日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2020.12.23
国を挙げて教育改革(文部科学省,2020a)が進む中、さいたま市では平成28年度から国に先駆けて市独自の英語教育改革を実践し、大きな成果を上げています。
「グローバル・スタディ」と名付けられた、この英語教育改革(さいたま市教育委員会,2019)。単なる言語の習得に留まらず、グローバル社会でたくましく豊かに生きる子供たちを育てることを目的とし、平成30年度の文部科学省「英語教育実施状況調査」(文部科学省,2020b)では、さいたま市の中学3年生が英語力全国1位を獲得しました。
今回は、その「グローバル・スタディ」を立ち上げ、国に先んじて英語教育改革を進めておられるさいたま市教育委員会の細田眞由美教育長に、「グローバル・スタディ」がどのような目的で実践され、どんな形で成果を上げたのかなどについてお話を伺いました。
【目次】
―さいたま市が「グローバル・スタディ」を導入した目的と経緯について教えてください。
さいたま市はもともと英語教育に力を入れており、小学校の英会話活動については、すでに平成19年度からスタートしていました。「グローバル・スタディ」を導入したのは平成28年度で、すべての市立小・中学校で実施しています。
「グローバル・スタディ」は、単に英語という言語を習得するためだけでなく、将来グローバル社会でたくましく豊かに生きる児童生徒の育成を目的として、カリキュラムが組まれています。市の英語教育における長年のノウハウと知見を活かし、さまざまな検証と研究をもとに確立されました。
小学1 年生から中学3年生までの9年間で一貫した英語教育を行い、英語のインプットだけでなくアウトプットの機会も数多く設け、「話す」「聞く」「読む」「書く」の4技能をバランス良く学べる内容になっています。
―具体的にどのような英語授業を行うのでしょうか?
小学1・2年生は英語に慣れ親しむ授業、3・4年生は日常会話を中心とした授業、5・6年生はコミュニケーション活動を中心とした「話す」「聞く」「読む」「書く」授業を行います。
小学生は歌ったり踊ったり、チャンツ(※1)をしたりして、楽しく授業を行います。子供たちは英語の勉強をしているというよりも、英語を使って皆と楽しく過ごしているという感覚ではないでしょうか。
英語が伝わったときの喜びを皆で共有することができるので、子供たちは「もっと英語を勉強したい」という気持ちになり、英語の授業を楽しく続けることができます。
小学校の授業では、担任教師のほかにネイティブティーチャーや日本人の英語教員が入って、3人でチームティーチング行う授業もふんだんにあります。
中学生になると、ネイティブの教師による英語授業の他に、ディベートやディスカッションなども行います。また、海外の学校との交流を通して、さいたま市の伝統や文化を発信する授業なども行います。
―3人の教師で英語のチームティーチングを行うというのは、公立小学校の授業としては画期的ではないでしょうか?
そうですね。チームティーチングは私立では実践している学校も多いのですが、公立ではまだ少ないと思います。でも、英語の授業を行う上でチームティーチングは理想的な方法なので、さいたま市でも積極的に取り入れました。
担任の先生は、クラスのグループダイナミクスを把握しているので、「この子がクラスのムードメーカーで、この子は大人しいけれどよく理解している」といったように、子供たちのことをよく知っています。ネイティブティーチャーはネイティブならではのダイナミックな授業を行いますし、日本人の教員は日本の子供たちが授業のどこで躓きやすいかをよく理解しています。
こうして3人の教師がそれぞれの役割で子供たちに関わることで、非常に効果的な授業を実践することができます。
―ネイティブティーチャーというのは、ALT(※2)のことですか?
