ワールドファミリーバイリンガルサイエンス研究所

日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2021.12.15

特別ディスカッション:乳幼児期から外国語に触れる環境について考える

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特別ディスカッション:乳幼児期から外国語に触れる環境について考える

近年のグローバル化や英語教育改革に伴い、子どもが英語に触れる環境を乳幼児期からつくる家庭は以前よりも増えています。また、親子で日本語以外の言語を使う、または、同時に二つ以上の言語を使う国際結婚家庭も目立つようになってきました。

このような家庭環境は、ことばの発達にどのような影響を与えるのでしょうか。当研究所は、2021年9月16日、元母子保健担当保健師の橋口愛氏、発達脳科学を専門とする大井静雄教授、応用言語学を専門とする原田哲男教授とともにオンライン・ディスカッションを行いました。

 

■参加者プロフィール

橋口愛(写真左側)

元母子保健担当保健師。子育て世代包括支援センターの開設に携わり、母子保健コーディネーターとして、子育てガイド作成や妊娠期〜幼児期までのあらゆる相談に対応。現在は、株式会社シレーメイ代表取締役として、さまざまな子育て支援活動を行う。

 

大井 静雄(写真中央)

小児脳神経外科医・発達脳科学 研究者。ドイツ・ハノーバー国際神経科学研究所 (INI) 小児脳神経外科 名誉教授。ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所 所長。

 

原田 哲男(写真右側)

第二言語習得・英語教育 研究者。早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授。ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所 学術アドバイザー。

 

佐藤 有里(司会進行)

ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所 研究員。


 

ここからはディスカッションの内容をお届けします。

大井:

保健師さんは、私たち医師と一緒に子どもたちの発達に関わっていただく存在です。保健師のお仕事は、子どもの発達における課題や病的な原因を早期に発見することにつながり、とても重要です。

日ごろから心より感謝しています。本日は、どうぞよろしくお願いいたします。

 

原田:

私は、子どもが母語とその他の言語を同時に身につける場合、または、母語を身につけたあとに外国語を身につける場合にどのようなことが起きるのか、ということに特に興味をもって研究しています。

乳幼児健診で「子どもが早くから外国語を学んでいるとことばの発達が遅れるからよくない」などと言われて不安を抱える保護者の方もいるようなのですが、橋口さんのご経験ではいかがでしょうか?

 

橋口:

私は、母子保健担当の保健師として行政の保健センターに勤務していたのですが、例えば、りんごの絵が描いてあるカードを見せながら「これは何?」と聞いたときに“apple”と答えるお子さんがいました。そこで、教材を使って家庭で英語に触れていることをお母さんが話してくださいます。

そのようなお母さんたちは、お子さんにとって良いことだと思って教材を使っているので、ことばの発達に不安を感じて質問や相談をする方はいらっしゃらなかったです。私も、それぞれのお母さんたちのやり方を見守る姿勢でしたし、何か助言をしたことはありません。

 

原田:

例えば、日本語と中国語、日本語と韓国語、というように、両親が異なる言語を話す場合、家庭でどの言語を使ったほうがいいのか、という相談には出会ったことはありますか?

 

橋口:

ご両親が外国の方で、家庭では英語、幼稚園では日本語を使っている、というお子さんはいました。お父さんは英語も日本語も話せるけれど、お母さんは日本語があまり得意ではないので、家庭では基本的に英語を使っているとのことでした。そのご家庭にとってはそれが普通のことなので、相談される方はいませんし、私も「そういう状況なんですね」と受け止めていました。

 

大井:

私は、例えば、お父さんは日本人、お母さんはロシア人、というご家庭から、「子どものことばの遅れが気になる」という相談を受けたことがあります。日本語は若干の遅れがあるものの、3カ国語(日本語、英語、ロシア語)を使ってコミュニケーションをとれるお子さんでした。こういうときに、子どもを早期からバイリンガル環境、マルチリンガル環境に置くことが是か非か、という議論になります。

私は、バイリンガルの日本の子どもたち100人余りの言語性IQを調べましたが、日本語の発達が遅れるどころか、むしろ標準を上回っている、ということがわかりました(※1)。ですから、子どものころからバイリンガルになることは、長期的に観察すれば、ことばの発達においてプラスになる、という結論を持っています。

 

橋口:

昔は、バイリンガルは言語発達を遅らせる、ということを示した研究もあったのでしょうか?

