日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2023.11.24

国際バカロレアプログラムを生かした小学校における英語教育・国際教育の実践例

国際バカロレアプログラムを生かした小学校における英語教育・国際教育の実践例

世界中のあらゆる分野の中でグローバル化が加速していく中、日本でもグローバル人材の育成が叫ばれています。小学校での英語の必修化やアクティブラーニング、探究学習などがどんどん取り入れられ、急ピッチでグローバル化に対応できる人の育成に国をあげて取り組んでいることがわかります。

そんな中、教育現場において注目され続けているのが「国際バカロレア」です。国際バカロレアとは、1997年にスイスのジュネーブで誕生した世界共通の探究学習カリキュラムのこと。これまで日本ではインターナショナルスクールや放課後の英会話スクール、一部の私立学校などでそのカリキュラムが活用されている事例がほとんどでした。

しかし、英語の教科化や探究学習の導入、ICT教育の推進の流れなどの影響もあり、公立小学校でも国際バカロレアのカリキュラムを応用した英語の授業や国際理解の授業を導入することが近年ますます重要とされてきているようです。

そこでこのコラムでは、子供たちのグローバル化に対応する能力を養成するために日本の公立小学校で初めて国際バカロレアプログラムを活用した授業を行った高知県にある大宮小学校の実践例を紹介していきます。公立小学校で英語教育や国際教育に携わっている教員の方や多くの保護者の方に国際バカロレアプログラムについて知ってもらう良い機会となれば幸いです。

 

【目次】

 

国際バカロレア(International Baccalaureate: IB)とは?

まずは、国際バカロレアとはどのような教育プログラムなのかをご紹介したいと思います。国際バカロレアとは、スイスのジュネーブを本部とする国際バカロレア機構が提供している国際的な教育プログラムです。急速に広がるグローバル化に伴い、世界の複雑さや問題を理解してそのことに対処できる学生を育成し、生徒に対して未来への責任のある行動をとるための態度と能力を身に付けさせることを目的として生まれました。全世界で通用する大学入学資格(国際バカロレア資格)を与え、目標大学への進学ルートを確保することも目的の1つとしています。

国際バカロレアの教育プログラムでは、グローバル化に対応できる人材を育成するために以下のような教育プログラムを年齢に応じて提供しています。

1 プライマリー・イヤーズ・プログラム(PYP) 3〜12歳が対象。精神と身体の両方を発達させることを重視したプログラム。どのような言語でも可能。

2 ミドル・イヤーズ・プログラム(MYP) 11歳〜16歳が対象。これまでの学習と社会のつながりを学ばせるプログラム。どのような言語でも可能。

3 ディプロマ・プログラム(DP) 16歳〜19歳が対象。所定のカリキュラムを2年間履修し、最終試験を経て一定以上の成績を収めると、国際的に認められる大学入学資格(国際バカロレア資格)が取得できる。原則として、英語、フランス語又はスペイン語で実施。

4 キャリア関連プログラム(CP)16〜19歳が対象。生涯のキャリア形成に役立つスキルの習得を重視したキャリア教育・職業教育に関連したプログラム。一部の科目は、英語、フランス語又はスペイン語で実施。

さらに、国際バカロレアには「目指すべき学習者像」というものが設定されています。生徒たちはこの学習者像を目標としながら、学習に励みます。

図|IB学習者像

図  IB学習者像

 

国際バカロレアが掲げる言語教育・国際理解に関する目標

上記で紹介した「目指すべき学習者像」の中には、言語と文化の多様性を理解することの大切さを説いているものがあります。「コミュニケーションができる人」「心を開く人」がそれに当たるでしょう。下記で紹介する、公立小学校での国際バカロレアのプログラムを活用した教科横断型の授業実践においても、この2つの学習者像を意識することが重要視されています。

