日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2023.02.09
2022年10月24日(月)に実施された、公立小学校としては国内初のイマージョン学級設置校、豊橋市立八町小学校(愛知県)の研究授業・協議会のレポート記事の後編です。後編では、研究協議会でのディスカッション内容を掘り下げて、イマージョン授業の目標の立て方について考えます。
著者:佐藤 有里
【目次】
研究授業は、ほかの学級の自習体制を整えたうえで、校長・教頭を含む八町小の教職員(JT、NET、イマージョン教育コーディネーターなど)約35人が参観。
その後の協議会では、授業案で仕組んだ手立てや支援が有効で合ったかどうかなど、いくつかの視点でディスカッションが行われました。
教職員がグループごとに協議内容を発表
原田教授からは、先生方から出た意見やアイデアに対して知見が共有されたほか、「言語の目標をどのように立てるか」というテーマで授業計画についての助言がありました。
特に低学年の場合は、教科内容(今回は算数)だけではなく言語(英語)に意識を向けさせることが重要とのこと。
言語の目標を考えるときの観点として、「Language of learning」、「Language for learning」,「Language through learning」の概念が紹介されました。
The Language Triptych(言語の3点セット)
※Coyle et al. (2010, p36)、笹島(2020)を基にIBS作成
この言語の3点セットは、CLIL(内容言語統合型学習)(※4)の理論であり、これら3タイプの言語を意識して指導案や教材、評価について計画することが重要だと考えられています(Coyle et al., 2010; 笹島, 2020)。イマージョン教育は、CLILの典型的な形態と言えます。
以下、八町小の授業でそれぞれの言語がどのように計画されているかを考えます。
教科内容の知識や技能を理解するために必須となることばです。
授業案の段階で計画されていたキーワードがこのタイプです。“split A into B and C” や “make 10” などがわからなければ、繰り上がりのある計算の仕方を理解できないからです。
授業案では、単語やフレーズを単にリストアップするだけではなく、教科を学習するときにそれらをどのように使うかを意識して授業を計画する、という重要なポイント(Coyle et al., 2010)が押さえられていました。
また、新しいことばを学ぶうえで重要だとされている「comprehensible input (理解可能なインプット)」(Krashen, 1982)につながる要素(具体物操作や視覚的支援、教師による繰り返しなど )がいくつか見られ、キーワードの意味を理解して使うべき場面で使えていた児童が多かったことから、効果的な計画だったと考えられます。
language of learningを授業中に使うだけではなく、教室内の掲示物で復習もできるような環境が整えられていました。外国語を使う場面が授業中に限られることの多いイマージョン教育では、このような環境づくりは重要です。
キーワードの一つ「group of 10(10のまとまり)」に関連する掲示物
学習するためのタスクや活動をうまく行うために必要なことばです。
クラスメートや教師に質問や確認をする、事実や理由を説明する、意見を発表する、話し合う、というような場面で使います。
“One more time, please.” 、“How do you say in English?” などのClassroom English(教室英語)はその一例であり、八町小では教室に掲示物として貼られています。
また、これまでの視察から、八町小の子どもたちは、どの教科の授業でも、発言をしたらほかのクラスメートに別の意見がないかどうかを確認する、という習慣がついていることがわかりました。
高学年の授業では “Does anyone have a different answer?” ですが、1年生の場合は、上記の授業中のやり取りに見られるように “OK?” が使われているようです。
また、今回の児童たちは単語やフレーズのみを使って発言していましたが、以前視察した6年生の算数授業では “You have to 〜” と主語や助動詞を入れた文で計算方法を説明させていたり、4年生の算数授業では “I think〜” を使って意見を言ったりしていました。
学習者がlanguage for learningを理解したり使ったりできなければ、質の良い学びは起こらないと言われている(Coyle et al., 2010)ため、このタイプのことばを効果的に指導する方法や活動を計画することは重要です。
八町小では児童の英語力を考慮しながら、このlanguage for learningを段階的に身につけさせていると考えられますが、今回は、具体的にどのように計画されているかを知ることができませんでした。今後調査していきたい点の一つです。
“Does anyone have a different answer?” が常にホワイトボードに貼られている高学年の教室
教師やクラスメートとやり取りをしたり、学習活動に取り組んだりしているときに、学習者が偶然発見して学ぶことばです。
新しい単語に出会うだけではなく、すでに知っていた単語を別の意味で使う、文の構造や規則に気づく、ということもあります。
例えば、3個のブロックを7個のブロックのほうに動かしたことを説明しようとした児童は、キーワードの “move” を使わずに “Three blocks go to . . .” と表現していました。この児童は、海外からの帰国生で英語力も高いため、“go” を使って何か物が移動することを表現できると知っていたのかもしれません。
