日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2021.04.16

日本初の公立小学校におけるイマージョン教育〜豊橋市立 八町小学校の視察より〜

日本初の公立小学校におけるイマージョン教育〜豊橋市立 八町小学校の視察より〜

バイリンガル教育の一つの形態である「イマージョン教育」。2020年度から、国内で初めて公立小学校(愛知県・豊橋市立八町小学校)に導入され、メディアからも注目を集めています。

そこで、2021年3月、イマージョン教育の研究を行っている原田教授(早稲田大学)とともに、授業の視察を行わせていただきました。八町小学校におけるイマージョン教育の様子について紹介します。

【目次】

 

八町小学校でイマージョン教育が行われている背景

八町小学校のイマージョン教育は、豊橋市が2011年に策定した「第5次豊橋市総合計画」、「豊橋市教育振興基本計画」(特色ある学校づくりの推進や多様な人材の育成など)に基づいて進められた取り組みです。

全国各地の学校は、文部科学大臣の認定を受ければ、教育関連法律の規定の範囲内で、地域の特色等を生かした特別の教育課程を編成することができます。愛知県豊橋市は、2005年に「『国際共生都市・豊橋』英語教育特区」として認定されました(文部科学省, 2009)。

資料(文部科学省, 2005)によると、市内で労働者、研究者、留学生などの外国人住民が増え続け、児童・生徒のうち14.5%が外国籍の児童である学校もあり、国際理解教育、そしてその基盤となる国際共通語としての英語教育が大きな課題となっていた、ということがその背景にありました。

また、脳生理学や発達心理学などにおける先行研究から、児童期から英語に親しむことによって発音や聞き取りの能力、コミュニケーションへの意欲・態度などの面で大きな成果があることがわかっていること、そして、過去の実践を通じて英語に親しみ始める学年が低いほど、外国人や外国語への抵抗感が少ない傾向があったこと、なども政策の根拠となりました。

そして、国に先駆けて2000年から小学3年生以降を対象に「総合的な学習の時間」のなかで英語活動を行い、2005年からは市内の全英語科教員で組織する英語研究部が小中一貫の「英会話活動」カリキュラムを作成して「英会話のできる豊橋っ子」の育成を目指してきました。

 

イマージョン教育の前身「英語で学ぶモデル事業」

八町小学校は、2017年度から3年間にわたって「英語で学ぶモデル事業」という授業研究を実践。体育や図工などの実技科目で、英語を用いながら学習を行う授業実践であり、現在のイマージョン教育コースの前身となるものです。

このモデル事業を検証した結果、比較的短期間で「英語を用いて教科指導を行っても十分に教科の学習内容は定着できる」という成果と手ごたえが得られたため、イマージョン教育コースの開設につながりました。

八町小学校では、長年にわたって豊橋市で研修を受けて実践を積み重ねてきた教員、そして、長年ALTとしての指導経験を積んで豊橋の教育を熟知したNET(ネイティブ・イングリッシュ・ティーチャー)によって、「豊橋版イマージョン教育」が行われています。

小学1〜2年生の授業でも、スクリーンや黒板に書かれた英語をスラスラと読んでいる子どもたちの姿からは、これまで豊橋市が取り組んできた英語教育の成果が伺えました。

 

八町小学校における英語環境

バイリンガル教育には、さまざまな形態がありますが、「イマージョン教育」はその一つです。二つの言語(母語ともう一つの言語)を両方読み書きレベルまで育てようとする教育であり、算数や理科、社会、図工など、学校の教科を二つの言語で指導します。

どの授業をどちらの言語で教えるか、それぞれの言語使用をどれくらいの割合にするかは、各学校のプログラムや学年によって異なりますが、幼稚園(5歳)から高校卒業までの間(少なくとも5年間)、全学年で授業プログラムの50%以上を外国語や第二言語で指導することがイマージョン教育の特徴です(Center for Applied Linguistics , 2016)。

八町小学校の場合は、小学1年生から6年生まで(※1)、全教科を日本語で学ぶ通常の学級と、国語と道徳以外の教科は英語を使って学ぶイマージョン学級があります。前述の定義に照らし合わせれば、八町小学校のイマージョン学級は、イマージョン教育と言えるでしょう。

また、NETは学級担任として、学級経営にも参画します。つまり、教科授業だけではなく、そのほかの場面(学級目標や係、当番決め、給食、学校行事、クラブ活動など)にも参加するのです。このNETは、市の正規職員として八町小学校でフルタイムで勤務しています。

通常のALTは週34時間の嘱託職員であり、市内の複数の小・中学校を兼務しています。基本的に英語の授業をティーム・ティーチングで行っています。八町小学校のNETの役割は、通常のALTとは大きく異なると言えます。

また、学校のあらゆる場所(教室名の札、教室内や廊下の掲示物など)で、すぐに英語が目につく、という点は印象的でした。教室の一歩外を出たら日本語の環境になってしまう、という日本の学校環境の課題を解決しようとする試みであり、学校で第二言語を高度に身につけようとするイマージョン教育においては重要なポイントです。

