日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2020.12.24
柏木 賀津子教授(大阪教育大学)への取材をもとに、本記事では主に、ヨーロッパ生まれの教育アプローチ「CLIL」(内容言語統合型学習)における子どもの学び方について考察します。
【目次】
―CLIL授業では「子どもたちの目が輝く」ということを伺いました。目が輝く瞬間には、どのような特徴がありますか?
いろいろありますが、子どもたちがつぶやきますね。例えば、「もったいないは地球を救う」という授業を紹介します。「もったいない」という言葉を世界に広めたWangari Maathai(※5)さんの話を聞いて、Can you recycle〜?(〜は再生利用できる?) ― Yes!(できる!)というやりとりをしながら、お箸をリサイクルして何を作れるか、ということを考えます。
そういうときに日本語でつぶやいたり、「これは、あかんのちゃう?」みたいなやりとりを友だちとしたりしている。そのときには、思考が働いています。そのあと先生がCan you recycle chopsticks?(割り箸は再生利用できる?)と聞くと、Yes, we can recycle chopsticks.(はい再生利用できます)というふうに英語に戻る。
CLILでは、今日ターゲットにしたいところはがんばって英語でやるけれども、活動に入る前の指示や子どもが考えていることをつぶやくときは日本語でもいいんです。意味が伝わっているかどうかが重要なので、100%英語でなければならないということにはこだわらないということですね。でも先生たちが教員として伸びるためには、子どもたちの日本語を英語に直しながら授業ができるといいですね。
―教室が盛り上がっているときだけではなく、自分が考えていることをつぶやくときにも目が輝くのですね。
CLILでは、もちろん賑やかになるときもありますが、シーンとして聞き入っているような状況とか、「あ!ほんとだ!」と驚いているような瞬間が見られます。例えば、食物連鎖のCLIL授業では、「ライオンは何を食べるかな?」、「キリンはライオンを食べないよね?」と考えながら絵カードを並べていく活動をしているときはゲーム的なのでワイワイやっています。
でも、先生が「いまね、アフリカのライオンがとても減っているんだよ。森林伐採で、住めるところが減っているよ。ライオンがいなくなったら、どうなる?」という話をすると、子どもたちがシーンとなって考え始めるんです。
―生徒が授業中に考えていることは、どのように知ることできるのでしょうか?
私は、授業中の様子を録画して、生徒たちがどういうことをつぶやいたか、ということを分析しています。一見、原始的な方法に見えるのですが、discourse analysis(談話分析)は、CLILの中でも立派な研究分野です。
談話分析では、発話にラベリングをして分類する(※6)のですが、CLIL授業では「ここで賞賛しているな」、「ここで比較しているな」、「ここで定義づけているな」という発話があります。普通の英会話的な授業だと、パターン・プラクティスが多いので、そのような思考に関する発話はほぼありません。
日本でもずっとデータをとってきたのですが、中学生・高校生をCLIL授業のグループとそうではないグループに分けて比較したところ、有意差がありました。CLIL授業を受けた生徒のほうが、英語に関する暗示的知識(こういうときにはこう言う、という文法のルールなど)をうまく使って書いたり話したりするアウトプットが多かったんです。
普通の英語の授業では「単語をがんばって覚えないといけない」とか、英語そのものに関する感想が多いですが、CLIL授業のクラスでは「科学者として英語が使えるようになりたい」とか「ほかの国でもこういう勉強をしているということがわかって興味をもった」という感想が出てきて、生徒の意欲が高まって広がっていました。
―授業中の「つぶやき」を分析することができるのですね。
25年間、ほかの国でもそのような実験はたくさん行われてきていて、CLIL授業には一定の効果が出ています。ですから、CLILの研究者たちはとても自信をもっています。
オーストリアやドイツには、CLILを脳科学的に研究している方もいらっしゃいます(※7)。CLILの場合は、multiple intelligences(多重性知能)(※8)を使いますし、対人的スキルも育てるので、脳の中でかなりの部位が同時に動いているだろう、と言われています。
CLIL授業「“もったいない”は地球を救う」(授業者:中田 葉月 寝屋川市立第5小学校教諭)
社会科で学ぶ4R(Recycle, Reuse, Reduce, Rufuse)に身近なものを分類する活動
©Kashiwagi Kazuko & Ito Yukiko, 2020
出典:柏木・伊藤(2020)
―CLIL授業は、英語に苦手意識がある子どもも参加することができますか?