 

原田:

はい、1960年代ごろまではありました。当時は、バイリンガルの脳を一つの風船に例えて、一つの言語が入っていると、もう一つの言語が入る余地がなくなるので、バイリンガル環境は母語に悪影響を与える、という主張をする研究者もいました。昔のバイリンガルに関する研究手法は、母語しか調べない、第二言語しか調べない、というふうに、どちらか一方の言語しか見ない、というものが多かったです。

ところが、バイリンガルの脳は、モノリンガル(一つの言語しか話さない人)の能力がそのまま二つあるわけではなく、二つの言語がお互いに良い影響を与え合いながら発達していくため、両方の言語を見る必要がある、ということがわかってきました。

そして最近の研究では、バイリンガルは、一つの言語しか話さない人よりも、知的にも認知的にも感情的にも能力が高く、異文化に対する寛容性もある、ということが言われています。実際に、世界中の3分の2近くの人々が二つ以上の言語を話していますが、教育や仕事を通して、二言語を使える能力がプラスになるということが明らかになっていて、いまはバイリンガルであることはとても肯定的に見られています。

 

橋口:

保健師は、お母さんたちを支援する立場ですが、子どもの言語発達やバイリンガル環境の影響について知らないことがたくさんあると思いました。保健師は、定型発達からどれくらい遅れているか、ということを見るだけで、そのあとは言語聴覚士さんなどの専門家に見解を仰いでチームで考えていく、という体制なので、ことばの発達について何か判断する、という立場にありません。

保健センターの設置目的は、住民への保健サービスの提供ですし、親子の愛着形成や子どものしつけ、生活習慣などに課題を抱えるご家庭が多いので、外国語教育に関してはあまりサポートできていないのが現状だと思います。

 

原田:

バイリンガル環境がことばの発達にとってプラスになる、ということは、なかなか納得しにくいかもしれませんね。でも、バイリンガルは、例えば、りんごの絵を見せられたときに、“apple”という単語と「りんご」という単語が同時に頭の中に浮かびます。そこで、いま自分はどの言語を話しているのか、会話の相手にとってどちらの言語が適切なのか、ということを瞬時に判断し、一方の言語を選択し、もう一方の言語を抑える、ということを頻繁に経験しているんです。

ですから、言語に対する態度や言語を観察する力が小さいころから養われます。このような能力が結果的に物事を考える力にとってプラスになる、ということも言われています。

 

大井:

脳の回路の仕組みからすると、学習の初期のころは、状況に応じてどちらの言語を使うか考えながら話しますが、その判断は、自然と自動化されていきます。早期からバイリンガル環境に置くと脳が混乱するのではないか、と思われるかもしれません。でも、3歳や4歳など、小さいときには判断がおぼつかず、混乱しているように見えることがあったとしても、成長するにつれて自動的に判断できる回路が発達していくので、心配はいりません。

 

橋口:

妊婦さんが胎教として外国語に触れることについては、どのように考えていらっしゃいますか?

 

大井:

子どもの聴覚発達から考えると、ことばとしてではなく環境の音として聞こえている、という理解のもとで始めるのがいいと思います。そして、お母さんご本人が楽しくてなごやかな気持ちになれる音楽や映像などであればいいですね。

 

原田:

生後数週間、数カ月経ったときに、胎児期に聞いていた音に対してどのような反応を示すか、ということを調べる研究は行われています。そして、おなかの中にいたときに周囲で使われていた言語のほうが、そうでない言語よりも、子どもがポジティブに反応する、ということがよく報告されています。でも、だからといって、胎児期に外国語を聞かせないとだめだ、ということはないと考えています。生まれたあとから外国語に触れ始めて習得できるケースは山ほどあるからです。

