日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2023.02.08
2022年10月24日(月)、公立小学校としては国内初のイマージョン学級設置校、豊橋市立八町小学校(愛知県)が1年生の算数科を対象に研究授業・協議会を実施。今回、当研究所(以下、IBS)は、視察や意見交換に加えて、初の試みとして授業案を事前に共有していただき助言を行いました。なぜ、英語力がまだ不十分な子どもたちも英語を使って教科を学べるのでしょうか? 授業づくりに注目して、その理由や課題について考えます。
著者:佐藤 有里
・八町小学校のイマージョン授業は、学習指導要領に沿った「教科の目標」と「言語の目標」を両方設定して計画されている。
・具体的操作や視覚的支援などの計画により、1年生の子どもたちがイマージョン授業で繰り上がりのある計算の仕方を考えたり表現したり(算数の目標)、そのときに使う英語を理解したり(英語の目標)できるようになっていく様子が見られた。
・教科内容を理解するために必須のことばに加えて、学習活動を行うときに必要なことば、学習のなかで偶然発見することばにも意識を向けて計画することが重要。
・ことばに意識を向けて授業を計画することは、イマージョン授業だけではなく、通常学級の授業の質も向上させる可能性がある。
【目次】
八町小学校(以下、八町小)は、2020年度より、国語と道徳以外の教科は主に英語を使って学ぶイマージョン学級を開設。公立小学校によるイマージョン教育(※1)の導入は、国内初の取り組みであり、開始から2年半が経過しています。
IBSは、イマージョン教育の研究を行う原田哲男教授(早稲田大学教育・総合科学学術院/IBS学術アドバイザー)とともに、研究活動および社会貢献活動の一環として、2021年度から計4回の授業視察や意見交換を実施してきました。
八町小イマージョン学級の目標は、子どもたちがイマージョン授業を通じて学習指導要領の内容を習得すること。今回は、そのような「豊橋版イマージョン教育」の質を高めるべく、1年生を対象とした研究授業および研究協議会が行われました。
当研究所は、原田教授を中心として、授業案に対する助言、研究授業の視察、協議会での意見交換を行いました。
研究授業は、イマージョン学級 1年A組の算数の授業で行われました。
子どもたちは、入学から半年が経過したところ。入学当初から、国語と道徳以外の授業は英語(必要に応じて日本語)を使って受けているほか、課程外の「補充英語」(6限目×週5日)の授業でも英語を学習してきています。
授業を担当する教師によると、子どもたちの学習状況は以下の通りです。
・算数の学習に興味をもって取り組んでいる。
・「たしざん⑴」や「ひきざん⑴」の学習では、多くの子どもが数図ブロックや図を使って数の増減を理解し、表現することができた。その中で、友だちのまねをしたり、繰り返し問題を解いたりすることで、自力で解決する喜びや自信をもつことができた。
・授業のはじめに、その単元に出てくる英語(キーワード)を練習することにも少しずつ慣れ、自分の考えを表現するときに積極的に英語を用いる子もいる。
イマージョン教育は、インターナショナル・スクールとの混同によって、通常の学級や学校に通う子どもたちと学習内容に差が出るのではないかと懸念される場合があります。
しかし、公立学校か私立学校かを問わず、学校教育法の第一条で定められている「学校」(一条校)は、学習指導要領に基づいた教育課程を編成しなければならず、八町小のようにイマージョン教育を行う場合も例外でありません。
一方、インターナショナル・スクールの多くは、一条校として認められておらず(文部科学省, n.d.)、独自の教育課程を持っています。
実際に、八町小の授業案からは、日本語を使って教える通常学級と同様に、学習指導要領に沿って教科学習の目標が立てられていることがわかりました。
また、この点は通常の英語の授業(英語だけを教える授業)と大きく異なる点でもあります。
単元は、「How many candies? 答えは10とあといくつ? ~たしざん(2)~」。
今回は全10回のうち3回目の授業であり、思考・判断・表現(数図ブロックなどを使って計算の仕方を考えたり説明したりすること)が目標です。
【単元目標】
■知識・技能・・・繰り上がりのある計算の仕方について理解する。(1位数)+(1位数)の繰り上がりのある計算ができる。
■思考・判断・表現・・・10のまとまりに着目して、繰り上がりのある計算の仕方を、数図ブロックの操作やことば、図を用いて考え、表現することができる。
■主体的に学習に取り組む態度・・・10のまとまりをつくることの良さを活かして、繰り上がりのある計算の仕方を考えたり、すすんで伝え合ったりしようとする。
