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2021.05.14

文法を実際に使えるようになるためのプロセスを解明〜慶應義塾大学 中浜教授インタビュー(後編)〜

文法を実際に使えるようになるためのプロセスを解明〜慶應義塾大学 中浜教授インタビュー(後編)〜

「文法を実際に使えるようになるためのプロセスを解明」に関する、中浜教授(慶應義塾大学)への取材記事後編です。

【目次】

 

 

実際に使えるようになるためには?①:「knowing how」の知識が必要

―文法を知識として身につけてから実際に使用できるようになるまでは、どのような訓練が必要でしょうか?

1950~60年代あたりは、言語習得は「習慣形成」であるという行動主義の考え方が主流でした。母語で培った習慣を離れ、新しい第二言語の習慣を形成するため、とにかく繰り返し練習して、完璧を目指す、というオーディオリンガルメソッド的なことをみんな信じてやっていました。

でも、その学習方法には効果がない、ということが少ししてからわかってきました。

近年は、認知的アプローチ(広義では機能主義を含む)の考え方により、言語学習も、ほかのいろいろなスキル学習と同じである、と捉えられています。Anderson (1995)(※17)によると、メタ言語的知識として取り入れた文法は「宣言的知識」とみなされていて、「knowing what」(それについて知っている)と言われています。

例えば、英語の語順はこうだ、と知っていることは宣言的知識ですね。

一方、物事の手順やスキルなど、ことばでは言い表されない知識は、「手続き的知識」と呼ばれていて、これは「knowing how」(どのようにやるかを知っている)です。

 

―実際に使えるようになるためには、文法知識が「knowing what」から「knowing how」になる必要がありますね。

宣言的知識は、練習によってだんだん手続き的知識に変わっていく、と言われています。日本語でも「ノウハウ」と言いますね。「ノウハウ」がわかって初めて実際に使いこなせるのだと思います。

練習といっても、その文法を使う文脈もなく、「言いなさい」、「覚えなさい」と一方的に練習・暗記させる行動主義の時代のやり方とは違います。「knowing what」の段階で、ルールの存在に「気づく」ということ(awareness)が必要です。

自転車に乗れるようになるのと同じで、乗り方を覚え(knowing what)、それを練習して身につける(knowing how)。そうすると、何も考えずにできるようになるわけです。

これがDeKeyser(1998)(※18)のいうところの「自動化」です。自動化できるようになると、習得した過程も覚えていないほど、自分のものになっている、という感覚になると思います。

 

実際に使えるようになるためには?②:ESL環境が有利

―学校の成績や英検、TOEICなどの点数が同じであっても、どのような環境で学習してきたかによって、「実際に使えるかどうか」というところに違いが出ますか?

そうですね。特に、語用論的な言語使用の能力には、顕著な違いが見られます。ESL環境(第二言語として英語にふれる環境)にいる学習者は、発話行為(依頼、謝罪、断り行為など)を実践する機会が日々あるわけですから、そのような言語の使い方は学習環境から大きな影響を受ける、と言われています。

まずは、用例基盤モデル(Tomasello, 2003)(※19)という理論で説明できます。基本的には、第一言語でも第二言語でも、環境における刺激から意味あるパターンを抜き出し、実際の言語使用を通して、暗示的に言語構造を習得していく、という考え方です。例えば、「過去について言うときには、いつも動詞にedがついているな」と気づいて身につけていく、ということですね。

毎日英語にさらされるESL環境の場合は、「どういうときにどの言語形式を使うか」という社会的な言語使用における意味も同時に身につけていきます。

でも、日本では、教室から一歩外に出たら、日本語の環境ですよね。このEFL環境(外国語として英語にふれる環境)の場合は、そのような機会が教室内に限られます。

すなわち、EFL学習者はESL学習者に比べ、環境における刺激から意味あるパターンを抜き出す機会が断然少なく、そのための動機づけも少ない、ということです。すでに日本語の概念が確立されているので、英語のパターンを抜き取ることもかなり大変です。

 

―文法やことばの使い方のパターンに気づくためには、日常的なインプットが重要なのですね。

大学の学生たちを見ていても、実際に使えるかどうか、という点では、ESL環境で英語を習得してきた人のほうが断然有利です。これは、「転移適切性処理の原理」(Morris, Bransford, & Franks, 1977(※20); Lightbown, 2008(※21))という理論でも説明ができます。学習者は、その情報を獲得(習得)した状況と似ている状況に置かれて初めてその情報にアクセスすることができる、つまり知識を発揮できる、ということです。

学習環境によって文法の能力に差が出るか、という研究は少ないのですが、いま、これについて論文を共同で執筆中です。会話文において現在完了形を正しく使えるか、ということをESL環境で英語を習得した人(帰国生の大学生)とEFL環境で英語を習得した人(一般的な大学生)で比較したのですが、ESL学習者の点数のほうが有意に高いことがわかりました。一方、現在完了形の翻訳をさせるテストにおいては、EFL学習者もESL学習者と同じぐらいの点数をとれました。

EFL学習者は現在完了形を日本語から英語への翻訳を通じて学んだので、同じ翻訳という状況でテストをされたらその知識をうまく発揮できたけれど、実際の使用場面(会話文の穴埋め)では、ESL学習者と差がついてしまった、ということなんです。

 

効果的な英語教育とは?