例えば、「コミュニケーションができる人」という学習者像は、複数の言語を用いて自分自身の考えや思いを表現したり、他の人々や集団の物の見方に興味を持ち思いやりを持って協力できる人を指します。

また、「心を開く人」は、自己の文化や他社の価値観や伝統を正しく受け入れ、多様な視点を求めて評価していく人を指します。これらの学習者像に生徒たちが少しでも近づけるよう、日本の公立小学校の授業における国際バカロレアのプログラムの導入が近年重要視されています。

 

公立小学校における国際バカロレアのカリキュラムを活用した英語教育・国際教育の実践例

実践例:国際バカロレアプログラムを活用した教科横断型授業(瀬下岳 & 日下, 2023)

今回ご紹介するのは、国際バカロレアのプログラムを実施している高知県香美市の公立、大宮小学校の6年生の教科横断型授業 です。この授業では、グローバル社会を生きていく全ての子供達に不可欠なグローバル・コンピテンスを育成することを目標としています。

グローバル・コンピテンスとは、一部の特別な子供が身につけるべき能力でなく、多様化する社会の中を生きていく全ての子供達にとって必要な普遍的能力であると瀬下岳(2023)は主張します。OECD(2018)は、グローバル・コンピテンスには以下4つの側面があると定義しています。

 

1)地域的、世界的、そして異文化間の問題を検討する能力

2)他者の視点と世界観を理解し認める能力

3)異なる文化を持つ人々とオープンで適切で効果的な関わりを持つ能力

4)共同体の幸福と持続可能な開発のために行動する能力

 

ここで特記すべきなことは、このグローバル・コンピテンスと先ほど紹介した国際バカロレアが設定している「目指すべき学習者像」の内容に共通する部分があるということです。例えば、国際バカロレアの「目指すべき学習者像」の「コミュニケーションができる人」とOECDの 2)他者の視点と世界観を理解し認める能力や、 3)異なる文化を持つ人々とオープンで適切で効果的な関わりを持つ能力ーと共通する部分があるでしょう。

また、国際バカロレアの「目指すべき学習者像」の「心を開く人」も、OECDの 3)異なる文化を持つ人々とオープンで適切で効果的な関わりを持つ能力に当てはまります。

国際バカロレアプログラムの「目指すべき学習者像」とOECDの掲げるグローバル・コンピテンスを育むことを目的として作成された授業計画をベースに、大宮小学校では以下のような教科横断型授業が実践されました。

 

教科横断型授業のテーマ:「私たちはどのような場所と時代にいるのか」

対象学年:6年生

単元の目標:「グローバル化が進む現代社会において国を超えて互いの文化を尊重し、共生社会を実現していくうえで、必要なことについて考えることができるようになる」

具体的な探求内容:「場所と時代への適応、個人の歴史、家と旅、人類による発見・探検・移住、地球規模そして地域レベルの観点から見た個人と文明の関係性と相互的な関連性についての実践」

セントラルアイデア :「世界の創造は人類の移動とともにある」

本単元の総括課題:現代社会が抱える移民問題についての意見文を作成する

 

授業の流れ

1. 様々な国の成り立ちの探求(セントラルアイデア「世界の創造は人類の移動とともにある」の想起)
ー 生徒がこのセントラルアイデアを初めて読んだ時のイメージやどのように思ったかについて付箋に書き、模造紙の真ん中に記載したセントラルアイデアの周りにその付箋を貼る。

 

2. 様々な国の成り立ちの探求
ー 国の成り立ちについて、人種、文化、宗教、価値観などの特徴から考える。

ー 「なぜアフリカ大陸の国境は直線なのか」/ 「南米でスペイン語やポルトガル語が話されているのはなぜなのか」/ 「いろんな国の国旗にイギリスの国旗が入っているのはどうしてなのか」などの問いについて考え、理解を深めさせる。

 

3. 人類の移住の背景に関する探求

3.1 人々が移動する背景
ー 「なぜヨーロッパ人がアフリカ大陸や中南米に移住したのか」という問いを立てる。
ー 人々の移動には様々な背景があることを理解させる。