■言語(英語)・・・繰り上がりのある計算で使用する算数用語や表現に、英語で慣れ親しむことができる。(英語との関わり・英語への慣れ親しみ)
また、上記の通り、英語学習の目標が定められていることは、英語を話す児童・生徒を主な対象とした算数の授業(例:インターナショナル・スクールなど)とは異なる点です。
「繰り上がりのある計算で使用する算数用語や表現」は、Key Words(キーワード)としてあらかじめリスト化され、毎回の授業の冒頭で復習するように計画されています。
また、繰り上がりのある計算の仕方を表現するためのセンテンス(文)も事前に決められていました。
また、これらのキーワードやセンテンスを教師が繰り返し使ってインプットするだけではなく、子どもたちにアウトプットさせる活動も計画されていました。
事前に準備されているキーワードとセンテンス
英語を十分に話せない移民の児童・生徒たちは、どのように指導すれば英語で教科を学べるか、というアメリカの課題から生まれた教育アプローチの一つに、「Sheltered Instruction」(シェルタード・インストラクション)(※2)があります。
このアプローチでは、学校現場での授業実践や効果検証を積み重ねて開発された「SIOP®️ Model」が広く知られています。教員がどのように授業を計画・運営・評価すればよいかを示した手順書のようなものであり、これによると、教科学習の目標(content objectives)だけではなく言語学習の目標(language objectives)も一つひとつの授業に設定することが重要です(Echevarría, et al., 2017)。
八町小のイマージョン授業づくりは、英語力が不十分な子どもが英語を使って教科を学べるようにするための基本的なポイントが押さえられていると考えられます。
では、「繰り上がりのある計算の仕方を考えたり説明したりできるようになる」という算数の目標、そして、「繰り上がりのある計算で使用する算数用語や表現に英語で慣れ親しむ」という英語の目標は、具体的にどのように指導して達成されるのでしょうか。
以下、実際に授業中に行われた、NET(※3)、日本人教員(以下、JT)、児童たちとのやり取りを一部紹介します。
まずは、「数図ブロックをどのように動かしたか」という具体物の操作を英語で説明する活動の様子です。
7+4を計算するために数図ブロックをどのように動かしたかを児童が説明
児童が「(4個のブロックのうち)3個を7個のブロックのほうに動かした」ということを、自分が知っている “go” という動詞を使って説明しようとします。教師は、うなずいたりリピートしたりしてそのことばを肯定しながら、キーワードである “move” に言い換えました。
児童: Three . . .
JT: Three. うん。
児童: Three go . . .
NET & JT: Three blocks?
児童: Three blocks go to . . .
JT: Three blocks go to . . .?
NET: Once more, please. What did you do first?
児童: Three blocks . . .
NET: Three blocks.
児童: Go to . . .
NET: Move to. (ジェスチャーで表現しながら“move”を強調して)
児童: Seven blocks.
NET:Very good! He says he moved three blocks to seven blocks.
(JTが「move 3 blocks」と板書をする)
次に、教師が「なぜ3個のブロックを動かしたの?」と問いかけると、“make 10” (10をつくるため)と複数の児童がキーワードを使って答え、10のまとまりをつくる、という概念を英語でも日本語でも理解していることが伺えます。
JT: Why do you move three blocks?
児童たち: To make 10 (ten)!
JT: In Japanese?
児童A: 10をつくる!
児童B: もう一個あったな。
児童C: 10にする!
(JTが「make 10」、「10をつくる」、「10にする」と板書をする)
「4を3と1にわける」という概念を確認しながら、児童たちに “split 4 into 3” というキーワードを使わせます。
NET: When we move three blocks, what do we do?(数図ブロックを動かしながら)
JT: When we move three blocks, what do we do?
