Rolland, L., & Mavrou, I. (to appear). Multilingualism and emotional resonance. In J. Schwieter & J.-M. Dewaele (Eds.), Multilingualism: Foundations and the State of the Interdisciplinary Art. Bloomsbury Publishing.

 

Dewaele, J.-M., & MacIntyre, P. D. (2014). The two faces of Janus? Anxiety and enjoyment in the foreign language classroom. Studies in Second Language Learning and Teaching, 4(2), 237–274.

https://doi.org/10.14746/ssllt.2014.4.2.5

 

Dewaele, J., & Pavlenko, A. (2002). Emotion Vocabulary in Interlanguage. Language Learning, 52(2), 263–322.

https://doi.org/10.1111/0023-8333.00185

 

Henry, A., & MacIntyre, P. D. (2023). Willingness to communicate, multilingualism and interactions in community contexts. Channel View Publications.

 

Horwitz, E. K. (2017). 3. On the Misreading of Horwitz, Horwitz and Cope (1986) and the Need to Balance Anxiety Research and the Experiences of Anxious Language Learners. In C. Gkonou, M. Daubney, & J.-M. Dewaele (Eds.), New Insights into Language Anxiety: Theory, Research and Educational Implications (pp. 31–48). Multilingual Matters.

https://doi.org/10.21832/9781783097722-004

 

Macintyre, P. D., Clément, R., Dörnyei, Z., & Noels, K. A. (1998). Conceptualizing Willingness to Communicate in a L2: A Situational Model of L2 Confidence and Affiliation. The Modern Language Journal, 82(4), 545–562.

https://doi.org/10.1111/j.1540-4781.1998.tb05543.x

 

Pawlak, M., Kruk, M., & Zawodniak, J. (2024). Teachers reflecting on boredom in the language classroom. Equinox Publishing.

 

 

PAGE TOP