教師が “move” に言い換えてキーワードを使うように促すだけではなく、 “go” でも意味が通じることを伝えたり、“move” と “go” の違いについて触れたりした場合、発言した児童にとっても、周りのクラスメートにとっても、“go” の意味や使い方を新たに学ぶ機会になります。
このようなlanguage through learningは、CLILでは最も重視されることばであり、「学習者にとっては最も定着しやすい言語」(笹島, 2020, Kindle Location No. 454-455)と言われています。
そして、どのことばを学ばせるか事前に計画したり予測したりすることは難しいものの、偶然発見したことばが習得されるように、教師やクラスメートが注意を向けたり、別の文脈で使ったり、そこから発展させて新しい学びにつなげたりする方法や体制についてあらかじめ戦略を立てておくことが大切です(Coyle et al., 2010)。
これまでの視察で、八町小の教師がlanguage through learningに反応する様子は何度か見られましたが、どれくらい意識的に行われているかは明らかになりませんでした。
同じことばをさまざまな文脈で使わせることができる八町小学校の利点を最大限に活かすためにも、今後さらに調査や検討を進めたい点です。
前回(2022年10月)の視察では、普段からイマージョン授業を受けていない他校の子どもたちも英語で教科を学べることがわかりました(ページ末の関連記事を参照)。
今回は、授業案や児童の英語力、学習状況など、さまざまな情報を八町小よりご提供いただいたことで、英語力が不十分な子どもが学べるようにするための授業づくりについて理解を深める貴重な機会となりました。
1年A組は、プリスクール(英語で過ごす幼稚園)に通っていた児童が6人、前年度まで海外に住んでいた児童が2人在籍していますが、残りの約7割の子どもたちは英語を学び始めたばかり。
しかしながら、およそ半数の子どもたちが積極的に手を挙げて発言していました。入学前から英語に触れる環境があった児童が多いものの、興味深いことに、最も発言回数の多かった児童4人のうち3人は、そのような環境がなかった子どもたちです。
実際に日本語を使って発言する場面もありましたが、すぐに英語で言い直したり、次の発言で英語を使おうとしたりする態度が見られました。
英語力については「力を伸ばしてきた」と教師から評価されており、イマージョン授業を通じて英語と算数の力を両方伸ばしてきたことが伺えます。
その成功要因の一つは、ことばに意識を向けながら「誰でもわかる」を目指した授業案の計画であると考えられます。
つまり、教科を学習するために必要なことばを理解したり使ったりできるようにする方法を丁寧に考えることは、教科の概念をわかりやすくする方法、学んだ知識をアウトプットしやすくする方法を考えることでもあり、結果として、英語力がない子どもも算数が苦手な子どももついていける授業になる、ということです。
日本語だけで教える場合は、国語以外の授業でことばに意識を向けることはあまりないのではないでしょうか。しかし、どの教科でも、新しいことばは数多く登場します。すでに日常生活で知っている日本語であっても、教科学習では概念が異なる場合もあるでしょう。もしかしたら、「日本語だからわかるはず」という思い込みによって、学習のつまずきを見過ごしてしまっているかもしれません。
八町小は、イマージョン学級で「誰でもわかる授業」を追求することで、通常学級(日本語のみを使って教える学級)の授業に還元することも目指しています。
どのようなときにどのようなことばが使われるか、ことばはどのような役割を果たすか、ことばを理解させるためにはどのような支援が必要か、思考しながらことばを使わせるためにはどのようやタスクや学習活動が必要か、教師が使うことばはわかりやすいか、というように、さまざまな観点から「ことば」を意識したイマージョン授業づくりは、日本語で教える授業にも応用できると考えられます。
(※4)多様で柔軟な指導・活動の工夫によって、内容(教科内容など)の学習と外国語の学習を効果的に統合しようとする教育アプローチの総称。バイリンガル教育や北米のイマージョン教育、CBI(内容重視の教授法)などからヒントを得てヨーロッパで始まった(笹島, 2020)。日本では比較的新しいアプローチだが、注目が高まっている。
■関連記事
Baker, C., & Wright, W. E. (2021). Foundations of bilingual education and bilingualism (7th edition). Multilingual Matters.
Coyle, D., Hood, P., & Marsh, D. (2010). CLIL: Content and Language Integrated Learning. Cambridge.
Echevarría, J., Vogt, M., & Short, D. (2017). Making content comprehensible for English learners: The SIOP®︎ Model (5th edition). Pearson.
笹島 茂(2020). 教育としてのCLIL (Kindle版). 三修社.
文部科学省(n.d.). 学齢児童生徒をいわゆるインターナショナルスクールに通わせた場合の就学義務について. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shugaku/detail/1422252.htm