児童A: 1になる!
NET: When we move three blocks and one block is left, what do we do?
児童B: Split 4 (four) into 3 (three) and 1 (one).
NET: This is very important. What did you say? (ジェスチャーをしながら)Split . . .(黒板に書かれた4を指差しながら)4 (four) into . . .(ブロックを3個動かしながら)3 (three) . . .(残った1個のブロックを指差しながら)and 1 (one). OK?
(JTが「split 4 into 3 and 1」を板書する)
児童たち: OK.
JT: In Japanese?
NET: How do you say that in Japanese?
児童C: 4を3と1にわける。OK?
(JTが「4を3と1にわける」を板書する)
児童たち: OK!
NET: That’s nice! So far, we moved three blocks. In doing so, we split 4 (four) into 3 (three) and 1 (one) to make 10 (ten).
児童の発言で使われたキーワードは、英語や日本語で板書されていく
教師が “What’s next?”(3個のブロックを7個のブロックのほうに動かして何をする?)と問いかけます。ある児童が手を挙げて席を立ちますが、英語で何と言えばよいのかわからない様子。教師は、日本語も使いながら児童の理解度を確かめたうえで、“10 and 1 is 11.” という表現を使わせることに成功していました。
児童: . . .(首をかしげながらJTやNETのほうを見る)
JT: 日本語でもいいよ。(数図ブロックを指差しながら)動かしました。いまこうなっています。4を3と1にわけました。次は何をする?
NET: How do we find the answer? What’s the answer?
児童: 11 (Eleven).
NET: (うなずいて)How? What do we add?
JT: 次は何をしよう?答えを出すために次はどうすればいいの?
NET: She is saying the answer.
児童: あわせる。
NET: あわせる。(強調して)
JT: あわせる。(強調して)
NET & JT: あわせる。あわせる。(NETがジェスチャーをしながら)
NET: That’s right! So . . .?
JT: What number and what number? (ジェスチャーをしながら)
(JTが「あわせて」を板書する)
児童: 10と1。
(JTが「あわせて」の左に「10と1を」を板書する)
NET: Can you say that in English?
児童: 10 (Ten) and 1 (one)!
NET & JT: Is?
児童: Is 11 (eleven)!
NET: That’s right!
(JTが「あわせて」の右に「11」を板書する)
このように数図ブロックという具体物の操作によって、繰り上がり計算の概念(10のまとまりをつくる)を理解すること、かつ、その概念と英語(+日本語)が直接結びつくようにしていることがわかります。
次のステップは、数図ブロックの操作をせずに頭の中で計算方法を考えて、それをことば表現できるようにすること。そのために、とても興味深い視覚的支援が使われていました。
“split 4 into 3 and 1” をさくらんぼ、“add 3 to 7 to make 10” をバナナジュース(10ス)で表現する、という方法です。授業案にも明記されており、「10をつくる」という意識を高めることが目的です。
「4を3と1にわける」という概念をさくらんぼで表現
NET: How do we split 4 (four)?
JT: Do you remember?
(さくらんぼを取り出して黒板に貼る)
児童たち: Cherries.
NET: Split.
(JTが黒板で4の下に3と1を書く)
JT: Split.
(JTが黒板で3と1をそれぞれ赤色の丸で囲む)
NET: We can make cherries.
児童たち: えー!(ワクワクした様子でそれぞれつぶやく)
「7に3をたして」という概念をバナナで表現
NET: We add 3 (three) to 7 (seven).
JT: 3 (three) to 7 (seven) to make 10 (ten).(3と7を指差して)
(JTが黒板で3と7を黄色の丸で囲む)
児童たち: わー!
JT: What’s this?
児童A: Banana!(JTの発問と同時に)
児童B: チェリーがバナナになった!
(児童たちがワクワクした様子でそれぞれつぶやく)
(JTがバナナの絵を見せる)
NET: We made a banana when we added 3 (three) to 7 (seven). OK?
