日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2018.11.27

言語の多様性を維持するバイリンガル – 世界中で失われていく言語の現状

言語の多様性を維持するバイリンガル – 世界中で失われていく言語の現状

バイリンガルは、二つの言語の話者でいること、その存在自体に重要な価値があります。グローバル化に伴い世界各国で英語などの共通語が普及する一方で、世界中の言語の3分の1は存続の危機にあります。そのような国際社会において、人類の遺産である「言語の多様性」を守りながら共通語の普及を支えているのは、母語を維持しながら必要に応じて外国語を使用できるバイリンガルなのです。

 

【目次】

 

世界の3分の1の言語は、存続の危機

世界で話されている言語の数は、7,097(Simons et al, 2018)。一方、世界の国の数は、196(外務省, 2018)。この数字を比較すると「一つの国=一つの言語」ではないことがよくわかり、下図が示す通り、世界には何百もの言語が話されている国々があります。

グラフ 言語の数が多い国上位10

出典:Simons et al (2018) ※Ethnologue資料をもとにIBSが一部編集・作成

 

このように一つの国に複数の言語が存在することは何ら珍しいことではなく、日本も例外ではありません。

アイヌ語、奄美語、沖縄語など、計15の言語(*)が国内で話されています。しかしながら、それらの多くは存続の危機にあり、例えば、日本には15,000人のアイヌ民族が存在するものの、アイヌ語を話す人口はわずか10人、流暢に話すことができる人々は80歳以上の高齢者です。

主に鹿児島県・喜界島で話されている喜界語も、大人は喜界語と日本語(標準語)の両方を話すものの、10代以下の若者や子どものほとんどは日本語(標準語)のモノリンガルになっていると報告されています(Simons et al, 2018)。

世界においても、3分の1以上もの言語が存続の危機にさらされています(Simons et al, 2018)。

UNESCOによると、ある言語が存続の危機から消滅に至るまでには5つの段階があり、第2段階である「明らかな危機」以降に分類される言語は、すでに子どもが学ばなくなってしまった言語です(Moseley, 2010)。

そのような言語は、2010年に「存続の危機」と発表された約2500言語のうち約8割を占め、数十年後には消滅してしまうかもしれません。

 

(*) 15言語の多くは、学術領域や研究者によっては日本語の方言として位置づけられる場合もある。グラフ 存続の危機にある約2500言語の段階別割合

出典:Moseley(2010)※資料をもとにIBSが作成

※グラフ内の分類名(Moseley, 2010):

「脆弱」:ほとんどの子どもが話すものの、家庭のみなど使用場面が限られている言語

「明らかな危機」:家庭で子どもたちが母語として学ばなくなった言語

「深刻な危機」:主に祖父母世代以上の高齢者が話し、その次の親世代は理解できるものの、同世代または自分たちの子どもとの会話では使用しない言語

「極めて危機」:祖父母世代以上の高齢者のみが話すが、部分的に使用するか、ほとんど使用することがない言語

「消滅」:1950年代以降に使用者がいなくなったと推定される言語

 

UNESCO(2017)は、使用人口とそれが国内人口に占める割合、世代間の受け継ぎ有無、その言語に対する地域社会の考え方、使用場面、政府や公的機関における取り扱い・位置づけ、その言語で入手可能な情報(報道、文学、学術的な文書など)など、言語の存続に関わる要因は複数あると述べています。

世界各国の歴史において、国家や国民の統一、植民地化などの過程で、公用語に制定される言語が変化する、もしくは、その数が限られる、ときには国や地域社会が意図的に母語の習得を推奨しない、ということも起こってきました。

また、政治・経済、ビジネス、教育、映画や音楽、とあらゆる分野で世界各国が繋がってグローバル化が進むにつれ、その分野をリードする国の言語が広く普及していきます。このような状況を考えると、多数の言語が消滅していくことはある程度仕方のないことだとも言えます。

「共通語の普及」+「言語の多様性」を支えたのはバイリンガル

しかしながら、世界196カ国に対して、7,097もの言語が存続しているのはなぜでしょうか?