―効果的な英語教育や英語学習環境とは、どのようなものであるべきだと思われますか?

いまご紹介した二つの理論からもわかるように、やはり多くの(文脈のある)インプットと有意味な言語活動がカギとなるのではないかと思います。とにかく使う機会を増やすために発話行為を中心とした指導方法にしながら、明示的な説明も加える。私は、このような、明示的アプローチと暗示的なアプローチのハイブリッド型指導を実践しています。

やはりEFL環境においては明示的な指導も必要になってくるのを実感していて、第二言語習得の研究結果を見ていても、明示的指導のほうが効果を出しやすい場合はけっこう多いです。日本では教室の外に出ると日本語が話されている環境で、学習者が日常的に英語でフィードバックを受ける機会が少ないからですね。

さらに、英語でYouTube動画や映画を見る、英語で本や雑誌を読むなど、どんな方法でもいいので、英語環境下に身を置いて、自律的に英語学習を進めていけるようにしなければいけないと思います。

 

―英語教育では、英語力をどのように評価するか、といった課題もあります。どのような評価方法が適切か、どのようなところに注目して評価するか、といった点について、先生のご意見を伺いたいです。

そうですね。ペーパーテストだけではなく、実際に言語が運用できるかどうかのパフォーマンステストが採用されるようになってきたことは、よいことだと思います。

学習者の年齢や習熟度などにもよって評価方法は当然変わってきますが、小学生でも「Show and Tell」(※22)や身近なものについての簡単なプレゼンテーションはできるでしょうし、中学生・高校生にもなってくると、トピックを決めて「私は〜についてこう思う」というプレゼンテーションもできるようになってくるのが理想ですので、それについての評価がなされたらよいと思います。

また、会話やグループ・ディスカッションなども評価の対象とするのは興味深いですね。プレゼンテーションやスピーチは、基本的にはオーディエンスに向かって説得力のある語りをしていく、という一方向のタスクで、やりとりが少ないからです。

 

―会話やグループ・ディスカッションのほうが、実際に英語を使う場面に近いやりとりになりますね。

そうなんです。会話やグループ・ディスカッションとなると、双方向のタスクであり、相槌、割り込み、同意・不同意の表明方法といったような、実際の会話のスキルや語用論的能力のテストにもなります。

これは、上級学習者でも難しいとされている領域です。例えば、日本は「はい」、「ええ」というふうに相槌をたくさん打つ文化ですが、英語話者にとっては、相槌をしすぎると失礼になります。

私は、あるイギリス人の大変著名な研究者と電話で打ち合わせをしていたときに、この相槌で大恥をかいたことがあります。私が一生懸命説明しているのに、相手があまりにも何も言ってくれないので、「聞いていますか?」、「私が話したことを言ってみてください」なんて言ってしまったんです。そしたら、しっかり話を聞いてくれていたんです。「あなたが話している最中に相槌をするのは失礼だと思った」と、その紳士的な第二言語習得の研究者に言われました。

こういう語用論的な側面を評価するテストを増やしていけば、本当の意味でのコミュニケーション能力を測ることができるのではないかなと思います。

そして、評価項目としては、語彙、文法が極端に逸脱しておらず、内容がうまく伝わっているか、発音は通じるレベルであるかどうか、などのレベルでいいと思います。まずは「通用する英語」というのが大事なので、それを評価できるような項目をつくっていくべきだと思います。

 

―小学校英語教育には、どのような課題があると思われますか?

