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2023.04.13

なぜ英単語には読まない文字が存在するのか

なぜ英単語には読まない文字が存在するのか

言語には存在する音と存在しない音があり、例えば英語の Thank you などの TH の音 (発音記号※1では /θ/) は日本語には存在せず、逆に日本語の 「ツ」 (/tsu/) の音は英語では発音できません。このような音の違いのせいで、日本語では 「シンクタンク」 (think tank) が 「沈むタンク (もしくは洗い場(シンク)のタンク)」 (sink tank) と同じ発音になり、英語では tsumire (肉や魚の 「つみれ」) が sumire (花の 「スミレ」) と同じ発音になります。

このように言語間の発音の違いを考える際に、私たちは L と R のような個々の音の違いに注目しがちですが、実は音の組合せによっても発音の制約があります。今回のコラムでは、「音の並び順」 に注目して、日本語と英語の発音の違いをご紹介します。

【目次】

 

発音において重要な音の 「並び順」

英語の ear /ɪər/ (「耳」) と year /jɪər/ (「年、歳」) の発音の違いは多くの日本人には聴き取れません。これらの音の違いは、 year にはいわゆる日本語の 「ヤ行音」 の子音 (発音記号では /j/※2 ) があって、earにはないことです (インターネットで検索すればこの発音の違いを紹介する動画がたくさん見つかります)。つまり、現代の日本人にとって母音 「イ」 の前のヤ行音は聴き取れないのです。

その証拠に、五十音のヤ行 「や、い、ゆ、え、よ」 の 「い、え」 は現代日本語においてはア行 (子音なしの場合) と同化しています。 「現代」 日本語と申し上げたのは、古文に詳しい方であればお分かりのように、日本語でもかつてはア行の 「い (i)、え (e)」、ヤ行の 「い (ji)、え (je)」、ワ行の 「ゐ (wi)、ゑ (we) ※3」 が区別されていたからです。 (ただし、ヤ行の 「い (ji)」 については、子音と母音がほとんど同じ音なので /ji/ だったか /i/ だったかが定かではありません。それだけ英語の ear と year の発音の差異は小さいということです。)

表|現代日本語と昔の日本語のア行、ヤ行、ワ行の発音比較

 

では、英語が日本語よりも 「ヤ行音」 に敏感であるかというと、話はそう単純ではありません。その証拠として、「東京」 や 「京都」 が英語で 「トキオ」 や 「キオト」 のように発音されるのを聞いた経験がおありの方は多いのではないでしょうか。この 「キョ」 の音は子音 /k/ にヤ行音が続く発音であり、英語話者がヤ行音に敏感であるならば聴き取れないはずがありません。

つまり、同じヤ行音でも日本語話者は /k/ の後ろでは聴き取れるが /i/ の前では聴き取れず、逆に英語話者は /i/ の前のものには敏感ですが /k/ の後ろのものには鈍感なのです。言い換えれば音の組合せ (あるいは並び順) によって、言語ごとに聞こえる音と聞こえない音が存在することになります。

表|ヤ行音に関する日本語と英語の差異

 

このような音の並び順に関する制約を音素配列規則 (phonotactics もしくは phonotactic constraints) といいます。音素というのは言語音として区切れる音の最小単位ですが、完全に理解しようとすると難しいので、おおよそ発音記号の1文字と捉えるといいと思います。音素配列規則というのは、文字通りこの音素の 「配列」 に関する言語ごとのルールです。

どの言語でも単語の発音はその言語の音素配列規則を守っていますし、単語が連続してその規則に違反しそうになる場合には、規則に従うように発音が変化します。以下では特に英語と日本語それぞれに具体例を挙げて、各言語にどのような規則が存在するかご紹介します。

 

現代英語で読まない字

英語は綴り (文字) と発音が一致しないことで有名な言語ですが、特に 「読まない綴り字」 を含む単語が多くあります。これらの多くは子音で、know や knife の <k>※4 、climb や bomb の <b>、sign の <g> など枚挙に暇がありません。たいていは発音できない子音連続における前の音 (例えば know の /k/) が落ちますが、後ろの音が落ちるもの (castle やchristmasの /t/、answerやswordの /w/、 autumn や column の /n/) もあります。

これらうちのほとんどは歴史的な発音の変化を受けたもの、もしくは外来語です。外来語といっても17世紀から英語で使われているとされている psychology (/p/ を読まない) のように何世紀も前から英語に定着しているものがほとんどです※5

冒頭のtsumire (つみれ) の /tsu/ は、日本語ではスミレの 「ス」 と同様に 「ツ」 1文字で表すので直感的にはわかりにくいかもしれませんが、厳密に言えば /ts/ という子音の連続の問題なので、英語における音素配列規則の影響を受けていると言えます。これは上記の psychology などとは対照的に、近代の外来語に適用される発音変化の例です。

