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2023.08.25

三人称単数の they とは何か − 英語を話す上で潜在的に不可避な 「ジェンダー問題」

三人称単数の they とは何か − 英語を話す上で潜在的に不可避な 「ジェンダー問題」

読者の皆さんのほとんどは、学校で英語の 「代名詞」 を習った際に、三人称単数のときには性別に応じて he/him/his もしくは she/her、複数の時には性別に関わらずに they/them/their と教えられたと思います。しかしながら昨今では単数複数に関わらずに they/them/their を用いる動きがあります。今回のコラムではこの言葉の変化の背景に潜む英語のジェンダー問題をご紹介します。

 

ジェンダー表現排除の歴史

私たちは 「国」 や 「語」 は女性である 「母」 を使って表現し、「師関係」 には男性である 「弟」 を使います。ジェンダーの多様性と平等が推進され、「看護」、「カメラマン」 などのように職業名と特定のジェンダーを関連付ける表現が不適切(politically incorrect)として改められている現代社会においてさえ、性別に関連した語彙が少なからず残存しています。

「母国」 は 「祖国」 と言い換えられますし、専門用語を用いれば 「母語」 を 「第一言語」 と言い換えることも可能です。しかしながら 「師弟」 や 「弟子」 に対応するような性的に中立な表現を考えるのは容易ではありません。配偶者を表す際に用いられる、夫が家庭の長であり妻が 「一歩引いた存在」 という含みをもつ 「主人」 や 「奥さん」 という表現も特に近年問題視される傾向にありますが、これらの代替として用いられる 「夫さん」、「配偶者さん」、「パートナーさん」 などの表現に違和感を唱える人も多いのが現状です。このような言い換えが必ずしも容易でない理由は、ジェンダーを含んだ表現には古くからその言語に根ざしているものが多いためです。

これらは日本語の例ですが、英語は時折 sexist language(性差別的な言語)と揶揄されるほど性差別表現を多く含んだ言語で、言語そのものにおけるジェンダー問題の深刻さは日本語の比ではありません。

英語におけるジェンダー表現として歴史的にまず問題とされたのが日本語同様に職業名で、これまでにもかなりの表現の改革がなされてきました(そして、この問題に関しては日本よりもずっと長い歴史をもっています)。下の表はほんの一例です。(一昔前にすら区別されていなかった doctor などの職業名にもそれ以前には女性形(doctoress など)が存在しました。)

表|英語の性差別的表現と正しい表現の例

これらの 「名詞の性」 の問題は、英語がその成立や歴史的変化において、文法的性(grammatical gender)を持つドイツ語やフランス語などの影響を強く受けているためです。ドイツ語やフランス語をはじめとする多くのヨーロッパ言語においては全ての名詞に文法上の性が存在します。太陽がドイツ語で女性名詞(die Sonne)、フランス語で男性名詞(le soleil)であるのに対し、月はドイツ語で男性名詞(der Mond)、フランス語で女性名詞(la lune)であるのは有名な対比です。

日本語の 「奥さん」 のように歴史的に長く使われてきた単語の代替が見つからないのは例外的ですが、一般的に、職業名のような普通名詞について新しい表現を作るのは比較的に容易です。ほとんどの言語において普通名詞のカテゴリーは最も新語を受け入れやすく、従って職業名を表す新たな単語を創造するのは難しくありません。日本語の場合には 「ハモる」 や 「バズる」 などの動詞の新語を作るのも比較的に容易です。(実際に新語・流行語大賞に登場するのもほとんどが普通名詞か動詞です。)

一方で、「それ」、「君」、「私」、「あいつ」 のような代名詞はなかなか新語を許容しません。日本語では 「ユー」(英語の代名詞の you)を使って 「ユーはどうする?」 と言うなど、外来語の受け入れに関してはやや寛容ですが、英語は代名詞に新語も外来語も許容しません。
日本語でも英語でも代名詞には性別を明示する表現が多く、英語では a や the と同様に your や their などの代名詞の所有格を用いて名詞を限定することが多いので、相手のジェンダーを特定する表現である her や his を使わざるをえない状況が少なくありません。日本語にも 「彼」、「彼女」 という単語は存在しますが、英語に比べるとその使用頻度はずっと低いので、問題が生じることはあまりありません。例として、以下のような場合においては英語では性別の明示が必須となりますが、日本語ではそれが不要です。

英: Tsubasa took her dog with her yesterday.
日: ツバサは昨日飼い犬を連れてきた。

英: Rei left his jacket in the classroom.
日: レイはジャケットを教室に忘れてきた。

また、敬称にもちいる Mr や Ms もジェンダーを明示する不適切な表現であるという主張があり、近年には性を明示しない敬称として作られた Mx という敬称(発音は /məks/ もしくは /mɪks/; 後者は mix と同じ発音)を使用する動きもあります。海外旅行の際に航空券の購入やホテルの予約において性別を申告することを要求された経験がある方は多いと思いますが、このような場面でも Mx という敬称が普及しはじめています。アメリカでは2019年にユナイテッド航空に導入されたのが航空会社としては最初だと言われています。

