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2020.02.26

共通語と方言の使い分けは国際理解への第一歩

共通語と方言の使い分けは国際理解への第一歩

かつての日本は、地域特有のなまりや方言を矯正することが国語教育の目標の一つでした。しかしながら、近年の学校教育では、方言の価値を積極的に認め、状況に応じて共通語(国語)と方言を使い分けることが理想とされており、「日本はモノリンガル国家」という幻想から抜ける第一歩を踏み出し始めています。

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【目次】

 

マックvsマクド論争から見られる方言意識

出身地域の異なる人同士の会話によく登場する「マクドナルドをマックと呼ぶかマクドと呼ぶか」という話題。呼び方の違いにおもしろさを感じて会話が盛り上がることは多々あります。

2017年にマクドナルドがこのような現象を宣伝活動に利用したことからも、日本でいかにマックvsマクド論争が人気かがわかります。同年8月1日、マクドナルドはTwitter公式アカウントで「マクド」派の地域が全国で11都道府県であることをツイート。

2016年社内調べとして、関西5地域(兵庫、京都、大阪、奈良、和歌山)が「マクド」、その近隣の6地域(滋賀、三重、香川、徳島、愛媛、高知)が「マック」・「マクド」両方を愛称として使っていることが発表されました(マクドナルド, 2017a, August 1)。

この投稿は、「マックなのか?マクドなのか?おいしさ対決!」という企画を宣伝するためのもの。「#マック軍」代表商品として「#東京ローストビーフバーガー」を、「#マクド軍」代表商品として「#大阪ビーフカツバーガー」を期間限定で販売し、Twitterでの各ハッシュタグをつけた応援ツイート・リツイート数によって、どちらの愛称が勝つかを決めるという企画です。

結果、「#マクド軍」が勝利し、公式HPが関西弁の仕様になるなど、ユーモアある企画は概ね好意的に受け止められ、多くのメディアや個人ブログ、SNSで話題になったばかりでなく、世界中の国々ではどう呼ばれているのかを調査するテレビ番組などもありました。

これほどの盛り上がりを見せたのは、単にどの愛称が正しいかということではなく、地域によることばの違いを楽しむ雰囲気になっていたからではないでしょうか。企画中、マクドナルド側も「#マック軍」、「#マクド軍」の商品広告には「〜じゃん」、「ほんま〜」、「どないでっか?」、「試してみてな!」など、各地域の方言を織り交ぜ(マクドナルド, 2017a, August 25; 2017b, August 25)、「フランス人は、マクドナルドを「マクド(MacDo)」と呼ぶ」というような少数派と思われる「#マクド軍」を応援するような投稿もしていました(マクドナルド, 2017b, August 1)。

「マック」や「マクド」という愛称が方言の影響かどうかは定かではありませんが、東京弁と大阪弁を比較した場合、東京弁では母音を無声化される(はっきりと発音されない)ことが多く、大阪弁では母音を長音化される(長く伸ばして発音される)ことが多いという研究結果があります(藤本, 2004)。

例えば、大阪の人は、「マ」の母音a、「ク」の母音u、「ド」の母音oを長くはっきりと発音する傾向にあり、そうすると、発音のリズムとして「マ」と「ク」の間に「ッ」が入れるよりも、マ・ク・ドと口に出すほうがしっくりくる、ということは考えられます。
各地のことばには、音声やリズムのほかにも、アクセントの強弱や抑揚、語彙、文法など、多様な違いがあるため、推測の一つにすぎませんが、最も慣れ親しんでいることばから何かしら影響を受けている可能性はあります。

「マックvsマクド」論争が標準語とその他の方言、標準語こそが正しい、という論調になってしまうと、方言を話す人々が不快に感じる場合もあります。しかしながら、このように、地域による違いを興味深く感じ、全国の人々が「私が生まれ育った地域のことばでは〜である」と主張できる社会であることは、これから世界中の多様な言語を話す人々とともに生きていく日本人にとって重要です。

 

かつての国語教育では方言を「矯正」

日本で方言を好意的に捉える人々が以前よりも増えたことは、学校教育の変化と関連している可能性があります。かつての日本の国語教育は、家庭や社会で自然に学ばれた話し言葉の誤りを正し(特に方言や訛りの矯正)、読み書きを教えることだと考えられていました(文部省, 1951a)。