 

橋口:

お母さん本人が楽しいということが大切ですね。そして、やはり「0か100か」ではなくて、「少しでもより良い環境を」という柔らかい気持ちで取り組むのがいいのかなと思いました。いまのお母さんたちはとてもまじめで、育児不安を抱えている方も多いです。

「子どもにとって良いことなのに自分はやってあげられていない」というふうに自分を責めてしまうお母さんが多いと感じています。ですから、小さいころから英語教育を始めると、「これをやらなくてはいけない」とさらに負荷がかかることになるのではないか、ということは、保健師としては一番懸念するところです。先生たちから何かアドバイスはありますか?

 

大井:

家庭で英語教材を使う場合は、「今日はこれをやらなければいけない」というようなものではなく、子どもがやりたいときに遊びとして取り組めるものがいいと思います。「英語教育」というよりも「英語環境づくり」と考えてもらいたいですね。

子育てにおいては、「うれしい」、「楽しい」といったポジティブな感性を育てることがとても大切です。ポジティブな感性が育っていれば、子どもの脳の神経回路はどんどん発達していきます。ことばも、本来は教室で学ぶものではなく、そのように自然に育っていくものです。

 

原田:

橋口さんの視点は、とても大切なことだと思います。親御さんに限らず、多くの人が「0か100か」で考える傾向にありますね。でも、学習過程の中間は非常に重要ですし、途中でやめたとしても数年間取り組んだことは何か身についているはずなので、その後の学習につながる、ということを考えるべきだと思います。

そして、最近の第二言語習得研究では、人間はどういうときに前向きに取り組めるか、という動機づけが注目されています。それらの研究結果によると、「やらなければだめだ」という自分をつくってはいけない、と言われています。大井先生がおっしゃっていたように、楽しめる自分をつくることが重要なんです。

「これをやればお友だちと楽しいゲームができる!」とか「これをやれば英語で歌がうたえる!」というように、ポジティブな自分をつくっていく。中学生や高校生であれば、「英語が話せれば、ほかの国の人とお友だちになれて楽しそうだな」という理想的な自分をつくっていく。こういうことが大事だと言われています。

 

橋口:

外国語を「教育」と思い込んでいると、「いまは教育ではなくて、まずは子どもの身体や生活環境のことを考えるべき」という思考回路になってしまうかもしれません。子どもはいろいろなものから刺激を受けながら成長していきますが、親御さんも支援者側も、そのような環境の一環として外国語に触れられる、というふうに柔軟に考えられるといいのかなと感じました。

保健師は、子どもにとって良い環境をどのようにつくっていくのか、ということをお母さんと信頼関係を築きながら一緒に考えていくこと、受容的な関わりをしながらまずはお母さんが相談できる窓口になることが重要な役割だと思います。

 

大井:

子どもが小さければ小さいほど、子育てはポジティブな気持ちですることが大切です。「教育」というよりも、とにかく愛情をたっぷり与えて、子どもがやりたいことはやらせてあげる。ことばの発達についても、そういうふうに考えてもらえたらいいなと思います。


 

●おわりに

今回は、子育てサポートの最前線に立つ保健師さんの立場から現場のお話を伺うことができ、とても有意義なディスカッションとなりました。子どもが乳幼児期から外国語に触れる環境については、「0か100か」、「〜しなければいけない」といった思考にならないよう、本人も親も楽しめること、柔軟に考えることが重要です。

親御さんの相談窓口となる保健師さんに子どもの言語発達に関する情報を知ってもらうことには、大きな意義があると実感しました。当研究所は、今後もさまざまな専門家の方々と議論を交わしながら、二つ以上の言語に触れて育つ子どもたちへの理解を深めていきたいと考えています。

 

(※1)該当論文:Oi S. Bilingual Neuronal Development with English Communication enhances Verbal Development Quotient in Japanese [vJDQ] for Japanese Infants: “Oi Kids’Brain EDQ” Cohort Study II. Journal of Hydrocephalus. 2014;6:40-44.

 

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