日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2020.08.04
子どもたちや若者に人気のゲームを活用した英語学習は、世界各国で研究が進んでいます。
日本では、特に小学生を対象にした実践報告はほとんどありませんが、2019年、立命館小学校でのMinecraftを活用した授業が世界的に評価されました。今回、この授業を設計した正頭英和教諭へのインタビュー取材をもとに、いまの子どもたちの英語教育に必要な「モチベーション」について考えます。
【目次】
正頭英和教諭は、立命館小学校(京都府)で英語科を担当し、小学生に人気のゲームMinecraft(マインクラフト)を活用した英語の授業を行っています。2019年には、日本従来の「英語の授業」のスタイルに変革を起こすような取り組みであること、多様な教育的要素や他教科の学習内容が含まれることなどが評価され、Global Teacher Prize 2019(グローバル・ティーチャー賞)のファイナリスト10名の1人に選ばれました(Varkey Foundation, 2020; 立命館大学, 2020)。
メディアでは「教育界のノーベル賞」とも呼ばれ、子どもたちの教育において際立った貢献をした世界各国の教師に対し、敬意を表して捧げられる賞です。
―Minecraftの活用については、Microsoft社から提案があったそうですが、どのように英語の授業を設計したのでしょうか?
“それまでMinecraftを知らなかったですし、自分はおもしろいと思えなかったので、最初はやらないでおこうかなと思いました。でも、この話を何気なく子どもたちにしたとき、「Minecraftできるの?すごい!」とリアクションがものすごくて、目がキラキラ輝いたんです。
子どもたちが「先生、簡単に言うとレゴだよ。無限にブロックがあるんだよ!」と説明してくれました。「それをどうやったら英語の授業にできるかな?」と聞いたら、「じゃあさ、先生」と子どもたちが提案してくれました。”
―授業内容を子どもたちに相談したんですね。
“子どもたちから「京都には海外の人がいっぱい来るけど、大人ばかりだから全然楽しくない。だから、海外の子どもたちにいつか来てもらえるように京都を知ってもらおうよ。京都の建物をMinecraftの中でつくればいいじゃん!」という意見が出たのですが、子どもの観光客がほとんどいない、という着眼点は、僕にはまったくありませんでした。
「作品を海外の子どもたちに見せたいから、先生どこか海外の学校を探してきて」と言われて、「はい!」と答えて授業のパッケージができあがっていきました。この授業は誰がつくったのか、と聞かれたら、「子どもたちがつくった」と胸を張って言えます。”
このような過程でつくられた授業では、子どもたちが4〜5人ずつのグループに分かれ、Minecraftでブロックを組み合わせて金閣寺などの世界遺産をつくります。このときに、ゲームの操作方法やブロックを置く場所、必要なブロック数など、さまざまな会話が発生しますが、このときに使っていい言語は英語のみ。
事前に建物の歴史を調べて見学しに行ったり、作品を説明するロボットを画面上に用意したり、社会科やプログラミングなどの授業とも連携。さらに、海外の小学生たちから感想や意見をもらい、「ここがわかりにくい」、「ここがよくなかった」という部分を修正して完成させます。
最終的には、世界中の人々がダウンロードできるサイトに作品を公開することがゴールとなりました。
―先生がMinecraftについて知らないことがむしろよかったのかもしれませんね.
“もし知っていたら、がちがちにつくり込んだ設計通りに授業をして、子どもたちのモチベーションをそこまで引っ張り出せなかったかもしれないですね。
中学生・高校生に教えていたときは、教科書中心の授業だったので、教科書の内容と子どものモチベーションをなんとかつなげられないかと考えることに苦労しました。もちろん、これを考えることも素晴らしいのですが、子どもの内側から出てくるモチベーションを教材にすることには勝てないと思います。”
―大人がよかれと思っても、子どもにとってはつまらない、ということはありますよね。
“小学校では「子どもと一緒に授業をつくる」という発想をもったほうがいいですね。僕の感覚では、3年でジェネレーションギャップが生まれます。
30代、40代の先生になってくると、もう感覚を変えないとだめです。それが無理だったら、子どもたちに相談する。そうしないと、子どもたちは飽きてしまいます。
YouTubeは、自分の好きなものしか見ないでいい、という空間ですよね。それをずっと体験してきている子どもたちは、自分がおもしろくないと思ったものにはアンテナが立ちません。”
子どもの英語教育では、いかに英語が好きな子どもに育てるか、いかに英語を学びたいと感じさせるか、というモチベーションの部分がよく議論されますが、機械翻訳の精度が上がってきた今、「子どもたちが英語を学ぶ理由なんて、突き詰めていけばいくほどない」と話す正頭教諭。
だからこそ、英語を英語として学ぶのではなく、そして、英語を学んでいる、と感じさせることなく、「楽しいことをしている過程でついでに英語が身についていた」という学び方を理想としています。
Global Teacher Prize 2019のファイナリスト10名(左から4人目が正頭英和教諭)