 

英語の代名詞問題

現代英語の代名詞におけるジェンダー問題の最も深刻な点は、性を明示しなければならないことだけでなく、男性を標準とした言語使用を行ってきたことにあります。当時の現代英語では性別に関わらず不特定の人を示す際に元々男性を表す名詞である man(men)を使ってきました。

以下の例は、Aが実際に男性について話しているもの、Bが女性について話しているもの、Cが不特定の人について話すときに男性を表す単語を用いているものです。(主語の everyone は一人一人に注目する表現なので指示対象は単数の人です。)

A. Men should also be encouraged to take a parental leave.
男性も育児休暇の取得が奨励されるべきだ。)

B. Women should not be disadvantaged for their pregnancy at their workplace.
女性が妊娠を理由に職場で不利益を被ってはならない。)

C1. Every man deserves his life.

C2. Everyone deserves his life.

(誰にも生きる価値はある。)

C のように不特定の人を支持する場合の主語は、伝統的には C1 の man(複数の場合には men)が用いられていましたが、C2 のように性に関して中立的な everyone という表現を用いることもできるため、昨今では C1 の man の用法は不適切(politically incorrect)な言語使用の代表格とされています。ところが、述語部分の his life に関しては主語に everyone を用いても問題が解決しません。

文法規則に従いながらこれを避けるための方法には下記 C3, C4 の 2通りがあります。

C3. Everyone deserves his or her life.

C4. All people deserve their life.

C3 のように男女両方の場合を想定して his or her とするのはやや冗長に聞こえます。また、そもそも性別を男女に二分すべきでないという批判や、掲載順の問題(his or her か her or his か)を免れません。C4 のように主語を複数にしてしまって性別を明示しない代名詞である their を用いるのが冗長さとジェンダー問題を同時に解決する手段であると言えます。しかしながら、以下のような場合にはこの手法が使えません。

D1: Max one child per two paying adults can stay for free if the copy of his/her ID is presented at the reception.
大人2名に対し子ども1名が無料でご宿泊になれます。その際には受付で身分証のコピーをご提示ください。

この場合には性別を明示されていない対象者 「子ども」 が明確に1人なので、対応する代名詞も単数形にする必要があり、his/her(あるいは her or his 等)を使わざるをえません。

では、このように単数形の代名詞を用いざるをえない際にジェンダー問題を解決するために導入された Mx のような表現はあるのでしょうか。現代英語はここでは Mx のような新語を用いることなく、指示対象が1名である場合にも they/them/their を用いるように語の用法を拡大しました。

C5. Everyone deserves their life.

この 「単数形の they」 の利点はもちろん性別を明示せずに済むことです。しかしながら、この用法は伝統的な英語文法に従うと誤用であり、嫌悪感を示す人も少なくありません。日本語のいわゆる 「ら抜き言葉」(「食べれる、来れる」 など)も、現在はかなりの市民権を得ていますが、少なくとも30年前には 「日本語の乱れ」 と言われるものの代表格でした。(しかしながら、日本語の乱れと言われていた割には当時のヒット曲の歌詞に当然のように登場します。)

ら抜き言葉は少なくともかしこまった場合には 「食べれる -> 食べることができる」 のような言い換えが可能なので、そもそも大きな問題にはならないのですが、英語の単数形の they は代替不可能であるため、正式な書き言葉で使うべきか否かの議論を巻き起こしています。以下ではジェンダー問題と文法規則が対立する単数形の they を巡る研究をご紹介します。

 

「単数形の they」 問題

一般に単数形の they の生起はフェミニズムによるものだと思われていますが、Balhorn(2004)によるとこの用法は15世紀から存在したようです。 Bjorkman(2017)はシェイクスピアが同様の用法を採用していた例を紹介しています。 一方で Bodie(1975)によるとこの用法に対する批判が起こったのは普及よりもずっと後で、早くても18世紀であるとのことです。

また、日本語のら抜き言葉が広く用いられているものの未だ 「正式な」 用法としては認知されていないのに対し、単数形の they は既に正式な文書に採用されている場合も多くあるようです。Salembier(2015)によると、オーストラリア、カナダ、南アフリカ、香港など様々な国と地域の法文において単数形の they が用いられています。

それでもなお、単数形の they を使用するか否か、ひいてはどの代名詞を用いて自己や他者を称するかは、特に LGBTQ の人々にとっては最も重要な問題の一つであり(Konnelly & Cowper 2020)、ほとんどの英語話者が少なからず意識することです。また、Hernandez et al.(2018)の研究によると、LGBTQ に対して肯定的な印象を抱いている人ほど単数形の they を文法的に正しい用法と判断する傾向があることが示されました(Konnelly & Cowper 2020 より引用)。