ALTもいるのですが、実はさいたま市では2018年から実施している教員の採用試験(さいたま市教育委員会,2020)にネイティブ枠を設けていまして、7名のネイティブティーチャーを教諭として正式に採用しています。教諭なので単独で授業もできますし、担任を持つこともできます。
ネイティブティーチャーを教諭として採用している自治体はまだごく僅かで、さいたま市はその先駆けともいえます。たとえばさいたま市立大宮国際中等教育学校は、いま国際バカロレア(※3)の認定校を目指していますが、同校では5人のネイティブティーチャーがしっかりと授業を支えてくれています。
現在さいたま市内で国際バカロレアの認定校を目指しているのは、大宮国際中等教育学校だけですが、同校での取り組みの成果は他の市立学校の授業でも活かすことができますし、行く行くは他の市立学校も国際バカロレアを目指せるようになってほしいと思っています。
―さいたま市独自の英語カリキュラムを組み、DVD教材を作成されたそうですね。
はい。小学1年生から中学3年生までの英語カリキュラムを、さいたま市が独自に組みました。小学校に関しては、1年生から6年生までのオリジナル児童用テキストを作成し、授業で活用しています。中学校用には多読資料を作成して、家庭で多くの英文に触れられるようにしています。
小学1・2年生については、オリジナルのDVD教材も作成しました。DVDの内容は、カリキュラムの各レッスンに準拠しています。各レッスンがDay1~3で構成され、前半が登場人物のストーリー、後半はチャンツやアクティビティという構成になっています。
これとは別に、小学1・2年生の教科指導用のDVDも作成しました。小学校低学年の子供たちは、45分の1校時を集中して聞くのは、なかなか難しいですよね。DVDには、楽しく英語を使いながら授業を展開できる指導案が盛り込まれていて、ワークシートも付いています。
―YouTubeで授業の動画も配信されているそうですが?
今年の3月から5月までの3ヶ月間、コロナによって小・中学校が休校になってしまいましたので、そのときに教育委員会のメンバーとさいたま市立学校の職員6000人が手を組んで、840のデジタルコンテンツを作りました。
緊急事態だったので、私たちも手探りでコンテンツを作成したのですが、「グローバル・スタディ」のデジタルコンテンツは評判が良く、子供たちからも「わかりやすくて楽しかった」と言われ、休校が解けた現在もYouTubeで動画配信しています。
―さいたま市では英語のアウトプットの場を数多く設けているそうですが、その理由は何なのでしょうか?
私が英語の教師をしている頃からよく言われたのは、「日本人は長いこと英語を勉強していて、難しい大学入試も突破するのに、なかなか英語を言葉として使えない」ということでした。
たしかに言語を学習したら、それをアウトプットするチャンスがないと、なかなか言葉として自分の中に定着しません。
そのため、さいたま市ではアウトプットするチャンスをいっぱい作ろうということで、「英語劇発表会」や「英語ディベート大会」「イングリッシュ・キャンプ」などの場を設けています。
―「英語劇発表会」「英語ディベート大会」「イングリッシュ・キャンプ」それぞれの内容を教えてください。
小学校では皆で英語劇にチャレンジし、「英語劇発表会」でそれを発表します。子供たちが劇の中で生き生きと英語の言葉を話すと、観衆が笑ったり拍手したりします。そういう体験をすることによって、子供たちは「自分の英語は生きているんだ!」ということを、肌で実感することができますよね。
中学生になると、「英語ディベート大会」に挑戦する機会があります。ディベート大会で自分の主張を発表することで、生徒は自分の考えが英語で多くの人たちに伝わっていく喜びを実感できます。
イングリッシュ・キャンプは、さいたま市立の小・中・高・特別支援学校の子供たちが「名栗げんきプラザ」に集まり、外国人講師のもとで2泊3日の英語漬けの生活を送ります。高校生はグループのファシリテーターとして、小・中学生をまとめる役割もあり、英語を通した異学年の交流が生まれます。
また、今般はコロナの影響でできませんでしたが、自治体や学校単位で国際交流も数多くやっています。さいたま市の子供たちはこのように授業以外の場でも、生きた英語が使えるアウトプットの場がたくさんあります。
―こうした数々の取り組みの成果によって、「英語力日本一」を獲得されたのですね。
おかげさまで、令和元年の文部科学省「英語教育実施状況調査」では、さいたま市の中学3年生が前年に引き続き英語力全国1位となりました。
令和元年は、CEFR A1レベル相当以上の英語力を有すると思われる中学3年生の生徒数が、さいたま市は77%(2位の福井県が61.4%)でした。今年度は、コロナ禍の影響もあり、全国の調査は実施されなかったのですが、本市独自の調査により、本市の中学2年生の87%がCEFR A1レベルに到達したことがわかりました。この結果に満足せず、「グローバル・スタディ」の内容を、常により良いものに進化させていきたいと思っています。
―さいたま市は教育のICT化に注力しているとのことですが、具体的にどんな取り組みを行っていますか?