英語を用いた算数の授業の様子、その2(八町小学校)

英語を用いた時間割(八町小学校)

 

八町小学校のイマージョン学級に通う子どもたち

全学年において、イマージョン学級の児童・生徒は、希望者のみ(定員を超える応募者数の場合は抽選)で構成されています。

定員は、一般枠が20名、特別枠(英語を第一言語とする国の国籍、帰国子女)が5名程度。一般枠については、小学校から英語を学び始める児童もいれば、イマージョン教育を行っている幼稚園からの入学児童もいます。2021年度の入学式で、新1年生に「英語を習ったことがある子は?」と担任がさりげなく尋ねたところ、半数ぐらいは挙手したとのこと。

特別枠については、比較的、英語力に長けた児童が多いものの、英語圏以外の国からの帰国子女もいるため、すべての帰国子女が英語に堪能なわけではありません。

よって、イマージョン学級においては、英語力の異なる児童が同じ教室内にいる、ということが課題となります。しかし、八町小学校では、習熟度の異なる児童を個別に支援をしながら教科指導を行ってきた経験を活かして、視覚的支援や個に応じた指導を実施しながら授業を進めているそうです。

1クラスの人数が少なく、教師が一人ひとりの学習レベルや理解度をていねいに確認できることは、八町小学校におけるイマージョン教育の大きな利点だと考えられます。

子どもの英語レベルにあわせた、丁寧な指導の様子(八町小学校)

 

「英語を用いて」のイマージョン教育

イマージョン教育は、日本でも私立学校ではいくつか実践されていますが、公立学校では国内初の試み。八町小学校のイマージョン教育は、公立学校であるため、学習指導要領に示されている学習内容の定着は最優先すべきことと考えられていることが大きな特徴です。

イマージョン教育と聞くと、とにかく英語に「浸される」というイメージをもつ方は多いでしょう。

しかし、八町小学校では「英語を用いて」授業を行うことを基本としながらも、100%英語を使用するのではなく、必要に応じて、日本語の知識も活用します。つまり、英語使用ありきではなく、子どもたちの理解度に則した指導をすることを重視し、子どもが学習内容を十分理解できないときには、日本語を用いて支援していく、という方針で統一しているのです。

例えば、子どもたちの手元にある教科書は、通常の学級で使われているものと同じ日本語の教科書です。授業では、それを英語に翻訳したデジタル教材やワークシートを用意し、子どもたちは、いつでも日本語と英語を行き来することができます。

使っている教科書は日本語のもの(八町小学校)

英語を用いたデジタル教材による授業の様子(八町小学校)

また、子どもたちのノートにも英語と日本語が入り混じり、授業中のつぶやき(思考)が日本語であっても(例:えーと、〜だから…)、クラスメートに対して発表するときには英語に切り替えて話す、という様子も多々見られました。

教師も、授業のすべてを英語で行いながらも、重要な点は日本語でも説明し、理解度を確認します。また、子どもが英語でうまく表現できないときには、「日本語でもいいから言ってごらん」とまずは発言を促し、そのあとに英語の表現を教える、というように対応していました。

子どものノートには英語と日本語の両方が使われている(八町小学校)

授業中にでてくる重要な情報は英語と日本語の両方で確認(八町小学校)

このように二つの言語知識を効果的に活用する言語使用は、「Translanguaging(トランスランゲージング)」と呼ばれています。バイリンガルやマルチリンガルは、複数の言語資源を流動的に交差させながら統制し、異なる言語間の境界線(文字や音韻、構造、語彙、社会文化的背景などのあらゆる違い)を超越して言語を理解し使用する、という概念です(Wei, 2018)。このような二言語使用は、近年、効果的にコミュニケーションを図ろうとするバイリンガル特有の能力として肯定的に捉えられています。

 

現状、通常の学級との学力差はなく、通常の学級への良い影響も期待される

八町小学校では、「英語しか話せない」という児童がいまのところ在籍していないこともあり、各教科の学習内容については、日本語のテストも用いて評価を行っています。授業中においては、英語の口述によって理解度を確認。

教科内容が確実に定着するよう、10年ほど小学校での指導経験がある日本人教員(全員、英語の教員免許を取得)がその経験を活かし、NETやALTの力を借りながら授業を行います。英語習得よりも、学習指導要領に示された内容を確実に定着させることを最優先させる、という方針だからです。

2020年度の各教科の評価においては、通常の学級とイマージョン学級の習熟度に大きな差は見られない、という結果が出たことから、効果的に指導を行えば、英語を使った教科指導が学力に悪影響を与えないことがわかります。

また、八町小学校では、体育などは通常の学級とイマージョン学級の子どもたちが合同で授業を受ける場合もあります。通常の学級の子どもたちの反応を学校側に伺ったところ、「良い刺激を受けているのでは」とのこと。