「(7に3をたして)10にする」という概念をバナナジュースで表現
NET & JT: And we made 10 (ten).
(JTがバナナの横に10を書いて、バナナジュースの絵を上に貼る)
JT: What’s this?
児童たち: 10(じゅう)!
児童たち: ジュース!バナナジュース!
NET: That’s right! We call it banana juice! One, two!(手を叩いてリピートするように促す)
児童たち: Banana juice!
児童: 10(じゅう)がジュース!
JT: Make 10 (ten) ということでジュース。10 (ten)はジュースね。
NET: After we made 10 (ten), what’s next? What’s next to get the answer?
児童: 10 (ten) plus 1 (one) is 11 (eleven). OK?
児童たち: OK!
JT: ○○さん(児童の名前)said . . .(板書の「10と1をあわせて」に下線を引く) In Japanese, 10と1をあわせて11。10 (ten) plus 1 (one) is 11 (eleven).
計算の仕方を3ステップに分けて、三つの英文で表現する
NET: Look at the equation. What did we do? Did we make a banana first? Did we make cherries first?
児童たち: Cherries first.
NET: Cherries first.
JT: 最初にこれをつくったよね?(さくらんぼのように丸で囲った3と1を指差しながら)
これ何?In English? What did you do?
NET: How do you say that in English?
児童: Split 4 (four) into 3 (three) and 1 (one). OK?
児童たち: OK!
NET: Great, ○○さん(児童の名前). That’s right. Can you say it together? One, two!(手を叩いてリピートするように促す)
児童たち: Split 4 (four) into 3 (three) and 1 (one)!
(JTがことばのタイミングに合わせて黒板の英語や数字を指差す)
NET: And we made cherries. What’s next?
授業の最後は、このように「さくらんぼ」や「バナナジュース」という視覚的なイメージを思い出させながら思考や表現を手助けしていました。また、計算の手順を下記の3ステップに分けることで、繰り上がりのある計算の仕方を3つの英文で表現できることがわかるようになっていました。
1)さくらんぼをつくる →Split 4 into 3 and 1.(4を3と1にわける)
2)バナナジュースをつくる →Add 3 to 7 to make 10.(7に3をたして10)
3)バナナジュースとさくらんぼの右側(1)をあわせる →10 and 1 is 11.(10と1で11)
(※1)イマージョン教育は、バイリンガル教育の一つの形態。学校の教科を二つの言語(母語ともう一つの言語)で指導し、両方の言語を読み書きレベルまで育て、さらに二つの社会文化を受容できることを目的とする。イマージョン教育や過去の視察についての詳細は、関連記事(本ページの下部を参照)をご覧ください。
(※2)児童・生徒がまだ十分に話せない言語を使い、国などが定めた教育課程や学力基準に沿って指導するという点ではイマージョン教育と似ている。しかしながら、対象となる児童・生徒の多くが社会の少数派(移民など)である点、教科を学ぶときに使う言語が外国語ではなく第二言語(社会の多数派言語)である点など、社会的背景が異なる。母語と外国語の両方を読み書きレベルまで伸ばす「additive bilingualism(加算的バイリンガリズム)」というよりも、英語で教科を学習できるようになること、英語を学習言語レベルまで伸ばすことが重視されるため、イマージョン教育とは区別される(Baker & Wright, 2021)。
(※3)NET(ネイティブ・イングリッシュ・ティーチャー)。豊橋市で長年ALTとしての指導経験を積み、市の教員として採用されている。
■関連記事
Baker, C., & Wright, W. E. (2021). Foundations of bilingual education and bilingualism (7th edition). Multilingual Matters.
Coyle, D., Hood, P., & Marsh, D. (2010). CLIL: Content and Language Integrated Learning. Cambridge.
Echevarría, J., Vogt, M., & Short, D. (2017). Making content comprehensible for English learners: The SIOP®︎ Model (5th edition). Pearson.
笹島 茂(2020). 教育としてのCLIL (Kindle版). 三修社.
文部科学省(n.d.). 学齢児童生徒をいわゆるインターナショナルスクールに通わせた場合の就学義務について. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shugaku/detail/1422252.htm