子どもたちは、チームごとにMinecraftで建物をつくろうとするとき、英語しか使ってはいけない、というルールが設けられています。しかし、そのやりとりに必要な単語・フレーズが事前に教えられたわけではありません。
子どもたちの「知りたい」というモチベーションを最大限引き出すためです。正頭教諭は、「これを英語で言いたかったんだけど、何て言うかわからへんっていうフレーズある?」と子どもたちに聞きます。
そうすると、子どもたちから「ここにブロックを4つ置いてほしい、って何て言うの?」などと質問が出てきて、そこで初めて、「ここを自分の好きな数字に変えてごらん」といった使い方とともに、フレーズや文章で教えるのです。
―英語での活動は「まずはインプットしてから」というイメージがありますが、Minecraftの授業では逆ですね。
“子どもたちがつまずかないように事前にインプットを与えておく、というプロセスは、典型的な英語の授業という感じがしますよね。でも、子どもたちには「これ、何て言うの?」とつまずいてほしいと思っています。
まずは「知りたい」というニーズを引き出して、子どもたちが知りたいときにすぐに教える。子どもたちは習ったことをすぐに使う。それを聞いて友だちがリアクションしてくれる。
こういう環境の中で、教えたフレーズが子どもたちの中に染み込んでいきます。”
正頭教諭は、そのようなフレーズを板書して何度かリピート練習させたり「メモをとりたい子はとっていいよ」と言ったりすることはあっても、10分ほど経ったら少しずつ消し、フレーズを印刷した紙を配ることもありません。
子どもたちが相手のほうを見ずに文章を目で追いながら読むだけになってしまったり、文章を指差して「これ!」で済ませてしまったりして、コミュニケーションにはならないからです。
―公立の学校でも英語を使う必然性のある場面づくりまではよく行われていますが、Minecraftの授業では「英語を知りたい」というモチベーションがとても強そうですね。
“英語の授業だから何も見ずに話そう、とがんばる子も出てくると思うのですが、子どもたちの目標が英語学習ではなく、決められた時間内に金閣寺を立てることだと、「間違っているとか恥ずかしいとか、そんなことには興味ないから、早よ言って!」という空気ができあがります。
英語を学んでいる感覚が完全に抜けて、「とにかくメッセージを伝えたい」ということに終始します。英語の文章を覚えるのも、覚えたほうが素早くメッセージを伝えられるからです。
聞く側も「先生が言っていた文章やな」と理解が早くなるから覚えようとします。英語に対するハードルが極端に下がることがこの授業の最大のポイントだと思っています。”
―Minecraftの授業は、国際交流にもなっていますね。作品に対して海外からのフィードバックを受けた子どもたちはどのような反応をしますか?
“もともと海外との交流はずっとやっていたのですが、大人は子どもたちを海外とつなぐことだけで満足してしまいます。でも、子どもたちは、お互いの文化を紹介することには興味がなくて「おもしろくない」と言いました。
「何を交流させるか」が一番大事だと気づいて、そこにMinecraftを置いてみたところ、子どもたちは海外から送られてきた感想の動画を「いまの英語、何て言ったんだろう?」、「これはこうなんじゃない?」と、英語が得意な子を中心に話しながら何度も繰り返し見て聞き取ろうとしました。
子どもたちが「交流したい」と思えるコンテンツで交流するからこそ、こういうやりとりが生まれるのだと思います。”
―得意・不得意や性格の違いなどによって、取り組みに差が出ますか?
“実は、みんながみんなMinecraftを好きなわけではありませんでした。でも、歴史が好きな子、英語が好きな子、プログラミングが好きな子はいます。
だから、そういう子たちをうまく組み合わせてチームをつくりました。子どもたち主導で取り組ませるので、「〜さんとうまくいかない」といったトラブルも起きますが、そういう問題にもあえて向き合わせます。”
子どもたちや若者に人気のゲームを活用した英語学習については、世界各国で研究されていますが、近年は、複数人で同時にプレイするオンラインゲームが注目されています。
それは、プレイヤー同士が協力して共通の目的を達成しようとするとき、「私が〜するから、あなたは〜して」というように、コミュニケーションが必要となるからです。
正頭教諭の授業も、このような実践の一つと捉えられます。教師主導ではなく、子どもたち主導の取り組みだからこそ、英語でやりとりをすること、教えられた文章を覚えること、単語を聞き取って理解することすべてに高いモチベーションが生まれています。
さらに、ただ「楽しい」だけで終わらず、いずれは社会に出ていく子どもたちのために「英語を使う人間のあるべき姿」についてチームワークを通じて指導している点はユニークであり、グローバル人材の育成を目標にした英語教育においては、極めて重要な側面だと考えられます。
子どもたちのMinecraft作品
Minecraftの授業からは、いまの英語教育には「子ども主導」が重要であることがわかります。正頭教諭は、機械翻訳などのICTが人々の知識の差を埋める時代になってきたものの、すべての人々が同じ知識レベルを保つかというと、実際には違うだろうと考えています。
その理由は、モチベーションです。知りたい、やりたい、というモチベーションの違いによって、「この人はこのことに関してはすごい」と差が出てくる、ということです。
―家庭でできる「子ども主導」の教育について、考えられていることはありますか?