戦後の教育改革により、社会生活や思考力、他教科の学習、文化創造に必要な国語の知識や技術、習慣・態度などを身につけさせる、という近代的な教育に発展したものの、以下の表が示す通り、「方言は矯正するべき」という考え方はその後も数十年に渡って受け継がれていきます。

日本で最も古い1947年の学習指導要領には、「正しく美しいことばを用いることによって、社会生活を向上させようとする要求と能力とを発達させる」、「よいことばをつかう」、「わるいことばをつかう習慣をなおそうとする」、といった説明があります(文部省, 1947)。

方言が「悪い」、「間違い」などとは書かれていませんが、「正しい」・「よい」・「美しい」国語を話すことを目指す方針の中で、方言を「許す」・「なおす」・「さける」という指導内容が含まれていれば、方言を話すことはよくないという意識が定着したとてしも何ら不思議ではありません。

3年後に改訂された学習指導要領からは、「標準語」に代わって「共通語」という用語が使われています。共通語の使用場面として「道路上で旅人に話しかけられた場合」、「目上の人(ことに先生)に話す場合」、「訪問先とか公的な席上での対話」、「転校してきた児童と話す場合」が例として挙げられており(文部省, 1951a)、中学校の指導目標「共通語を話すこと」にも「必要に応じて」という条件が加わりました(文部省、 1951b)。

「良い・悪い」という表現もなくなり、実用的な理由で共通語を指導する方針に変化したと言えます。しかしながら、国語を「正しく」使うことが良い人格や品性を養うことに繋がるという見解が示されており、依然として方言に劣等感をもたせる方針であったと考えられます。

1958年の改訂では、共通語が「全国に通用することば」に置き換えられて定義が強調されました。さらに、この改訂時からは、共通語と方言の違いを理解する、という指導内容が加わり、1989年(平成元年)の改訂以降はそれぞれの「役割を理解する」という指導内容も加わっています。

話し言葉と書き言葉の違いと同様に、共通語と方言も「良い・悪い」ではなく「違い」であり、さらに、方言にも役割があることを公的に認めるようになったと言えます。

表|学習指導要領における方言に関する見解

出典:文部省(1947; 1951a; 1951b; 1958a; 1958b; 1968; 1969; 1977a; 1977b; 1989a; 1989b)、文部科学省(1998a; 1998b; 2008a; 2008b; 2017a; 2017b)

※IBS表作成

 

共通語と方言の「使い分け」が理想とされる近年

小学校で「総合的な学習の時間」が新設され、全国の中学校で英語が必修化された1998年の学習指導要領改訂では、共通語・方言に関する指導開始がこれまでで最も遅い学年(小学5・6年生)となりました。

これは、子どもが学校でも方言を自由に話す期間が引き伸ばされたことを意味するのではないでしょうか。
また、1・2年生で「はっきりした発音」という指導内容はあるものの、「正しい発音」、「なまり」という表現は一切見当たらず、3年生以降は発音に関する指導目標がないため、「なまりを訂正」という考え方が見直されたと推測されます。

「脱ゆとり教育」で有名な2008年の改訂時には、小学校では「共通語と方言とを比較、対照させながら違いを理解し、それぞれの特質とよさを知り、共通語を用いることが必要な場合を判断しながら話すことができるように指導することが大切である」という説明が追加されました(文部科学省, 2008a)。

中学校では、指導の意義として、以下の通り、共通語・方言の定義や役割が詳しく説明され、方言を尊重する方針が初めて明確に示されました。

画像|共通語・方言の定義や役割

 

2020年から全面施行される新学習指導要領では、2008年の改訂時に「人々が相互の理解を進めるために不可欠な能力」と表現された共通語の使用について、「異なる地域の人々が互いの伝えたいことを理解することができる」という表現に変わり、共通語と方言の必要性や価値に対してさらに中立的な立場をとっている様子が伺えます。

以下の通り、方言の役割だけでなく価値に関する説明も具体例とともに追加されており、「言語の多様性」という観点から方言を尊重する見解であることが明記されています(文部科学省, 2008b; 文部科学省, 2017b)。

画像|方言の役割と価値

 

 