私の見立てでは、暗記が得意で聞いたことはすぐ理解できる、という人は全体の20〜30%くらいいます。概ね、その人たちが先生になってしまうので、先生はなぜ子どもが覚えることが苦手なのかどうしてもわからない。
でも、暗記が苦手でもクリエイティビティの高い子どもはたくさんいるんです。暗記よりも何か創造しているときのほうが好き。そういう子たちを抑え込んでしまうともったいないと思います。
私たちは何も考えなくても母語が口から出てきます。これは暗示的知識に支えられています。お母さんや周りの大人からたくさん聞いて、真似をして、こうかな、ああかな、とことばを入れ替えながら発話して、やり方を教えなくても自然に習得していくんですね。
これは、日本ではCLIL以上に認知されていませんが、第二言語習得ではUsage-Based Model(用法基盤モデル)と呼ばれていて、暗記が好きじゃないという子もこのような習得方法は赤ちゃんのときに経験しています。CLILでは、文法への注目は最初ではなく後半に来ますが、こういうUsage-Based Modelのような指導の仕方をもっとやってあげるとたくさんの子どもたちがついてこられます。
―インプットややりとりの中からことばの使い方や法則を見つける、ということですね。
そうですね。pattern recognition(言語のパターン認識力)と呼ばれていて、これができるかどうかで言語習得の伸びがだいぶ違います。そして、それは育てることができます。最初にルールや文法を教えてしまったら、自分で気づいて見つけるというチャンスを全部奪ってしまうわけです。
学習指導要領にはすでにそのことが書いてありますし、いまの小中学生を見ていると、かなりチャンク(Do you like〜?のような、ひとまとまりの表現)がわかってきています。
でも、それがUsage-Based Modelの研究結果からきているということはみなさんあまりご存知ないかもしれません。母語習得と英語習得はまったく別のものだと考えられていた過去の時代にくらべると、いまは重なるところがあると言われるようになりました。
日本では、ちゃんと座って文法を聞いて練習をしないと英語ができるようにならない、と信じられがちですが 、子どもの母語習得を見ていたらそうではないですよね。英語が苦手な日本だからこそ、本当はUsage-Based Modelのような指導方法をもっと取り入れていかなければいけません。
―CLIL授業は、「理数系は得意だけど英語は苦手」という生徒や学生も英語に興味を示したり授業に参加できるようになったりするでしょうか?
本当にそうですね。2年前に物理や数学の知識を使うCLIL授業を行ったのですが、「海外の物理学会で発表したいから英語をがんばりたい」という理由で参加した物理分野の方がいました。いまは専門分野に関する英語が本当に上手になって、物理の実験を英語で説明しながらできるようになったそうです。
これは、Subject-Specific Language(教科特有の言語)と呼ばれていて、CLILでも有名な研究分野です。教科特有の言語を教えていくことで、EUやアジア諸国同士が一緒に協働できるし、同じ専門分野同士でもっと良いアイデアを出せるのではないかと言われています。
CLIL授業「水の大切さ」
カレー作りに必要な水について話を聞いたり自分が水を使う場面を考えたりする過程で、水の使用量や動作に関する英語表現に出会う
©Kashiwagi Kazuko & Ito Yukiko, 2020
出典:柏木・伊藤(2020)
―CLIL授業は、学びの質だけではなく学力にも影響しますか?
一緒に仕事をさせていただいているウィーン大学のDalton-Puffer教授はCLIL研究で有名な先生なのですが、その研究のなかで非常に注目されているのは、CLILは生徒間の学力差を縮める、ということです。私の研究データでもそのような結果になっています。みんなが参加するようにもっていけるので、上は上で伸びますが、中間くらいの子どもも増えるんですね。
家庭のSES(社会経済的地位)は子どもの勉強の成果に影響を与えてしまう、と言われています。Dalton-Puffer教授は、学校がCLILのような学び方をちゃんとやることで、その学力差を解消することができる、とおっしゃっていますが、私もそうだろうなと思います。
家庭の教育力というより、学級で学び合うなかで学校が子どもを育てるのがCLILです。たくさんある星の写真を一つ一つ見ながら、どこに行きたいかを複合的に考える。そのときに心の中から出たI want to go to〜ということばは、英語が苦手な子どもたちも記憶に入ってくる、ということがあります。
ですので、先生がそのような教え方をできれば生徒たちの経済的背景の違いなどももう少し解決できるのではないか、と考えて広めていらっしゃる方もたくさんいると思います。
―学び方が学力に影響するのですね。
いまの日本の学力テストや大学入試は、PISA型学力テスト(パフォーマンス課題)の影響を受けています。例えば、「あなたはブランコに乗りました。“高い・低い”を表しているのはどの線でしょう?」という問題があります。ブランコは振り子ですから、振り子のことがわかっていると、ある程度予想できるわけですが、それは遊びからもわかりますよね。ブランコの経験値によって、どの線になるか予測できるんです。
このようなprocedural knowledge(手続き的な知識)をたくさん経験するCLIL授業を受けていると、こういうパフォーマンス課題は楽しく解けてしまうんですね。逆に「AはBである」というようなdeclarative knowledge(宣言的知識)の授業をずっと受け続けていると、パフォーマンス課題はまったく太刀打ちができません。
私の院生には、教科横断型の教育にCLIL視点で取り組む先生がいるのですが、2年間かけてPISAの学力テストを応用したパフォーマンス課題を生徒たちに解かせてきました。はじめはボロボロだったのですが、いま1年半経って、ほとんどの生徒たちのテストの点数が伸びたんです。彼らにとっては、このパフォーマンス課題が先生の教え方と一致しているわけですね。
おそらく、CLILをまだ趣味的なものと思っていらっしゃる英語の先生や「まだ手が出せない」とおっしゃる先生もいると思います。でも、英語を使って次の世代を育てていく、というふうに思えば、CLILという名前を使うか使わないかはおまかせですが、そういう学び方を経験させることができるような社会になってもらいたいですね。