それは、母語とともに国の公用語や多数派言語を習得したバイリンガルの存在があったからではないでしょうか。例えば英語は、世界の10人に1〜2人が使用する世界の共通言語になりつつあります(The World Bank Group ,2018; Simons et al, 2018)。

もし複数の言語を話すバイリンガルやトリリンガルがいなければ、世界は英語のモノリンガルだらけになり、さらに多くの言語が消滅していたのではないでしょうか。

実際に、世界中の英語使用者のうち約7割が英語を第二言語としていることからも(Simons et al,  2018)、バイリンガルたちが言語の多様性を維持しながら英語の普及を支えたと推測できます。

国内においては、異なる言語を話す民族同士のコミュニケーションや民族間の衝突緩和などにおいて共通語が重要な役割を果たす場合があります。

また、世界規模で見ても、グローバル化が進む現在、さまざまな国の人々が意思疎通を図るために共通語の存在は不可欠です。

しかしながら一方で、言語の多様性を維持することも重要です。UNESCO(2010)は、言語の価値について以下のように述べています。

 

「言語は、単なるコミュニケーションの道具ではない。言語は、世界の見方を反映するものである。価値観や文化的表現を伝えるものであり、生きた人類遺産を構成する不可欠な要素である。」

出典:UNESCO(2010) ※IBS訳

 

つまり、一つの言語が消えることは、一つの価値観や文化、人類遺産が消えることを意味するのです。

言語の多様性が失われることは、言語学のみならず、人類学の分野においても危惧されている問題です。また、認知科学など、人間の脳の仕組みを理解しようとする学問分野においても、多様な言語は研究材料として重要です。

バイリンガルは、複数の言語を操る能力面にばかり注目が集まりがちですが、言語の多様性を維持する担い手としての存在自体に価値があります。

そして、英語が世界的に普及すればするほど、その存在価値が高まるのではないでしょうか。

 

 

言語存続の鍵は、子どもたちが握っている

EUは、言語の多様性を重視する多言語主義に基づき、母語のほかに少なくとも二つの外国語(EU諸国で使用されている言語)を幼少期から学ぶべきである、という言語政策の方針を2002年に決定しました。

EUの政策執行機関である欧州委員会は、科学的根拠に基づいた政策や指針を立てるために、幼少期の子どもを対象とした第二言語習得や外国語教育などの分野における専門家を計28カ国から集めた組織を設置し、さらに国際機関であるUNESCOやOECD(経済協力開発機構)とも連携しています。

この欧州委員会が2011年に公表した指針案内書では、幼少期からの外国語教育の必要性について、「言語や文化の多様性への関心を高めることにより、ほかの言語や文化を理解・尊重する態度を養うと同時に、自文化の価値や自らのアイデンティティの認識を高める」(IBS訳)と説明されました(European Commission, 2011)。

よって、EUにおける理想のバイリンガルやマルチリンガルは、単に外国語に堪能である人材ではなく、必要に応じて母語と外国語を使い分けられる人材です。

言語の多様性を守るには、母語や母国文化の価値を子どもたちに教える必要があります。そして、EU諸国の政治・経済統一やグローバル化に対応できる人材を育てるためには、外国語を教える必要があります。この二つの目標を実現させるためには、幼少期からの教育が必要であるという結論を出したのです。

また、UNESCOによる「存続の危機にある言語」の定義づけを見ると、ある言語が存続の危機に直面し始めるときは、子どもたちがその言語を使わなくなったとき、子どもたちがその言語を学ばなくなったときです。

子どもたちは、大きくなるにつれて、社会環境を通じ、どの言語が自分の生活や将来にとって重要かを実感するようになります。

その前に、世界中にさまざまな言語が存在すること、自分の母語が受け継がれていくことの素晴らしさを学んでいなければ、「自分にとって役に立たない」、「自分にとって重要でない」言語は、たとえ母語であっても学ばなくなってしまいます。