「共通語+方言」は国際理解にも繋がる

国立国語研究所の研究結果によると、どの相手(家族、同郷の友人、異郷の友人など)に対しても方言をよく使う人々は近畿地方出身者に多く、方言に対する愛着も強いことがわかっています(田中・前田, 2012)。

また、若者の間では、「ゆうて」(そうは言っても)、「ワロタ」(笑った)、「それな」(そうだよね)など、関西弁から派生した可能性のある表現がSNSを通じて話し言葉としても広がっていると言われています(渡辺, 2019)。

前述の通り、日本の学校教育では、ずいぶん前から「標準語」という用語の使用は避けられており、「方言を矯正する」という考え方はかなり古いものです。

そして、「共通語=東京の言葉」というイメージも今後は変わっていくでしょう。

文部科学省の定義に従えば、地域を越えて通じるのであれば、どの地域の言葉であっても、それは「共通語」なのです。共通語と方言の違いは、全国で通じるか、特定の地域のみで通じるか、という差であり、「正しい・間違い」、「良い・悪い」ではなく、それぞれに異なる役割と価値があります。

もしかしたら、同じ日本人であっても、共通語しか使えない人よりも、共通語と方言それぞれの役割・価値を理解して使い分ける人のほうが「日本はモノリンガル国家」という幻想から抜け出し、言語や文化の多様性を受け入れて尊重する姿勢を身につけやすいかもしれません。

そして、日本語のモノリンガルでも英語のモノリンガルでもなく、国際共通語としての英語と母国の言語としての日本語の両方を学ぶバイリンガルになることの意義や価値も理解しやすいのではないでしょうか。

国際理解は、海外の人々や海外の言語・文化と接したときにだけ深まるものではありません。実は、「マックかマクドか」というような何気ない日常会話であっても、「正しい・間違い」、「良い・悪い」という視点ではなく、違いに興味を持ち、なぜ違うのかという視点で考えてみることで、言語や文化の多様性を理解し尊重する国際感覚を身につけることができるのです。

 

■関連記事

 

イメージ画像 もう一つのバイリンガルの世界 〜手話言語と音声言語のバイリンガル〜 もう一つのバイリンガルの世界 〜手話言語と音声言語のバイリンガル〜

 

 

参考文献

田中ゆかり・前田忠彦(2012).「話者分類に基づく地域類型化の試み:全国方言意識調査データを用いた潜在クラス分析による検討」.『国立国語研究所論集』, 3, 117-142.

http://doi.org/10.15084/00000493

 

藤本雅子(2004).「母音長と母音の無声化の関係:東京方言話者と大阪方言話者の比較」.『国語学』, 55(1): 2-15. Retrieved from 雑誌『国語学』全文データベース

https://db3.ninjal.ac.jp/SJL/getpdf.php?number=2160020150

 

マクドナルド(McDonaldsJapan).(2017, August 1). 「マクドナルドを「マクド」と呼んでいる人は、実は全国で11都道府県だけ!あなたはどっちで呼んでる?」[Twitter post]. Retrieved from

https://twitter.com/McDonaldsJapan/status/892565620591558656

 

マクドナルド(McDonaldsJapan).(2017b, August 1).「味にうるさいフランス人は、マクドナルドを「マクド」と呼ぶのです。これからはじまるあの対決に、これは有利な情報かも!?」[Twitter post]. Retrieved from

 

マクドナルド(McDonaldsJapan).(2017b, August 25).「まだまだ暑いわ〜!そんな時は香りゴージャス甘み上品 #マックフィズ山形ラフランスはどないでっか?#マック軍の方も#マクド軍の方もまだ飲んでない方はぜひ試してみてな!」[Twitter post]. Retrieved from

https://twitter.com/McDonaldsJapan/status/901293129915039744

 

 

文部省(1947).「学習指導要領 国語科編 昭和22年度(試案)」. Retrieved January 7, 2020 from

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文部省(1951a).「小学校学習指導要領 国語科編(試案)昭和26年(1951)改訂版」. Retrieved January 7, 2020 from

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文部省(1951b).「中学校・高等学校学習指導要領 国語科編(試案)昭和26年(1951)改訂版」. Retrieved January 7, 2020 from

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渡辺夏奈(2019, October 15).「「ゆうて」「それな」SNSで流行、関西弁が語源?—とことん調査隊」.『日本経済新聞電子版』. Retrieved from 日経テレコン

 

 

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