3.2 ドミニカ共和国の日系移住者とのオンライン交流会
ー ドミニカ共和国の日系移住者二世の方になぜ両親が日本からドミニカ共和国に移住したのか理由を質問したり、その人の背景や思いを知り、考えを巡らせる。
ー やりとりを通し、移住には多くの理由があり、大きく分けると「意図した移住」と「意図しない移住」の2種類が存在することを学ぶ。

3.3 高知新聞の記事に関する話し合い
ー 「外国人実習生、共生の道は」というタイトルの高知新聞の記事を読む。
ー 外国人実習生や無国籍 な方たちと共に暮らすために大切なことを考えさせる。

 

4. 人類が目指すべき未来の探求

4.1 移民問題の探究
ー アフリカのアンゴラ出身の方をゲストに招き、自国の難民問題について語ってもらう。
ー 戦争や植民地支配が移民の起因であることを学ぶ。
ー 現代社会における難民問題、移民の受け入れに関する問題、日本の移民受け入れの現状について知る。
ー 互いの文化を尊重し共生する上で何が必要か考えることを通して「世界は一人ひとりの行動で変えることができる」という考え方を持つことにつなげる。

4.2 意見文の作成
ー 単元全体で扱い学んできたことを振り返りつつ、人類が目指すべき未来について「共生」をテーマに考え、各自意見文を作成する。
ー 作成した意見文は共有してセントラルアイデアに関する理解を深める。

 

授業後の子供達による感想

ご紹介した授業実践は、国際バカロレアプログラムが掲げる「目指すべき学習者像」とOECDのグローバル・コンピテンスの育成を目指し、「グローバル化が進む現代社会において国を超えて互いの文化を尊重し、共生社会を実現していくうえで,必要なことについて考えることができるようになる」を目標に設定して行われました。各活動を行った後、感想を子供達に聞きました。その結果、子供達の発言から、目標として設定した「グローバル化が進む現代社会において国を超 えて互いの文化を尊重し、共生社会を実現していくうえで、必要なことについて考えることができるようになる」が達成できたとわかりました。

例えば、3の3.1「人々が移動する背景」という活動や、4の「人類が目指すべき未来の探究」という活動後には「今の学校生活で他人を理解することは、友達や先生と中を深め合い、相手のことをよく考えて発言したり、行動したりすることにつながるのではないかと思いました。」「アフリカのアンゴラ出身のゲストの方が、大切なのは他人を理解することと言っていたので、私ももっと友達の心を理解すべきだなと思った。」のような感想が見られました。このことから、活動内容を自分ごととして捉えている子供が増えたことが感想からわかったそうです。

このように子供達が世界で起きている課題や問題を知り、自分ごととして考えられるようになった理由として、教科書やインターネットでは学べない「本物の教材」と出会えたからでしょう。ドミニカ共和国の日系移住者にオンラインで直接お話を聞く機会を設けたり、国際交流委員に移住の経験について話を聞いたり、アンゴラ出身の留学生を招いて自分自身の難民について戦争や植民地支配が起因することを教えてもらえた話は、文字やインターネットの記事で得た情報とは比べ物にならないくらい子供達の心に響くのでしょう。

「目指すべき学習者像」が掲げる「コミュニケーションができる人」「心を開く人」と、OECDのグローバル・コンピテンスを育成させるためには、世界で起きている問題を自分ごととして捉える必要があります。さらに、自分ごととして捉えるためにはグローバルな問題をローカルな事例と結びつけて考えられるような教材が必要です。 例えば、今回の高知県香美市の大宮小学校で行われたような外国人のゲストを招いて実体験を聞く機会を設けたり、質問をする機会を設けたりすることで、ゲストの話が直接子供達の心に響くでしょう。これは教科書やインターネットからは得ることのできない貴重な経験です。また、意見文を書くなど、学んだことをアウトプットする活動を行うことも重要でしょう。アウトプットすることによって学習したことが頭の中で一度整理され、学んだ内容を自分ごととして捉え、見つめ直すきっかけとなります。今回紹介した教科横断型の授業実践例は、これらの重要な要素を取り入れた学びがいのあるものでした。