このように、CLILは、英語教育、英語学習といった枠を超えて、教師の授業力も子どもの学習力も高めることができます。小学校英語教育では、「英語が苦手な教師がどのように教えるか」、「英語が苦手な子どもたちをつくらないように」と、「苦手」という部分に焦点が当たります。
しかし、柏木教授は、日本の先生たちや子どもたちがいま得意なこと、うまくいっていることを伸ばす、というところにもCLILの意義を感じています。世界的に見てもレベルの高い理数教育や授業力、学力に英語教育や国際社会で必要される教育を統合することで、日本の強みを増し、「国際社会に貢献したい」という子どもを育みたいものです。
さらに重要なことは、CLIL授業では、教え方や学び方が変わる、ということです。学校教育の課題は、英語だけではありません。理数系、情報通信、国際的な問題に対する意識や解決力、アクティブ・ラーニング、教科横断型学習、と実に多岐に渡ります。
CLIL 授業では、英語教育とこれらを別物としてバラバラに取り組むのではなく、統合的に教えることができます。そして、新しい情報に出会ったとき、教科の壁を超えて、すでにもっているさまざまな知識を活用しながら理解する。その過程で法則やパターンを見つけたり、新たな知識を得たりする。それらを繰り返しながら、新しい問題を解決する手順や方法がわかっていく。このような学びを経験することは、英語学習において有効なだけではなく、子どもたちが将来さまざまな課題に直面したときにも役立つのです。
柏木教授によると、CLILの考え方はすでに多くの小学校教科書にも取り入れられており、取り組みについては「先生たちの意欲にまかせている」状況。CLILは、ヨーロッパで生まれた教育アプローチですが、日本での効果的な実践方法はもちろん、その学習効果に関する研究も着実に蓄積されてきました。
今後、CLILの考え方が日本でも広く受け入れられる可能性は高いのではないでしょうか。なぜなら、CLILは英語教育の改革だけではなく、国際的に見た日本の強みを活かす教育、そして、子どもたちが国際社会で活躍できるようになる教育にもつながるからです。
(※5)ノーベル平和賞受賞者。Mottainai(もったいない)という言葉を世界に広めた。
(※6)談話分析において、「分類・定義・描写・価値付与・説明・探究・報告」は生徒が思考をしている様子がわかる指標になっている(Dalton-Puffer, 2016; 柏木・伊藤, 2020)。
(※7)ヨーロッパのCLILで第一人者であるChristiane, Dalton-Puffer氏(ウィーン大学)がヨーロッパ各国の脳科学者や心理学者と共同でCLILと脳の関連を研究している。柏木教授は、このプロジェクトに携わるTarja Nikula氏(ユバスキュラ大学)と国際共同研究を行う。
(※8)人はそれぞれ言語的知能、論理・数学的知能、視覚・空間的知能、身体運動的知能、音楽的知能、対人的知能、内省的知能、博物的知能といった複数の知能をもっている、と考える多重知能理論 (Gardner, 2011)は、CLILの指導法に活用されている。
【取材協力】
柏木 賀津子教授(大阪教育大学 連合教職実践研究科 高度教職開発部門)
第二言語習得理論(SLA)や小中連携の英語教育を専門とし、日本やフィンランドでのCLIL授業研究を行っている。奈良市立小学校教員19年、奈良市教育委員会指導主事2年、京都大学 人間環境学研究科 後期博士課程修了、ユバスキュラ大学(フィンランド)応用言語研究所 客員研究員を経験。動詞研究から見た文構造の指導、CLILの思考と言語、21世紀型スキル、フィンランドの教育について研究。小学校英語教育学会 常任理事、中部地区英語教育学会 理事、日本CLIL教育学会副会長。
【柏木教授による小・中学校でのCLIL授業実践(動画)】
https://www.kashiwagi-lab.com/clil-movie-小-中学校/
■関連記事
参考文献
Dalton-Puffer, C. (2016). Cognitive discourse function: Specifying an integrative interdisciplinary construct. In T. Nikula, E. Dafounz, P. Moore & U. Smit, (Eds.), Conceptualising integration in CLIL and multilingual education, 29-54. Bristol: Multilingual Matters.
Gardner, H. (2011). Frames of Mind: The Theory of Multiple Intelligences. New York: Basic Books.
柏木賀津子・伊藤由紀子(2020).「小・中学校で取り組む はじめてのCLIL授業づくり」. 大修館書店.
国立教育政策研究所(2019).「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)〜2018年調査国際結果の要約〜」. Retrieved from
https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/03_result.pdf
文部科学省(2018).「持続可能な開発目標達成のための科学技術イノベーション(STI for SDGs)の推進 に関する基本方針」. Retrieved from
https://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/kokusai/sdgs/__icsFiles/afieldfile/2018/08/31/1408737_2.pdf
教育再生実行会議(2019).「第44回 教育再生実行会議 配布資料:資料1-2 第十一次提言中間報告(案)」. Retrieved from
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/dai44/siryou.html