子どもの認知能力レベルに合わせた活動にすることが必要だと思います。

シンガポールの日本人学校や日本の私立小学校で英語の授業を観察したところ、意外なことがわかりました。英語力が高い子どもが多いにもかかわらず、学年が上がるほど、日本語―英語の翻訳を確認するような授業、つまり、日本語・英語の知識を両方使わせて取り組ませる活動が多い授業になっていたんです。

また、教師が子どもたちに聞く質問も、学年によって違いがありました。低学年では、ディスプレイ・タイプの質問(教師が答えをすでに知っている質問/例:What is the colour of the sweater you are wearing today?)が多く、学年が上がっていくと、レファレンス・タイプの質問(教師が答えを知らない質問/例:What did you eat today?)が多かったんです。

おそらく、子どもの認知能力レベルに合わせた活動にしているのだと思います。高学年では、母語の文法等の知識と比べさせながら第二言語のknowing what(宣言的知識)を消化させる、といったような指導方法にしたほうが、子どもたちは早く理解できるかなと思っています。

 

―認知能力が高くなってきた高学年の場合は、日本語の知識を活用して学ぶ方法にも効果があるのではないか、ということですね。

中学校2年生の教科書を見たのですが、英語の文章を読んで最初に日本語でメモを取り、その日本語のメモからいくつか選んで英語に訳す、というアクティビティがありました。やはり翻訳が中心の授業になっていることがわかります。全部を英語でやるのはまだ難しいんだろうなと思いますが、でも、英語に慣れてくるにつれ、英語での思考の仕方ができるようになったらいいですね。

先日参加したシンガポールの学会でワークショップがあり、シンガポールの小学校で実際行われている英語の授業が紹介されていました。

【1. コネクション】 聞いたり読んだりしたものと自分自身の経験を比較して、コネクション(つながり)を考えさせる。身近に感じさせることにより、リスニングやリーディングへの動機づけを高める。

【2. チャレンジ】 自分はその意見に「同意しない」として、その理由や意見を書かせる(チャレンジさせる)。

【3. キーコンセプト】 テキストの中からキーコンセプト(重要な考え方)を挙げさせ、どうしてそのコンセプトが大事なのかを考えさせる。

【4. ライティング】 自分やクラスメイトの意見を基に、どのように元の文章を変えていったらいいのかについて話し合わせ、最後に文章を書かせる。

このようなステップでリスニング・リーディングのアクティビティをすることで、スピーキングやライティングのスキルも併せ、4技能すべて練習することができるとともに、クリティカル・シンキング(批判的思考)を育てることにもなるというわけです。日本でも、このようなアクティビティを高校レベルぐらいで取り込んでいけたらいいなと思いました。

 

―第二言語にふれ始める年齢が早いこととその後のコミュニケーション能力の関係については、先生はどのように考えていらっしゃいますか?

私は、特にコミュニケーション能力育成という意味では、小学校から英語教育を始めることには賛成です。ピアジェ(※23)の知力発達モデルをもって考えても、7〜11歳ぐらいがconcrete operational stage(具体的操作期)(※24)で、知的レベルの育成のピークは7歳ぐらいだそうです。

ですから、そのような年齢から、ゲームや絵本の読み聞かせなどを通してでもよいので第二言語に接していく、ということはとても重要だと思っています。神経筋の可塑性(発音に使う筋肉の柔軟性)という面から考えても、小学校低学年や就学前から第二言語にふれておくと、発音の習得も大人になってから学習し始めるよりは大変ではないでしょう。

ただし、「ネイティブ・スピーカーみたいな発音になって英語がペラペラになる」という理由だけで、小さいころから英語にふれさせることには少し疑問をもちます。なぜなら、いまは「World Englishes」(世界中のさまざまな英語)という考えが広まっているからです。

世界中の英語話者のうち、英語モノリンガルは20%だけであり、それ以外の80%は英語を含めて複数の言語を話すバイリンガル、マルチリンガル話者なのです。なので、発音のうまさ、などはもはや誰も気にしないような時代に突入しています。相手が理解できるレベルであればいいんです。

英語の思考パターンを身につけてほしい、という目的であれば、そして、家庭で日本語での読み聞かせをしたりして母語を大事にすることを怠らなければ、英語の第二言語での適応性ということを考えても、母語の概念形成ができ上がってしまう前に第二言語を習得し始める、ということは悪いことではないと考えます。

そしてその言語を話すときに適宜その言語にあった考え方でやりとりを進めることにより、異文化間のミス・コミュニケーションも軽減されていくと信じています。

例えば、日本人学生がアメリカに留学した際、ホストファミリーに「~いる?」と聞かれて、「はい」、「いいえ」とだけ答えたところ、「なんと失礼な人だ」と思われて関係性が悪くなった、というエピソードがあります。本来なら、yes やnoだけではなく、「Yes, please.」 や「No, thank you.」と言うべきだったんです。

こういった、英語母語話者なら幼少期から獲得していく「マナー」も、小さいときから学んでおいたほうが身につきやすいかもしれませんね。

 