 

日本における国際バカロレアプログラムの今後

このコラムではここまで、加速するグローバル化の中で子供達が生き抜いていくために必要な能力を養うために世界中で注目されている国際バカロレアプログラムについての理解を深めるために、日本の公立小学校での初めての導入事例 を紹介してきました。いかがでしたでしょうか?

世界中で不確定なことや予想不可能なことが起こる今、全ての子供たちがこれからの未来に対応できるような資質・能力を養うために生まれた国際バカロレアプログラム。日本の公立小学校での導入はまだ多くないことから、今後は多くの実践が行われ、目指すべき学習者像やグローバル・コンピテンスの育成の過程が理論的に明らかになっていくことが求められています。国際バカロレア開発の目的や目指すべき学習者像の育成を目標とした授業実践例について多くの教育関係者の方々や保護者の方に知ってもらうことで、その教育的価値はこれからますます重要視されていくことでしょう。

 

IBSサイトのバナー

 

■関連記事

国際バカロレア教育とバイリンガル教育が持つ共通の課題

 

 

参考文献

IBとは | 文部科学省IB教育推進コンソーシアム

https://ibconsortium.mext.go.jp/about-ib/

 

国際バカロレアとは?概要とメリット、今後の課題点を専門家が解説

https://benesse.jp/educational_terms/15.html

 

教科横断型授業?その中にジグソー法を落とし込めるのか?[理科×技術]| クラーク記念国際高等学校

https://www.clark.ed.jp/campus/kyoto-kyoto/kyoto-news/66573/#:~:text=%E6%95%99%E7%A7%91%E6%A8%AA%E6%96%AD%E5%9E%8B%E6%8E%88%E6%A5%AD%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E6%95%99%E7%A7%91%E3%82%84%E7%A7%91%E7%9B%AE%E3%81%AE,%E4%BD%9C%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

 

OECD(2018). Preparing Our Youth for an Inclusive and Sustainable World: the OECD PISA global competence framework.

 

瀬下岳, & 日下智志.(2023). 公立小学校での国際バカロレアプログラムの実践におけるグローバル・コンピテンスの涵養に関する研究: 教科横断型授業 「私たちはどのような場所と時代にいるのか」 を事例として. 鳴門教育大学国際教育協力研究, 16, 39-46.

 

渋谷真樹.(2018). 「文化的に多様な子ども」 から 「国際的な視野をもつ人間」 へ―国際バカロレアにおける文化的多様性―. 子ども社会研究, 24, 43-60.

 

鈴木克義.(2014). 国際バカロレア導入と IB 教員養成のニーズ~ グローバル人材の育成は, 3 歳からの IB-PYP と小学校英語から~. 常葉大学短期大学部紀要,(45), 121-130.

 

鈴木克義.(2022). 国際バカロレアと英語イマージョン小学校の教員養成: 公立小学校にも広がる IB-PYP の教員をどう育てるか. 常葉大学外国語学部紀要= Tokoha University Faculty of Foreign Studies research review,(38), 17-28.

 

鈴木克義.(2023). 理想の英語教育, 国際教育への提言: 英語イマージョンから国際バカロレア IB-PYP への 25 年. 常葉大学外国語学部紀要= Tokoha University Faculty of Foreign Studies research review,(39), 35-45.

 

上石実加子.(2014). メルボルンの小学校における外国語の教えと学び-オーストラリアの多文化主義とシティズンシップに照らして. 釧路論集: 北海道教育大学釧路校研究紀要, 46, 167-173.

 

 

PAGE TOP