“自分が好きなことをとことん探求していくとか、自分がやりたいことをとことん調べていくとか、そういう環境や体験を子どもたちに提供していくことは、すごく重要なことだと思います。好奇心は、人間誰にでもあり、「育てる」ものではなく「奪わない」ようにするものです。
「このお花は何ていう名前なの?」と子どもに聞かれたとき、知識をベースに教えようとすると、「たんぽぽだよ」とすぐに答えてしまいます。でも、好奇心をベースに教えようとすると、「何だと思う?図鑑で調べてみようか」となって、対応がかなり違ってきます。
図鑑で調べようとすると、そのページに辿り着くまでに「この花は?」と別の花が気になったりして、たくさん寄り道があるんですよね。いまの時代、その寄り道がすごく大事です。”
―失敗なども含めて「寄り道」が大切ということですね。
“買いたい本が決まっていなくても本屋さんに行くと「この本おもしろそう」と手に取るように、寄り道の途中では、たくさんの出会いや気づきがあって、きっと「英語を勉強したいな」と思う出会いもあるはずなんです。
「これを勉強しなさい」と最短のルートで行こうとするのではなく、何かやりたいことがあって、そこに向かって寄り道しながら進んでいくと、途中で英語にふれる場面があって「英語ができたほうが手っ取り早い」という瞬間がくるんですよね。そういうときに英語を学ぶモチベーションが生まれるんだろうなと思います。
授業をつくるときにも、子どもを中心に考えて進めようとしたら、とても面倒です。計画通りにいかず、寄り道ばかりですから。でも、そのほうが楽しい授業がつくれます。
カリキュラムとのせめぎ合いで難しいところですが、教師が敷いたレールの上だけでは、いまの子どもたちはもうついてこないかもしれません。”
英語教育に限らず、大人の感覚で考えたり先回りしたりすることが子どもたちの好奇心を奪ってしまうことは多々あります。誰でも簡単にインターネットやAI技術を使って知識を入手したり補ったりできる時代では、英語を知りたい、使いたい、というモチベーションを引き出すことが以前よりも難しいのかもしれません。
しかし、海外の人やものにふれやすくなった時代だからこそ、Minecraftのように、一見、英語学習と関係なさそうな、寄り道に見えるようなものであっても、子どもの好奇心をベースに進めてみると、大人には思いつかなかったような英語の学習機会を発見し、従来の授業よりも強いモチベーションを生み出せる可能性があります。
モチベーションは、第二言語学習の成果を左右する要素の一つであり、「なぜ学ぶのか」という理由はモチベーションの強さに影響すると言われています(Ortega, 2009)。
日本では、成績や進学・就職、海外の文化や人々への興味などが英語学習の理由になることが多いですが、いまは「自分の好きなことをするために英語が必要」という理由にも着目して子どもの英語教育を考えていく必要があります。「僕たちの実践は、3年後の教育はこういう形なのではないかという提案でもあり、公教育にどのように貢献できるかということも意識しています」と話す正頭教諭によると、立命館小学校では授業の実践記録をすべて残し、年に2回は公開授業を行なっています。
Minecraftを活用した英語の授業実践は、公立小学校や家庭にとっても、子どもたちのモチベーションを引き出す方法に対して新たな見方を与えてくれるのではないでしょうか。
自分たちがつくった作品を説明するロボットをプログラミング
【取材協力】
立命館小学校(京都府・京都市) ICT教育部長/英語科 正頭英和教諭
Global Teacher Prize 2019 Top 10 Finalist
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参考文献
Ortega, L. (2009). Understanding Second Language Acquisition. Hodder Education.
Varkey Foundation(2020). 2019 Finalists. GLOBAL TEACHER PRIZE. Retrieved from
https://www.globalteacherprize.org/finalists/2019-finalists/
立命館大学(2020).「立命館小学校英語科・正頭英和教諭が“教育界のノーベル賞”と称される『グローバル・ティーチャー賞』のトップ10にノミネート」. Retrieved from
http://www.ritsumei.ac.jp/news/detail/?id=1330