日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2020.02.27
英語を学習する上で重要な項目の一つに「正しい」発音の習得があります。多様な英語が話されている現代において、発音の「正しさ」を規定するのは容易ではないように思われます。では、「正しい」英語の発音とはいったいどんな発音なのでしょうか。
【目次】
いわゆる「ネイティブ英語」を習得目標としてきた従来とは対照的に、近年では「コミュニケーションのための英語(English for International Communications, English as a Lingua Franca)」という概念が注目され、教育機関のほとんどはこれを念頭に英語教育の目標を定めています。
TOEIC(Test of English for International Communication)は文字通りその代表例と言えますが、TOEICにおいて、「コミュニケーションのための英語」は「ネイティブ英語」の下に位置づけられています。
最高レベルであるAレベル(850点以上)の英語は「Non-Nativeとして十分なコミュニケーションができる」英語と称され、「Native Speakerの域には一歩隔たりがあるとはいえ…」という表現を用いて説明されています[1]。
しかしながら、「効果的なコミュニケーションに必要な英語」、もしくは「伝わりやすい英語」は本当に「ネイティブ英語」の下に位置しているものなのでしょうか。
昨今の英語発音教育研究においては、1)「ネイティブらしさ、あるいは「母語訛りの強さ(accentedness)」と2)「伝わりやすさ(intelligibility, comprehensibility[2])」が明確に区別されています。
母語訛りの強さはどれだけネイティブ英語から逸脱した発音か、「伝わりやすさ」は、訛りの度合いは抜きにして、発話内容がどれだけ聞き取れるかを表します。
英語発音の「上手さ」のもう一つの指標として「流暢さ(fluency)」があります。流暢さも母語訛りの強さや伝わりやすさから独立した別の概念です。
例えば洋画を見ていて、明らかにネイティブ英語なのは分かるけれど全く聞き取れなかったり、英語圏以外の国に旅行した際に、現地の人の流暢な英語が、訛りが強くて聞き取りにくかったりした経験があれば、これらが別の指標であることを理解しやすいと思います。
では、訛りがあっても聞き取りやすい発音は存在するでしょうか。英語の「伝わりやすさ」に関する研究の権威であるMurray MunroとTracy Derwingは以下のように述べています。
… the primary aim of the pronunciation instructor should be improved intelligibility within the context in which the learners find themselves as opposed to general accent reduction (Derwing 2008, p348).
(訳) 発音指導の主眼は母語訛りの矯正ではなく伝わりやすさの向上に置かれるべきである。
… even heavily foreign-accented pronunciation can be perfectly intelligible and well-suited to effective communication (Munro 2016, p28).
(訳) かなり強い訛りを持つ発音でさえ完全に伝わることもあるし、それを用いて効果的なコミュニケーションを行うこともできる。
これらはいずれも「伝わりやすい」英語における「母語訛り」を許容しています。「ネイティブ英語らしさはあるが伝わらない発音」を目指す学習者はいないと思いますが、「母語訛りは強くても伝わる英語」の存在は、学習者にとっての大きな励みとなるのではないでしょうか。
Saitoらの研究(Saito, Trofimovich & Isaacs 2016)では、日本語を母語とする英語学習者の音声を英語母語話者が聞いて、「伝わりやすさ」と「訛りの度合」について評価しました。
その結果、「訛りの度合」への影響が大きかったのは主に個々の音(母音と子音)であったのに対して、「伝わりやすさ」の評価において重視されていたのは個々の音よりも韻律(アクセント、リズム、イントネーション等の総称)や話速、ポーズ等でした。
MunroとDerwingも、「伝わりやすさ」には個々の音よりも韻律が影響すると述べています(Munro & Derwing 1999)。このことから、日本人が苦手意識を持っているLとR、SとTHなどの発音は、話す英語の「伝わりやすさ」よりも「ネイティブらしさ」に大きな影響を与えていることがわかります。
日本語と英語を話す早期バイリンガル[3]と後期バイリンガル[4]の英語の発音をネイティブスピーカーのものと比較したLeeらの研究(Lee, Guion & Harada 2006)では、1)韻律に関しては早期バイリンガル、後期バイリンガル共にネイティブに近い発音を実現していたものの、2)個々の音の発音には早期バイリンガルであっても日本語の影響が残ることがわかりました。
このことから、日本語母語話者にとって「伝わりやすい」英語の発音は学習開始時期が比較的に遅くても習得可能だが、完全に「訛りのない」英語の発音はかなり早い時期から英語を話す環境にいてもなかなか難しいことがわかります。
では、早期英語教育は無意味なのでしょうか。Leeらの研究は英語習得の到達点を比較したものであり、学習の効率性に関する早期英語教育の効果を否定するものではありません。
早期英語教育をもってしても日本語訛りを完全に克服するのが難しいという事実はなかなか酷なものですが、早期英語教育の効果は発音における母語訛りの克服のみについてではなく、学習開始時期を早めることによる学習時間の増加、英語に対して抱く苦手意識の克服等も含め、広く考察されるべきです。
英語が多様化している今の時代、習得目標とする英語は個々人で違って当然です。
「仕事で英語を使うので日本語訛りがあってもとにかく通じればいい」、「アメリカが大好きで現地の人と交流したいので流行語等も含めたアメリカ英語が話せるようになりたい」など、学習者個々人の習得目標に応じた「目指す英語」があるのが世界共通語としての英語のあるべき姿だと思います。
ただ、どのような英語を話すにせよ、世界共通語としての英語の性格上、「伝わりやすさ」は必須であるように思われます。そのためには個々の音の発音の正確さのみにこだわらずに、正しいリズムやイントネーションなどを身につけることを意識することが大切です。
※脚注
[1] 一般財団法人 国際ビジネスコミュニケーション協会
( https://www.iibc-global.org/library/default/toeic/official_data/lr/pdf/proficiency.pdf )
[2] 厳密にはintelligibilityとcomprehensibilityは別の概念で、各々の定義も複数存在しますが、本稿では大雑把な概念として「伝わりやすさ」と称することにします。
[3] 1〜5歳で初めて英語に触れたバイリンガル
[4] 16〜27歳で初めて英語に触れたネイティブ並みの話者
■関連記事
日本人はなぜ英語のLとRの音の区別が苦手? |
Derwing, T. M. (2008). Curriculum issues in teaching pronunciation to second language learners. Phonology and second language acquisition, 347-369.
https://doi.org/10.1075/sibil.36.17der
Lee, B., Guion, S. G., & Harada, T. (2006). Acoustic analysis of the production of unstressed English vowels by early and late Korean and Japanese bilinguals. Studies in Second Language Acquisition, 28(3), 487-513.
https://doi.org/10.1017/S0272263106060207
Munro, M. J. (2016). Pronunciation learning and teaching: What can phonetics research tell us. In Proceedings of the ISAPh 2016 international symposium on applied phonetics (pp. 26-29).
https://pdfs.semanticscholar.org/f221/881bb5c697c042d720aea1f296e134068c56.pdf
Munro, M. J., & Derwing, T. M. (1999). Foreign accent, comprehensibility, and intelligibility in the speech of second language learners. Language learning, 49, 285-310.
https://doi.org/10.1111/0023-8333.49.s1.8
Saito, K., Trofimovich, P., & Isaacs, T. (2016). Second language speech production: Investigating linguistic correlates of comprehensibility and accentedness for learners at different ability levels. Applied Psycholinguistics, 37(2), 217-240.
https://doi.org/10.1017/S0142716414000502