国が「GIGAスクール構想」の一環として、2023年度までにすべての義務教育段階の子供たちに、1人1台のデバイスを配ることを推進しています。
さいたま市もICTを活用した授業を本格化する計画はありましたが、コロナ禍という誰も予想だにしなかった事態が起こり、その計画が一気に前倒しになりました。
2020年度内にすべての市立学校186校に高速大容量のネットワーク環境を作り、10万台のタブレットパソコンを配る必要が生じたのです。
ところが、これを実践するにあたっては、問題がありました。私たちは教育のプロフェッショナルですが、ITのプロフェッショナルではありません。「それならば、プロの力を借りよう」ということになり、転職エージェントのビズリーチを通して、IT人材を公募することにしました。
―IT人材の採用にあたって、転職エージェントを利用されたのですね。
はい。「自治体のエンジニア募集に、優秀なIT人材がどこまで関心をもってくれるだろうか?」と案じていたところ、まったく予想に反し、4人の募集に680人もの応募がありました。それもプロ中のプロの方々ばかりです。
最終面接で「なぜこのような優秀な方が、さいたま市教育委員会の取り組みに応募してくださったのですか?」とお聞きしたところ、「いま教育の世界は、まさにパラダイムシフトしていく大転換期にあり、その瞬間に立ち会える醍醐味を味わいたい」とおっしゃっていただきました。嬉しい限りです。
そういうわけで、いま4名のITスペシャリストと2名のアドバイザーで計6名のDX人材の方々とご一緒に、さいたま市のギガスクール構想・さいたまモデルの青写真を描いています。全国には1741の自治体がありますが、さいたま市教育委員会が公立学校のICT化のひとつのモデルを作り、発信していければと思っています。
―ありがとうございました。最後に、子供たちが将来グローバルに活躍するためには、どんな力が必要だと思われますか?
世界はさまざまなダイバーシティ(多様性)に溢れています。そのため、子どもたちが将来グローバルに活躍するためには、その多様性を理解する力が必要です。
この地球上にはたくさんの言語があり、たくさんの生活様式があり、政治や宗教なども実にさまざまです。英語を学ぶことによって、そうしたさまざまなダイバーシティを、英語という窓で直接見ることができるでしょう。
また、日本がどんな国で、自分たちがどんな考え方を持っていて、どんな地域で生活しているのかということも、英語を使って発信することができます。
ですから、「英語は将来自分にとって素敵なツールになるから、しっかり勉強していこうね」と、いつも子供たちには話しています。
グローバル・スタディは、けっして英語教育だけに留まってはいません。世界の多様性を子供たちと一緒に見ていく教科であると考え、教員はそのダイバーシティを理解し、繋いでいく力が必要だと思っています。
(※1)「チャンツ」とは、リズムにのせて単語や文を言うことで、言葉を自然に覚え、発音やイントネーションを鍛える方法のこと。英語圏の子供たちは、小さい頃からチャンツで英語を学んでいる。
(※2)「ALT」とはAssistant Language Teacherの略で、外国語を母国語とする外国語指導助手のこと。
(※3)「国際バカロレア」とは、スイス・ジュネーブにある非営利組織・国際バカロレア機構(IBO)が認定する教育プログラムのこと。世界に通用する論理的思考力や表現力、コミュニケーション能力などを身に着けることができる教育プログラムとして、世界的に高い評価を受けている。文部科学省も国際バカロレア認定校の推進を図っている。
【取材協力】
さいたま市教育委員会 細田眞由美教育長
<プロフィール>
埼玉県立高校の英語教諭として長年勤務し、2005年に伊奈学園中学校の教頭に就任。2011年にさいたま市教育委員会に移り、2013年にさいたま市立大宮北高校の校長に就任。2017年から現職。
■関連記事
文部科学省(2020a).「学習指導要領「生きる力」」.Retrieved from
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm
さいたま市教育委員会(2019).「さいたま市の英語教育“グローバル・スタディ”」.Retrieved from
https://www.city.saitama.jp/003/002/008/101/001/p062652.html
文部科学省(2020b).「平成30年度「英語教育実施状況調査」の結果について」.Retrieved from
https://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/1415042.htm
さいたま市教育委員会(2020).「令和3年度採用さいたま市立学校教員採用選考試験説明(第4回)」.Retrieved from
https://www.city.saitama.jp/003/002/008/101/005/p070962.html
文部科学省(2019).「令和元年度「英語教育実施状況調査」の結果について」.Retrieved from
https://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/1415043.htm