通常の学級の子どもたちのなかには、「総合的な学習」の時間でイマージョン学級の子どもたちが英語を使って発表する姿を見たり、同年齢の子どもたちがネイティブ・スピーカーと臆することなく英語でコミュニケーションを図っている姿を見たりして、「自分も話してみたい」と勇気を出してネイティブ・スピーカーに話しかける児童もいるそうです。

 

グローバル社会で活躍できる日本語と英語によるコミュニケーション力を

英語コミュニケーション力を長所として生かし、グローバル社会で活躍できる児童の育成を目指す八町小学校。日本語力、英語力に加えて、言語を通じたコミュニケーション力の育成を大切にしています。

その資質として大切にしていることは、相手を思いやること。通常の学級の児童との交流、異年齢児童との交流、自分と異なる小学校区から通学する児童との交流など、学校生活のさまざまな場面で、自分と異なる相手の立場、環境、家庭的な背景、長所などを尊重しながらコミュニケーションを図り、より良い関係を築くことを通して、グローバル社会で活躍できる資質を身につけることができる、と考えています。

また、八町小学校は、市内の中心部にあり、文化的に価値のある建物や伝統的な祭りや行事が多くあります。豊橋の代表的な遺産が多くある校区で、地域や地域の人に学ぶことが、日本の良さを学び、自らのアイデンティティーを確立する一助になっている、とのことです。

 

“英語が常に「状況」のなかで使われていることが成功のカギ”(早稲田大学 原田教授コメント)

まず、八町小学校でイマージョン教育が始まってわずか1年しか経っていないにもかかわらず、子どもたちの英語に対する理解度が高く、反応も早いことに感心しました。これは、なぜかと考えたのですが、おそらく、ことばがいつも状況のなかで教えられてきたからだと思います。

これは、イマージョン教育の特徴です。

例えば、算数の授業を拝見しましたが、proportional(比例)とかinverse proportional(反比例)とか、そういう概念と言語について、状況や表を見ながら考える、ということが何度も繰り返し行われていました。いつも、英語を通して意味を考える。そういうことが1年間繰り返されてきたことによって、子どもたちは状況のなかで英語を理解する癖がついていったのだと思います。

次に、教室でも階段でも英語の掲示物が貼ってあり、授業以外のところでも、先生が学校環境にとても気を配られていることがわかりました。やはり日本の環境では、英語のインプットが不足すると思いますから、どこを見ても英語が目に入る、という環境をつくっていることは素晴らしい努力だと思います。

最後に、日本人の先生とネイティブ・スピーカーの先生のチームワークもとてもよいと思います。日本人の先生は教科内容をよく把握しながら、子どもたちへの質問内容もよく考えられていました。

イマージョン教育は50年以上の歴史があります。1960年代にカナダでフランス語・英語のイマージョン教育が始まって、それから北米に広まり、日本語・英語や中国語・英語の組み合わせも出てきました。

1990年代からは、日本でも私立学校でも導入されるようになりましたが、公立の学校でイマージョン教育を始められたことには、とても大きな意義があります。

通常の学校教育と違って、計画や準備がとても大変だと思いますが、その分、子どもたちにとっては大きなプラスの影響があると思います。チャレンジングではありますが、とても良いプロジェクトです。1年間でこれだけの成果があったということは素晴らしいことなので、ぜひ継続的に視察をさせていただければと思います。

 

(※1)八町小学校以外でも、2017年度からの「英語で学ぶモデル事業」研究実践の成果を生かした、英語を用いて教科を学ぶ機会が求められていた、という背景により、校区外通学を認め、市内のどの児童も通学できるように全学年でコースを開設。2020年度に1年生になる児童だけでなく、希望する児童がいれば、できるだけ受け入れることができるよう、2〜6年生の児童も受け入れた、とのこと。

 

【取材協力】

■愛知県豊橋市立八町小学校

■原田哲男教授(早稲田大学 教育学部・総合学術院/ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所 学術アドバイザー)

早稲田大学 原田哲男教授のお写真

<プロフィール>

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にて応用言語学博士を取得。オレゴン大学で教鞭を執り、2005年から現職。2013年から2014年までUCLA客員教授兼研究員。専門分野は、第二言語習得、外国語の音声習得、英語教育、バイリンガル教育など。

 

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参考文献

Center for Applied Linguistics (2016). Glossary of Terms Related to Dual Language/TWI in the United States. Two-Way Immersion. Retrieved from

https://www.cal.org/twi/glossary.htm

 

Wei L. Translanguaging as a Practical Theory of Language. Appl Linguist. 2018 Feb; 39(1): 9-30.

https://doi.org/10.1093/applin/amx039

 

文部科学省(2005).「構造改革特別区域計画:豊橋市」. Retrieved from

https://www.chisou.go.jp/tiiki/kouzou2/kouhyou/051122/dai9/75toke.pdf

 

文部科学省(2009).「地域の特色等を生かした特別の教育課程を編成する学校の取組」. Retrieved from

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gaikokugo/jouhou/tokubetsu.htm#h17

 

 

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