重要なのはこれらの制約は単語レベル (すなわち語形成のレベル) で働いているということです。単語内において許容されない音の連続も、単語の活用時や他の単語の連続においては存在することがあります。例えば psychology の /ps/ は許容されなくてもフィッシュ & チップス の chips (chip の複数形) の /ps/ はどちらの音も発音されます。また、/ts/ の連続も nuts 等では許容されます。

 

読まない字を持つ単語の特徴

上述したように、これらの 「読まない字」 は現代英語の綴りが発音の変化に同調しなかったため、もしくは特にヨーロッパのアルファベット圏の外来語の元々の綴りを尊重したために生じているものです。同様に、日本語の「私は」 の 「は」 や 「どこへ」 の 「へ」、「これを」 の 「を」 の発音が文字と一致していないのも歴史的変化によるものです。

これらの綴り (表記) と発音の不一致は、基本的には歴史言語学の知識がない一般人には推測することができず、それが英語の綴りの難しさを世間に知らしめている理由なのですが、中には知っていると英語学習に役立つ法則もあります。その一つが、発音変化において広く知られている補完的伸張 (complementary lengthening; 日本語訳は筆者によるもの) という法則です。

補完的伸張とは、簡単に言えば単語においてある音が落ちた (つまり発音されなくなった) ときに、その音の長さを補完するために周囲の音が長くなる (伸張する) 現象で、世界中の様々な言語において観察されています (Kavitskaya 2014)。

英語の母音には短い母音と長い母音があるのですが ※6、下の night という語の例では、中世語では /nixt/ (子音 + 短い母音 + 子音 + 子音) だったものが、歴史的変化で <gh> (子音 /x/) が発音されなくなったときに、短い母音 /i/ が長い母音 (二重母音) /aɪ/ になることによって元の長さを保持しています。

図|night の発音の変化

 

この法則の裏を返すと、長い母音や二重母音の前後には読まない綴り字が存在する可能性が高いと言えます。例えば <i> という綴りを二重母音 /aɪ/ で読む語にはそのような 「読まない字」 を含む傾向があります。 island の <s>、sign の <g>、 fine の <e> などがそれにあたります。特に fine の <e> はサイレントEやマジックEと呼ばれ、母音 + 子音 + <e> の連続では最初の母音を綴り字通りに読む (<a> なら /eɪ/、 <u> なら /ju:/) というフォニックス指導の代表格ですが、これは fine, hope, take などの語が元々2音節だった名残です。単に子音が落ちた night や comb に対し、母音が落ちて音節構造が変化するのは英語において珍しい発音変化です。

この補完的伸張という法則を覚えておけば似た綴りの単語の発音を区別する際に、また、逆に発音から綴りを推測する際に役立ちます。以下にサイレントEを含む単語とそれと似た単語の発音の例を挙げます。(//内の下線部分が母音の発音です。)

表|サイレントEを含む単語とそれと似た単語の発音の例

 

また、母音 <i> の直後の <gh> もサイレントEと同じ機能を持つ場合が多くあります。

表|母音 <i> の直後に <gh>がある場合とない場合の音の差異

 

更に、同じ綴りにおいて元々読まれていなかった字が読まれるようになった場合、その代わりに母音が短くなることがあります。これは補完的伸張の逆の現象であると言えます。このような母音はやはり元々の発音 (表右側) は綴り字通りになっています。

表|元々読まれていなかった字が読まれるようになった場合の母音の変化

 

昔の日本語では母親がパパと呼ばれていた?

ここまでは主に許容されない子音の連続に注目してきましたが、単語の位置に関する音素配列規則も存在します。特に語や音節の頭には制約が多く、英語において代表的なものは sing の <ng> の音 (発音記号では /ŋ/) です。 (sing を日本語で表記すると 「シング」 となるように、この音は日本語話者にとっては2音と認識されがちですが、実際は1音で、「マンガ (漫画)」 のようにカ行もしくはガ行の直前の 「ン」 とほぼ同じ音です ※7。) /ŋ/ は音節頭 (つまり母音の前) には出てきません。 Sing a song などの文になった際には母音の前で読まれることになりますが、この連続はネイティブにとっても難しいようで、我々日本人同様 /g/ を挿入して [sɪŋg] のように読む場合が多くあります。/ŋ/ は言語を問わず音節の頭で使われることは稀ですが、実際にタイ語などの言語には /ŋ/ で始まる単語が存在します。

主に音節末でのみ使われる /ŋ/ に対し、 /h/ の音は逆に音節頭でしか許容されません。つまり、「/h/ + 母音」 はあっても 「母音 + /h/」 はありません。 (これは日本語においても同様です。) 更に最近では、特にアメリカ英語において herb や help などの語等の /h/ も発音されなくなってきています。 (これらの方言でも behave などの語中の /h/ は発音されます。)