つまり、本来は単に便宜上用いられていた単数形の they が、昨今の国際的なジェンダー意識の高まりを受けて、性自認やジェンダー問題に対する政治的立場の表明に用いられて(しまって)いるということです。さらに、上述したように伝統的な英文法であるにもかかわらず、単数形の they を革新的な言語使用とする世間一般の印象は現に存在し、そのことがこの問題をより複雑にしています。

 

英語教育におけるジェンダー表現

このように、潜在的にジェンダー問題を免れない単数形の they ですが、言語教育においてはどのように扱われるべきでしょうか。

母語か外国語かに関わらず、言語の例を示すことは少なからずその言語における 「規範」 を示すことになります。一般に言語学者は規範文法(prescriptive grammar; どの文法規則が正しいとされているか)ではなく記述文法(descriptive grammar; 実際の人々がどの文法規則に従っているか)を扱います。つまり、ら抜き言葉や単数形の they が正しい文法として認知されているかよりも、実際に人々(特に母語話者)に用いられているかどうかに着目します。

しかしながら、実際の用例の中からどれを言語教育に用いるかの判断については必ずしも記述文法のみを用いて議論することはできません。例えば日本語の 「やばい」 は一説によると既に江戸時代から使われていた伝統的な日本語ですが、昨今においても国語の教科書に規範的な例として登場することはありません。すなわち、言語教育には多かれ少なかれ規範文法が介入します。

Lee & Collins(2010)がオーストラリアと香港の英語の教科書を比較したところ、オーストラリアの教科書では単数形の they を用いる傾向があった一方で、香港の教科書では he or she という併記もしくは性別に関わらない不特定者を表す he が用いられていました。このように、英語教育における単数形の they の使用(許容)は一様ではありません。

Lee (2014) の研究によると、日本の英語教科書においては man(men)や woman(women)の代わりに people や human を用いるという配慮がされているようです。しかしながら単数形の they の導入は報告されておらず、he or she のような冗長とされる表現も日本の英語教科書では避けられる傾向にあるようです。これらの点において、日本の英語教科書は保守的であると言えます。

 

多様性を尊重する英語教育のために

「正しい」 言語を教えようとするとき、どの 「正しさ」 を重視すべきかという判断が問われるのが単数形の they の使用です。世間一般に認知されている文法的な正しさを優先して he or she(もしくは she or he 等)を用いるのか、文法的な正しさに関する潜在的な批判を甘んじて受け入れ、政治的に正しい(politically correct)表現を用いるのかという選択肢が教育者一人一人に問われていると言っても過言ではありません。

しかしながら、このような問題は本来は個ではなく国などの集団のレベルで議論されるべきであり、その際に活躍するのが言語政策などを扱う社会言語学(sociolinguistics)です。単数形の they をはじめとした言語使用におけるジェンダー問題の研究が今後ますます盛んに行われ、言語政策レベルでの統制が行われることが望まれますが、現時点では、私たち一人一人がジェンダー意識を持ち、使う表現を選択することが重要であると考えられます。

 

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参考文献

Ackerman, L. M. (2019). Syntactic and cognitive issues in investigating gendered coreference. Glossa.

https://doi.org/10.31234/osf.io/6cf57

 

Balhorn, M. (2004). The rise of epicene they. Journal of English Linguistics, 32(2). 79–104.

https://doi.org/10.1177/0075424204265824

 

Bjorkman, B., (2017) Singular they and the syntactic representation of gender in English. Glossa: a journal of general linguistics, 2(1): 80. 1-13.

https://doi.org/10.5334/gjgl.374

 

Bodine, A. (1975). Androcentrism in prescriptive grammar: Singular ‘they’, sex-indefinite ‘he’, and ‘he or she’. Language in Society, 4(02). 129–146.

https://doi.org/10.1017/S0047404500004607

 

Konnelly, L. & Cowper, E. (2020). Gender diversity and morphosyntax: An account of singular they. Glossa: a journal of general linguistics 5(1): 40. 1–19.

https://doi.org/10.5334/gjgl.1000

 

Lee, J. F. (2014). A hidden curriculum in Japanese EFL textbooks: Gender representation. Linguistics and Education, 27, 39-53.

http://dx.doi.org/10.1016/j.linged.2014.07.002

 

Lee, J. F., & Collins, P. (2010). Construction of gender: A comparison of Australian and Hong Kong English language textbooks. Journal of Gender Studies, 19(2), 121-137.

https://doi.org/10.1080/09589231003695856

 

Salembier, P. (2015). Is Bad Grammar Good Policy? Legislative Use of the Singular ‘They’. Statute Law Review, 36(2), 175-185.

http://dx.doi.org/10.1093/slr/hmv007

 

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