おわりに:文法習得のプロセスを理解した指導方法が重要

「文法の知識はあるけれど、実際に使えない」という人は、とても多いのではないでしょうか。そして、いつまで経っても使えないことに落胆して、英語習得を途中であきらめてしまう人もいるかもしれません。

しかし、機能主義的アプローチの考え方は、そのような人々に希望を与えてくれます。なぜなら、「文法を正しく使えるか」という結果ではなく、「文法を使って意味を表そうとしているかどうか」というプロセスを評価するからです。

英語を学習し始めたころのことを思い出してみましょう。きっと誰もが知っている単語をとにかく並べて、そのときの文脈に頼って相手に理解してもらっていたはずです。でも、学習が進んでいくと、今度は、過去のことを話すときに、動詞の過去形はまだ使えないものの、「yesterday」といった副詞で情報を補い、よりスムーズに相手に意味が通じます。そして、最終的には、「過去形」という文法を使って意味を表現できるようになります。

この初期段階や中間段階は、「間違い」ではありません。文脈に適したコミュニケーションが成功しているからです。たとえ過去形を正しく使えていなくても、過去形を使って過去のことを表現しようとしていることがわかれば、過去形の習得が一歩先に進んでいるのです。このように考えれば、自分の文法習得が少しずつ進んでいることを実感でき、学習を続けていく動機づけになるはずです。

また、中浜教授によると、日本語にはない、または日本語とは大きな違いがある英語の文法規則は、習得が難しいことがわかっています。それは、日本語を学んでいる英語話者にとっても同じです。よって、いくら勉強しても、冠詞や関係代名詞、複数形が正しく使えないからといって悲観しすぎることはありません。

そして、このような文法規則を実際に使えるようになるためには、周囲で使われている言語から「こういうときにはこの形式を使う」というパターンに気づくこと、そして、実際に使う場面に近い状況で学ぶことが重要です。

日常的に英語にふれる機会が少ない日本では、このような学習環境をいかに実現させるか、そして、子どもの認知能力レベルに合わせて、暗示的な指導だけではなく明示的な指導も行う、ということが効果的な文法指導のカギとなりそうです。

 

(※17) 該当文献:Anderson, J. R. (1995). Learning and Memory: An Integrated Approach. John Wiley & Sons.

(※18) 該当文献:DeKeyser, R. (1998). Beyond focus on form: Cognitive perspectives on learning and practicing second language grammar. In C. Doughty & J. Williams (Eds.), Focus on Form in Second Language Acquisition (pp. 42-63), Cambridge: Cambridge University Press.

(※19) 該当文献:Tomasello, M. (2003). Constructing a Language: A Usage-Based Theory of Language Acquisition. Cambridge: Harvard University Press.

(※20) 該当文献:Morrism C. D., Bransford, J. D., & Franks, J. J. (1977). Levels of processing versus transfer appropriate processing. Journal of Verbal Learning & Verbal Behavior, 16(5), 519-533.

https://psycnet.apa.org/doi/10.1016/S0022-5371(77)80016-9

 

(※21) 該当文献:Lightbown, P. M. (2008). Transfer appropriate processing as a model for classroom second language acquisition. In Z. Han (Ed.), Understanding second language process (pp. 27-44). Clevedon, UK: Multilingual Matters.

(※22)あるものを見せながら、それについて説明したり話したりする発表活動。

(※23)発達心理学の分野における著名な研究者ジャン・ピアジェ。

(※24)事物を体系的に捉え、論理的に考えることができるようになる発達段階。

 

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文法を実際に使えるようになるためのプロセスを解明〜慶應義塾大学 中浜教授インタビュー(前編)〜

 

【取材協力】
中浜優子教授(慶應義塾大学 環境情報学部)

慶應義塾大学中浜教授のお写真

<プロフィール>

アメリカのオハイオ州立大学大学院教育学研究科でM.A.、ジョージタウン大学大学院言語学研究科で博士号(Ph.D.)を取得。ノートルダム大学の専任講師、名古屋大学大学院 国際言語文化研究科の助教授、東京外国語大学大学院 地域文化研究科の准教授職を経て、2009年から慶應義塾大学環境情報学部教授に就任。専門は、応用言語学。特に、第二言語でのコミュニケーション能力(運用能力)に着目し、効果的な英語初等教育のあり方についても研究を進めている。

 

参考文献

Eberhard, D.M., Simons, G.F., & Fennig, C. D. (Eds.).(2021). Ethnologue: Languages of the World. Twenty-fourth edition. Dallas, Texas: SIL International. Online version:

http://www.ethnologue.com

 

中浜優子(2016).「機能主義的アプローチに基づく第二言語習得研究」.『第二言語としての日本語の習得研究』, 19, 61-81.

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