実は韓国語にも同じような制約があり、語等の L ※8を発音しません。韓国の 「李さん」 は 「リさん」 ではなく 「イさん」 ですが、英語表記は Lee であることが一般的です。これは元々の中国語の発音に L が入っていた名残ですが、現代韓国語において語等の L を発音しないためにこのような不一致が起こっています。ちなみに韓国語は音節末では L の発音がある言語で、「サムギョプサル」 などの単語がその例です。

では、日本語はどうでしょうか。日本語も韓国語同様ラ行から始まる和語はほとんどありません (「来客」、「連絡」 などは全て中国語由来の漢語です)。パ行に至っては漢語にすら存在しません。「パスタ」 や 「プリン」 などは全て外来語です。(しりとりの際にラ行とパ行が難しいのはこのためです。)

本語のパ行について興味深いのは、現代日本語のハ行が昔はパ行で発音されていたという説です。日本語の発音の歴史の研究においては非常に有名な説なのですが、室町時代に出版された 「後奈良院御撰何曽 (後奈良天皇編のなぞなぞ (何曽) 集)」 に 「母には二たびあひたれども父には一度もあはず (母には二度会うけれど父には一度も会わない)」 という問題があります。この答えは 「唇」 なのですが、1928年出版の 「波行軽唇音沿革考」 において新村出の考察が広まるまで現代人には文字通りの 「謎」 でした。

新村の説は当時の日本語では 「は」 がパと発音されていたという説で、「母には二たびあひたれども」 は、「母 (パパ)」 と発音する際には唇が二度接するということで、「父には一度もあはず」 は 「父」 と発音する際には唇が一度も接しないことだという解釈です。「は」 はその後ファという発音を経て現在のハの発音に変化したと言われています (ハ行転呼; 「転呼」 とは音が変化すること) ※9

話が本筋から逸れましたが、ハ行転呼が起こったことが現代日本語においてパ行で始まる和語が存在しない理由だと考えられます。これも広く考えれば語の中の位置に関する音素配列規則の一種であると言えます。

 

ネイティブの音素配列規則を身に付ける

今回のコラムでは音の並び順や語中の位置に関する発音ルールである音素配列規則をご紹介しました。外国語の発音練習というとどうしても個々の音を思い浮かべがちですが、個々の音の得意不得意だけでなく、どのような音の連続だと難しいか、単語や音節のどの位置にあると発音が難しいかということが母語によって変わってきます。

上で紹介した例以外にも、T (tea, top など) と R (read, red など) がどちらも発音できるからといって TR の音 (try, tree など) も上手く発音できるとは限りません。個々の音の発音の正確さも重要ですが、学習の際には単語や文など、実際のコミュニケーションに即した発音を練習することが重要であると言えます。

 

(※1)正確には 「国際音声記号 (International Phonetic Alphabet; IPA)」 といいます。

(※2)日本語のローマ字表記ではヤ行音を Y で表しますが、ドイツ語をはじめとするヨーロッパ言語にはこのような音を J で表すものが多くあり、発音記号 (国際音声記号) はこの綴りを反映しています。例えば Japan のドイツ語読みは片仮名で書き起こすと 「ーパン」 です。

(※3)ワ行の 「ゐ、ゑ」 (片仮名では 「ヰ、ヱ」) は日本語 (和語) の音としては消失しましたが、外来語の表記に用いられる 「ウィ、ウェ」 と同じ音を表します。ウィスキー (whisky) の表記に 「ウヰスキー」 や 「ヰスキー」 をあてることがあるのはこのためです。

(※4)言語学においては発音を / /、文字 (綴り字) を < > で表記する慣習があるので本稿もそれに従います。

(※5)「外来語」 の定義の難しさは日本語についても同様で、「小籠包」 や 「酸辣湯」 は明らかな中国語ですが、いわゆる 「漢語」 と称される 「人間」 や 「自由」 などの単語を中国語と考える人は少ないでしょう。

(※6)この 「長さ」 の説明は正確にすると非常に複雑になるので割愛します。

(※7)撥音 (「ン」 の音) は直後の音に応じて発音しやすい音に変化するという性質があり、日本語ではパ行やバ行前では /m/、タ行やダ行の前では /n/、カ行やガ行の前では /ŋ/ となります。

(※8)韓国語も日本語同様に L と R を区別しない言語ですが、本稿では英語表記に従って L を用います。

(※9)正確にはこれは語頭における発音の変化で、語中ではパ > ファ > ワという変化を辿ったと言われています。

 

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参考文献

Kavitskaya, D. (2014). Compensatory lengthening: phonetics, phonology, diachrony. Routledge.

https://escholarship.org/uc/item/9mw088r1

 

 

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