こういった観点からも、「幼少期の言語教育」は極めて重要なのです。

言語は、良い教育を受けるために、良い会社へ就職するために存在するわけではなく、それらのためだけに学ぶのではありません。

言語は、文化であり、価値観であり、その話者たちの歴史であり、人類にとっての重要な遺産です(Shin, 2017)。

しかしながら、英語を第一言語として使用する人がいる国は世界196カ国の6割を占める118カ国にも及び(Simons et al, 2018)、さらに普及が進むことは明白です。

よって、世界の共通言語として英語の重要性が増せば増すほど、言語の多様性を守りながらグローバルに活躍できるバイリンガルの価値が世界中で高まり、そのような人材を育てる外国語教育が必要になるのではないでしょうか。

日本語は、ほぼ日本でしか話されておらず、以下のグラフが示す通り、話者人口は中国語の10分の1、スペイン語や英語の3分の1に過ぎません。(Simons et al, 2018)

一方で、2018年6月に閣議決定された外国人材の受け入れ拡大(内閣府, 2018)に象徴されるように、日本が海外へ進出するグローバル化のみならず、海外の人材や企業が日本に流入してくる国内のグローバル化も進んでいます。

少子高齢化問題がこの動きをさらに強めており、近い将来、「日本人だけの日本語モノリンガル国家」という幻想は崩れるでしょう。

そのような環境の中で、日本語を守りながら英語を使って日本の経済や文化を発展させていくバイリンガル人材は必ず必要となります。

よって、単なる英語教育ではなく、日本語を守る、ひいては言語の多様性を守るための教育としてバイリンガル教育の価値を再認識する必要があり、そのような教育環境を子どもたちに用意することは、日本人にとっても世界人類にとっても極めて重要なのではないでしょうか。

グラフ 話者の多い言語上位10

出典:Simons et al (2018) ※Ethnologue資料をもとにIBSが作成

 

 

参考文献

European Commission (2011). Language Learning at Pre-primary School Level: Making it Efficient and Sustainable – A Policy Handbook.

https://ec.europa.eu/education/content/commission-staff-working-paper-language-learning-pre-primary-level-making-it-efficient-and_en

 

Moseley, C. (ed.) (2010). Atlas of the World’s Languages in Danger, 3rd edn. Paris, UNESCO Publishing. Online version:

http://www.unesco.org/culture/en/endangeredlanguages/atlas

 

Shin, S.L. (2017). Bilingualism in Schools and Society: Language, Identity, and Policy (2nd ed.). New York: Routledge.

 

Simons, G.F. and Fenning, C.D. (eds.) (2018). How many languages are there in the world?. Ethnologue: Languages of the World, Twenty-first edition. Dallas, Texas: SIL International. Online version:

https://www.ethnologue.com/guides/how-many-languages

 

Simons, G.F. and Fenning, C.D. (eds.) (2018). Summary by language size. Ethnologue: Languages of the World, Twenty-first edition. Dallas, Texas: SIL International. Online version:

https://www.ethnologue.com/statistics/size

 

The World Bank Group (2018). Population, total.

https://data.worldbank.org/indicator/SP.POP.TOTL

 

UNESCO(2010). Atlas of the World’s Languages in Danger.

http://publishing.unesco.org/details.aspx?Code_Livre=4728

 

UNESCO(2017). A methodology for assessing language vitality and endangerment.

http://www.unesco.org/new/en/culture/themes/endangered-languages/language-vitality/

 

外務省(2018).「世界と日本のデータを見る(世界の国の数、国連加盟国数、日本の大使館数など)」.

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/world.html

 

内閣府(2018).「経済財政運営と改革の基本方針2018」.

http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2018/decision0615.html

 

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